121.操り人形は舞台で舞う


「では私は先に向かいます。ご武運を。······転移魔法」


 その言葉が自らの耳に届いた時には既にアルミリアの視界は変わっていた。

 雲の上に位置する天界からその真下、王宮の地下に位置する“水晶の間”へ。

 剥き出しの岩に囲まれた、半径20mほどの円形の部屋。

 その部屋の最奥にはふたつの巨大な水晶が鎮座していた。

 右にあるのは、壁に埋め込まれた小さな水晶から放たれる光に照らされて眩く輝く魔水晶。

 左にあるのは、放たれた光を呑み込み、消し去る暗黒の呪水晶。

 どちらも、の登場に色めき立つように共鳴して何かを語りかける。

 語りかけるその声は福音か、はたまた凶報か。

 その様子を、アルミリアは幼子を愛でるように微笑んで見つめる。


「ようやく······ようやくです。ついにこの醜い争いに終止符が打てるのです······」


 アルミリアは死の女神である。

 その役目は誕生したものに終わりを授けること。

 永遠という地獄から解放してやること。

 そしてもうひとつ、最も大切なものがある。

 道を違えた未熟な種を呪いで滅すること。

 未熟なものたちを更生させることなどはなから頭にない。

 道を違えたならばその種は未熟で邪魔な存在であると信じて疑わない。

 だからこそのものたちの欲望も、崇拝心も、何もかも利用して己の信じる道を突き進んできた。

 そこに一片の後悔もない。

 己こそ正義であると信じきっている。


 故に対立は避けられなかった。

 真反対の役目を与えられ、動く妹との。

 もう数え切れないほどの争いを繰り返してきた。

 その度にどちらも傷つき、傷つけあった。

 姉妹でありながら。

 アルミリアは嫌気がさしていた。

 生まれてくるものたちのその全てが道を違えていくことに。

 何度生み出そうとも彼らは私利私欲に溺れ、奪い、傷つける。

 理想とする道を理解していながら、どの種も誤った道を選んでいく。

 アルミリアは必死に理由を考えた。

 どうして彼らはアルミリアの思い通りに、敷かれた道の上を進んでくれないのかと。

 そしてついにひとつの答えに辿り着く。


“サマリアが未熟であるが故”


 彼らを生みだす生の女神として役割を与えられた妹、サマリアが未熟なのが全ての元凶ではないか、と。

 蛙の子は蛙である。

 生みの親であるサマリアが稚拙であるならば、生まれてくるものたちが稚拙であるのも合点がいく。

 彼女はそう考えたのだ。

 ならば己の果たすべき仕事は何だろうか。

 死の女神として、やらねばならぬことは何だろうか。

 そうして行き着いた先にあったのがサマリアを取り込むこと。

 つまり、生の女神としての役割も自分が果たせば良いという考えである。

 これまで幾度となく争いに勝利を収めてきたことからもわかる通り、元来アルミリアの方が力は上。

 戦闘狂な性分は伊達ではない。

 だが妹を取り込むとなると、そう容易くことは運ばなかった。

 毎度毎度、あと一歩のところで逃げられてしまう。

 時にはを盾にしてまで。


 だが今回はそうはいかない。

 サマリアに味方するものたちは先の戦いで人間に捕らえさせた。

 取り込むために、水晶の力を借りる準備を進める時間も十二分に稼げる。

 あとは理とウィッチが上手くやってくれるのを待つのみ。

 今しかない。

 恐らく、これ以上の好条件が揃うのは後にも先にもこの時しかない。

 アルミリアにはそんな確信があった。


「頼みましたよ······理さん、ウィッチさん······。働いてください。そうしないと側近さんは······ふふっ······無駄死にですからね······。うふっ······ふふふっ······」


 側近を隼人に殺させたのはサマリアであり、このすべての元凶は彼女である。

 そう見せかけるための演技は上手くできたと自負している。

 その手応え通り、ふたりはサマリアに怒りをあらわにした。

 隣に立つ彼女の本意など気づきもしないで。

 感情も、行動も、すべてが掌の上。

 舞台はこの世界地獄

 踊る彼らは操り人形。

 その手網を掌握するは死を司る女神。

 ならば待ち行く先は言わずもがな。

 糸を切り、人形を粉々に踏み潰し、舞台を燃やし尽くすのみ。

 笑うのは灰燼と化した世界にひとり立つ彼女だけ。

 すべては筋書き通り。

 あとは台本通りに演じ切るのみ。

 アルミリアの口から自然と笑みが零れた。


「くすっ······あは······あははははっ······」


 そんな彼女の元にが擦り寄ってくる。


「何やら上機嫌でございますな、アルミリア様」


 のものに媚を売る卑しい声。

 この声の底に居座る魂胆は己だけは助かりたいというにあってはならぬ気持ち。

 だが、アルミリアにとってこれほど使い勝手の良い人形などそうはいない。

 だから最後の時まで自らの傍で働かせていた。

 理たちには傀儡としてデュラハンを紹介したが、実際は違う。

 人間の国王であるデュラハンもまた、アルミリアの操り人形なのだ。


「あぁ、デュラハンさん。なに、私の念願がもう少しで叶うと思うと嬉しくて仕方ないのですよ」

「ふふ······。そのお気持ち、よくわかりますとも。いよいよでございますね」

「えぇ、そうですね。ところでデュラハンさん、首尾の方はいかがですか?」


 するとデュラハンは口元をにんまりとさせた。


「お申し付け通り、我が国民は順次魔人としてデグリア山へと送っております。これで魔族も一網打尽でしょう······。ふっふっふ······劣等種魔族どもの慌てふためく姿が眼に浮かびますわ······」


 デュラハンは知らない。

 自身が傀儡でしかないことを。

 踏み潰されるだけの人形でしかないことを。

 信じきっているのだ。

 国民を捧げることで自分だけは助かると。

 そこに罪悪感など欠片も無い。

 己が助かるのならばその犠牲は無駄ではないと思い込んでいる。

 何もかもが自己中心的。

 国王でありながら。

 いや、国王であるが故に。

 だからデュラハンは予想もついていない。

 これから自身に起きる惨劇が。


「よくやってくれました。これで私の願いはもうすぐそこです」

「えぇ、そうでしょうそうでしょう。これだけ働いたのですからその暁にはぜひ私めを······」


 反吐が出るほどの邪悪。

 上のものに媚びへつらって己のみが生きる道を選ぶ。

 アルミリアが一番嫌いな存在。

 未熟で邪魔な、滅したい存在。

 だからこそ


「えぇ、そうですね」

「ひっひっひ······ありがとうござ」


「さよなら、ですね」


「い······え? アルミリア様······今、なんと······?」

「あら、聞こえませんでしたか。さよならと、言ったのですよ」

「さよ······なら······?」


 言葉が上手く飲み込めないのか、デュラハンはキョトンとした表情を浮かべた。

 さよならという言葉の意味がわかっても頭が、心が拒絶する。


「あの······アルミリア様······それは······どう、いう······?」

「ん? こういうことです」


 アルミリアはデュラハンに向けて掌を突き出した。


「いや······あ、あ、や、やめて······! こ、国民を差し出せば私の身は無事だと、い、言ったではないですか!」

「あら? そうでしたか? 忘れてしまいました」

「そ、そんな······な、何をご冗談を······ははっ······」


 デュラハンの顔は引き攣った笑みをなんとか作ろうと必死にもがいている。

 だが、身体は言うことを聞かない。

 腰が抜けて不甲斐なく尻もちを着いた。

 立ち上がろうにも、脚が生まれたての子鹿のように震えて上手く動かせない。

 身体を支える手も上手く力が入らない。

 身体中を冷や汗が伝う。

 身体の芯から震えが襲ってくる。

 そんなデュラハンをアルミリアは冷たく見下ろす。


「ではさよなら、醜き人よ」

「いや、やめて! やめ」


“パァン!”


 弾けた。

 脳漿を、血飛沫を、肉片を撒き散らして。

 汚く、醜悪に。

 身体の至る所からが突き出している。

 醜き国王は最後、自身の心の闇に突き破られて死んだのだ。

 おあつらえ向きな方法で。


 顔にかかったどす黒い血を拭うと、アルミリアは水晶へと向き直った。


「さぁ、水晶よ。最後の刻です。よろしく頼みますよ」


 その顔には子どものような、無邪気な笑みが張り付いていた。




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