114.瞳


「お前は······?」

「ん? 僕? 僕は魔王だよ」


 理と瓜二つなこの男はさらりと言い放った。

 理と同じ、素直で純な黒の瞳がバティを見つめる。

 魔王。

 その言葉でひとつ、バティには思い当たることがあった。

 それはかの邪神アルミリアの話だ。


“魔王は現在、人間により捕らわれています”


 アルミリアはたしかにそう言った。

 つまりそれは事実で今までこの男は人間に捕らわれており、この混乱に乗じてスターン、フラーシャの2人とともに脱出してきたのではないか。

 アルミリアに敗れたこいつらは今さらこの地獄にのこのことその姿を見せたのではないか。

 バティはそう考えたのだ。


「魔王······。つまりお前は理じゃなくてリアザルなんだな······? |本(・)|当(・)|の(・)|魔(・)|王(・)なんだな······?」

「うん。僕はリアザルだよ。でも本当の魔王ってどういうこと······? それに理って······?」


 純な瞳は不思議そうに、変わらずバティを見つめる。

 だがバティにはその瞳が無性に腹立たしかった。

 腹の底からふつふつと熱い感情が込み上げる。

 こいつが、リアザルがアルミリアに負けることがなければそもそも理はこんな理不尽な運命に巻き込まれることはなかったのだ。

 こいつのせいで理は親友とその命を賭して死闘を繰り広げなければならなかったのだ。

 そしてバティの友たちが使徒などという化け物に身をやつすこともなかった。

 その友を自らの手で斬り殺すなんてこともなかったはずだ。

 それを思うと筆舌には尽くしがたい怒りがバティの心を支配する。

 口をついて思いの丈が溢れ出てくる。


「理ってのはな······お前の、いや、お前らのせいでこことは違う世界からやってきた、お前の代わりの魔王のことだよ······! お前らさえアルミリアに負けなけりゃあいつは辛い思いをせずに済んだんだよ!!!」


 いきなりの怒声に少し眼を見開いたリアザルだったがすぐにホッとしたように一息ついた。


「そっか。良かったよ。じゃあ僕らの魔法は成功してたんだね。ならあと2人い」

「ふざけてんのかてめぇッ!!!」


 言葉の勢いそのままにバティはリアザルの胸倉を掴んだ。

 鼻息荒く、胸倉を掴むその手は怒りにわなわなと震えている。

 その行動がこの地獄のど真ん中において場違いであることは百も承知だ。

 だが、バティはそうせずにはいられなかった。

 リアザルの悪びれる様子すら皆無なその態度が気に食わない。

 この事実を突きつけられた上で“良かったよ”と、理と同じ声で呟けるその心根が気に食わない。

 不思議なほどに変わらない表情が気に食わない。


 一方でリアザルはひどく落ち着いた様子で、胸倉に掴みかかるバティの手に自らの手をそっと添えた。

 そして一拍おいてはっきりと言葉を発する。


「君こそ、ふざけてるの?」

「あぁ!?」


 苛立つバティはぶっきらぼうにそう返す。


「そういえば名前、聞いてなかったね。君なんていうの?」

「バティだ······!」

「そっか。バティ、よく聞いて」


 そう告げるリアザルの瞳は幼子を諭すように真っ直ぐにバティの瞳を見つめていた。


「君がその理とどういう関係かは知らないけど今はそんなこと言ってる場合じゃないんだ。魔族と人間の命が懸かってる。この世を繋ぎ止める瀬戸際なんだ」

「んなこたぁ知ってるよ! それもこれもお前らがアルミリアに負けたせいじゃねぇかよ!」


 バティのその言葉にリアザルは顔をピクリと強ばらせた。

 今までの落ち着き払った態度とは一転して少し焦りすら見える。


「どうしてバティはそのことを知ってるの······?」

「あ!? んなこと説明してる時間ももったいねぇよ!」


 そう言ってバティは己の胸をドンと叩く。

 もう一度自分のやるべき事を噛み締めるように。


「俺にはこの世界を護るための使命がある······!」

「その使命って······?」

「魔水晶と呪水晶の破壊だよ!」

「んな······!?」


 バティの発した言葉にリアザルは驚き、目を見開いた。

 魔水晶と呪水晶の破壊。

 その言葉の意味が理解出来たから。

 つまり、この世から魔法と呪いを消し去ること。

 この世の|理(ことわり)を改変すること。

 リアザルはその重みが理解出来ないような抜けた男ではない。

 だからこそひとつの決心をする。


「魔水晶と呪水晶はたしか王宮の地下にあるんだったね」

「あぁ」

「······わかった。そこまで僕がバティを援護するよ」

「······は?」


 思わず胸倉を掴むバティの手が緩む。

 それほどバティにとっては突拍子もない提案だった。


「多分アルミリアも王宮の地下だけは護衛を置いて警戒しているはず。ただの人間1人でいくには危険すぎる。それに」


 リアザルは瞳と添える手に力を入れ直し、しっかりとバティの瞳を見据えた。


「それが成功すれば魔族も人間も護れるかもしれない」


 バティにはその力強い瞳が理と重なって見えた。

 誰かを護る。

 そう心に決めた時のあの頼もしい理と。


「水晶を破壊する算段はついてるの?」


 リアザルが問う。


「あぁ。この|晶刃(しょうじん)を使って破壊する。こいつは大司祭のナルヴィンから託された代物だ」


 そう言ってバティは懐からスラリと、月明かりに煌めく刃を覗かせる。

 濁りのない無垢な刃を。


「そっか······。ナルヴィンさんはついに完成させてたんだね······。わかった。今すぐ行くよ」


 その言葉を受けてバティはリアザルの胸倉から手を離す。

 怒りが収まったわけではない。

 今でも場違いな怒りはふつふつと湧いてくる。

 だが一方で、リアザルのことは頼れるという考えも頭に浮かんでくる。

 さっき魔人の攻撃を闇魔法でいとも容易くすり抜けた。

 少なくとも理と同等以上の力を持っているはずだ。

 ならば利用できるならとことんしてやろう。

 それが人間も魔族も護るための最短の道になるはずだから。

 バティはそう考えた。

 だからバティは離した手をすっとリアザルの方へ差し出す。


「よろしく頼む······! だが勘違いすんなよ!? 俺はお前らを許しちゃいねぇからな······!」


 それを見てリアザルはニコッとして差し出された手をぎゅっと握る。


「うん。こっちこそよろしくねバティ」


 その笑顔はどこまでも理と同じだった。

 澱みのない、爽やかな笑み。

 バティにとってはそれが気に食わないような心強いような。

 複雑な心境になりながらもしっかりと握り返す。


 そんな2人がいる屋根にスターンとフラーシャが駆け上がってきた。


「おいリアザル何してる!? 急がないと魔人が集まっちまったぞ!」

「ん?」


 そう言われて2人がグローリア通りへと眼を向けると2人を見つめて魔人が臨戦態勢に入っていた。

 バティの背筋が凍る。


「こいつは······やばくねぇか······?」


 だが一方でリアザルは何事もなさげに周囲を見回すと1人、屋根の端に歩を進める。


「お、おいお前······!」


 そんなバティの言葉にちらりと眼を向けてリアザルが口を開く。


「いい? バティ、覚えといて。どんな生き物でもね、心のどこかには闇を持ってるもんなんだよ」


 そしてゆっくりと魔人たちへ向けてその手をかざす。


「闇魔法」


“ズドン!!!”


 辺りに鈍い音を残して魔人の胸を黒腕が突き破って飛び出した。

 鮮やかに紫の血が飛沫をあげる。

 その様はまるで黒薔薇が咲き誇ったように華麗で艶やかだった。

 バティが思わず見惚れてしまうほどに。


「なっ······!」


 バティが驚嘆の声をあげるのと同時、咲き誇った黒薔薇が散り、魔人は力なく崩れ落ちた。

 そしてリアザルはゆっくりとバティの方へ振り向く。


「驚いた? 魔王たるもの、強くなくてはならない。それが僕の矜恃だからね」


 そう言ってリアザルはもう一度かざす手に力を込める。


「使徒になっちゃう前に頭を潰しとかなきゃ。闇魔法」


 その声に呼応して、魔人それぞれの影から大きな黒腕が生えてくる。

 そして――


“グシャリ”


 魔人の頭はトマトのように簡単に潰されてしまった。

 それを確認するとリアザルは3人のいる方へ向き直る。


「僕はこのバティと一緒に王宮の地下に向かうことにする。スターンとフラーシャはなんでここに魔人が集まってたのか調べてくれない? 多分そこにアルミリアの思惑があるはずなんだ」


 それにスターンとフラーシャは力強く頷く。


「あぁ、わかった」

「えぇ、わかりました。お二人ともお気をつけて」

「うん。よしじゃあバティ、行くよ」

「おう!」


 その言葉を最後に4人はそれぞれの使命を果たすため、走り出したのだった。

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