エピローグ
愛染 時雨 <2>
俺は一週間の停学処分となった。
当然だ。人が死んでいたかもしれない大事故を起こしておきながら、むしろその程度で済んだのが奇跡に近い。
まぁ、誰かが裏で手を回してくれていたのかもしれない。思い当たりそうな顔がチラホラと浮かび上がる。
ちなみに両親には連絡がつかなかった。本当にあの放任主義者たちは今ごろどこで何をしているんだろうか。既に半年近く姿を見ていないからなぁ。
停学中はひたすら自宅で課題と反省文に取り組む。謹慎処分の名の通り、ずっと自宅に引きこもりだ。
こういう場合は、不良更生理論により真面目に反省した振りして神妙にしておくのが一番効果的だ。
高校に入ってからは証拠が残らないように上手くやってきたのだが、今回は、まぁ仕方がない。責任は全部俺が引き受けた形で、颯や
この一週間、(俺が一方的に告げた)約束通り四人から一切コンタクトはなかった。
それが普通なのだ。俺みたいなやつの周りに美少女が何人も集まるなんて、そんな状態の方がおかしいに決まっている。
……親友からの連絡も全く来なくなったのは、ちょっとだけ寂しいけどな。
傲慢なくせに情に脆くて、せっかく手に入れた
無邪気な顔の裏にいくつもの仮面を隠し持ち、手に入れたものは命がけで守ろうとする寂しがり屋な退魔師、
多くの代償を払って手に入れた完璧な人生を、誰かのために無償で尽くし続ける、友情を拗らせた半陰陽、
恋に恋して現実を見失い、たった一つの勘違いで運命に溺れてしまった、やること為すことポンコツな忍者、
もしかしたら。
ボタンの一つでもかけちがえることがあったなら。
誰かと恋人になっている
だけど、結局俺は誰とも付き合うことは無かった。
せっかく高校では大人しくしていたというのに、これでは彼女なんて絶望的だ。
まぁ、相当濃い少女たちに振り回されたから、しばらくは彼女なんて考えたくもないけどな。
そんなわけで、俺は恋人ができる可能性というものを投げ捨てて、平穏な日常を取り戻したのだ。
さぁ、今日は早めに寝よう。
明日は停学明け初日だ。
∞
「おはようございます」
「おっはよー」
「時雨、顔色悪いよ。ちゃんと寝た?」
翌朝。朝のトレーニングを終え、シャワーを浴びて、しっかり朝食を摂り、身だしなみを整えて、いざ出発! と勢いよく玄関を出たところでずっこけた。
そこにいたのは
片手で文庫本を読む命、両手でハンドグリップを握る陽染、いつも通りの笑顔で立っている颯の三人が玄関の前に立っていた。
「おいちょっと?」
「なんでしょうか」
「なーにー?」
「どうかした?」
「俺が言ったこともう忘れたのか」
「覚えてますよ」
「覚えてるよ」
「覚えてるに決まってるじゃないか」
「じゃあ何だお前ら!」
「べっつにー、そっちがどう思ってようがあたしには関係ないしー?」
「僕は友人として会いに来ただけだよ?」
「そもそも、何で私があなた如きの言うことを聞かなければならないのですか?」
「こいつら……」
何だ、一週間前の俺の決意を一体何だったんだ。
というか、命と陽染のやつ、こっちと目を合わせようとすらしやしねぇ。絶対、電話越しに文句言ってきたのを無視したことに腹を立ててやがる。
俺に開き直ったこの三人をどうにかするなんてできやしない。
諦めて学校に向かい歩きだすと、三人は当然のように着いてきた。
「そう言えば気になってたんだけどさー、何で愛染は吸血鬼とか退魔師とかは信じないのに、色出が忍者ってのはすぐ信じたの?」
「馬っ鹿お前、忍者ってのはフィクションじゃなくて実在するんだぞ! ……なんだよその『うわー』って目は」
「うわー、愛染ってやっぱり……」
「うん、基本馬鹿だよ。そこがまた可愛いんだけどね」
「……やっぱり、あの時支配したままもっと教育してあげればよかった」
なんだそのリアクションは!
吸血鬼だ退魔師だ言ってる方がはるかに馬鹿っぽいだろうが!
あと、命が読んでいる文庫本、デートの時に俺がオススメしたやつだよな。陽染が使ってるハンドグリップも、屋上で雑談した時に俺が使い心地いいぞってオススメしたやつだよな!
ツッコミ待ちなのか知らんがずっとスルーするからな!
というか、くっついてくるな!
「そこの腹黒お嬢、なーに勝手に愛染にくっついてるのかなー?」
「そちらの筋肉バカこそ、愛染くんが歩きにくそうですよ」
「それじゃ僕はこっちかな」
「おい腕を組むな手を握るな背中から抱きつくな! 何なんだお前ら!」
既に通学路は学校に近い場所。
周りには同じ制服を着た登校中の生徒が多く、こちらを見ながら何事かヒソヒソとうわさ話をしていた。
耳をすませば「俺の君長さんを」とか「不破ちゃん、応援するからね」とか「王子×冴えない友人カプ……イケる!」とか不穏過ぎる声が聞こえて来るんだがお前らわざとやってるだろ、わざとやってるんだな!?
そして、俺は大事なことを失念していた。
この三人がいるということは、きっともう一人騒ぎに加わるやつがいるだろうという当たり前のことを。
「あー、先週私のことをこっぴどくフったのはやっぱりそういうことだったんですね! 分かりました、学校に通っている間は
「あーもーうるさいやつが増えた。っていうか風評被害撒き散らすな!」
なにがハーレムだ、誰がこっぴどくフっただ!
……うん、何一つ反論できないわ。
「事実では?」
「自業自得じゃん」
「身から出た錆ですね」
助けを求めるように俺にまとわりついてきた美少女たちへ視線を送ると、笑顔でぶった切られた。
あぁ、終わった。ここまで隠してきた
もう俺に近寄ってくる普通の女の子なんて、いないだろうなぁ。
ここに、
今日からは、きっと中学時代以上の悪評とともに、この可愛くも憎たらしい連中と付き合っていかなければならないのだろう。
俺は諦観できない心の衝動を、隠すこと無く吐き出した。
「お前ら全員大っ嫌いだー!」
∞
まったく現実というのはままならない。
どれだけ望んでも欲しいものは手に入らないし、何一つ思った通りになってくれない。
だけど、俺はたった一つの大事な想いだけは隠し通すことができたようだ。
実を言うと、俺は将来この中の一人と付き合う運命にある。
それは、あの占い師から聞いたもう一つの
その予言には、俺が付き合うであろう人物がハッキリと示されていた。
だが。
俺は占いなんて信じない。
運命なんて信じていない。
それなのに、俺は予言通りの人物に恋心を抱いてしまった。
憧れとも性欲とも違う、
周りにも、本人にさえ。
俺はこの気持が予言されていた運命だなんて認めない。
きっと、この恋が運命ではないと確信するまで、たとえ本人に言い寄られたとしても想いを遂げるつもりはない。
これは、誰にも教えられない、俺だけの
この恋が実るのは。
まぁ、前途多難な道である。
ひめごとれんあい ~美少女たちとの表に出せない恋愛模様~ FDorHR @FDorHR
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