82.要らないもの
人形にあわせて隼人も駆け出す。
何も無いはずの人形のその顔はこの戦いを楽しみ、頬を引き攣らせているのではないかと思えるほど、どこか不気味な雰囲気を醸し出していた。
しかし、今の状態の隼人はそんなものに物怖じするほど弱くない。
会敵までのこの僅かな時間で右手に|光を練り上げる(・・・・・・・)。
その大きさは野球ボールより少し大きいほど。
それを掌底にのせ、目にも留まらぬ速さで人形の胸に叩き込む。
「砕けろぉぉぉぉぉ!!!!」
刹那、一筋の閃光が走る。
時が止まったかのような静寂をただ1人、光のみが突き進む。
野球場のカクテル光線のように煌びやかなそれはぐんぐん速度を上げていく。
そして我に返ったかのように遅れてくる耳を|劈(つんざ)くような爆音。
その場にいた全員が慌てて耳を塞いだ。
「やっぱりうるせぇー!!」
隼人の叫びもあわせて|谺(こだま)する。
それから5秒ほど経ち、ようやく光と音が止む。
その頃には人形だったそれは黒くただれ、見る影もなかった。
「隼人、お疲れ様。」
「おう。えっと···これで7体目だっけ? 」
「うん。あと43。」
残りの数が隼人の方に重くのしかかってきた。
「まだまだ先は長そうだな···。」
そう言っていると側近と修行をしていたはずのアルミリアがこちらに歩いてくるのが見えた。
「お疲れ様です。隼人さん、彩華さん。調子はいかがですか?」
「調子···ですか···。」
そこで隼人は言い淀んだ。
アルミリアの期待を裏切っていると思ったからだ。
まったく強くなっている気がしない。
光魔法の応用の仕方は少し身についたが、あれは消耗が激しすぎてそう何度も何度も使える代物じゃない。
そう思うとアルミリアになんと返せばいいだろうかと逡巡してしまう。
「···もしかして自分の成長が実感できなくて落ち込んでおられるのですか?」
やはり女神様だ。
こちらの思っていることは何でもお見通しなのだろう。
隼人にそう思わせるには十分な問いだった。
「···はい。たしかに光魔法の応用の仕方は少しは身につきました。でもそれだけです。身体能力が上がっているとも思えないし魔法の威力も変わりません。」
「なるほど···。」
そう言ってアルミリアは少し考える仕草を見せた。
ほんの少し間を開けると考えがまとまったようで再び口を開く。
「本当なら最後にこれはお教えしようと思っていたのですが···。」
そう言っておもむろにアルミリアは手を空にかざす。
そして空で何かを掴むとそのまま引き抜いた。
···しかし何も起こらない。
隼人も彩華も訳が分からずに首をかしげた。
「あの···。」
そう言った瞬間だった。
“ガチャン!”
|あの音(・・・)が鳴り響く。
ほぼ反射で2人は臨戦態勢に入る。
「今から人形は一気に3体出てきます。それを倒してください。」
「さ、3体も!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ。いくら遅いからってそれじゃこっちが死にますよ!?」
「いえいえ、大丈夫です。やればわかりますから。」
そう言ってアルミリアは不敵に微笑むとその身をひらりと翻して距離をとる。
2人がアルミリアが手をかざしていた先を見ると空間がゆっくりと縦方向に割れていく。
そして真っ白な手が姿を現す。
その数はアルミリアの宣言通り6本。
ゆっくりと歩を進めるそれは徐々にその全身が見え始める。
「くそっ···! 彩華、やるしかない。魔力と筋力の強化かけてくれ!」
「わかった。···魔力強化! 筋力強化!」
彩華の左右の手が光を放ち隼人に絡みつく。
こうやって体に赤が絡みつくのは今日だけでもう何度も経験している。
隼人も慣れた仕草で自身の能力上昇を確認すると人形をきっと睨みつけた。
ちょうど最後の1体が割れ目を潜り終えた所だった。
眼の無い顔で隼人の方を見ると3体が一斉に動き出す。
何も無い空中を蹴飛ばすと隼人までの距離を一気に詰める。
···しかし、だ。
あれ? さっきよりかなり遅いぞ···?
隼人も彩華もそう感じた。
動きがやけに緩慢な上にイマイチ迫力も感じない。
隼人はその3体の突進を難なくかわすと即座に反撃に移る。
「火魔法!」
両腕に火を纏う。
そしてそのまま手前にいた人形の胸にその拳を叩き込んだ。
「たりゃぁぁ!!」
“メキャッ!!”
今までなったこともない音が響く。
見ると拳が完全に胸部を貫通していた。
そしてあっという間に1体が活動を停止する。
「···え?」
隼人も彩華もその呆気なさに戸惑っていた。
さっきまであれだけ苦戦して、時間もかかっていたはずの相手が強化魔法をかけたとはいえ、一撃で撃破できたのだ。
嬉しさよりも先に戸惑いが2人の頭を埋めつくしていた。
「な、なんかわかんないけど行けるぞ彩華!」
「う、うん! 隼人、次来るよ!」
彩華が残りの2体の方を指さすとそれぞれが臨戦態勢をとって隼人に突進を始めていた。
それを視認した隼人は素早く胸から腕を引き抜くと構えをとる。
「水魔法!」
そう言って隼人が掌を前にかざすとそこに氷でできた2対の槍が出現した。
綺麗に透き通ったその槍は身長ほどの長さをしており、先は氷柱を思わせるほど細くとがっている。
「はっ!!」
掛け声とともに2体の胸めがけて氷槍を突き出す。
“ガギャン!”
そんな派手な音とともに2体の胸に大きな穴が空いた。
槍の通った中心部から綺麗に放射状に広がったひびが人形の体を粉々に砕いていく。
そしてそのまま2体は瓦解した。
そこにポカンとした隼人だけを残して。
「あれ···? どういうことだ···?」
「隼人さん、お見事です!」
そう言って拍手しながらアルミリアが近づいてきた。
「隼人さん、お気づきですか? その3体が1番初めの人形と同じ強さなんですよ。」
「···え? そ、それって···つまり···。」
その先を聞く前にアルミリアが満面の笑みで答えを教えた。
「はい。つまり、隼人さんと彩華さんはとても強くなっているのです。」
「え、でも一切その実感がわかないというか···。」
「そうですね。私がそうならないように人形の強さを逐一設定してますので。」
「え···!?」
そう聞いて2人は鳩が豆鉄砲を食らったように驚いた顔を見せた。
「成長に1番不必要なもの、それは慢心です。人間というのは成長することで自信を得ます。そしてその先に待っているのが慢心です。適度な自信は人を大きくしますが慢心は人を小さくします。そうならないためにも成長を実感できないよう、強さをお二人に合わせていました。」
「なるほど···。そういう事だったんですね···。」
そう言って隼人と彩華は顔を見合わせた。
強くなっていたことを知って嬉しかったのだ。
「私たち、強くなれてたんだね。でも、まだまだ足りない。このままの私たちじゃ手も足も出ない気がする。」
「あぁ、そうだな。俺もそんな気がしてる。」
そのやり取りを見てアルミリアはニコッと笑った。
「そう感じておられるのであれば私も嬉しいです。まだまだ成長出来ます。では続き、頑張ってください!」
そう言ってアルミリアは側近の元へと戻っていったのだった。
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