81.不安との戦い

 先に地下牢へ辿り着いたバティはいよいよ痺れを切らし始めていた。


「···なぁ、あいつらトイレにしちゃちと遅くねぇか? あれからもう30分ぐらい経ってるぜ。」

「たしかに遅いな。僕が思うにあいつら迷子になったんじゃない?」

「コウとメヒアに限って迷子は無いだろ。あいつらなんだかんだしっかりしてるしよ。」

「たしかになぁ···。」

「···もう、魔人なった···かもしれない。

俺···心配。」

「······。」


 普段ほとんど口を開くことのないブラッドがふとそんな言葉を漏らした。

 ブラッドはとても寡黙な性格をしている。

 一緒にいてもほとんど話すことは無い。


 一度気になってバティは


“もしかして俺たちといるのはいやか?”


 ということを聞いたことがある。

 その時ブラッドは


“楽しい···。俺、みんなと一緒にいる···。それ、楽しい。”


 と答えた。


 つまり普段は感情を表に出すことがないのだ。

 そんな彼がふと口を開いた。

 それがどれほどの事なのか、それは2人ともよく分かっていた。


 考えたくなかった。

 大切な友人なのだ。

 万が一にもそれをこの手で殺さなければならないかもしれないという事実に閉口するしかなかった。

 そして同時に彼らに自らを殺させるかもしれないという事にも同じくらいの恐怖、そして罪悪感を抱いていた。

 それを自覚した途端、2人の表情に同じように影がさした。


「···うし。まぁ多分迷子だろ。探しに行くぞ。2人も着いてきてくれ。」

「でも、もしあいつらが魔神化した後だったらここにいた方が安全じゃないか? 僕はあいつらのそんな姿を見たくない···。」

「いや、多分それは大丈夫だ。あんだけでけぇもんが歩くだけでも相当な音がするはず。でもまだ何も聞こえてねぇ。心配すんな。」


 そう言ってバティは2人の肩にポンポンと手を置いた。

 自らの部隊の長として自覚を持っての事だった。


 ここ数日は部隊と言うよりは友人の集まりのような雰囲気で生活していた。

 彼らが元々仲が良いというのもあるが、それほど彼らにとって魔王城や城下町が居心地良い場所だったということである。

 しかし今、この場においてそんなことは言っていられない。

 それを瞬時に感じ取り、2人も気持ちを引き締める。


「よし、じゃあいくぞ。」


 そう言ってバティたち3人は意を決して地下牢の扉を押し開けた。

 なぜか扉が重たく感じた。

 その扉がやけに重たく感じたことがこのあと起きることを暗示していたのかもしれない···。



___________________________________




「くっ···。はぁはぁ···。···おらぁぁ!!!」


 そんな隼人の掛け声とともにのっぺりとした人形の胸に風穴が空いた。

 光魔法を纏った右手をそこから引き抜くと彩華の方へ振り向く。


「はぁはぁ···。彩華、今ので何体目だっけ?」

「···今ので6体目。今日のノルマまで残り44体···。」

「くそぉ···。まだそんなに残ってるのかよ···。しかもこいつらちゃんと強いんだよな···。」


 そう言って隼人は額に光る大粒の汗を手で拭った。

 修行を開始してはや3時間。

 1日24時間という制限時間の中でまだ6体目では休む間すらない。

 2人はそこに決して小さくない不安を抱いていた。

 自らの実力が足りないことはさっきの理を見ていれば嫌でもわかったしそこに自覚は持っている。

 だからこそ逸る気持ちがふつふつと湧き上がってくる。

 修行を開始して3時間経過し、6体も人形を倒した。

 それなのに一向にレベルが上がる気配がないのだ。

 人形より弱いはずの魔族を無差別に倒していた時の方がレベルが上がっている実感が大いにあった。

 レベルが上がるにつれて相手の動きが分かるようになった。

 あからさまに魔法の威力も上がっていった。

 次第に相手の損傷も派手になった。

 ところが今、それが全く感じられないのだ。


「ほんとにこれで強くなれるのかよ···。」


 ふとそんな言葉を漏らしてしまった。

 焦りが|過(よ)ぎる。

 言ってみればこの世界に彼らがそこまでしてやる義理は全くない。

 むしろ理不尽な要求に憤ったとしても誰一人それを咎める者はいないだろう。

 理は友人のため、隼人と彩華は罪悪感。

 どちらも自分にとって利益があるとは思えない理由を原動力にして修行に励んでいる。

 隼人と彩華にとってはそれがさらに顕著なのだ。

 ところがモチベーションの維持に1番必要な自らの成長が実感できない。

 だからこそ心というものは容易く折れてしまう。


「くそっ···。どうすりゃいいんだよ···。」

「隼人···。」


 彩華もどう声をかければ良いか分からなかった。

 自分も同じことを考えている。


“ガチャン!”


そんな音が響く。


「次が来たか。」


 音のした方を見ると先程と同様の真っ白ののっぺりとした人形が異空間から歩み出てきた。

 縦方向に割れた次元の扉を潜って出てくる。

 それに合わせて隼人も構える。


「やらなきゃ俺が痛い目見るだけだな。よし、いくぞ彩華。」

「うん! 魔力強化!」


 突き出した手の先から赤い光が隼人へと流れていく。

 それが隼人に絡みつくと自分の力が増幅されたことを感じ取る。


「光魔法っ!!」


 その言葉とともに頭上に|理と戦った時よりも大きな(・・・・・・・・・・・)光球が煌めく。

 パーツも何も無い顔がその光に反応してこちらを向く。

 獲物を見つけてニヤッとしたように感じるほど妙な威圧感を放っている。

 そして飛ぶ。

 地面を思い切り蹴り飛ばして一瞬で2人の前まで飛んでくる。


「はっ!」


 隼人は瞬時に光魔法を両腕に纏わせ、腕をクロスして衝撃に備える。


“ボゴンッ!”


 そんな鈍い音が響く。


「おらぁぁっ!!!」


 掛け声とともに隼人が力ずくで人形を弾き飛ばす。

 そしてそれを追って一気に駆け出す。


「火魔法ッ!」


 光魔法と火魔法の合体。


「喰らえっ!!!」


 やっとの思いで静止した人形の胸に大きく振りかぶった右拳を叩き込む。


“ギシャッ!”


 嫌な音を響かせて人形の胸に亀裂が走る。

 だが、それまで。

 隼人の拳が当たったところで止まっていた。


「あー!! やっぱり効かねえのか···!」


 一旦バックステップで距離をとり、再び体勢を整える。

 これまで戦ってきてわかった事だが人形に痛覚はないらしい。

 たとえ腕がちぎれようが頭が無くなろうが動き続ける。

 活動停止にするには胸を打ち抜くしかないのだ。

 ところがその胸がめちゃくちゃ硬い。

 今ぐらいの攻撃を3、4発叩き込んでやっと打ち抜けるのだ。


「光魔法ッ!!」

「筋力強化!」


 2度目の光魔法。

 理は闇魔法を重ねがけすると単純に腕一本一本の力が倍化されていた。

 ところが光魔法は違う。

 体が薄らと光を纏う。

 金色のオーラとでも形容するのが正しいだろうか。


「これは疲れるから使いたくないのになぁ···。」


 そんなことを呟く。

 だがそうも言ってられないことを隼人も理解しているからこその選択だった。


「彩華、これも早く片付けるぞ!」

「うん! サポートは任せて!」


 そして人形がこちらへと駆け出したのだった。

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