パパのオンナ

シンカー・ワン

「愛してる」


 "パパのオンナ"


 こんなタイトルからあなたはどんなお話を思い浮かべるかな?

 

 "父親パパ愛人オンナ" と読みとって、父親に母親以外の女が居た事に揺れる家族の物語?


 それとも、援助交際相手のオジサンに本気になってしまう女の子のお話 "援交パパ恋人オンナ" かな?


 あるいは男親から性的虐待を受けている娘、――いや、もっとハッキリ言って、父親と肉体関係を結んでしまう娘の話、"パパのオンナ" かも。


 あたしがこれから語ろうとしているのは三番目、実の父親と男と女の関係になっちゃった娘のお話。

 と言っても、無理やりにとかそういうのではなく、なるべくしてそうなったってお話。



 ま、そんなに長い話でもないから、暇つぶしとでも思ってちょっと付き合って下さいな。





 うちのパパとママはこれでもかってくらいにラブラブだ。

 ふたりは十代で出会い、二十歳になったら結婚して、すぐにあたしが生まれた。

 それから十数年、あたしが高校生になっても変わる事無く、未だ新婚さん気分のまま愛し合っている。


 おはようでキスを交わし、行って来ますでまたキス、帰ってくればただいまでキス。

 何気ない事でも愛情を示す。

 ママの料理が美味しかったらその事を、

「う~ん、ママの作るものはなんだって美味しいけど、今夜のは格別だ。愛してるよ」

 パパは照れる事無く素直に言葉にして伝える。

 愛情表現過剰なラテン系民族でもここまではしないんじゃないかなって思うほどに、パパとママは愛している事を言葉にし、キスやハグなんかの行為でもって伝え合う。

 あたしが目のやり場に困るほどに。

 かと言って、けしてふたりだけの世界で終わらせたりはせず、ひとり娘のあたしにも親として尽きる事のない愛情をこれでもかってくらいに注いでくれていた。


 幼稚園のお芝居でセリフをちゃんと言えただけでブラボーを連呼し拍手の嵐。

 小学校の運動会、ビデオカメラを担いで最前列で撮りまくり、声が枯れるまで応援してくれた。

 中学や高校でも、保護者に披露する何かがある度に、子煩悩ぶりを発揮してる。

 たまに愛が溢れ過ぎて溺れてしまいそうになったりもしたけれど、パパとママがあたしを愛してくれているのと同じくらいに、あたしもパパとママが大好きで愛してる。


ふたりともアラフォーなのに若々しく、ちょっと彫りの深い顔立ちしているパパは性格だけでなく見かけもラテン系。ママはナイスバディを誇り、その見た目の若さからあたしと一緒の時は姉妹だと思われるほど。

 ママとふたりして街中を歩いていると遊んでそうなおにーさんたちによく揃ってナンパされたりもしてた。そんな事がある度にママは満更でもなさそうな顔をする。

 あたしが "パパに言いつけちゃうぞ?" なんて言うと、"パパも若い娘に逆ナンされたって自慢してくるわよ~?" と楽しげに笑い飛ばす。そんなママを見てあたしもつられて笑う。

 あたしたちはこれ以上はないってくらいに、愛に包まれていた家族だった。


 ママが病気で亡くなるまで、は。



 元気そのものだったママが急に倒れ入院。

 お医者さまから告げられた精密検査の結果は最悪で、スキルス性胃癌。既にあちこちに転移していて手の施しようがない状態、持って三ヶ月。

 それでもママは頑張って、三ヶ月と言われた余命を半年持たせてみせた。

 たくさんのチューブに繋がれ、やせ細りはしていたけれど、ママは最期まで笑顔を絶やさなかった。

 パパとキスを交わし、"私が居なくなってもしっかり生きるように" と告げ、細くなった指で涙に濡れるあたしの頬を撫で、それからあたしの手をか細くなった指でどこからこんなに力が出いるのかってくらい強く握り、"私の代わりにパパの事をお願いね" と言い残して、微笑んだまま眠るように静かに天国へと旅立って行った。


 ママが逝ってしばらくの間、パパは激しく落ち込んでいたけど、ママの遺言やパパと同じくらいに悲しい立場のあたしの叱咤、友人たちや仕事仲間さんたちからの激励なんかもあって、なんとか以前のような生活に戻る事が出来た。


 でもそれはあくまで表面的なもので、ママを失った悲しみはパパの心の奥深くに根付いていたの。


 あたしがその事を知ったのは偶然で、試験勉強でたまたま夜更かししていた時、トイレに行った際、パパの寝室からくぐもった低い声で、ママの名前を呼び、なんで居なくなったんだったと繰り返されるパパの慟哭が聞こえたから。


 もしかしたらママが亡くなってから毎晩のように、パパはこうして声を殺して泣いていたのかも知れない。


 朝になれば笑顔であたしとママの遺影におはようを言い、元気いっぱいに仕事に行くけれど、夜部屋でひとりになった時、ママを思って悲しんでいたのだろうと思うと、あたしの心も痛かった。

 パパの悲しみに気がつけなかった事と、ママに死に際にお願いされた事が守れていない事が、すごく情けなかったから。


 パパが押し殺していたのはママに対する悲しみだけではなく、もうひとつ、男の生理現象だった事も同じ頃こっそりと知った。

 夜、パパはママの名を呼び泣いているだけでなく、ママを思い出して自分を慰めていた。ママを呼ぶ声がまるで喘いでいるようだった事でなんとなくその事が判った。

 生前パパとママは毎夜のように愛し合っていて、その事をあたしに隠そうとはしていなかったから、男と女の性の営みってものをあたしはかなり幼いうちから知る事が出来ていて、だからそういう事をしているときの声の調子なんかが判るようになっちゃってて、パパが自分を慰めているだろう事も察せられた次第。

 ……こんなに盛んな両親なのに、あたしに弟や妹が居ないのがとても不思議に思えるでしょうけど、パパとママは体質的に子供が作り難いらしくて、だからこそ奇跡的に授かったあたしの存在をとても大切にしてくれているって訳。

 そんな風にあたしを愛してくれているパパの心と体が苦しんでいる。

 あたしの中である決意が生まれたのも、パパが自慰をしている事を知ったこの頃。


 その決意を実行する時が来たのは案外早くて、ママの一回忌を済ませた頃、パパの仕事仲間さんたちがもういいだろうとばかりに、パパをお酒の場へと連れ出した。

 飲み会で遅くなると連絡をもらった時、嬉しかったな。

 そういう余裕がパパにもやっと出来たんだって。

 けどそれはとんだ勘違い。


 翌日が休みという事もあって夜更かししていたら、日付の変わる前、予想よりも早くパパが帰ってきた。正確には、連れて帰ってもらってきた。

 仕事仲間さんに両脇から抱えられて泥酔したパパ。なんでもかなり早いペースで飲み、あっという間につぶれたんだそうだ。

 "久しぶりの飲みで調子が判らなくなってただけだろう" なんて仕事仲間さんたちは笑って言ってくれてたけど、だらしなく酔いつぶれたパパを引き取りながら、あたしは感謝とそしてお願いの言葉を告げる。

「またパパの事、誘ってやってください」

 仕事仲間さんたちは快諾して、それからお休みの言葉を残して帰ってく。


 ぐでんぐでんのパパを支えながら何とか寝室まで連れて行き、ジャケットやシャツを脱がし、ズボンのベルトを緩めておく。それから台所へ行って、水差しを持って引き返す。

「ほらパパ、お水。飲んで」

 水の入ったコップを手渡そうとするが、受け取ろうとはしないパパ。飲ませるしかないなと口元にコップを持っていくと、パパがろれつの回らない口で何か呟いている。

 聞き取ろうと耳を澄ませて近づける。

「……ママ……ママぁ……。何で死んじゃったんだよぉ……ママぁ……」

 聞こえてきたのはママを呼ぶ声――。

 パパはまだ立ち直れていなかった。余裕なんか出来ていなかった。そんな振りをしていただけで、あたしを含んだ周りにもう大丈夫なんだと虚勢を張っていただけだった。

 まただ。またパパの悲しみの深さが判っていなかった。

 コップをベッドのサイドテーブルに置き、自責からあたしはパパをぎゅっと抱きしめる。

「パパ、ゴメンね。判ってあげられなくて。でも、あたしが居るよ、あたしがここに居るから、悲しまないで」

 パパの頭を抱えてあたしはそんな事を言う。

 しばらくそうしているとパパの腕があたしを抱き返してくる。そして、そのまま寝台へと押し倒された。

「パ、パパッ?」

 突然の事で驚いたあたしはパパから離れようとする、けどあたしの胸に顔を埋めるパパの口から、

「ママッ、ママぁ……!」

 ママを求める、とても切なげな声が聞こえた。

 あたしの身体の匂いにママを感じたのだろうか? パパはそのままあたしの身体を求めてくる。

「……いいよ、パパ」

 あたしは身体から力を抜き、パパの求めに応えた。





 翌日、あたしがキッチンで遅い朝食の仕度をしていると、血相変えたパパが飛び込んできた。

 おはようを言うあたしに、パパは青い顔をしてなにか言葉にしようとしていた。

 そんなパパをクスリと笑いながら、

「パパって結構強引なんだね、あんな風にされるなんて思ってなかったよ。あたし初めてだったんだからもっと手加減してくれればよかったのに」

 まだ痛みの残る股間に気を向けながらそう言うと、パパはこの世の終わりみたいな顔になって、その場に崩れ落ち、

「なんて事を……娘になんて事をしてしまったんだっ!」

 絞り出すような声を上げる。

 実の娘とそういう関係になってしまった事に悔恨の呻きを漏らすパパにそっと寄り添い、

「パパ、そんなに自分を責めないで。あたしが受け入れたんだから、あたしがそう望んだんだから。悪いのはパパじゃないよ?」

 嘘偽りのない感情でそう告げるあたしを、どうしてだ? って顔で見詰め返すパパ。

「苦しんでいるパパをね、助けてあげたかった。ずっとずっとそう思ってたんだよ、だから、それが叶った。それがあたし嬉しいんだ」

 全てを許し受け入れる、そんな気持ちから出てくる笑顔で言葉を続けるあたし。

「これからはあたしがママがしてきた事をしてあげる。ママの代わりをするわ。ママにもお願いされてたしね」

 あたしの言ってる事が理解し切れていないって顔しているパパの頭を夕べのように腕の中に包み、

「だからね、パパは何も悔やむ事も嘆く事もないの。ママにしてた事、全部あたしにして」

 そう言って、素肌に纏っていたパパのシャツを脱ぎ捨て、

「ね、パパ、あたしを愛して」

 両手を広げてパパを迎える。パパは逡巡し、それから戸惑いながらもあたしへと手を伸ばし――。




 これがあたしが "パパのオンナ" になった顛末。

 御静聴感謝。

 ね、たいした話じゃなかったでしょ?


 あの日からあたしとパパは父と娘であり、夫と妻、男と女でもある。

 いつかこの関係に終わる時が来るだろうけど、あたしたちが家族である事、それはきっとずっと変わらない。

 

 世間的にあたしたちの関係はけして認められないだろうし、許してもらえるようなものでもないだろう。

 けど、それがなに? って感じかな。

 ……表沙汰になっていないだけで、あたしたちのような関係は案外多いんじゃないかなって思う。

 だって、家族は愛し合うものだから、ね?



 今夜もあたしはパパの寝室へと赴く。

 ママのお気に入りだった、ちょっとエッチなネグリジェに身を包んで。

 昼は親子で夜は夫婦。

 ――たまにお昼にも夫婦になっちゃう事もあったりするけど、ま、そんな感じで上手くやってます。


「パパ、愛してる♡」




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