115.背ける


「僕はこのバティと一緒に王宮の地下に向かうことにする。スターンとフラーシャはなんでここに魔人が集まってたのか調べてくれない? 多分そこにアルミリアの思惑があるはずなんだ」


 それにスターンとフラーシャは力強く頷く。


「あぁ、わかった」

「えぇ、わかりました。お二人ともお気をつけて」

「うん。よしじゃあバティ、行くよ」

「おう!」


 その言葉を合図にバティとリアザルの2人は屋根から飛び降りる。

 そして魔人の惨たらしい死体を掻き分けて王宮へ向けて駆けていった。

 何としてでもアルミリアの凶行を止める。

 魔族も人間も護る。

 そんな覚悟をそのちっぽけな胸に秘めて。


 そうして駆けていく2人の背中を見届けると、スターンとフラーシャの2人も屋根から地上へと降り立った。


「私たちも行きましょう」

「あぁそうだな」


 短く言葉を交わすと2人もまた駆けだした。

 身に染みるような濃い腐臭の中へと。

 その醜悪な臭いは、呪いの恐ろしさを体現しているようで酷く心地の悪いものだった。

 そして今なお聞こえてくる“魔王を殺す”の大合唱と逃げ惑う人々の恐怖に歪んだ嘆き。

 ここエンプティオはまさに地獄。

 故郷を、人々を護りたい。

 だからこそその身に帯びた使命を何としてでも果たさねばならない。

 そんな決意がふつふつと2人の胸の奥底からわいてくる。


 一先ず、目指すは王宮とは対の位置にある時計塔。

 その道程に転がる凄惨な亡骸には目もくれず、2人はその歩を進めていく。

 2人ともわかっている。

 もう魔人となってしまえば自分たちにしてやれることなんてないことを。

 リアザルのとった行動がせめてもの情けであることも。

 だが心のどこかで思ってしまう。

 申し訳ないと。

 自分たちの力が及ばなかったせいで護れなかったと。

 勇者と賢者という立場でありながら何もしてやれなかったと。

 悔いる。

 自責の念に駆られる。

 けれど、いや、だからこそ2人はその現実から目を背けることにした。

 後悔なら後からいくらでもできる。

 今はその“後の世界”を創るためにその身を費やす。

 2人の心は自ずとその方向に向いていた。


 そんな中、スターンには1つ気づくことがあった。


「なぁフラーシャ」

「はい、なんでしょう?」

「だんだん増えてないか?」


 その問いにフラーシャは疑問で返す。


「何がです?」


 だからスターンは明確に言葉を紡ぐ。


「|魔(・)|人(・)|の(・)|数(・)だよ。時計塔に近づくにつれて倒れてる数が増えてる気がするんだ」

「そういえば······」


 道を進むにつれ、魔人の亡骸は所狭しと敷き詰められており、次第に足の踏み場もなくなっていたのだ。

 それにつれて腐臭はその濃さを増していく。

 紫の飛沫が石畳を染め上げていく。

 まるで怨念でも渦巻いているかのような、どんよりとした空気が辺りを漂っていた。


「時計塔に何かあるのでしょうか······?」

「わからない。だが急ぐぞ。早急に調べる必要があることは確かだ」

「はい!」


 そうして2人は足を速める。

 魔人の亡骸を踏み台にして翔ぶように駆けていく。

 あまりの魔人の多さにもう道に踏み場は無かった。

 魔人も元を辿れば1人の人間である。

 足蹴にすることに決して少なくない罪悪感を感じながら、そこから目を背けて時計塔を目指す。

 すると次第に時計塔の根元とそこに立つ1人の男が見えてきた。

 その身に鎧を纏っていることから恐らく兵士であろうことが見て取れる。

 だが、その眼は死んでいた。

 口の端からは涎を垂れ流し、呆けた表情を浮かべている。

 そこにこの兵士の意思があるとは到底思えない。

 そんな兵士の前にスターンとフラーシャは降り立った。


「この人も呪いに······?」

「恐らくそうだな······」


 また眼の前に力の及ばなかった結果、産み出された悪夢が転がり込んできた。

 目を背けると決めた。

 それでもやはり胸が痛む。

 すると唐突に眼前の兵士が口を開く。


「よく来た我が同胞よ」

「なんだ······!?」


 兵士が虚ろな瞳で2人を見ながら、感情の欠落した声で呟く。

 そんな姿を前に、スターンとフラーシャは瞬時に臨戦態勢へと移る。

 だがそんな2人をよそに兵士の口からは起伏のない音が零れ続ける。


「そなたらに我らが女神の御加護があらんことを」


 その言葉とともに手に持つ槍の柄を一度だけコツンと地につけた。

 すると次の瞬間――


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 2人の身体は澄んだ光に包まれた。

 あまりの眩しさに思わず顔を手で覆う。

 そして時間にしてほんの数秒。

 気がつけば2人を包む光は、夜空を飛ぶ蛍のように散り散りになって消え去った。

 何が起きたかもわからぬまま、2人はゆっくりと覆う手を下げていく。

 すると眼に飛び込んできたのは


「なん······じゃこりゃ······!?」

「そん······な······」


 “血”だった。

 真っ赤で鮮やかな血。

 純紫でおぞましい血。

 それが混ざりあって黒く澱んだ血。

 見渡す限りの血、血、血。

 そして至る所に捨てられた|魔(・)|族(・)の死体。

 頭を食いちぎられたもの。

 上半身を捻り潰されたもの。

 強引に左右に引き裂かれたもの。

 腹を突き破られたもの。

 焼き捨てられたもの。

 思わず眼を閉じてしまいそうになるような凄惨な光景。

 むせ返るような濃い臭いが空気を満たしている。

 そんな戦禍の最中に唐突に放り込まれた2人は、状況を把握出来ずにいた。


「なんなんだ······どこなんだここは······? 俺たちはついさっきまでグローリア通りにいて······」

「えぇ、それで急に光が······」


 困惑する2人の背後から突然軽い声がかかる。


「あれぇ? なんでスターンとフラーシャがいるのぉ? どうやって逃げたのさぁ」


 張り詰めた空気に似つかわしくないその声色にさらに困惑しつつ、音のした方へと振り向く。

 するとそこに立っていたのは魔法使いのタカシだった。


「お前は······タカシ······!」

「そうだよぉ。よく覚えてたねぇ。まぁ、忘れたくても忘れられないかぁ」


 そう。

 スターンとフラーシャの2人はいつの間にやらデグリア山の麓へと飛ばされていたのだ。




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