自動販売機につくまで

道透

第1話 

 真夏の部屋は人間の革命品があればこその快適空間なのである。なければただの蒸し部屋。サウナと同じだ。ただでも日差しの強い外へは出たくない。なのに喉は乾き果てて、このままでは脱水症状、熱中症間違いなし。

 故障した革命品は修理を頼もうかとだらだら考えているうちに家の置物と化していた。こんなことなら早く修理に出すか、新しいものを買っておくのだった。

 喉が乾いてくるのは必然的だった。家の冷蔵庫には調味料こそあれど水はない。どうにも買いに行くほか、選択はないようだ。

 もう腹をくくって、ベッドに寝そべった体を持ち上げる。

 家から十五分ほど先にスーパーがある。値段が安いのだが距離に若干の問題がある。

 十分ほど先にコンビニがある。しかし、そこでは嫌いな知り合いがバイトを始めたと噂で聞いた。たったこれだけの理由だが、それほど重要な項目なのである。

 家から五百メートルほど先に自動販売機がある。そこにしよう。値段はスーパーと比べると少しあがってしまうが、この怠さには変えられない。

 昨日使っていた鞄の中から入れっぱなしだった財布を取り出してズボンのポケットに突っ込む。一分で帰ってこよう。この距離なら不可能だが……。

 家を出て一歩目、日差しで目を瞑る。何とも言えない息苦しさにだるさが増した。しかし、目指すべき自販機は家を出て、右手に続く道を真っ直ぐ歩くだけ。作業は単純だ。早く済ませたほうが勝ちだ。

 歩き出してわずか、目の前には子猫がいた。この辺りでは見たことがない猫だった。飼われているのか野良なのか。白と茶色の毛が三毛猫だと名乗る。こちらが歩み寄れば猫も走って立ち去るだろう。渋々近づくと目を合わせた猫は見事に期待を裏切ってくれた。遠ざかるどころか近づいて来る。一体何が目的か。餌か?

 とにかく猫は苦手だ。よく犬派か猫派かと聞かれるが犬派と断言するのは決まっていることだ。遠回りにはなるが逃げるほか道はない。

 俺は猫に背中を向けた。

 相手は子猫だ。走って追いかけてきても振り来るのは難しくない。

「あ、やっぱり鈴木くんだー」

 俺が全力疾走しようとした方からはクラスメートの山田さんが歩いてきた。普通のクラスメートならば一言二言で去ってしまえばいいのだ。

「何してるの?」

 背後から近づいて来る猫を気にさながらも俺は山田さんに目が釘付けだった。話したい。それが本心だ。体も心も溶けてしまいそうだ。後ろの猫など蹴飛ばしてしまえ。山田に変えられまい。

 山田さんは、俺の背後に近づく子猫を見下ろした。

「可愛い! 山田くんが飼ってるの?」

 期待と無邪気を孕んだ目をする山田さんに負けてしまう俺は弱い。

「あー、うん。最近飼い始めたんだー」

 俺は拒絶する手との格闘のすえ猫の頭を撫でた。

「私も触っていい?」

 いいよと答えると山田さんは、どこからやってきたか知らない猫を持ち上げた。若干、申し訳ない気もした。

 ああ、喉が枯れ果てそうだ。でも、山田さんと話せるチャンスなんて、もうないかもしれない。

 全く影のない砂漠地帯で、やっと見つけたオアシスを俺はけして見逃さない。しかし、その途中に美女がいても見逃すことはないだろう。

 笑顔の山田さんのためにこのくらいの犠牲は仕方ないか……。

 拒絶する手で、俺は猫の頭をしばくように触った。

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