甘酸っぱい俺と特攻する先輩


あれから歩いて数分の公園。

ベンチに座っている。俺が右で先輩が左。

周りでは子どもたちがわーきゃーとはしゃいでいる。


「まさかお酒とはねー」先輩は例の杯を握りしめている。

「ええと、アレですよ、先輩はほら、カクテルが好きだから」

「まあそうだけどさ……それにしてもどんな手品なの? これ」

「それはえーと、企業秘密です」


『なんかカクテルを!』と念じたらマジで《ジントニック》が湧き出た。

そのときの俺の驚きようと言ったらなかった。

まあ毒味してみたらめちゃくちゃ美味かったんだけどさ。



先輩はパタパタと足を動かし機嫌がいい。

いまは《カミカゼ》に夢中だ。



――相変わらず可愛い。年上だけど、可愛いという言葉がぴったり収まる。


カフェオレ色の柔らかそうな髪の毛。まっすぐ肩甲骨の先まで伸びている。

丸みを帯びた優しい眉の下には真っ黒で長いまつ毛が大きな瞳を縁取っていて、緩やかな丘を描く可愛い鼻に小さくきゅっと結ばれた唇。

時折見せるいたずらっぽい笑顔が溜まらない。


俺にとっては太陽で女神で希望の光そのものなのだ。





先輩は頭をぐっと後ろに倒すと一気に無色透明の液体を煽る。

「うん、このちょっとした苦みと後から来る酸味が最高だよね……つぎ、お願い」

「……はい」



先輩はいつもの十割増しで飲んでいた。

ジントニックに始まり、モスコミュール、レッドアイ、マティーニときて、モヒート、キール、ギムレットにマンハッタン、スクリュードライバー、バラライカ。そしてカミカゼ。いったいどこに特攻するつもりなんだ?



「はい、どうぞ」

「ん、ありがと。これは?」先輩は首をぐわんぐわんと回転させていた。


「ソルティドッグです。……って大丈夫ですか?」

「うーん、ちょっと酔ってきたよ? なんだこの味。しょっぱくて甘酸っぱくて――遊太みたい」

「……なに言ってるんですか」

「さっきの《カミカゼ》があたしで、コレが遊太らの」


どうやら酔いはちょっとどころじゃないようだ。


「先輩、ちょっと飲むペースが――」


突然、トン、と左肩に先輩の小さな頭がもたれかかる。




「……先輩?」



――飲んだ相手はあんた様にとって都合のいい《酔い方》をする



……おいおい。いいのかよ?

青春の思い出ランキング堂々の一位だぞ。殿堂入り間違いなしだ。


やたらいい匂いと漏れる艶めかしい息遣い。

濡れた小さな唇を先輩がぺろり、と舐める。

俺の血圧はたぶん三百オーバーだろう。心臓が木端微塵に爆発しそうだった。


「先輩、ちょっと――」



そのとき。


甲高い叫び声が聞こえた。

俺と先輩は同時に肩をビクッとさせ、公園の中央を見る。


「……なんだ、ケンカしちゃったみたいですね」

子ども同士の取っ組み合いが始まっていた。


「――あぁ、やめとけばいいのに。あんなでかいやつに敵うわけがない。

 ほら、ぼこぼこですよ、ぼこぼこ。

 ねえ先輩。見てますか? 向こうの――」


「あのさ、遊太」先輩の声色が鋭いものに変わった。


「……どうしました?」

「子どもって、すごいなぁって思わない?」

「はい?」

どうしたんだろう、急に。


「いやさ、ちゃんと自己主張をするじゃない? あんなケンカしちゃってさ。大人になるとああは出来ないものだよね」

「……まぁ、そうですね」


そりゃあそうだよ。言いたいことを素直に言えたらなんも苦労はない。

俺だってそうだ。

先輩に好きだと言えたらどんなに楽か。



「――あら?」

少年が逃げるようにこちらへ向かって走ってくる。

そして途中で派手に転んだ。



「あーあー……」俺はベンチから飛び出すと少年に駆け寄る。


「おい少年、大丈夫か? あー……けっこう擦りむいたな」

先輩も後を追ってくる。「あらら、痛そう。はやく消毒しないと」


少年はわんわん泣いている。

これでもかと感情を露わにしている。



――そんな様子を見て俺は、なんだかちょっとだけ羨ましいと思ってしまった




……そうだ。


あいつは『どんなアルコールでも』と言ったんだ。

対象者を一度だけ変えられるとも。

だから出来るはずだ。


俺は杯を子どもの前に掲げた。


「《消毒用エタノール》」

その瞬間、杯からあの保健室の臭いが溢れ出した。


少年はその不思議な光景を目の当たりにしてピタリと泣き止む。

「なあ少年。ちょっと染みるけど、男の子なんだから我慢しろよ?」









……………………

………………

…………

……



消毒が終わると、少年はまた友達のもとへと戻っていった。

もっとも、これでもう先輩に杯は使えなくなったんだけどさ。



「――やるじゃない。見直しちゃった」

「こんなの、いつも通りですよ」

「調子に乗らないの」



……ってあれ? そういえば先輩は酔っぱらってたんじゃ?


「先輩。酔いは覚めちゃったんです――」

そこでやっと俺は気がついた。


先輩が右手の小指にはめているその指輪に。


「それってあの占い師の……まさか先輩。あんなところにいた理由わけって」

『さっきも売れた』その相手って。


「――さて、どうでしょう?」先輩はいたずらっぽく笑った。

……最初から酔っぱらっていなかったのかよ。

ん? ということは、あのベンチでの密着は先輩の本心――



「ねぇ遊太?」

「なんです――」


先輩が俺の頬にキスをした。


「これは見直しちゃった分の特別サービス。……えへへ、特攻しちゃった。――遊太のほっぺは甘酸っぱくないね?」




「……先輩、もう一度お願いします」

「だーめ」

「お願いしますよ」

「我慢しなさい、男の子でしょ?」




ちぇっ。ケチだな。

――まあいいんだ。



いつか、俺の方から先輩にキスしてやるんだから、な。




『Salty Dog? I’m a dog』 is the END.

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恋溢れるさかずき 西秋 進穂 @nishiaki_simho

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