Ep.2 雨宮 霞


長い髪を結い上げて黒いリボンでキュッと結ぶ。


今日は始業式。


私が神様と出会った終業式の日から2週間。


つまりは春休みの間に私が考えた行動指針は3つ。


1.いじめてくる人達に屈するのはやめて、本来の自分で生きること。


2.友達を作ること。


3.誰よりも幸せな1年を過ごす。


やりたい事をやろう。


なりたい自分になろう。


そうすればきっと、幸せは見つかる。


長ったらしい髪は整えた。


前髪で顔を隠すのだってやめだ。


鏡の前で大きく息を吸う。


さぁ、リスタートを始めよう。





私立暁学園。


初等部から高等部まであるマンモス校である。


私は高等部入学だが、最も多いのは中等部入学生だろう。


今日は中等部、高等部の入学式から3日後。


始業式である。


そんな新たな学年の始まりの日…。


私はーーーーー校舎裏に、いた。


「何なのよ、あんた!髪なんてまとめてさぁ!生意気っ!」


「ほんとほんと!今まで通りさぁ、前髪で顔隠してさ。根暗感出しときゃまだ手加減しておいてあげたのにさ!」


「もぉ〜。2人ともこわぁい。ほら、泥水だよぉ?雪白ぉ、持ってきてあげたからねぇ?かぶりたぁい?のみたぁい?」


相変わらずの間抜け面を晒すこの3人は私をいじめる主犯格。


清水愛、赤井莉里、美空杏奈だ。


この学園、クラス替えというものがあるのは3年に1度という珍しい学園であるので、まぁ今年も同じクラスだ。


…鬱陶しい事この上ないな!


そんな事を考えたって、現実は変わらない。


こうなればこれも絶好のチャンスと捉えることにしよう。


リスタートを始める、絶好のチャンスである…と。


杏奈が持ってきた薄汚れたバケツ。


泥水がなみなみと入ったそれを、私はゆっくりと持ち上げた。


「あれぇ?自分からいくのぉ?のんじゃう?それともかぶっちゃうぅ?」


「ちょっと杏奈。今から式があるのよ?飲む方よ、飲む方。」


「そっかぁ。…じゃあ、のんでぇ?」


のーめ。のーめ。


そんなコールが巻き起こる。


…幼稚だな。


今までの私なら…きっと飲んでいた。


逆らうことすら無駄だと思っていたから。


でも、私は変わる。変わるんだ。


「ばぁか。飲むんじゃなくてかぶる方よ。あんた達がね?」


バシャア!


泥水が、3人の制服に染み込んだ。


「きゃあああ!冷たいっ!」


「き、きたな…!」


「いやぁぁ!あ…杏奈の…杏奈の顔に、泥水…!?ゆ、許さない…!ゆるさないんだからぁ!」


絶叫とともに、駆け出した杏奈。


その手に握るのは…カッターナイフ。


そんなのを持ち歩いてるとは。


なんて物騒な。


「その顔、引き裂いてやるんだからぁぁ!」


あぁ。


刃先はまっすぐ私の頬へ。


でも。


「私は1度、死んでいるのよ?」


怖いものなんて、ない。


するり、とカッターナイフをよける。


《左胸をかばいながら。《》》



悔しそうに、顔を歪めた杏奈は再び私に襲いかかろうとした。


しかし…。


彼女の手が私のもとに届くことはなかった。


なぜなら…。


「ダメですよ。そんなこと。」


その手を、止められたから。


「あ、あっ…雨宮会長ぉ!」


雨宮 霞の手によって。


雨宮 霞。


現.暁学園生徒会長。


ロシアと日本のハーフであり白銀の髪に透き通るように蒼い瞳を持つ彼は校内でも有数の美少年だ。


女生徒からの人気も高く、優秀な生徒会長として知られている。


「大丈夫でしたか?」


「…はい。大丈夫ですけど…残念。」


3人が逃げていったのを確認した雨宮会長はくるりと振り返るとにこりと私に微笑みかけた。


まぁ、嬉しくないけど。


だって、残念だもの。


「残念…?」


「はい。もうちょっとだったんですけどね。…ほら、これ。」


そう言って私が左胸のポケットから

取り出したのはボイスレコーダー。


現在も録音されているそれの中には当然…。


「まさか、これ…さっきのいじめの証拠…ですか!?」


先ほどの音声も入っている。


「はい、そうです!」


もう、負けてばかりの私ではないのだから。


にっこり、と笑う私を見て、しばらくの間呆然としていた雨宮会長。


彼は…ボイスレコーダーを見せつける私を見て…大爆笑した。


「あはははははは!あははは!」


「…そんなに、面白いですか?」


ひぃひぃ、と苦しそうにお腹を押さえる雨宮会長。


彼はふぅーっと息をつくと大きく頷いた。


「お、面白い…ふふ、です。いじめられてるくせに…ふふ。証拠つきつけてやろうとか…!あははは!最高ですね!」


ここまで笑われる筋合いはないのだが。


唇を尖らせる私を見て、雨宮会長はこてり、と首をかしげた。


「ふふ。でしたら僕は邪魔でしたね?証拠…取った方が良かったですもんね?」


「まぁ、たしかに。でも…いいです。たった今、それ以上に面白いこと、思いつきましたから。」


証拠を取れなかったのは、まぁ残念だ。


でも…彼と知り合えたのは、大きい。


彼は…私が欲しくて欲しくてたまらないものを私に与えることができる存在なのだから。


「ねぇ、雨宮会長?私と、取引しませんか?」


この時の私はきっと。


この学園に入って1番の笑顔を浮かべていただろう。














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