89.危機感


「おい! そこにいるのは誰···ってお前はブラッドか···?」

「あぁ···。」

「あぁって···。お前なんでこんなとこにいるんだ? お前らがここに来る様子がないから俺たちはてっきり魔王様と一緒にいるもんだと···。いや、話はあとだな。とりあえず中に入ろう。」

「あ、待って···。コウとメヒア、見たか?」


 そう問われてドラゴンは首を横に振った。

 ヴァンパイアの方はそもそもブラッドたちの顔を知らないのだから知っているはずもなく。


「そうか···。」


 そうしてブラッドはドラゴンたちに連れられてデグリア山の内部へ入ることとなった。


 中に入るとそこは魔族とヴァンパイアでごった返していた。

 ドラゴンに聞くと部屋の殆どは寝室として使われ、起きているものは食料調達、炊事、監視など安全のために当番制でそれぞれが動いているらしい。

 驚いたのはこの状況に不満を漏らす者が一人もいないことだ。

 いきなり家を捨ててでも身の安全を護れと命令された。

 それだけでも反対する者が多数出てもおかしくないのにこの窮屈な生活を強いられる状況に置かれてなお誰一人不満を漏らすことなく自らの役割を全うする。

 魔族の魔王に対する信頼の表れなのだなとブラッドはただひたすらに感心するのみだった。

 人間では絶対こうはならないと言いきれる。

 この数時間の間に自らの欲望のまま動き、小さないざこざを起こす人が必ず出ると断言できる。

 だからこそブラッドは小さな感動すら覚えていた。


「おーい、何ぼーっとしてんだ? こっちだこっち。」


 そう呼ぶドラゴンの声でハッとしてブラッドは慌てて後を追った。

 そこで案内されたのは物置になっている小さな部屋だった。

 剥き出しの岩のせいもあってひんやりとしたその部屋は人が数人立つのでやっとの空間しか空いていなかった。


「すまないがこんな部屋しか空いてないんだ。」

「···いい。」

「そう言って貰えると助かる。もう少し待ってくれ。今隊長のゴーレムを呼ばせたから。」


 それから5分もしないうちにゴーレムもやってきた。

 置いてあるものをできるだけ寄せてなんとか3人がいられるだけの空間を確保する。

 それを受けてブラッドはデグリア山に来ることになった大まかな経緯を話した。

 レンはバティが何とかしてくれていると願いながら。


 ブラッドが話し終えるとドラゴンもゴーレムも何とも言えない表情をしていた。


「···仲間たちに裏切られたんだな。辛かったろう?」

「しかし女神っちゅうやつがそんなやつだったとは···。だけんどブラッドの話だとコウとメヒアはもうここに着いてるはずだでな?」

「恐らくは···。」

「でもサリーとデニスからはなんの報告も来てないぞ? あいつらに限ってこの2人を見落とすなんてことは考えにくい。」

「ってことはどこかに隠れてるってことだでな。ブラッドみたいに転移魔法でこんな所に飛んで来て身を隠してるなら見つけられないかもしれない。」


 ゴーレムの言う通りだとするとサリーたちが気づけないのも無理がないと納得せざるを得なかった。

 となるとここは既に危機に瀕していると言える状況にある、という事だ。

 ようやく事の重大さが伝わり、ドラゴンとゴーレムにも緊張の色が現れていた。


「その魔人や使徒ってのは基本的には魔族にはなれないってことだろ?アルシアの馬鹿は女神と接触してるみたいだから例外として、俺たち魔族には女神との繋がりはないわけだから。」

「あぁ。多分···大丈夫···。」

「そういうことならここにはヴァンパイアだって沢山いるしもちろん俺たち魔王軍の兵もいる。エルフだっている。犠牲は避けられないかもしれないがなんとかなるんじゃないか?」

「かもしれない。でも、気をつけるべきだ。」

「そうするよ。見張りの人数も増やすように言っておく。」


 そう言ってドラゴンは立ち上がった。

 

「俺たちは飯食うけどブラッドはどうする? 食える時に食っといた方がいいと思うけどな。」


 そう言われてブラッドも出来ることなら食べておきたいと思った。

 だが、同時に食欲が全く湧かないのも分かっていた。

 あまり感情を表に出さないブラッドだからさほど心配もされていないがその実、相当まいっていた。

 それなりに親しかったレイラの魔人化に始まり、その後の戦い、これまで信じてきた女神の正体を知らされ、今度は親友たちもその毒牙にかかっていたことを知り、バティがその変わり果てた親友と今尚死闘を繰り広げているかもしれず、他の親友たちに命を狙われ続けているという状況なのだ。

 色々な事がその身に一斉に振りかかってきているこの状況でまともな体調で居られるはずもなかった。

 もうとっくに精神的な苦痛はピークを通り過ぎていた。


「腹は···減ってない。それより、寝たい。」

「お、そうか···。できるなら1人の方がいいよな?」

「あぁ。」

「なら寒い上に狭くて申し訳ないんだがここを使ってくれ。さっきも言ったが部屋の殆どは寝室で使ってるせいで空いてる部屋があまりないんだ。ここなら人が入ってくることも滅多にないから安心してくれ。」

「ありがとう。」

「よし、ゴーレム行くぞ。」

「おう。ブラッド、おやすみ。」


 そう言って2人は部屋から出ていった。

 それを見送ってブラッドは横になる。

 目を閉じると見たくもない記憶が瞼の裏に写り、考えたくもないことが頭の中を埋め尽くす。

 それらは気が狂いそうなほど頭の中で騒ぎ立てる。

 心臓の音がはっきりと聞こえる。

 ドクドクと血が巡るのが手に取るように感じられる。

 不安の波が体を呑み込んでいく。

 そんな事だから当然眠れるはずもなく、不安の波に流されながらただその苦痛に耐えるのみだった。



________________________________________




 ドラゴンとゴーレムは部屋から出ると真っ直ぐに長の元へと向かった。

 現在、ここの実質的な指揮を執っているのは長であり、その命令を受けて細かな指示を出しているのが隊長であるこの2人である。

 何か少しでも変わったことがあればそれぞれが隊長に報告し、それを隊長が長へと報告する手筈になっている。

 当然、さっきブラッドから聞いた話は長に報告しなくてはならない問題だった。

 ここにいる者全ての命に関わる問題なのだ。

 護衛や見張りの配置についてももう一度検討し直す必要がある。

 ブラッドが来ないという事だから食事はその後だ。

 長のいる部屋に着いた時、シーバとヘリアの2人とすれ違った。

 どうやら今から交代に行くらしい。

 

「長、報告することがあります。」

「あぁ、隊長たち。どうしました?」


 そこから2人はブラッドから聞いたことを必要な部分だけ手短に伝えた。

 それを聞いている長は時折眉は動かすものの、切れ長の耳を澄ましながら上に立つものらしくどっしりとしていた。


「······と、言うことで見張りや護衛の配置や人数も変更せねばなりせん。」

「そうでしたか。では、ヴァンパイアを多くその役につけてみてはどうでしょう? もう外はすっかり夜です。我々は夜目ならばよくききますから。」

「では、そうしてみます。」


 そうして部屋から出ようとしたとき、長がボソリと呟いた。


「ところで、お二人はそのブラッドという人間、信用してもよいと思いますかな?」


 そう言われて二人は立ち止まる。

 言われてみればそうなのだ。

 全てを信用するための根拠が何一つない。

 作り話と言われてみればそれまでだしブラッドがその使徒である可能性も十分にある。

 ただ直感のみで信じてしまっていた。

 

「それは···たしかに信じるには浅はかな考えだったかもしれません。ですが彼のお陰であらゆる可能性を知ることが出来ました。ブラッドが敵であろうと味方であろうと構いません。我々に危険が迫っているかもしれない、それが知れただけでも十分だと思います。」

「おらもそう思いますだ。ブラッドのお陰で見回りや護衛を増やさないといけないと気付けただけでも収穫だと思います。」


 それを聞いて長は少しにっこりとした。


「そうですか。」


 それを見て2人は一礼すると部屋を出た。

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