終章――2
佐奈井は、凍也と日向の家の外に出ていた。平原を見渡して、情報収集のため外出した凍也と峰継の帰りを待ち続けている。
府中での戦いの後、佐奈井たちはそのまま近くの山の中で園枝と理世、日向に合流した。佐奈井はそこで矢傷にまともな手当てを受けている。
その間に、凍也とも合流した。同じ村の仲間たちは、他の一揆衆の者たち同様、府中の城兵に執拗に追撃されて全滅したという。
それからは一乗谷の時のように、理世におぶられての移動になった。
途中の林の中で、凍也が足を切って動きを封じた男を拾った。凍也がおぶり、村まで連れ帰っている。村の連中が全滅したことに怯えてか、その男は終始おとなしくしていた。
そして凍也の家まで着いている。
何日も安静にしているうちに、佐奈井の矢傷はだいぶ癒えた。園枝に手当てを受けて、凍也の家で安静していた甲斐もあったのだろう。急に動けば痛むが、まともに歩ける。
代わりに、香菜実と彩乃が倒れていた。寒い中で冷水に飛び込んだために、凍也の家に着いてすぐに発熱し、今は二人とも、家の中で園枝や理世の看病を受けている。
彼女らも心配だが、村を出ていった峰継と凍也のほうももっと心配だった。どこで戦が起きるかわからない中、二人にもしものことがあったらと思うと、落ち着けない。だから今朝、二人が出かける前に、佐奈井もついていくと言い出したのだが。
――お前はここで守る人がいるだろう。
峰継に強くたしなめられると、それ以上食らいつくことができなかった。
そのまま二人は、村の外に向かった。
もうすぐ昼になる。
佐奈井は、平原の先に二人の人影を見つけた。峰継と凍也だ。思わず二人へと駆けていく。
「おかえり」
佐奈井は声をかけた。無傷そうで、よかった。
「どうだった?」
「まだ戦、いや暴動が続いている。別の城が襲われているところを見た」
峰継がため息交じりに伝えてくる。
「まだ油断はできないな」
香菜実は無事だった。生きて、自分のそばにいる。
でも危険は完全に去ったわけではない。
「南の織田信長も、いつ攻め込んでくるかわからないからな」
せっかく攻め落とした越前の地が、農民の暴動で奪い返されるのだ。猫の尻尾を噛み千切った鼠の行く末など知れている。攻め込んでこないはずがない。
「俺も落ち込んでいる暇はないってところか」
凍也は、自分に言い聞かせているみたいだった。佐奈井は、凍也に対して何も言えなくなる。
府中で、凍也は同郷の者たちを亡くした。
日向を殺すとまで脅されて、無理やり凍也を同行させただけでなく、他の村で略奪を働いた者たちだ。恐らく府中の城が攻められるどさくさに紛れて、町で略奪を働く魂胆だったのかもしれない。
だが、それでも同郷の者たちだ。同じ田を耕してきた者たちの死。何も思っていないはずがない。
「日向もいるんだしな。佐奈井にとって香菜実がいるように」
次の言葉は、佐奈井に向けていた。自分のことは心配するな、とでも言いたそうだ。
「もう、日向にあんな顔はさせるなよ」
佐奈井は言う。
――兄さんの馬鹿。
山の中で兄と合流した日向は、泣きじゃくっていた。佐奈井たちの視線も気にせず凍也にむしゃぶりつき、兄の体を何度も叩いていた。凍也も、心配させたのが後ろめたかったのだろう。何も言わずに、ただおとなしくされるままだった。
村の者たちを説得させるためとはいえ、危険な戦地に飛び込んでいったのだ。日向の不安はすさまじかったはずだ。
二人を見ながら、佐奈井は母を失った時のことを思い出していた。自分も、生還した峰継に似たようなことをしたのだから。
「俺、先に戻っているよ。香菜実が心配だから。父さんたちはどうする?」
「これから薪を集める、と互いに話し合ったところだ」
峰継は答える。
「家にまた人が増えたからな。広い家でよかったよ」
凍也は呆れる。
「すまないな、凍也、こんなところに」
「構うなよ。村は人が減ってしまったからな。このままだと春以降がまずいんだ。田を耕す人がいない」
あくまで、無事に春を迎えれば、だが。
「佐奈井も、いや、何でもない」
峰継は、素直ではない様子だった。
ちゃんと香菜実の面倒を見ろよ、と言いかけたのだろう。息子に対して、一度は香菜実を見捨てるよう迫ったのだから。
仕方がなかった。無理に香菜実を助けようとしたところで、佐奈井だけが犠牲になって終わる確率のほうが大きかったのだ。佐奈井も納得しているから、父を責めたりはしないし、香菜実も理解している。
「じゃあ。ちゃんと休めよ」
「言うようになったな、息子」
苦笑いを浮かべる峰継を残して、佐奈井は凍也の家に引き返していった。
凍也の家に入る。
佐奈井に気づいて、布団で横になっていた香菜実が半身を起こした。
「峰継さんたちは戻ってきた?」
香菜実は声をかけてくる。頬は赤いままだ。
「戻ってきたよ。でも薪を集めるって」
「よかった」
そして香菜実は咳き込む。すぐそばにいる理世が、香菜実の背中をさすった。
佐奈井も草鞋を脱いで、急いで彼女の元に寄る。
話しかけようとした佐奈井を、香菜実は手で制する。
「ただの熱だって、園枝さんも言った」
赤らんだ顔で笑みを浮かべる。
「彩乃さんも同じ」
その彩乃は、香菜実の横で寝ている。
「皆が無事。慌てる必要はない」
これではまるで、佐奈井のほうが香菜実に
「でも心配くらいはさせてよ」
佐奈井は言う。こうやって話すだけでも、前まではできなかったのだから。
「園枝さんや理世さんも、ごめんなさい。私のために、危ない目に遭って」
「謝らないで、と言っているでしょう」
ここに戻る道中も、何度香菜実は園枝や理世に詫びただろう。
「しつこい、ですよね」
えへへ、と照れている。兄を含めて家族すべてを失ったのに、一乗谷の滝で密かに会っていた時のように、普段通りに話そうとしているのが、佐奈井にはつらかった。
慶充は失ってしまった。佐奈井たちを守るために犠牲になった。でも生き残っている人たちはいる。
府中の戦場で香菜実と交わした約束は、絶対だ。もう香菜実と離れたくない。
「佐奈井、どうしたの?」
急に下を向いた佐奈井の顔を、香菜実はのぞき込んでくる。佐奈井は、はっと顔を上げた。
「ううん、何でもない。もう寝ていろよ。隣の人みたいに。これからのこととかは、熱が下がってからでも話せるだろ」
「うん」
香菜実は再び横になる。
「俺、また食べやすいの作っておくから」
「お願い」
香菜実はそして、眠りにつく。佐奈井は動かず、しばらくその寝顔を見守っていた。
焔の双刀 雄哉 @mizukihaizawa
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