Love Soul

軽佻浮薄

第1話

魂には決まった時間は存在しない。

時空を超越し、全ての時間に間違いなく存在しているのだ。

だから、時より本来よりもより過去に生まれ変わったりだってするんだ。

生まれ変わりて言うのの代名詞は輪廻転生な訳だけど、それはとはちょっぴり違う。

世界は間違いなく一つしかないけど、死んだモノ───つまりは幽霊はさっきも言った通り、時間を超越している五次元的な存在で俺たち三次元な存在には知覚すら許されない。

けれど、彼ら彼女らは間違いなく存在している。

証明してみろって?

簡単だよ。だって目の前で視えない彼女が、俺が家に忘れた講義のノートを届けてくれたのだから。

側から見たらノートが独りでに空を浮いて、俺の方まで飛んできているのだから、これほど不思議なことはない。


「ありがとうな、レイ。これがなかったらボッチな俺は誰にもルーズリーフを借りれずに途方に暮れていただろうさ」


未だに空を浮くノートがパラパラと開き、最後のページに大きく───どういたしましてと書かれた。

因みに筆記用具は俺のバッグにあった鉛筆を拝借したらしい。

俺が幽霊の存在に気づいたのは一年前。

大学に入って一人暮らしを始めてすぐの事だった。

歯磨きをしながら今日のバイトをどうサボってやろうかと考えながら、気怠い意識を必死に持ち上げていた時。

洗面所の鏡にそれは痕跡を表した。


───私はここにいる。


多分最初に顔を洗った時にお湯を使ったから、鏡が曇っていたんだろう。

そしてその鏡に親愛なる幽霊からのメッセージが記されていた。

それは日本語でかなり短い文章だったけど、確かに意味のある言葉である事には違いはなかった。

恐怖よりも好奇心が勝ったおかげで俺は色々な事を試みた。

最初は意思疎通を図る実験からだ。

幸いな事に大学受験を逸早く済ませ、半年も前から大学の側にあるアパートで一人暮らしをしている暇を持て余した俺には嫌な程に時間が余っていた。

ノートとペンを机に置いて、部屋の中で色々と質問をしてみる。期待通り、それは反応を示してくれた。


「君は幽霊?それとも神様とか怪物の類?」


───前者。私は死に人で地縛霊に近い存在。


「君は彼?それとも彼女?」


───死んでいるけど、一応彼女になる。


「いつから俺を観てた?」


───分からない。でも自意識がハッキリしたのはつい最近だから、もしかしたらかなり昔からかも知れない。


「君は死ぬ前の自分を憶えている?」


───いいえ、分からない。けど、何となく死んだ時の感触は残っている。


「そりゃあ災難だね。」


───何でそう思うの?


「死んだ時の事を感じ続けるなんて地獄と変わらないじゃあないか………」


───ある意味そうね。でも私は人以外なら触れたり、言葉を交わしたり出来るの。

こうして文字を書くのも全然大変じゃあない。

一つ残念なのは自分の姿が分からない事ぐらい。


「君はこれから、どうするつもりなんだい?」


───やる事もないから、ここに住み着くわ。なんだか私はアナタから離れるのは難しいみたい。どこで負ったか分からないけど、絆があるのよ私達。


「絆て事はお前は地縛霊は地縛霊でも、場所じゃあなくて俺に縛られているのか?」


───正解。だから、よろしくねダーリン。


「マジかよ………俺にはプライベートは存在しないのか!」


───いいじゃあない、今更。私はアナタの恥ずかしい所だって何度も見ちゃってるんだから


思わず唾を飲む。

それはあれか俺があんな事やそんな事をしている時も、この幽霊女が見てたと言う事か………。

それは死ぬほど恥ずかい!相手は幽霊だけどさ。


「まあ、いいや。いても害はなさそうだし、君は幽霊の中でも選りすぐりの善人だよ、きっと。」


───どうしてそう思うの?


「俺だったら、ささっと黙って縛られてる人間を殺して自由に生きてるからさ。だから、君は善人だよ」


───変な人ね。普通そんな発想なんて思いもしない筈よ。


「そうかな。死んだら倫理観とか、もうどうだって良くなるよ」


───私は死んでも人間よ。少なくとも魂は人のまま。


「なら。名前はなんて言うんだよ」


───名前?それは憶えてない。


少し考える様にゆっくりとした筆を見て、こいつにも感情があるんだと再確認した。


「じゃあさ、こんなのはどうだ。幽霊のレイ」


───安直すぎない、それ。


「いやいや、そうでもないぞ。一足先に死んだ俺の幼馴染の名前だ。丁度いいだろう?」


───そう、好きに呼びなさい。


そうしてレイは俺に取り憑いた。

とは言え、最初は大変な物を呼び込んだと思っていたのだが結果はご覧の通りで非常に気さくな彼女はとても親切で有難い。

嫌な事は殆どないし、出会って半年ほど経ち。今では非常に貴重な相談相手ですらある。

彼女は人には視えないのだが、それ以外の生き物には認識出来るらしく偶に部屋に猫を入れたりするのが偶に傷なぐらいだろうか。


「ねぇ。ねぇ、そこの君だよ………白いシャツの君だよ」


午前の講義が終わってすぐ背後から見知らぬ女性の声に呼び止められ、振り返る。

気品に満ちた黒髪を腰まで伸ばし、玉の様な艶やかな白い肌を持つ俺の理想がそこにいた。

幼馴染のレイが生きていたら、こんな風になっていたのかな。


「あなたは誰ですか?」

「私はレイ。君と多分、一つ上の学年だと思うんだけど………て、そんなのはどうだっていいんだよ。はい、これ───君のでしょ?教授が忘れ物だってさ」


その手には俺のノートが握られていた。






---






「もう一度聞くがお前の髪は長髪か?」


───違う、逆に短い。


「だったら、俺の大学の先輩だったりしない?」


───何度聞かれても答えは同じ。第一私にレイと名付けたのはアナタで、その大学にいたレイとは無関係。


「そうか、ならいいんだ。とても偶然とは思えない運命的な出会いをしたから、ちょっと気がかりでな。」


三人目のレイ。

彼女にとってはその辺の有象無象だが俺には一輪の花。

運命の人だ。

昔死んだ友達も成長したらあんなにも美しくなったのだろうか。


「にしたって、ついに料理まで始めるんだから幽霊って何でもアリだな。」


煮えたぎるフライパンの食材を木ベラでかき混ぜる寡黙な透明人間。

それは多分何も知らない人からしたら、ただの怖いポルターガイストだろう。


「火傷とかしないのか?」


ふとにきになって聞いてみる。

最近はレイも幽霊らしい事が出来る様になり、フライパンから滲み出る湯気を操って文字にして、火傷はする───と描いている。


「やっぱりレイは幽霊だけど、人間に干渉できないだけで俺たちと大した違いはないんだな。火傷までするって………なかなかのミステリーだ。」


現実に干渉出来るのに現実には存在しない幽霊。

それでも犬や猫なんかの人外には認識される。

正直どんな存在なのか俺には分からない。

レイは四次元とか五次元の存在とか言っていたが、文系の俺にはさっぱりだ。

どちらにしろ俺の前にいる彼女に違いなどない。

彼女は俺の同居人で俺は彼女の巣みたいなもんだ。


───私多分、昔君に会った事がある。


寝る前に電気を消そうとした時、浮かぶ紙切れにメッセージが刻まられる。

ついに筆なしに文字を書けるようになったみたいだ。


「それはどういう事だよ………レイ?」


───分からない。でも思い出したの、昔凄く昔に君と一緒に西日の中歩いていた。


「レイ、お前は一体。」


───いい、一先ず忘れて。もう少し整理がついたら、ちゃんと全部話すから。


そしてその日は何も無かった日と同じ様にぐっすりと眠った。


「君はあの時の子だよね?確かノートを忘れていった」

「レイ………?」


それから一か月後。

俺が受けていた講義の頭のおかしい教授が開いた飲み会に強制的に参加させられていた時の話だ。

何でも出席しないと単位を落とすらしい。

態々出ないのも馬鹿らしいので、来たはいいものの知り合いも居らず縮こまっていた。

そんな時、もう一人のレイが現れた。


「君は面白いね。一応先輩なんだから、呼び捨ては良くないよ───なんでもいいから、敬称で呼んでよ」

「じゃあ、レイ先輩で。」

「うん、いいね。素直なのはポイント高いよ………私の後輩は皆んな軽薄な奴が多くて呼び捨てにしたり、小馬鹿にしたアダナを付けたりするんだよ。酷いでしょ?」

「へー、そうなんですか。何て呼ばれたりしてるんですか」

「私色々なサークルに顔を出したりするから、神出鬼没だから幽霊先輩とか呼ばれるだよ?酷いでしょ」

「───そうすっか。俺の知り合いにも先輩と良く似た人が居たんですよ───だから、貴方と話していると昔を思い出して変な心地になります。」


視線を下げる。

俺が小さな時、幼馴染だったレイは死んだ。

交通事故だった。

よくある話で、多分皆んなも聞いた事がありそうなありきたりな轢き逃げ。

でも、唯一ありきたりじゃあなかったのは現場に居合わせたのが俺で、レイは俺を庇って死んだと言う事だけだ。


気づけば肩が震えていた。

多分顔色も酷気が悪いだろう。

こんな姿見られたくない。


「ふーん。その人は大事な人だったんだね───じゃあさ代わりにはなれないけど、私と一緒に色々な事をしようよ。私に似たその人を思い出してもそんな風にならないぐらい色々頑張ってみようよ。」


見透かされた。

死んでいる事など知りもしない彼女は全てを察して、俺を慰めたのだ。

俺はあの事故以来人と親しくするのを恐れた。

仲良くなっても失うのが怖いから自分から距離を離した。

事情も話さないから、変な奴だと相手にもされなくなった。

でも、彼女は。レイは意固地な俺に手を差し伸べてくれた。


「ありがとうございます………。」


気づけばボロボロと暖かい涙が目から流れ落ちている。

けれど、自然に震えは止まっていた。


「じゃあここだと悪目立ちするから、一先ず私の家に来なさい。」


───え?

「…………え?」






---





はい、おはようございます。

いい朝ですね。

こんな日にはトーストとコーヒーが最高の相性だと実感出来る、手料理の朝食に限ります。

普段なら面倒なので作らず、幽霊のレイも朝は苦手らしくいつも俺の横で仲良く二度寝にふけています。

ですが、今日ベッドの隣にいた相手は透明な彼女ではなく先輩のレイで、しかも七時になるやいなやアラームも着けてないのに飛び起きては、男が着ても不思議じゃあない白いシャツのボタンは所々外れていて白のブラが見え隠れしているあられもない姿で徘徊し始め、下も下でお揃いの白いパンツ一枚だけで、キッチンに赴いたかと思えば簡単な朝食を一瞬で作ってしまった。


それで名前を呼ばれ、起きてみればキツネ色のトーストと暖かいコーヒーが出迎えてくれた。

はい、色々先輩とやっちゃいました。すいません。

因みに昨晩は先輩のアパートに泊まりました。


「今朝はトーストで大丈夫だった?私朝はパンしか食べないから、これしか用意出来なかったからさ」

「いやいや、こんな御馳走になって文句なんて言いませんよ。」

「そうかな。男の子はもう少し傲慢な方がいいと思うけど………弱々しい羊よりバカなライオンみてた方が面白いからさ」

「まだ酔ってるんですか?」

「さあ、ただ君に出会えて少しだけ………ホッとしただけだよ」

「───?」


本当にこの人は何を考えているのかが分からない。

けど、それでもなんだか不思議な魅力がある。

そりゃあ容姿は滅茶苦茶好みだが、それを差し引いてもなんだかいいなと思える。


「それにしてもこれからどうするんだい───なんなら、一緒にどこか遊びにでも行く?これから私。暇なんだよね」

「いや、今日は遠慮して置きます。昨日の疲れが残ってるみたいんで、家に帰ってもう一眠りしようかと」

「そう?なら、仕方ない。今日は一人で散歩でもしようか────、」


コーヒーを飲もうと握られたマグカップが先輩の口の前で静止する。

色彩の鼓動は停止し、まるで電源を切った機械の様に止まった。

時間にして10秒にも満たないそれは俺を不安にするのに充分な物だった。


「先輩───大丈夫ですか?」

「………………先輩。」


そして俺の不安は的中した。


「先輩じゃあないよ。幽霊のレイ登場………」


にやりと不自然に口角を上げる彼女は、まるで身体の使い方が分からないフランケンシュタインの怪物に見えた。


「一体どういう?」

「君は飲み込めていない様だね。あれだよあれ、よくあるじゃん。えっちぃ漫画とかでさ、幽霊が現実の人間に憑依したりする奴………あれだよあれ」

「お前本当にレイなのか?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃん。やっと生の肉体が手に入ったよ。探してたんだよ私と馴染むボディー」

「今自分が何をしているのか分かってるのか!」

「大丈夫だよ。彼女には悪影響は無いからさ………それに記憶とかそこら辺も都合良く解釈されるから、そうだねどこかの男前が一緒にデートしてくれるなら問題はないんじゃあない?」


五指を動かして肉体の感覚を探している。

ロボットが体を動かしてるみたいだ。


「昨日はお盛んだったみたいですしさあ、この女が君を家に連れ込んだ時はどうなるかと思ったけど、やっぱり君は男の子だったんだね。」

「別にレイには関係ないだろ。」

「まあね。私は同居人であって、家族でもましては恋人でもないかさ───だから、どうするのがベストかと考えた結果。君の恋人になればいいんだと思ってさ………どう?結果は悪くないでしょ」

「最悪だよ。」


まさかレイがこんな事をするなんて。


「どちらにしろ、君に残された選択。私と楽しいデートをする事だけだから、よろしくね。さあ、どこに行く?」

「お前は何がしたいんだよ。」


抵抗する気も起きず、投げやりな態度を取った。


「じゃあさこの国で一番高い展望台に行こうよ。赤い方なら小さい時登った事があるんだけど、青い方は無いからさ」

「お前記憶が?」

「細かい事はいいの。細かい事はね」


俺はレイが何を考えているのも分からず、俺たちは展望台に向かう事になった。


免許も車も無い俺達は電車に揺られながら目的地に向かっていた。

そうしてるとレイが物思い更けながら、こんな事を言い出した。


「私最近気づいたんだけど力がます度に幽霊じゃあなくなってるんだよね」

「───そりゃあどう言うことだ」

「えっとそうだね。幽霊よりも現実から遠ざかる───あの世に逝っちゃいそうて言えば分かりやすいかな?」


幽霊よりも現実から遠ざかる。

死んで魂だけになって魂すら死に現実から痕跡が消え去る。


「お前は世界から消えるのか?」

「いや逆だよ。これから世界から存在が薄まって引き伸ばされて、またどこかで集まって形になるまで漂流するんだよ………新しい命の芽が出るまでね」

「生まれ変わり。」

「そう、それだよ。だからさ、最期ぐらい好きな事をしようと思って───最後の力を振り絞ってみたんだ」


最期の最後。

レイ。お前とこれでお別れなのか。


「そんな………なんでそんな。もっと早くに言ってくれれば何か」

「その何かをこれから探すんだよ。いいでしょ思うで作りに身体があったら、なんだって出来るよ」

「お前はどんな事がしたいんだ?」

「君がしたい事を全部やろう。それが生者に許された事だから、自由気ままにね。」


目的の駅に辿り着き、展望台に登る前に近くに隣接する水族館に行く事にした。

正直興味は無いが、たまには魚を見るのも良いと思ってだ。


「水槽の中にいる魚は自分の事を自由だと思ってるんだね。なんだか素敵だね」


水族館に来たのは間違いだったかもしれない。


「そうか?魚なら、回転寿司の奴らの方が生き生きしてると思うぞ。こいつらは食べる為に生け捕りにされたんじゃあない。ただ道楽の為に生かされるなんて、不幸だと俺は思うけどな」

「水族館は嫌い?」

「小さい時は好きだったよ。ただ物事には見た目には現れない人間の精神的な狡猾さが蔓延っている事を知って、苦手になっただけだよ」

「人間が築いた文明も今の社会も否定するんだね」

「否定はしないさ。人は美しいが故に自分の両の手が汚れている事に気づけない盲目な生き物だ。それに対してお前は自分の姿を知らないから自分の悪意を理解している。だからお前と一緒にいても大丈夫なんだ」

「うっふふ。そんな事ないよ───私はただ酔ってるだけ………貴方に貴方が好きな私に自身」


これって愛の告白でいいのだろうか。

そう言えば幼馴染のレイにも大人になったら結婚するって約束していたな。

三人のレイ。

選ぶ事など今更できない。

なら、三人とも愛すればいい。

幼馴染のレイもどこかで生きてるんだろうか。


「君にいい事を教えてあげる。」

「魂には時間の概念が無いの。五次元の物体だから、三次元の君に観測出来ない───用はクラインの壺よ………だから、過去も未来も関係ない。それらを巡回している。これが何度目かも定かじゃあない───それでも好きな人に会える今を私は大切にしたい。」


正直、話を理解するには俺の頭が足りなかったが想いだけ伝わった。

なら、俺もそれに答えなければならない。


「高いね!景色もいいしさ、どう?凄いよね」

「年甲斐も無く騒ぐなよ。まあ確かに高いな、ちょっと怖いぐらいに」


水族館に飽きた俺らは昼食を済ませて展望台に登っていた。

レイは景色に見蕩れて大はしゃぎだ。

少し、恥ずかしい。


「いやー、来て良かった。一度この町並を見てみたかったんだよ───君の行動範囲は限られてるから、どんな風に変わったか全然知らない場所が多くてさ」

「…………」


そりゃあ、大学とアパートを行き来するだけの俺の行動範囲は狭いだろうよ。

しかもお前が現れてかれこれ、一か月しか経ってないし。

行く場所も限られるよ。

俺は隠キャじゃあない絶対だ。


「今言わなきゃいつ言えるか分からないから、話すけど。私はレイだし、レイなんだよ」

「……………?なにトチ狂った事言ってんだ」

「だーから、幼馴染のレイが私だって言ってるの。まあ、記憶は大分曖昧だけどね」


それは一体どんな冗談だ。






---






「どうするの夕御飯は───」

「少し休まないか?」

「そうだね。今日は一日遊んだから、そこの公園で一休みしようか」


正直まだ受け止める事が出来ない。

今振り返れば、何だか思わせぶりな事を言っていた様に思う。

レイはレイで、レイはレイではない。

二人のレイが同じレイだった。

確かに最初は疑いはしたが、まさかそれが本当だったなんて。


「はい、これ。小さな時いつも飲んでたよね?」


そこの自販機で買った缶ジュース片手に彼女はこう繰り返す。


「私この事に気づいたのは三日前とかで、まだ整理もついてなかったんだけど───もう、時間もないから全部告白したんだよ。ちょっとは褒めてよ………」

「────、そうだな。深く考えてもしょうがない………レイお前にもう一度会えて俺は嬉しい。何てお礼を言えばいいか分からない」

「あの時助けたのも反射的で、自分でもよくわかってないんだ。それに君も私が死にそうになったら同じ事をしたでしょ?」

「さあ、どうだろうな。今ならそう誓えるがあの時はまだ小さかった」

「いいじゃん。それで───私だってあの時は咄嗟だったからさ………いつだって君を庇っていたとは限らないさ」

「それでもお前が俺を救った事実は変わらない。君は確かに命の恩人だ───だから、君に俺は感謝している」


缶ジュースを受け取り軽く口を湿らせる。

小さい頃に愛飲していたものだからか、甘すぎで正直美味しいと思えるものではなかったが当時の光景を思い出すのには充分な代物。

あの頃は無邪気で毎日の様にこんな公園で遊んでいた。

シーソーと中途半端な滑り台に高さだけはあるジャングルジム。

ああ、ここはあの時の公園にそっくりだ。

レイが死んだあの時の。


「ここは私が死ぬ日に君と一緒に遊んだ公園」

「…………なんとなく似ていると思ったが、ここだったけ。」

「うん。あの時は確か、赤い方の展望台に行った時だよ───いつもの公園で集まって一緒に貯めていたお金を使って電車で、ここまできた。そして………」


事故にあった。

子供が一人で遠出して死んだ。

親の責任?いいや、自分たちのせいだ。俺のせいだ。


「過去は変わらない。時間に干渉したとしても固有時を操れても決定した過去は変わらない。だから、そんな風に後悔し続けるのはやめて………私は君を恨んでやしないからさ。もう忘れて今のレイを守ってあげて」


なんだかそれがレイの最後の言葉だと思えて、涙が滲み出てきた。

そんな暇はない。

時間がないんだ。だから、俺は彼女に想いを念いを伝えなければならない。


「俺はレイの事が好きなんだ!」


ここ数年で初めて大きな声を出した。

その音量は公園内に響いて少し恥ずかしく感じながらも俺は後悔などしてなかった。

レイの方へ向くと渋い顔でこちらを睨む彼女がいる。

もうその時、レイはレイになっていた。

俺が語りかけていたレイは露散してしまった。


「そうか………これで最後か。最後だったんだな」

「違うよ、君は何か勘違いをしている。私はレイでもあるし、レイでもあるけどレイなんだ。なぞなぞじゃあない───やっと引っかかっていたピースが揃ったよ………最初から気づいていたのかもしれない。魂には時間の概念がないんだ───それは五次元だからさ、時間を私達が丘を登る様にして辿り着く、やっと会えたね。生きて君に」


レイはレイで、レイはレイだった。

初めから目の前にいた彼女は最愛のレイの新たな姿。

それがまさか歳上なんて、


「ありえない。せめて同じか歳下の方が丁度良かったよ」

「私に選ぶ権利なんてないからね。でも結構幸運だと思うよ………同じ時代に同じ魂が混雑するなんてさ」

「俺には難しい話は分からない。だが、先ずは祝盃でもしよう───積もる話が山の様にあるんだ」

「じゃあ夕ご飯でも食べに行こうよ」

「ああ」


俺たちは立ち上がる。

涙を拭い頭の中を整理してみた。

考えてみれば簡単な話だったんだ。

俺の近くにレイは居てくれていた───長い旅を終えても俺を見守っていたんだ。

そして、公園から出て直ぐの事。

なんだか分かり切っていた答えなんだけど、俺は向かってくる車からレイを庇って死んだ。

今度は俺の番だったんだ───俺たちは繰り返す。

死と生の円環で俺は彼女を救い続け、ひと時の安らぎを求める。

そして俺は彼女の近くで、彼女をこうして見守り続けている。

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