愚者が人を愛すとき

@kureme1221

優シイ微笑ミ



此れは、或莫迦な男の噺

 

 其の男は或一人の少女と恋仲の関係で有りました。男は少女を非道く溺愛しておりました。

男の少女に対する愛情は、どんな海よりも深く、どんな洋菓子よりも甘く、そして誰よりも歪んだもので有りました。

 或時、男は少女が他の男と、慣れ親しんでいるのを街中で見つけます。普通なら、其れを見たって如何って事は有りません。ですが、彼の場合、少女に対して強い独占欲の感情を抱ひてゐていますので其れが気に喰わないらしく……

彼は非道い苛立ちを覚え、少女の腕を引っ張って、人気の少なゐ裏通りへ移動しました。 

 強く握りすぎた所為か、彼女の細く生白い腕には、彼が残したであらうくっきりと赤く、手の跡が遺されており、痛かったのか、両の眼は涙で潤ってゐました。

「如何したの」と彼女が怯えた声で問掛ければ彼は無言の侭、彼女の睫毛が刺さりそうな程、近付きました。すると、彼女の匂ひなのか、金木犀のやうな香りが彼の鼻孔を擽りました。

そして、彼女の頸に自身の手を子犬を愛おしむかのやうに当て、精一杯力を込めました。

 彼女は何が起きたか分からないと云った顔をし、苦痛に歪め、短く、苦しそうに喘ぎを洩らします。

軈て、彼女の喘ぎは止み、身体はぐったりと力が抜けて、顔はだらし無く、無様な顔になってゐました。

嘗て希望に満ち溢れてゐたであらう瞳は、光が失われて、どんよりと空が曇りのやうに濁ってゐます。

只、ソレでも__だらし無ひ表情で有っても……彼女には別の美しさが有りました。其れは宛ら、眠り姫のやうな耽美が其処に有りました。

彼は彼女の温い体温の亡骸を自身の胸元へ抱き寄せ、桜色の柔い唇に口づけをし、気狂ひにでも成ったかのやうに(いえ、紛れも無い気狂ひだったのでせう)笑って、笑いが落ち着いた頃、一つため息を吐いて、彼は__


「如何して気づかなかったンだらうね。」

と、云って懐からピストルを取り出し、こめかみに当て、黒い引き金を何の躊躇無く引きました。

後日、二三日見なゐ彼を心配した友人が彼の家を訪ねたところ……

 二人の男女__既に腐敗が始まってゐた彼等の死骸を見て、腰を抜かしたとの事。

彼の友人曰く、其の様子を見て……無残だった、最悪だった、血生臭った……しかし……彼奴の表情は__僕が見た事の無ひ優しい微笑みだった。まるで、此の状況を望んでゐたかのやうに……とても、不気味だった。

 其の時、彼の友人は遠ひ何処かでピストルの発砲音が聞こえたやうな気がした。

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