111.麗しきものと醜きもの
「おらぁぁぁ!!!」
そんな咆哮をあげてドラゴンが愛刀ボルケーノを袈裟懸けに振るう。
それをメヒアは余裕を持って爪で受け止める。
“ガチン!”
何度目かの衝突。
その度にドラゴンは刀越しに睨みつけ、メヒアは楽しそうににやける。
この世界の終焉の刻。
それが刻一刻と近づく中でドラゴンは仲間を護るために熱く抗い、メヒアは自らに課せられた使命に冷徹に従う。
対となる様相を見せる両者。
その両者の横でもまた抗争が繰り広げられていた。
「ブラッド! さっさとくたばるっすよぉぉぉ!!!」
「······断る」
そんな無意味な会話をしながら激しく打ち合うブラッドとコウ。
ブラッドは無口な|質(たち)とは異なり、圧倒的手数でイペタムを叩きつける。
それを少し押され気味になりながらもなんとか土魔法で作られた爪で受けるコウ。
だが、ブラッドは焦っていた。
コウとメヒア。
この2人がレンと同じく使徒に変貌してしまえばもう手のつけようがないからだ。
しかも向こうからはタカシとバーデンの率いる、魔人軍団がゆっくりと迫っているのが眼の端に写っている。
その挟み撃ちに遭えば一溜りもない。
後ろにいる魔族を護るために今は一刻を争う。
その逸る気持ちが自然と手数を増やしていた。
「なんすか? ブラッドやたら焦ってるっすね」
「別に······」
そんな呑気ともとれる会話をしながらも互いの急所を狙い、打ち合う2人。
一撃一撃が決殺の攻撃。
その緊張感の中で焦るブラッドと楽しむコウ。
その時だった。
突然デグリア山の中腹あたりから眩い光が放たれる。
切り結んでいたドラゴンも思わずその眼を向けてしまった。
「なんだありゃ!?」
「よそ見とは余裕じゃなぁ!」
そんな叫びとともにドラゴンの腹を爪が襲う。
「があっ······!」
鋭い痛みがドラゴンを切り裂く。
刀身で燃え盛る炎の如く、傷口が熱く痛む。
ドラゴンは思わず2、3歩よろけた。
その隙をメヒアが逃すはずもなく二撃目、三撃目を叩き込まんと、襲いかかる。
「隊長の首!」
「くっ······!」
傷の痛みでドラゴンの反応が遅れる。
やばい······やられる······!
思わず諦めかけた。
刀で防ぐより先に怖さから眼を瞑ってしまう。
メヒアが爪を大上段から振り下ろす。
万事休す――
「頂いたぁぁぁ!」
「ほほっ!」
“ギン!”
漆黒の中、聞こえてきたのは己の首が飛ぶ音······ではなく、硬いものがぶつかり合う音だった。
なんだ······?
そう思ってドラゴンが薄らと眼を開く。
視界に光が入る。
するとそこにいたのは
「ジジイ!」
メヒアの爪に剣を合わせている老ドラゴンだった。
「ほっほ。命拾いしましたのぉ|隊(・)|長(・)|殿(・)」
「ちっ! 馬鹿にしやがって。······でもありがとよ」
少々気に食わなそうにしつつ、ぶっきらぼうに礼を言うドラゴン。
その様子を見て老ドラゴンは満足そうに頷いた。
だがメヒアからしてみれば不満だらけである。
1番隊隊長のドラゴンの首。
言うなれば大将首。
それを邪魔者が入ったせいで取りそびれたのだ。
「······誰じゃお前は?」
「んー? なに、ただのジジイじゃよ」
「くそっ! こんな老いぼれにわしの爪が止められてたまるかぁ!」
そう叫ぶとメヒアは鍔迫り合いから一歩後ろに飛び退く。
そして掌を前へ突き出した。
その掌に橙の光が収束し、メヒアが叫ぶ。
「火魔法!!!」
その叫びに呼応して掌から巨大な火球が飛び出した。
一直線に老ドラゴンへ。
ドラゴンへの追撃を止められた怒りが全面に込められた渾身の一撃。
それを見て老ドラゴンはニヤリとして口の端から炎をチラつかせる。
「ほあっ!」
そんな掛け声とともに口から火球を繰り出した。
衝突。
両者から放たれた火球は唸りをあげて拮抗した。
老いたとて老ドラゴンも一人の戦士。
その力は隊長であるドラゴンに引けを取らない。
「くっ······! なんじゃこの老いぼれは」
「ほっほ。あまり年寄りをなめるもんじゃないぞい」
そしてぶつかり合う火球はお互い譲らず、その場で爆ぜた。
爆風が辺りを包む。
煌びやかな星空に無数の砂が巻き上がる。
その様は緊張感走る戦場に相応しくないほど綺麗で壮大なものだった。
そして場に似合わず綺麗なものがもうひとつ。
デグリア山である。
今なお光は止まず、絶えず発光し続けている。
その様子を眼の端で捉えながらブラッドは下唇を噛んだ。
ブラッドは知っているから。
その光の正体が魔人化の証であることを。
恐らくもう、無事なヴァンパイアはそう多くないであろうことも。
「どうしたっすか? そんなにあの光が気になるっすか?」
「······うるさい」
「へへっ。図星を突かれると“うるさい”しか言わない、ブラッドの昔からの悪い癖っすね」
そう言葉を交わしながらも激しく打ち合う2人。
だが、押し気味だったブラッドが今はコウと互角の展開を繰り広げていた。
デグリア山から放たれる無数の光。
その数がブラッドの見捨てたヴァンパイアの数である。
優しいブラッドがこれに胸を痛めないはずもなかった。
わかっている。
もはや救えぬ命であったことは。
だが、悔やまずにはいられなかった。
畢竟、人は生まれ持った|性(さが)には抗えないのだ。
「ブラッド。さっきから手数が減ってるっすよ? もう疲れたっすか? だとしたら、興ざめっすね」
そう言って一旦攻めの手を止め、コウが後ろへ飛び退く。
体勢を整え、土魔法でできた爪を消し去る。
そしてメヒアに視線を向けた。
「メヒア! あれで一気に片をつけるっすよ!」
「おぉ! 了解じゃ!」
そう応えてメヒアも爪を消し去った。
2人が視線を一度だけ交わす。
その表情はなぜか諦観が見て取れた。
まるで何かを捨て行くような、そんな顔。
それを見てブラッドは悟った。
今から2人が何をしようとしているのかを。
|何(・)|を(・)捨てようとしているのかを。
数時間前の記憶が鮮明に蘇る。
レンがその姿を変えてしまった光景が。
眼の前でまたもや友を異形な姿へと変えられてしまう。
邪神の手で。
そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
そうなる前に――
「くっ······!」
一か八か間に合えと2人に向けて飛び出す。
両の拳に目一杯の力を込めて。
そんなブラッドをよそに2人は天に向け、手を掲げる。
そして――
「「アルミリア様!」」
2人の身体がぶじゅりと音を立てて捻じ曲がった。
赤黒く泡立ちながらぐにゃりぐにゃりと丸くなる。
どす黒い血のような液体を吐き出しながらその身をあらぬ形へと変えていく。
そしてついには赤黒い肉塊へと変貌した。
その様はまるで地獄の血の池が如く。
間に合わなかったブラッドはただ立ち尽くすしかなかった。
そうなる様子をただ見つめるしかなかった。
その異様な光景にドラゴンも老ドラゴンも、周りにいる魔族たちも呆然とした。
「なんじゃあれは······」
「ジジイにもわかんねぇもんが俺にわかるかよ。なんなんだ一体。気味が悪い」
そう悪態をつくドラゴンは肉塊の放つ異様な雰囲気に恐怖を覚えていた。
それは老ドラゴンとて同じこと。
人が赤黒い肉塊へと姿を変える狂気の沙汰。
生涯で初めての出来事に困惑と恐怖が滲み出ていた。
「じゃがひとつわかることがあるのぉ」
「あぁ。こいつは危ねぇってことだな」
「その通り。ならば······!」
その言葉を合図に2人は愛刀を握り直す。
だがそんな2人をブラッドは手で制す。
その眼は物寂しく、薄らとしか開いていなかった。
「それ、無駄。もう手遅れ」
「どういうことだよ」
「2人、使徒になる。どう足掻いても」
そんな言葉を交わした時だった。
「おーい|魔族(ゴミ)たちぃ。僕らのこと忘れてないかなぁ?」
声のした方へ振り向くともう魔人たちが目と鼻の先まで詰め寄っていた。
「くそっ! こいつら······!」
「あとぉ、あの子たちのことも気づいてあげてねぇ」
そう言ってタカシがデグリア山を指さす。
未だに光を放つデグリア山。
そこに見えたのは溢れんばかりの魔人の群れだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます