第3話「爆発と決裂」
あの一件を期に、麻帆との関係は決裂した。
数百人規模の囲碁の大会の、上から二番目のクラスに出場していた。
あまり気は進まなかったが、麻帆がインターネットで情報を拾い、私に強く勧めてきた。なぜ麻帆がそう勧めてくるのか、私は疑問を持たなかった。ただ、その大会の内容しか見ていなかった。
緊張感が走る中、残り半分を切った感情を携えて闘った。
ルールが分からなければ観ても楽しめないであろうことを伝えるも、麻帆は興味があるからと観戦に来た。麻帆は私や他者の盤面を、何か新種の生物でも見るかのような表情で眺めていた。そんな麻帆の表情は、私の感情をなんら揺さぶらなかった。
最終局で事件は起こった。
いつも通り、実利を稼いでシノギ勝負に持ち込む展開で、苦しい場面もあったものの、中央の白一団を凌ぎ切って勝ちのビジョンを捉えていた。ヨセに入ってからも大きな失敗なく、僅差ながらも残るだろうという確信に至った。
終局まであと数手というところで、対局相手の男性――見たところ私と同年代と予想できる――が繰り出してきた卑劣な作戦に、私は感情を爆発させた。
明らかに無意味な着手を繰り返し、こちらの時間切れを狙うその行為自体は特段珍しいものではなく、そういう輩が中にはいることも承知していたが、実際に直面したことはなかった。
最初に芽生えた感情は、怒りではなく落胆だった。
アマチュアの中でも上位のレベルである六段ともあろう人間が、なぜそのような愚行に及んでまで勝ちに執着するのか、到底解せなかった。そんなことをして手にした勝利に、果たして何の意味があろうか。
落胆は、私の脳に「もう少し、もう少しだよ」とささやく。その無意味な行為に対し、私は機械的に右手を動かした。
遂にこちらの時間が尽き、彼が打つ手を止めた。
平然とした表情で「ありがとうございました」と
野獣のごとき叫び声を
視線を落とすと、血だらけの顔で床に倒れた名も知らぬ男と、無惨な形に割れた折り畳み式碁盤が存在した。盤上の碁石は、斜め横やら後方やらに飛散している。一番端の最後方の席だったため、飛散した碁石が周囲の盤面を乱すことが辛うじてなかったのが不幸中の幸いだった。
泣きやむ術を知らない赤子のように、溢れ出す液を無言のまま垂れ流し、私はその場に立ち尽くした。
麻帆の表情は見ていなかった。と言うより、麻帆のことなど少しも意識しておらず、視界に入ってこなかったのだろう。
周囲の観戦者の証言もあり、最終局は相手の反則負けとなった。
しかし、負わせた怪我の程度が大きく、事件は裁判沙汰にまで発展した。数週間に及ぶ審議の結果、執行猶予三年の判決が下され、大学からは除籍処分を受けた。
「あなたのような賢い人が、なぜあんな馬鹿げた行動をとるの? 審判に事情を説明すれば解決できたことでしょう?」
麻帆からの電話があったのは、判決が出た日の夜のことだった。
感情は、もう九割ほど消滅していた。ありきたりな正論は、私の心を微塵も動かさない。
私は蚊の泣くような声で一言、「さよなら」と呟き電話を切ったが、このとき、彼女はいったいどのような感情でいたのか分からなかった。失望か怒りか
私は、麻帆について初めて興味を抱いた。
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