116.Prayer


「お前は······タカシ······!」

「そうだよぉ。よく覚えてたねぇ。まぁ、忘れたくても忘れられないかぁ」


 そう言うタカシの口角はつり上がっていた。

 新たなおもちゃを見つけて喜ぶ子どものように。

 緊張感の欠片も感じさせないほどに。

 対して、そのタカシを前にしてスターンとフラーシャの緊張感はさらに強くなる。

 何故か。

 それはスターンもまた、隼人と同じくタカシとバーデンの手によって勇者の呪いをかけられたが故だ。

 己の糧とするため魔族を殺戮し、魔王を殺さんとする呪い。

 殺し尽くすことのみを使命付けられた機械と化す呪い。

 そこにスターンの意思はない。

 そんな身の毛もよだつ恐怖に突き落とした人物。

 トラウマと呼ぶべき存在。

 それがタカシなのだ。


「なぜお前がここにいる······!?」


 その声は震えていた。

 当然トラウマを眼前に迎えた恐怖もある。

 だがもっとスターンを苦しめるものが視界の奥にあった。

 タカシの背に広がる光景。

 一面に広がる魔族の亡骸と月明かりに照らされる血溜まり。

 そして大量の魔人たち。

 そこから察してしまったから。

 タカシがこの場所でこれまで何をしていたのかを。

 だからこそタカシは両手を大きく広げて、嬉嬉として己の成果を語る。


「なぜってぇ。決まってるじゃないかぁ。アルミリア様の御命令を果たすためにぃ、魔族を殺してたのさぁ」


 広げた手からは真っ赤な血が滴り落ちている。

 その血は無残に殺された魔族の泪のように絶え間なく流れていく。

 護れなかった。

 己がアルミリアに敗れたせいでまたも犠牲を出してしまった。

 それも取り返しのつかないほどの。

 後悔が濁流のように心を押し流していく。

 後悔は後でしようと決めた。

 そのために“後の世界”を作るとも決めた。

 だが、この現実を見せつけられたスターンとフラーシャの心は酷く傷んでいた。

 尊い命。

 それがこんなにも簡単に、こんなにも沢山尽きてしまっていいはずがない。

 それも自分たちの力が及ばなかったせいで。

 その事実を見せつけられた。

 それだけで2人の心を殺すには充分すぎた。

 瞳から光が消え失せる。

 怒りや哀しみ。

 そんな感情がごちゃ混ぜになって2人の心を埋め尽くす。


「フラーシャ······。殺るぞ······!」


 勇者には似つかわしくない、物騒な言葉が口をついて飛び出す。


「えぇ······。殺りましょうこの手で······!」


 それに呼応して賢者らしからぬ言葉が溢れ出る。

 命を刈りとる。

 その覚悟を胸に秘めて2人はキッとタカシに視線を向けた。


「怖いなぁ2人ともぉ。それよりぃ、後ろのこれが見えないのぉ?」


 そう言ってタカシは背後に佇む魔人たちを指さす。

 虎の威を借る狐とはまさにこのこと。

 指をさしながらタカシはケタケタと笑う。

 だがもう2人にそんな些細なことは関係ない。


「魔力強化。筋力強化」


 静かな声とともにフラーシャの手から赤い光が溢れ出る。

 それがスターンに纏わりつく。


「光魔法······! 光魔法······!」


 その言葉と同時、スターンの身体から眩い光が発される。

 全力で殺す。

 それ一点のみに注力して。


「やる気だねぇ。なら仕方ないなぁ。殺っちゃえぇ、魔人たちぃ!」

「「「ヴォアァァ!!!」」」


 タカシの言葉に応えるように魔人が咆哮をあげる。

 新たな獲物を狩れる。

 その喜びを表すように。

 そして駆けだす魔人たち。

 思い思いの走り方で新たな血を求めて。

 スターンとフラーシャを包み込むように四方八方から巨躯が文字通り飛んでくる。

 その様を悠々と見据えるとスターンは静かに呟いた。


「極・光魔法······!」


 すると両の掌に拳大の光球が顕現する。

 眩い煌めきを放って。

 その掌を迫り来る巨躯目掛けて突き出す。


「はぁッ!!!」


 刹那、辺りを爆音と光が包み込む。


“ズガァァァァァン!!!”


 視覚と聴覚を奪われるほどの圧倒的光量と音量。

 それはまるでスターンとフラーシャの怒りを体現するかのよう。

 飛んできた魔人の巨体を巻き込んで凄まじい爆発を巻き起こす。

 そして視界が戻る頃には、周囲の魔人のほとんどがその原型を留めぬほどに焼き消されていた。


「んな、あぁ············」


 想像を絶する光景にタカシは唖然とする。

 エンプティオから調達した莫大な数の魔人。

 それが一瞬のうちにスターンの手によって壊滅させられてしまったのだから。

 あまりの恐ろしさに開いた口は塞がらず、失禁し、膝が笑う。

 つい先刻までの余裕はどこへやら。

 思わず膝から崩れ落ちる。

 そんなタカシを憐れむようにゆっくりとスターンが距離を詰めていく。

 その瞳に宿るのは殺意のみ。

 それは後ろに立つフラーシャも同じ。

 もうこの2人を阻むものはここにはない。


「タカシ、もう終わりだ」


 そう告げて俯くタカシの脳天に向けて掌を広げる。

 あとはちょっと力を込めるだけ。

 それでこの戦いにも終止符が打たれる。

 そんな中、ふいにタカシが顔を上げた。

 引き攣った笑みを浮かべて。


「くく······くくくくく······あはははははは」

「どうした? 気でもふれたか? 安心しろ。痛みなんて感じる間もなく終わらせてやる」

「あはは······あはっ······いひひひひひひ」


 だがスターンの言葉も耳に届いていないのか、タカシは頬を引き攣らせて笑い続ける。

 その様はどこか諦めを感じさせるよう。

 でもスターンにはそんなものに付き合っている暇などない。

 さっさとケリをつけてアルミリアの凶行を食い止めねばならない。

 タカシに向けてかざした手に力を込めようとした時だった。

 ふいにタカシが口を開く。


「くっくっく······。いやぁ······。僕にもついに|こ(・)|の(・)|時(・)が来たんだなぁって思ってねぇ······」

「この時······?」

「そうさぁ。|こ(・)|の(・)|時(・)だよぉ」


 そう言っておもむろに両手を天に掲げる。

 悪魔がその翼をはためかせて空へと舞い上がるように。

 そして叫ぶ。

 祈りを捧げるように。


「アルミリア様ぁ!!!」


 その瞬間――


“ぶじゅり······ぶじゅるるる······!”


 そんな不気味な音を立ててタカシの身体が捻じ曲がった。

 腕が、脚が、首が、あらぬ方向にメシメシ音を立てて捻れていく。

 渦を巻いて無理矢理球体へ。

 赤黒い肉塊へとその姿を変えていく。

 全身を泡立たせながら。


「しまった······!」


 昇華。

 つまり、使徒への変貌。

 人間という種族の|理(ことわり)を超越した存在への変化。

 もうこうなってしまえばタカシを阻むものはない。

 その命をアルミリアに捧げる代償として新たな力を得る。

 そこに一直線に進むのみ。

 スターンとフラーシャはその光景をただ立ち止まって眺めるしかなかった。

 そんな2人の元へ1人のデーモンが駆け寄ってくる。

 その身は出血も多く、かなり危ない状態に見えた。


「そ、そこのお方······!」

「どうした!? おいフラーシャ! 回復魔法だ!」

「はい! 回復魔法!」


 するとフラーシャの掌から緑の光が溢れ出ていく。

 それがデーモンの身に纏わりつくとあっという間に全身の傷が癒えていった。


「あ、ありがとうございます······!」

「いえ、礼には及びません。それより他の魔族の方は······?」


 その言葉にハッとしたように顔を上げるとデーモンは口早に要件を告げる。


「お願いがあります······! 俺たちを助けてください······!」



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