122.終わりの世界で笑い合うために


 見上げるほど高い黄金の扉。

 その扉の前に僕とウィッチは歩み寄った。


 時は満ちた。

 護るため、仇を討つため、僕らはその身を焦がす。

 すべての元凶をこの手で葬るんだ。

 この手で。

 最後だ。

 これを最後にする。

 必ず、やり遂げる。

 待っててね、側近。

 待っててね、隼人。

 見ててね、側近。

 見ててね、隼人。

 僕らはやるよ。


 僕はウィッチの方を向いた。

 ウィッチの瞳も僕と同じ。

 覚悟が滲み出ている。


「いくよ、ウィッチ」


 その言葉にウィッチは小さく頷く。


「あぁ、理」


 僕らは扉へと手をかけた。

 ひどく重たい扉だ。

 月明かりに煌めいて僕らの顔を映し出す。

 それを睨みつけると、僕らは一斉に押した。

 すると、重さに反して扉はゆっくりと音も立てずに動きだす。

 静かに、厳かに。

 煌めく扉はその先に待つ漆黒へと吸い込まれていく。

 まるで僕らの行く末を体現するように。

 そして


“ガコン”


 扉は開ききった。

 外から風が流れ込んで行く。

 僕らの背中を押してくれるように。

 勇気を心に植え付けてくれるように。

 さぁ、サマリアとご対面だ。

 想い人はすぐそこにいるはずだ。

 逢いたかった。

 想い焦がれた。

 待ち望んだ時が今、ついにやってきたのだ。

 これは恋にも似た感情。

 だけど似て非なるもの。

 恋が表ならばこれは裏の感情。

 なんと名付けよう。

 怒りだろうか。

 いや、違う。

 そんな優しい感情なんかじゃない。

 怒りだなんて、そんな生ぬるい感情じゃない。

 じゃあなんだろう。

 僕の知りうる言葉に答えがあるんだろうか。


 ······そうだ。

 ひとつだけあるじゃないか。

 僕の心にぴったりの言葉が。

 憎悪だ。

 どす黒くて、冷たくて、重たい。

 僕がどれだけ汚れようともいとわない。

 殺したいほど憎い。

 悪に身をやつそうとも構わない。

 サマリアを討つ。

 それさえ叶えば僕はもう何も望まない。

 これを憎悪と言わずしてなんと言おう。

 僕の辞書にこれほど適切な言葉は他にない。

 さぁ、始めようか。

 この手で殺す。

 この手で潰す。

 たとえこの身が滅びようとも。

 この手で、この手で。


 無意識のうちに僕の頬は張り裂けんばかりに引きつっていた。

 握りしめた拳に自ずと力が入る。

 身体がわなわなと震えている。


「理······? 大丈夫か······?」


 そんな僕を心配そうにウィッチが覗き込む。


 あぁ、ごめんウィッチ。

 僕だけ先走ってたよ。

 この想いはウィッチも同じだもんね。

 僕だけが殺りたいんじゃないもんね。

 今更心配かけてちゃいけないよね。


 だから僕は微笑みかける。

 志を同じくする仲間に。


「うん、大丈夫」


 そう言って僕は改めて室内へと向き直った。

 仄暗い室内は外から見た通り、とにかく広く大きい。

 天井に取り付けられた幾つかの窓から月明かりが零れ落ちてくる。

 その月明かりが照らす最奥。

 そこにひとつの人影があった。

 間違いない。

 あれがサマリアだ。

 想い焦がれ、待ち望んだ相手がついにお目見えしたのだ。

 嬉しいや。

 嬉しくてたまらないよ僕は。

 やっとだ。

 やっと護れる。

 やっと手が届く。

 やっとこの拳をぶつけられる。

 やっと想いの丈をぶつけられるんだ。


 僕は嬉々として歩きだした。

 そして声高に想い人の名を叫ぶ。

 憎き邪神の名を。


「サマリアァァァァァッ!!!」


 僕の声が室内を反響する。

 それに応えるように人影がゆらりとこちらを向いた。

 白い。

 風になびく艶やかな髪も、ひらりと舞う身にまとった服も、月明かりが照らす柔肌も。

 頭の先からつま先まで何もかも。

 アルミリアとは何もかもが逆。

 対となる存在。

 アルミリアが闇夜に住まう死の女神ならばサマリアは白銀の世界に住まう生の女神。


 綺麗だ。

 美しい。

 真っ白なその身を、真っ赤な血で染めて欲しいと言わんばかりに。

 いいよ。

 染めてあげる。

 お望み通り、僕らの手で。

 原型がなんだったのかもわからないほどにけがしてあげる。

 の心のようにね。


 そうして歩み寄る僕らを前にしてサマリアは怖気付く様子もなく、口を開いた。


「おかえりなさい、無事だったのですね」


 僕とウィッチの足がぴたりと止まった。


“無事だったのですね”


 どの口がそんなことを言ってるんだよ。

 誰のせいで側近は命を落としたと思ってるんだ。

 誰のせいで隼人の心は傷ついたと思ってるんだ。

 誰のせいで僕らが哀しみを背負ってると思ってるんだ。

 誰のせいでこの世界が終わりを迎えようとしてるんだ。

 やっぱりだ。

 もうは救いようがない。

 僕らで倒してアルミリアに委ねなきゃ。

 僕らでこの世界を護らなきゃ。


 そんな僕をよそにサマリアは言葉を継いでいく。


「······? どうしたのです? さぁ、こちらにおいでください。さん」

「リアザル······? 誰のことだよ」

「何を仰るのですか? こんな時に冗談なんてあなたらしくない。魔王リアザル。あなたの事じゃ······」


 そこでサマリアの言葉は止まった。

 驚いたように少し眼を見開いて。


「あなた、リアザルさんじゃありませんね······?」

「そうか······。リアザルっていうのはの魔王のことなんだね。じゃあ残念ながら違うよ。僕は魔王。理だ」

「理······魔王······? っ! そうでしたか! あなたが私が召喚した3人のうちの1人ですね!? だから外見も、声も、纏う雰囲気も、何もかもが同じなんだ······!」


 そう言ってサマリアはひとり、納得したように顔を弛めた。

 だけど僕の顔は真逆に進む。


 ······?

 何を言ってるんだ。

 ここに来て今更しらを切る気なの?

 こんな見え見えの嘘をついてまで?

 僕はアルミリアに召喚されてここに来たんだ。

 魔族を、人間を、この世界を護るため。

 だからこうして僕は今、サマリアの眼前に立ってる。

 憎悪を向けて。

 それを知っているはずなのにこいつはとぼけている。

 僕にはもう理解ができない。

 何を考えてるのかわからない。

 いや、理解する必要もないのかもしれない。

 だってこいつは今から僕らが殺すんだから。

 殺してアルミリアにすべてを託すんだから。

 そこに情なんて必要ない。

 情けをかけるのすらもったいない。

 側近の、隼人の、みんなの無念を晴らすんだ。

 終わりの世界で笑い合うために。


「話をするのも無駄みたいだね······」


 これにサマリアはキョトンとしながら返す。


「······? どういうことでしょう······? ようやく会えたというのに。さぁ、理さん、ウィッチさん。ともに世界を救いましょう。姉様の、アルミリアの手から護るのです。私とともに······!」


 僕はウィッチをちらりと見た。


「殺るよ、ウィッチ」

「あぁ。始めるか。あたいらで護ろう」


 そんな僕らを前にしてサマリアは両手を広げる。

 まるで僕らを祝福するように。


「さぁ、行きましょう! この世界のために······!」

「断る。そして、さよならだね」


 その言葉を合図に僕とウィッチはサマリアへ向けて駆けだした。

 憎悪とともに。

 僕らの使命を全うするために。

 僕らの心は冷たく、渇いていた。



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