4-4.色出 しのぶ <4>

 

『時雨くん、そこから校庭が見えますよね』

「あぁ、それがどうした」

『もう少しで面白いものが見れますよ』



 金縛りにあってから数分、演説を終えた色出がそんな事を言ってきた。

 校門では先ほど見つけた颯が、命と陽染の二人と何事か話している。死角になって気付かなかったが、どうやら校門側に二人ともいたらしい。


 三人の居場所が分かったのは助かるが、あまりいい状況とは言い難い。

 当然、色出も校門の三人に気付いているはずだ。


 と、校門に轟音が響いた。

 目を見開いて顔を向けると、先ほどまで三人が立っていた場所に大型トラックが衝突している。しかし、その運転席には誰も乗っているように見えない。



『正面衝突しましたね。狙い通りです』

「色出……、お前……」



 この期に及んで、俺はまだ色出の狂気を舐めていた。

 命のように人気のない場所に誘い出すだとか、陽染のように周りにバレないよう場所を選ぶだとか、颯のように自分のテリトリーに相手を招くだとか、そんな小細工全く考えていない。


 忍者の特性は隠密と諜報。

 そんな存在が愛に狂えば、ところかまわず殺しを繰り広げる暗殺者の一丁上がりだ。



「今ので何人死んだと……」

『一人も死んでいませんよ』

「は?」



 あれだけの事故を起こしておきながら、誰一人死んでいない?

 半信半疑で土煙の晴れた校門に目を凝らすと、腰を抜かして座り込んだ生徒の姿は見えるが、倒れている生徒や血を流しているような生徒は一人もいなかった。


 それよりも、明らかに異彩を放つ3人の生徒がトラックの正面に立っていた。

 美形の少年は右手を、銀髪の少女は左手を、そして小柄な少女は右拳を、それぞれトラックのバンパーにかざしていた。

 まるで、その場でトラックを止めたとでもいうように。



『あれくらいであの三人が死ぬわけないじゃないですか』

「……どういうことだ?」

『もしかして、時雨くんも詳しくは知らなかったんですか。私も千草家で見た時は理解に苦しみましたけど、あの三人は化物ですよ。交通事故くらいでは殺せません』



 でも、と色出は一息おいて、愉快そうに笑った。



『人間を殺す方法は暴力だけじゃないんですよ』


「おい、あれ大丈夫か!?」



 横から大声が上がった。

 驚いて顔を向けると、教室に残っていた生徒が次々と廊下に出てきて校門の事故現場を覗いている。



「え、何、事故?」

「うっわ、あれが突っ込んできたの」

「待って、さっき友達見送ったばかりなんだけど……、あたし見てくる」



 混乱はやがて大きなうねりとなり、突如非日常に叩き込まれた生徒たちが次々に騒ぎ立てる。

 そして、野次馬根性の誰かが携帯スマホで写真を取り始めた。

 トラックの前で無事に立つ三人が、次々と写真に撮られていく。



「え、何あれ。あれって不破さんだよね」

「千草もいるぞ。何だ、3人でトラックを……止めてる?」

「そんなことできる訳っ」

「だって、現に!」



 混乱はうねりを産み、うねりは大波となって押し寄せる。

 校門にいる生徒たちも、校門を見ている生徒たちも、その全ての視線が颯と命と陽染三人に向けられていた。


 その表情は、安堵や尊敬よりも、むしろ―――。



『千草さんがやろうとしてたのと同じことです。殺せないなら、追い出してしまえばいい。学校中に正体がバレたら、三人ともこれからどうするつもりなんでしょうね』



 それはとても現実的な方法だ。

 色出しのぶ。彼女は最初から、一切油断をしていなかった。自分の暴力では三人に敵わないと理解していた。

 だから、勝てるところで勝負したのだ。


 俺は疲れた声で電話口に向かって話しかける。



「色出、……これで満足か」

『はい、少し早いですがこれで私の勝ちです』

「お前は、凄いな」

『はい……、はいっ! そうです。私は、時雨くんのためならこんなことだってできるんです。私と時雨くんはやっぱり運命で結ばれているんです』



 色出がこの短時間でどれだけの準備をしてこの状況を作り出したのかは分からないが、結果を見ただけで彼女は凄さは理解できる。

 君長命吸血姫とも、不破陽染退魔師とも、千草颯半陰陽とも違う、色出しのぶ忍者の力。

 感服だ。感動だ。でも、完敗ではない。



「…………なぁ、これだけか・・・・・?」

『時雨、くん?』

「色出。お前、こんなんじゃ全然、問題にもならねーよ。こんなのたった一言でどうにでもなる。あの三人のことはよく分かってるのに、俺のことは全然分かっていなかったみたいだな」



 本当に、あいつらがトラックに押しつぶされてないか本気で肝を冷やしたが、生きているなら問題ない。

 人の噂なんて、印象なんて、簡単に操作できるんだ。

 それはお前が一番よく知っているはずじゃないのか、なぁ、色出しのぶ忍者さん。


 俺は肺が破れそうなほど大きく息を吸い込んで、校庭に向かって叫んだ。

 下手に動かず状況を窺っている、腹黒で暴力的で暴走しがちな三人に向かって、叫ぶ。



「カァァァァァァーーーーーーッッッッッッット!!」



 窓から身を乗り出していた生徒が。

 校庭で固まっていた生徒が。

 携帯スマホを構えて写真を取っていた生徒たちが。

 事故現場に向かって駆けつけようとしていた教師陣が。


 俺の声が聞こえた全員が、俺に注目した。



「事故シーンの撮影完了・・・・! 三人とも今すぐその場から撤収!!」



 俺の声はもちろん三人にも聞こえている。

 三人とも他の生徒同様固まっていたが、意図を理解した颯が他の二人を連れてその場から逃げ出した。


 よかった、颯はちゃんと俺の考えていることが分かったみたいだ。伊達に長いこと親友をやっていない。

 陽染も感がいいので俺の企みに気が付くだろう。たぶん、命だけが理由のわからないまま二人についていってるのかもしれない。


 三人が去ったあと、校内に蔓延していた空気が、一気に弛緩した。



「なーんだ、また愛染か」

「なに、映画? 完成したら教えてな」

「お前、いつの間に君長さんとも仲良くなったんだよ」



 そう言って廊下にいた生徒たちが次々に俺に声をかけて、そのまま教室に戻っていく。

 校門近くまで駆け寄っていた教師陣だけが頭に血を上らせて校舎まで引きかえそうとしていた。


 その様子に満足して、電話口に一言だけ短く告げる。



「な?」

『ど、どうしてあのくらいで』

「色出、お前俺のことが好きって言う割には、俺のこと全然分かってないんだな」

『そんなことっ……!?』

学校一の問題児・・・・・・・だぜ、俺は。学校に無断で無人トラック突っ込ませて自主制作映画撮るくらい『あいつならやる』ってみんな思ってんだよ。非常ひっじょーに不本意ながらな」



 色出が画面の向こうでどんな顔をしているかは容易に想像がつく。

 きっと、開いた口が塞がらない、って状態だろう。


 これは色出しのぶの弱点だ。

 色出はきっと俺のいいところしか目に入っていなかったんだろう。あいつにとっては運命の出会いだったのかもしれないが、少しでも俺の噂を集めていればきっとこんなミスはしなかったはずだ。

 

 ここ最近は厄介な女子たちに絡まれていたおかげで大人しくしていたが、俺は入学して三日で校内一の問題児と呼ばれた男だ。悪い意味で、最も信用されている生徒といっても過言ではない。


 まぁ、色出のことだ。噂の不確かさは俺よりずっと知っているはずだ。だから、敢えて噂を頼りにしなかったのかもしれないが。


 しばらくしてから、ようやく色出の声が返ってきた。

 苦悶に満ちた、しかし執念深い女の声。



『……これで終わりじゃありませんよ。これから何回だって機会は』

『ありませんよ』

『舐めたマネしてくれたね』

『なっ、あなた達どうやって』



 携帯スマホ越しに三人の声が聞こえてきた。

 うわ、こうなる前に色出を説得しようと思ったのに、もう色出までたどり着いたのか。

 うわー、どんな手段使ったんだ怖ぇー。


 と、改めて三人の恐ろしさに慄えながらも、色出に余計な手出しをしないように釘を刺す。



「はいはい、三人ともストップね」

『時雨? この娘、例の女の子だよね。どうするの』

「とりあえずスピーカーでも何でもいいから、色出にも俺の声が聞こえるようにしてくれ」



 颯に頼むとすぐに対応してくれたようで、わずか数秒で涙ぐんだ哀れな少女の声が聞こえてきた。

 マジで何やったんだよ、こんな短い時間で。


 しかし、まぁ、ちょうどいい機会なのかもしれない。

 もしかしたら、颯が俺にカミングアウトしたときも同じようにどこかスッキリした気持ちだったのかもしれない。


 俺はゆっくりと、だがはっきり告げた。



「色出、改めて言っておく。俺は君とは付き合わない」

『そんなっ……』

『まぁ、当然ですね』

「それから、他の誰とも付き合うつもりはない」

『ハァっ!?』



 命と陽染の声が重なった。何だかんだでこの二人も仲良くなっている気がする。最初からこの調子なら、本当どれだけよかったことか。



「どいつもこいつも、口を開けば喧嘩ばっかり。その原因が俺とか冗談じゃない。そんな面倒な奴ら、こっちから願い下げだ」

『ちょっと、家畜の分際で何を言ってるんですか』

『っつーか、何の原因が誰だって!? ちょっと調子乗ってないか愛染!』



 あーうるさいうるさい。

 ぎゃあぎゃあと文句を垂れる二人を無視して、俺は大事なことを口にする。



「だから、色出をどうこうする理由はもうないよな」



 電話口で、全員が呆気にとられたのが分かった。


 まぁ、実のところ色出は三人にトラックを衝突させたのだ。

 どうこうする理由ならそれだけで十分かもしれないが、ここはもうノリと勢いで誤魔化すしかない。



『……そうだね。でも、一つだけ確認させて。……親友、それが君の出した答え・・なんだね』



 数秒後、颯が代表して俺に返答してきた。

 そうだな、ハッキリと俺に告白したのは颯と色出の二人だけだ。だから、ここは颯が聞いてくるのが筋だろう。


 俺は迷いも躊躇もせず、ハッキリと答えを告げた。



あぁ・・そうだ・・・

『そっか。うん、ちょっとだけスッキリしたよ』



「そういう訳だから、もう明日から話しかけてくるなよ。四人とも」



 そう言って長かった電話を切る。

 終わった、ちゃんと、歪な関係に決着をつけた。


 多分、これで俺に彼女ができる可能性はほとんどゼロに等しくなっただろう。

 それでも、俺は僅かな達成感と、確かな満足感に浸っていた。


 さて、後は教師に見つかる前にこの場から逃げないと、と思ったところで、はたと気付く。



 からだが、うごかない。



 その後、校舎まで戻ってきた教師陣に身柄を確保されるまで、俺の影に刺さっていた謎の針が抜けることはなかった。


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