128.無力
フラーシャの言った通り、ふたりの治療はあっという間に終わった。
戦いの末に負った傷も痛みも完全に癒え、元通りに。
身体の奥から力がみなぎって来る感覚に喜びを得ていた。
その間にもデーモンの呼び掛けに応じて、なんとか一命を取り留めた魔族たちが続々と姿を現す。
傷を負って苦しむもの、大切な人を喪って憔悴しているもの、逆に大切な人を護れて安堵しているもの。
ひとりひとりが見せる表情は様々であった。
そんな仲間の姿を見て、ドラゴンも老ドラゴンも心の内に色とりどりな感情を抱く。
死んだ仲間がたくさんいる。
悲しみが心を濡らす。
心に降りしきる雨は止む気配を見せない。
生き残った仲間がいる。
喜びが心を穏やかに流れる。
心に吹くそよ風がとても心地良い。
雨と風が入り混じってぐるぐると渦を巻く。
喜びだけに眼を向けるには犠牲が大きすぎた。
しかし、悲しみにくれ続けることは許されない。
そんなせめぎあいが心を締め付ける。
「なぁジジイ······」
「なんじゃ?」
「俺は間違ってなかったよな······? 正しいとは言わない。だけど間違ってはなかった。そうだよな······?」
その問いに老ドラゴンはゆっくりと頷いた。
ドラゴンの頭にぽん、と手を乗せる。
「あぁ。お前さんは間違ってない。大丈夫じゃ。お前さんのお陰で護れた命がある。今はそれを大切にする時じゃ」
優しく、柔らかな声。
その声にドラゴンは心癒された。
己の言葉を誰かに許して欲しかったわけではない。
己の行動を誰かに認めて欲しかったわけでもない。
だが、隊長という立場柄、常に誰にも甘えることが許されないドラゴンにとって自分の一声で仲間が苦しむ姿を見るのは胸が痛んだ。
他の誰でもない、自分の責任なのだから。
そんなドラゴンだから老ドラゴンの言葉にホッとした。
誰かに保証してもらえたことで少し肩の荷が下りた。
自然と強ばっていた頬が緩む。
「そうだな······。ジジイ、ありがとう」
「ほっほっほ。その顔が見れて安心したわい」
老ドラゴンがもう一度、軽く頭を叩く。
まるで孫をあやす老人のような笑みを浮かべて。
「よし、じゃあこの後の話だ。問題はひとつだな」
「そうじゃのぉ······」
ふたりは同じ場所を見つめる。
そこに鎮座するのは赤黒い球体。
ゆっくりと脈打ちながら液体を吐き出し、膨張する。
見るものの背筋を凍らせるようなおぞましさを全面に押し出している。
そんな悪魔の卵。
ふたりは知らない。
ここからどんなものが産まれてくるのかを。
だから想像でしか測れない。
どれほどの脅威であるかを。
想像の域でしか強さを理解できない。
そして強さを身をもって体感したことのある彼はこう思うだろう。
“
友が眼の前で使徒と化した彼なら、その強さを肌で感じた彼なら。
「ドラゴン、無事だったか」
ドラゴンたちの背後から彼が語りかける。
その声に反応したふたりは喜びを持って振り向いた。
「ブラッド! よかった、お前も生きてたんだな!」
「あぁ」
ふたりが振り向いた先、そこには治療を終え、万全となったブラッドの姿があった。
手に握るイペタムは血で真っ赤に染まっており、激闘をくぐり抜けて来たことがひと目でわかる。
そんなブラッドはふたりの隣に並んだ。
ふたりが見つめる先にあるものを理解して。
「治療を終えてすぐにこんな話ですまねぇがあれ、どうすればいいと思う······?」
ドラゴンは単刀直入に問うた。
今更ここで遠慮など必要ない。
そんなことをしている余裕もなかった。
ブラッドもそれは重々承知しているのか、特に気にする様子もなく答える。
「待つしか······ない······」
そう言ってブラッドは下唇を噛んだ。
「······そうか。俺たちにできることはないってわけか······」
「大人しく待つ······。なかなか難しいことじゃのぉ······」
「近づくのだめだ······。離れて待つしかない」
「ふーむ······」
眼の前に転がっている脅威に対してただ指をくわえて待つしかできない。
そう言われてしまうと余計に気が
不安の波が押し寄せる。
結局自分たちは無力であるとまざまざと突きつけられると悔しくてたまらない。
それを押し殺すようにドラゴンは胸の前で力強く腕を組んだ。
隆起した上腕に指が食い込む。
「しゃーねぇ。ひとまず生き残ったやつらを集めて今は身体を休める時にしよう。ありがたいことにスターンとフラーシャがこうして味方に加わってくれたんだ。予め今後の作戦も練っておこう」
「そうじゃな」
今なお波打つ肉塊から眼を背け、ドラゴンたちはスターンとフラーシャを探した。
暗がりの中を見回すと喜怒哀楽、色とりどりな感情の輪の中心にふたりはいた。
その顔に浮かんでいるのはお日様のような笑顔。
見るものの心を溶かすような癒しを全面に押し出している。
暗い雰囲気を払拭するための彼らなりの気遣いなのだろう。
傷ついたものたちへ贈られる笑顔。
それを見てドラゴンたちは感謝を心に浮かべた。
彼らに身体を癒してもらい、さらに心まで大切にしてもらえたのだ。
感謝してもしきれないなとドラゴンは感じた。
元々は勇者と魔族という敵対する立場にある。
それが種族の垣根を超えて、こうして手を取り合えた。
永き道のりの中、犠牲になった命は数知れず。
されど今辿り着いた場所では犠牲によって築かれた山の上で助け合えている。
ドラゴンはそれがどこか誇らしく、嬉しかった。
その気持ちは老ドラゴンとて同じこと。
勇者の前に敗れ、犠牲になった友は数えきれない。
今でも思い起こせばたくさんの友が眼に浮かぶ。
そんな友たちが思ったことは同じだ。
争うことなく支え合いたい。
その想いが実った気がして老ドラゴンは目尻を下げた。
心打たれる彼らの元にデーモンが駆け寄ってくる。
「ドラゴン隊長! 生存者の治療はあらかた終わりました!」
「そうか。デーモン、ご苦労だった。こうして俺たちが生きていられるのもお前のお陰だ。お前が勇気をだして彼らの元に走ってくれた。お前がみんなを護ったんだ。ありがとな」
そう言葉をかけられてデーモンは慌てて首を振った。
「いえ、とんでもない! 俺なんて無力なものです。護ってくれたのは紛れもなくスターンさんとフラーシャさん、そして身体をはって敵と戦っていたみんなです」
「ふっ······無力、か······」
無力。
その言葉が心の中で
ドラゴンは天を仰いだ。
降ってきそうなほどに煌めく星々。
その中心で大きく輝く月。
綺麗な光景が己の小ささを思い知らせてくるようでドラゴンは寂しくなった。
だが、感傷に浸っている暇がないこともよくわかっている。
肉塊から悪魔が解き放たれる時はこうしている間にも刻一刻と近づいている。
無力なら無力なりに抗う術だってあるはず。
無い知恵を振り絞らなければ護れないことだってわかっている。
だから一度だけ眼を瞑る。
寂しさを心から追い出して今一度気合いを入れ直す。
「よし、んじゃ作戦会議をしにいくか。ジジイ、ブラッド。頼りにしてるぜ」
「おう······」
「ほっほっほ。わしももうひと踏ん張りするかのぉ。わしも頼りにしておるぞ、
ドラゴンたちは闇夜をまた歩きだした。
その闇夜に2匹のコウモリがデグリア山へと飛ぶ。
傷ついた主の元へと。
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