123.神に天罰を降す


 駆けだした僕らを前に、サマリアは戸惑いを見せた。

 広げた両手がだらりと下がる。


「どうされたのですかふたりとも!? どういうことなのです!?」


 何言ってるんだ。

 神なんだから僕らの心なんてよく分かってるだろうに。

 それでもこうしてとぼけるんだから思い知らせてやるんだ。

 僕らがどれだけこの時を想い焦がれてきたのかを。

 僕という人間がどれだけお前のことを憎悪しているのかを。

 さぁ始まりだ。

 僕らの手で護るんだ。

 大切なものたちを。


「闇魔法······!」


 走る僕の影から黒腕が勢いよく飛び出す。

 まるで僕の心の内を写し出すように、吸い込まれるような黒色をしている。

 そこに熱は無い。

 どこまでも冷たく、どこまでも重たい。

 僕のサマリアに対する想いそのものだ。

 想いの丈を今、ぶつける。


「はっ······!」


 黒腕の射程圏内に入った瞬間、僕は右拳を振った。

 真っ直ぐにサマリアへ向けて。

 するとそれに呼応して、僕の右背後から黒腕が唸りをあげて突き出る。

 それを見てウィッチがにやりと笑った。

 立ち止まって両の掌を前に突き出す。


「水魔法!」


 その言葉が口から放たれた瞬間、黒腕に荒削りの氷が纏わりついた。

 黒腕がそのままサマリアを襲う。


「くっ······! 土魔法!」


 サマリアの前に岩壁が出現した。

 厚さはゆうに1mを超える。

 だけどそんなのどうだっていい。

 ぶつけるだけだ。

 僕らの想いを。


「行け······!」


“グワシャッ······!”


 衝突。

 ――するまでもなかった。

 黒腕が触れた瞬間、岩壁は脆く崩れていく。

 瓦解した岩と削れた氷が宙を彩りで包む。

 岩と氷が月明かりを反射して夜景のように舞う。

 その鮮やかな空間を場違いな黒が突き抜けていく。

 真っ直ぐに。

 暗く、重たく。

 僕らの想いを乗せて。

 そして無防備なサマリアに無数の黒が襲いかかった。


“ドガガガガガガガッ!”


 袋叩き。

 悲鳴すら逃すことなく打ちのめす。

 黒腕から伝わってくる確かな手応え。

 これでケリがついても構わない。

 サマリアが仕留められるなら。

 側近の、隼人の、みんなの思いに応えられるなら。

 待ち望んだ時なんだ。

 ほんとはもっともっとサマリアに罰を刻み込まなきゃいけない。

 だけど一刻でも早く僕らの心を、この世界を晴らさなきゃ。

 さぁ、サマリア。

 そのまま倒れてろ。

 僕らの思いに潰されて“死ね”。


 数秒後、すべての黒腕を打ち終わると辺りを砂埃が包んだ。

 ただでさえ仄暗いこの空間の視界がさらに悪くなる。

 ひとまず僕は打ち終えた黒腕を元いた影へ戻してやる。


「やった······のか······?」


 ウィッチの声が僕の背後から聞こえる。

 その声には若干、歓喜の色が混じっているように感じた。

 喜ぶウィッチの顔が眼に浮かぶ。

 いつもなら微笑ましくも感じるだろう。

 だけど、僕は歓喜していられるほど心に潤いがなかった。

 心に広がるのは荒れ果てた大地。

 至る所にヒビが入り、空に稲光が走る。

 そこに生命の息吹など感じられない。

 荒涼とした土地が果てしなく続くだけ。

 憎悪という氷のように冷たく、鉛のように重たい感情が渦を巻く。


 だから自然と冷たく返してしまう。


「······何喜んでるの? まだ終わってないのに」

「······っ! わ、悪かったね······」


 そう言ってウィッチは眼を伏せた。


 そうだ。

 僕らに喜んでいる暇なんてないんだ。

 サマリアの骸を確認して、アルミリアの元へ届けなきゃ。

 それでようやくこの世界を護りきったと胸を張れる。

 そうだよね、側近。

 見ててね、側近。

 僕らの手で平穏を掴み取って見せるからね。


 そうしているうちに次第に砂埃が晴れていき、視界が開けていく。

 見ると黒腕をぶつけた場所は大きな窪みになっていた。

 その中心にサマリアが横たわっている。

 真っ白な肢体に真っ赤な血が踊っている。

 純白だった衣服は所々破れ、純血に染っている。

 手応え通りだ。

 手応え通りだけど多分立ち上がってくるんだろうな。

 だって曲がりなりにもこいつは神なんだから。

 むしろこの程度で倒れるようじゃ興醒めもいいとこだよ。

 なんのために僕らがこれまで苦しんできたのかわからなくなるからね。


 すると予想通りと言うべきか、サマリアの手がぴくりと動いた。

 そしてゆっくりと身体を起こしていく。

 顔から、腕から、胴から血が滴り落ちる。

 血の池、とまではいかなくともサマリアの足元を朱に染めていく。

 汚く。

 これまでサマリアがやってきたことを思えばおあつらえ向きだ。

 むしろこの程度ではまだ足りない。

 もっともっとその身に思い知らせるんだ。

 罰を。

 神に天罰をくだす。

 一見矛盾するような所業だけどそれが僕らの使命なのだ。

 遊びはいらない。

 だがく必要も無い。

 僕らの全力をぶつけるだけ。

 さぁ立てサマリア。

 また倒してやるから。

 二度と起き上がれないように、己の過ちを理解できるように僕らが叩き込んでやるから。

 さぁ、来い。


 そんな僕の思いを知ってか知らずか、サマリアはゆっくりと立ち上がった。

 身に纏う白を赤に濡らして。


「はぁ······はぁ······。よ、ようやく······わかりました。姉様、ですね。おふたりは······姉様に唆された。そういう、こと、ですね······」

「唆された······? 何を勘違いしてるかはわかんないけど僕らは僕らの意思でここに立ってる。サマリア。お前を倒すために、ね」

「そう、ですか······」


 するとサマリアは一度息を吐いた。

 顔が一気に引き締まる。

 ようやく臨戦態勢に入るってことかな。

 なら僕だって。

 全力でもって叩きのめすのみ。

 手抜きは必要ない。

 護るものたちの顔を思い浮かべるんだ。

 彼らがこいつのせいでどれほど苦しんできたか、考えるんだ。

 よし、いくよ側近。

 仇は必ずとるからね。


 僕は地面を蹴った。

 ぐんと加速してサマリアに急接近する。


「闇魔法!」


 両拳に闇魔法を纏わせる。

 想いを乗せて。


「サマリアァァァッ!」

「火魔法!」


 応戦するサマリアは両拳を赤熱させる。

 そして


「「はっ!」」


“ズドン!”


 僕らの右手が真正面から衝突した。

 僕の右手から肌の焦げる臭いが立ち込める。

 くゆる拳。

 でもそんなこと気にしてられない。

 痛みならもう慣れた。

 その痛みを何倍にもして返してやる。


「はぁぁぁぁぁあ!」


 そのままサマリアの右手を押し切った。

 右手を弾かれてサマリアの身体が傾く。

 好機だ。

 ここを攻めるんだ。

 想像するんだ。

 硬く、鋭く。


「闇魔法!」


 サマリアの影から黒腕がせり上がると、その形状が僕の想像通り、鋭く尖る。

 そしてそのまま彼女に向かって飛び出した。

 串刺しにしてやる。

 身体を突き破って原型を留めぬほどぐちゃぐちゃに。


 だけど彼女だって黙ってやられるような、やわな相手じゃない。


「光魔法!」


 不利な体勢から光魔法を発動。

 光球を頭上に出現させると間髪入れずに黒槍に向けて魔法を照射した。

 かき消される槍たち。

 やっぱりそう来るよね。

 ならば


「ウィッチ!」

「あいよ!」


 体勢を崩しているサマリアの頭上からウィッチが飛びかかった。

 その手に氷の剣を携えて。


「くらいな!」


 そのまま氷の剣をサマリア目掛けて振り下ろす。


「くっ······!」


 サマリアはその攻撃をなんとか身をよじってかわそうとする。

 だけど僕らの方が一枚上手だったみたい。

 サマリアの左肩を氷の剣が掠めた。

 立ち上る血飛沫。

 返り血がウィッチの顔をまだらに染め上げる。

 サマリアは血を垂れ流しながらごろごろ転がっていく。

 彼女が顔をしかめる。

 今の傷が決して浅くなかった証だ。


 そんなサマリアはなんとか体勢を立て直して立ち上がった。

 肩で息をしながら。


「理さん、ウィッチさん······やり、ますね······」

「いやいや、まだこれからだよ。覚悟してね······!」


 それを合図に僕とウィッチは再び駆けだした。

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