ははは・さらなり

安良巻祐介

 

 皿のお化けが実家に出たという話を聞いて、てっきりかの播州皿屋敷のようなことが起こっているのだと早合点し、大慌てで車を飛ばして帰省したら、母が御自慢のマイセンのブルーオニオンを机に置いて話しかけており、奇怪なことには、話しかけられた皿も甲高い子どもの声で、「ぼく おやさいがいい」などと返答をしているのである。

 私は仰天し、かつまた某お菊のような艶っぽい幽霊との出会いを密かに楽しみにしていたものだから、腹立ちまぎれにそのまま知り合いの拝み屋に連絡し、つまらない皿お化けを祓ってしまおうとした。しかし、懐の携帯電話に手を伸ばす前に、察しのいい母が私を打ち据え、こっぴどく叱咤した。

 曰く、一体この子が何をした。妖怪と言えど、何も悪いことをしておらぬものを、無闇と祓う馬鹿があるかと。

 頭をさすりながら、しかしこれから悪いことをする恐れは大いに…と反論したが、母はフンと鼻を鳴らし、そんなときにはわざわざ拝み屋など呼ばずとも、小指の先で懲らしめてやるわと、往年の仕事時代と何ら変わらぬ気迫で、私と皿とをねめつけてみせた。

 私は肝を冷やして沈黙したが、皿の方は鈍感なのか無邪気なのか、一向に母を怖がるでもなく、「はやくおやさいがほしい、つめたいおやさい」などとわがままを言っている。

 すっかり毒気を抜かれてしまい、銭湯に行ってくると言って家を出た。

 サンダルを鳴らし、手ぬぐいを提げて、夕焼け路で考える。

 そういえば、一人暮らしが寂しいから、ペットの一匹も買いたいなどと零していた母だ。しかし、犬猫アレルギーの彼女はそれらを飼うことはできないし、近隣に亀などを売る場所もない。鳥屋もない。

 偶然とはいえ、皿ならちょうどいいかもしれぬ。いくらかの悪さをしたとて、母のちょうど良いボケ防止になるかもしれぬ…。

 そうして、早く濡らしてもらいたがっている手ぬぐいの「ふろはまだか ふろは」というか細いやかましい声を聞きながら、銭湯の暖簾をくぐったのであった。

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ははは・さらなり 安良巻祐介 @aramaki88

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