127.救いの光


「くっそぉぉぉ! ジジイ! もう一回だ! これで仕留める······!」

「あぁ。焦るでないぞ······?」

「ったりめぇだ!」


 空を飛び回りながら言葉をかわすドラゴンと老ドラゴン。

 その顔は汗と血でまみれていた。

 魔人の返り血と己の傷から流れ出る血。

 降りしきる赤い雨。

 それを振り払う間もなく、果敢に魔人に挑む。

 愛刀を振るい、炎を吐き出し、駆け回り、飛び回る。

 後ろには護るべき仲間と、己の使命を果たした仲間の亡骸がある。


“死してなお、護り通せ”


 皆ドラゴンの言葉を胸に、散っていった。

 だからこそドラゴンは己の使命に殉じて死力を尽くさねばならぬ。

 たとえその身が朽ちようとも、指の一本になろうとも、抗い続けねばならぬ。

 そんな決意を秘めてドラゴンは魔人と相対する。


「おらぁぁぁぁぁ!!!」


 魔人の背後に回り込むと、ドラゴンは愛刀を振りかぶった。

 幾度も斬りつけた刃は既に本来の斬れ味が失われている。

 それでも懸命に首筋目掛けて振り下ろす。

 渾身の力を込めて。

 しかし――


“ガキン!”


 魔人の硬い皮膚の前ではもはや刃が通らない。

 薄皮一枚斬ったところで刃は止まった。

 微かに滲んだ血が刀身を赤く染める。


「チィッ!」


 悔しそうに一言漏らした刹那、魔人の瞳がドラゴンを捉える。

 そして次の瞬間には


“ゴリュッ······!”


 魔人の裏拳がドラゴンの右半身を捉えていた。


「ガハッ······!」

わっぱぁ!!!」


 まるでピンポン玉のように軽々と弾き飛ばされるドラゴンの身体。

 真っ赤な血を撒き散らしてそのまま地面へとめり込んでいった。

 大地をくぼませてようやく勢いが止まる。

 大地に染み渡るドラゴンの血。

 月明かりに照らされて、場違いなほどに美しく広がっていく。

 白眼を剥いて倒れたままのドラゴン。

 そこに追い討ちをかけるように魔人の巨大な足が踏み潰さんと迫る。


「させんぞ······!」


 重たく迫る足。

 それを阻まんと、老ドラゴンが翼をはためかせて飛ぶ。

 軽い身体にありったけの力を込めて、ドラゴンに迫る巨大な足へ身体をぶつける。

 そこにもはや老兵の知恵などない。

 一瞬一瞬、己にできる最善を尽くすのみ。

 たとえそれが身を滅ぼす道に近づくことであっても。

 そしてこの行為が功を奏す。

 微かに魔人の足が逸れたのだ。

 ドラゴンの左手からわずか1mほどのところに足が落ちる。

 立ち上る砂煙と飛び散る岩の欠片。

 その中を老ドラゴンはドラゴンの元へと急いだ。

 ぶつけたせいで身体の各所が軋み、痛む。

 老体は確実に悲鳴を上げていた。

 それでも自分のことを後に回してドラゴンの元に降り立つ。

 護るべき仲間に無事でいて欲しいと願いを込めて。


「しっかりせぇ! 童!」


 懸命にドラゴンの身体を揺らす。

 すると微かに瞼が開いた。


「······ん、くぁ······」

「お主は隊長じゃろ! はやく起きんか! こんなとこで散るなどわしは許さんぞ!」


 それは老兵から後輩への願い。

 生きろ、と。

 この地獄を生き抜いて死んだものたちの人生まで背負う、過酷な道を進めという命令にも似た願い。

 その願いがどれほど辛いものであるかはわかっている。

 それでも老ドラゴンは強いる。

 茨の道を進むことを。

 そしてドラゴンもまた、己が歩まねばならぬ道を理解していた。


「くっ······!」


 必死に己を奮い立たせて腕に、足に力を込める。


「うおぁぁぁ······!」


 無い力を振り絞って声を上げる。

 立ち上がる。

 生きる。

 友のため、仲間のため、自分のため。

 戦う意思を持って。

 そして遂にドラゴンは立った。

 老ドラゴンに縋りながらも。

 痛む身体に鞭を打って。

 だがしかし、現実は無情である。


「ウボァァァ!!!」


 ボロボロなふたりに向けて魔人がうめき声とともに拳を振るう。

 それはさながら落下してくる隕石。

 ようやく立ち上がったドラゴンと、五体すべてが悲鳴を上げる老ドラゴンにもはや避ける術はない。


「ここまで······か······」

「くそっ······!」


 諦めたくはない。

 されど、もはや道が残されていないことを悟ったふたり。

 ならば最後まで抗ってやる。

 抗って、生きた爪痕を残してやる。

 そう決意したふたりは愛刀と愛剣に炎を点した。

 そして迫り来る拳へ向けて突き出す。


「「はぁぁぁぁぁ!!!!!」」


 その時だった。

 突如としてふたりの視界が閃光に包まれる。

 思わず反射的に瞼を閉じてしまうほどの眩い光。

 そして次の瞬間――


“ズガァァァァァン!!!”


 爆音が弾けた。

 突然の光と音。

 混雑する大きな情報の嵐にドラゴンも老ドラゴンも、周囲にいる魔族も思わず耳を塞ぎ、その身を屈ませた。


「な、なんだぁ!?」


 ここであることに気がつく。

 降ってくるはずの拳が一向にふたりの元へ現れないのだ。

 死を覚悟した矢先、不自然な間ができる。

 そうしているうちに音は萎み、元の闇がやってくる。

 何が起きたのか理解の及ばぬまま、ふたりは眼を開けた。


「今のは······?」

「わしにもわ······」


 “わしにもわからん”と、老ドラゴンが言おうとした時、動きが止まった。

 眼にある光景が映ったのだ。

 不審に思ったドラゴンが問う。


「ジジイ、どうした?」

「あれを······見ろ······」

「あん?」


 言われた通りに視線を向ける。

 するとそこにあったのは


「んな······!?」


 もはや原型を留めていない魔人の残骸だった。

 溶けて破れた皮膚、折れて飛び出た骨、崩れ落ちた頭、爛れた眼球。

 あれほど苦労した敵が瞬で砕かれた。

 そこにあったのは歓喜と困惑。

 曲がりなりにも命が続いたことに対する喜びと、何があったのわからぬ事への惑い。


「どうなってやがる······?」

「わからぬ······。だがお陰で周囲の魔人はどれもこの状態じゃ」


 言われてドラゴンが周囲を見回すと、同じような残骸が四方八方にあった。

 どれもこれもあっけなく崩れ去っている。

 ほんの一瞬の出来事。

 時間にして3秒ほど。

 たったそれだけの間にあれほどまでに苦しめられた魔人が片付いてしまった。

 そのことに対してドラゴンも老ドラゴンも理解が追いついていなかった。

 そんなふたりの元へ、福音とも呼ぶべき声が響く。


「そこの魔族! 無事か!?」


 言われて声の方へ振り向くと、走り寄ってくるふたりの人間とデーモンが見えた。

 嬉しそうな顔でふたりの元へ向かってくるデーモン。

 人間のうち、男の方は何やら光を放っている。

 そこでドラゴンたちは察した。

 先ほどの光の正体はこいつだ、と。


「ありがとう、助かった······。だが、お前らは誰だ······? さっきの光もお前がやったんだな?」


 するとドラゴンの予想通り、男が頷く。


「あぁ、俺がやった。俺はスターン、勇者だ。こっちは賢者のフラーシャ。ちょっと待ってろ今から魔族の治療をするから」


 そう言うとドラゴンたちの前にフスターンとフラーシャが立ち止まった。

 デーモンはと言うと周囲にいる魔族を集めるべく、奔走している。

 急な展開に思わず安堵と当惑するドラゴン。

 それを知ってか知らずか、フラーシャは慣れた様子で両腕を突き出した。


「回復魔法。少しじっとしていてください。すぐ済ませますから」


 その言葉と同時に掌から緑色の光が放たれる。

 放たれた光はドラゴンと老ドラゴンを包み込んで傷を癒していく。

 裂傷が塞がり、折れた骨が元の通りへ。

 痛みがすーっと引いていく、何とも言えない感覚に包まれた。


「凄い······。エルフ長でもここまで回復は早くねぇぞ······」

「あいつに怒られそうじゃがその通りじゃな······。フラーシャと言ったか? ありがとう」

「いえ、今は手を取り合う時。礼は不要ですよ」


 そう言ってにっこりと微笑むフラーシャ。

 それはふたりにとって天使の微笑みだった。

 もはや身体が限界に達し、立つことで精一杯だったふたりの元に舞い込んだひとひらの花びら。

 癒えていく傷を眺めながらふたりはしかと拳を握りしめた。



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