113.危機一髪


 リアザル、スターン、フラーシャはひたすらに地上への階段を駆けていた。

 その胸に宿す想いはみな同じ。

 邪神アルミリア、その悪魔が如き人類、魔族殲滅という所業をその身を犠牲にしようとも食い止める。

 一度はアルミリアの強さが故にみな敗れた。

 でも心は折れていない。

 次こそ人類、魔族を護る。

 その信念を持って。


「2人とも聞こえる? あの足音は間違いなく魔人だね」

「あぁそうだな。それもこの数は······」

「もう人間はあまり残っていないかもしれないですね······」


 そう言うスターンとフラーシャの顔は焦りが見えていた。

 魔人になった者、魔人に襲われた者。

 その犠牲の数は計り知れないだろう。

 それを思うと胸が痛むと同時に自分たちの弱さ、不甲斐なさが波状攻撃をかけてくる。

 3人とも心のどこかではわかっている。

 サマリアの加護をもってして歯が立たなかった相手に今の自分たちでは到底太刀打ちできないことも。

 だが決めたのだ。

 護ると。

 そのためにその身をなげうつ覚悟はとうにできている。

 だから長い螺旋の階段をひたすらに駆け上がる。


 そしてついに月明かりがその出口を照らす。


「見えた······! 行くよ2人とも!」

「おう!」

「えぇ!」


 声とともに3人は飛び出した。

 久方ぶりの地上へ。

 すると3人の眼に飛び込んで来たのは――


「んなっ······!?」


 まさに地獄だった。

 スターンが思わず声を上げてしまうほどに。


「まさかこんなに多いとはね······」


 まず驚かされたのはその魔人の多さ。

 恐らく魔人によって壊されたであろう、瓦解した王宮の壁から見える光景は圧巻だった。

 エンプティオ一の大通り、グローリア通りを山のような巨躯が埋め尽くしている。

 その眼には相も変わらず生気がない。

 そして殺気溢れる禍々しき紫の筋。

 見ただけで思わず背筋が凍ってしまう。

 リアザルは改めて覚悟した。

 もう護るべき対象はかなり少なくなっているだろうと。

 であるならばなおさら急がねば。

 一人でも多く護るために。


「急ぐよ······!」


 その言葉を合図に再び3人は駆けだした。




___________________________________






「なん······じゃこりゃ······」


 想像はしていた。

 バティの出来うる最悪の事態は想定していた。

 だがこのグローリア通りの事態は想像だにしていなかったと言うしかなかった。

 想像を超える絶望。

 そこに広がっていたのは地獄と形容する他ない惨劇だった。

 まず眼に入るのはやはり魔人の多さ。

 聞こえてきた足音から多いであろうことは想像していた。

 もちろんその数はその予想を遥かに上回っていたのだが。

 道幅20mはあるであろうグローリア通りを所狭しと魔人が覆い尽くしている。

 あの巨躯が。

 あの狂気の化身が。


 そしてバティの想像を超えたもの。

 それは溢れかえる人だった。

 頭を捻り潰された母親の惨死体、その横で咽び泣く赤子。

 千切れた腕を抱えながら逃げ惑う人、潰れた下半身を引き摺りながらもがく人。

 救いあれと神に祈りを捧げる人。

 その神がこの地獄の元凶であるなど思いもよらずに。

 むせ返る血の匂い。

 阿鼻叫喚の悲痛な声。

 “魔王を殺す”の大合唱。

 多種多様な人、人、人。

 そのどれもが絶望に打ちひしがれ、悲しみにくれていた。


 その様を目の当たりにしてバティは思わず足を止めてしまった。

 もちろん、蔓延る魔人の恐怖のせいもある。

 いくら覚悟を決めたからと言って恐怖がないと言えば嘘になる。

 だがそれ以上に溢れかえる人に思わず足がすくんでしまった。

 己が護るべき人々。

 それがあまりに悲惨な姿で苦痛に喘いでいたから。

 手を伸ばせば届く場所で魔人の餌食に遭う人々。

 救えない苦痛。

 護れない苦痛。

 己の非力を呪った。

 己のあまりの矮小さに失望した。

 胸が痛む。

 酷く目眩がする。

 だがそれでも、それでもバティは進まねばならない。

 その身に刻まれた使命を果たさねばならない。

 だからギュッと拳を握りしめた。


「俺には······やらねばならないことがある······! 行くんだ······! この地獄を消し去るために······!」


 そうして、顔をあげる。

 脚に力を入れ直す。

 瞳にグッと力を入れ直す。

 燃やせ。

 使命を果たせ。

 その思念で心を満たす。


「うし、行くか」


 そして再び、止めた脚を動かした。

 通りを埋め尽くす魔人の足元を縫うように駆けていく。

 その身に帯びた使命を果たすために。

 そんな時だった。

 王宮から姿を現した|と(・)|あ(・)|る(・)|一(・)|行(・)に眼が止まる。

 その服装はボロ衣で、身なりは正直みすぼらしい。

 だがひとつ、バティには見過ごせない点があった。

 その一行の先頭を行く者。

 その顔が――


「理······? 理か!?」


 そう、理と瓜二つだったのだ。

 似ているとかそんな話では済まない。

 全く同じなのだ。

 理なのだ。

 だが同時にその人物が理でないことを直感が囁く。

 理がエンプティオの、それも王宮にいるはずがないのだから。

 理は今、アルミリアとともにいるはずなのだから。

 それに後ろにいる2人。

 その2人にも明らかに見覚えがあった。

 隼人の先代の勇者スターン、そして彩華の先代の賢者フラーシャである。

 理がその2人と一緒にいるなんてことがあるだろうか。

 バティの心は不信感を隠せなかった。

 するとその一行もバティの存在に気づく。

 相手方からすればバティもまた異質な存在なのだろう。

 普通の人であればこの惨劇に逃げ惑うことだろう。

 だがバティは違う。

 一人その瞳に炎を灯し、王宮目指して一直線に駆けて行く。

 ある種、不思議な存在かもしれない。

 そんなバティと理らしき人物の眼が合った。


「そこの人! 何してるの!? 早く逃げて!」

「あぁ!? もうこの世に逃げ場なんてねぇよ! それよりどけ! 俺はその先に用がある!!!」


 どうやら声まで理と瓜二つなようである。

 でもそんな制止なんてバティが聞くわけもなく、より強く地面を蹴り飛ばす。

 だが、運が悪かった。

 声を上げてしまったこと、それが仇となる。

 辺りを覆う魔人の群れが一斉にバティの方へ視線を向けたのだ。

 活きのいい、格好の獲物を見つけたと言わんばかりに魔人どもがうめき声をあげる。

 無機質な顔から放たれる歓喜の唄。

 バティの背筋をゾクリと悪寒が襲う。

 万事休す。

 魔人どもが一斉にその腕を振り上げた。


「ウヴォアアア!!!」

「くそっ!」


 そして鉄槌が振り下ろされる――


「闇魔法!!!」


 バティの影から無数の腕が這い上がってくる。

 そして、衝突。


“ズドン!”


 盛大な地響きと砂埃を撒き散らした。

 思わずバティも眼を覆う。


「くっ······!」


 そんなバティを何者かがかっさらっていく。

 そしてあれよあれよという間に通りに隣接する家屋の屋根の上に担ぎあげられた。


「大丈夫だった?」


 そう問われ、見上げるとそこにあったのは理と瓜二つのあの顔だった。


「お前は······?」

「ん? 僕? 僕は魔王だよ」


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