83.無
3時間前――
隼人と彩華の修行について説明を終えたアルミリアが僕たちの方へやってきた。
「お待たせしました。理さん、ウィッチさん。今からお二人の修行についてご説明しますね。」
「よろしくお願いします。」
それを聞いてアルミリアは優しく微笑んだ。
「先ほどお話しましたがお二人には坐禅をやってもらいます。まず胡座をかいて楽な姿勢で座ってください。」
アルミリアにそう促され、僕とウィッチはそれぞれ座る。
坐禅は元いた世界にもあったが、実際にした経験はなかった。
こういう初体験のことというのは例外なくわくわくするものだ。
僕もそれにそぐわず若干わくわくした気持ちでいた。
するとアルミリアがピシャリと言い放つ。
「これは心を極限まで鎮め、自分の内面に全神経を集中させることで自身の魔力を引き出すものです。ですからとにかく心を落ち着けてください。特に理さん。そわそわしすぎです。」
「はい···。」
「ではこれからすることの説明をします。まず、視覚、嗅覚、味覚、触覚、聴覚···いわゆる五感と呼ばれるもの、その全ての感覚を一切遮断します。理由は簡単です。より自分の内面と向き合えるようにするためです。」
それを聞いて僕もウィッチもただ頷くだけだった。
僕たちが拒否する理由がないこともそうだが、何より五感全てを遮断するということに実感が湧いてなかったということも大きな要因の一つかもしれない。
それを見たアルミリアは、僕らの心境を知ってか知らずか早速始めるために両手を僕らに向ける。
「では質問もないようなので始めます。今からかける呪いは自分で解いてください。ある程度まで魔力が上がれば自分で簡単に解けるものですのでご心配なく。では、いきます。」
そう言ったアルミリアの手はここに入った時と同じように清々しい黒色を纏っていた。
そのままアルミリアが僕らに近づいてくる。
そして僕らの額に触れた――
うわっ!!
唐突に視界が真っ暗になったことに驚いた。
だから思わず声を出した、|はずだった(・・・・・)。
でもその音は僕に届いていない。
口を動かしたはずなのにその音が聞こえないという気持ちの悪い感覚。
呼吸音すら聞こえない静寂。
何も見えない暗黒。
どこにも触れていない体躯。
今、どんな姿勢でいるのかすらわからない。
匂いも味もしない。
必死にもがく。
水中にいるかのようなおかしな感覚に苛まされながら何か掴めるものがないかともがく。
でも本当に体が動いているのかすらもわからない。
あの瞬間からどれだけの時間が経ったかもわからない。
まだ3秒かもしれない。
もう1時間かもしれない。
しかしなんの情報もない。
この状態は僕の時間感覚を一瞬で破壊した。
なんだこれ···。
はやく逃げなきゃおかしくなる。
僕が壊れる。
でも体が動いてるかわからない。
見えない、聞こえない。
どうやったらここから逃げれるんだっけ···。
えっと···アルミリア様はなんて言ってたっけ···。
···そうだ!
魔力を高めないと出られないんだ!
ここまで来てようやく本来の目的を思い出すことに成功した。
五感の遮断がそれほど人間を狂わすということだ。
でも魔力を高めるって、自分の内面に全神経を向けるってどうすれば···。
うーん······。
だめだ。
考えたってさっぱり思いつかないや。
こういう時はとにかく色々やってみるしかない。
とりあえず魔法を使ってみよう。
独り言を口を動かしたつもりで呟いた。
もちろん音なんて聞こえないし口が上手く動いているという感覚もない。
それでもこうすることで少し気持ちを落ちつけることができた。
そして魔法を発動させる。
闇魔法!!!
当然、魔法も発動しているかどうかすらわからない。
もしかしたら現実では無様にじたばた暴れているだけなのかもしれない。
でもそんなことは知ったことではない。
これで闇魔法が人にかかってしまい傷つけてしまう、なんてことにはならないようにアルミリアが上手いことしてくれているはずだ、と希望的観測を持ちつつ僕はどんどん力を込めていく。
魔人を倒した時のようにどんどんと。
あの時と違って今は痛みの感覚が全くない。
それは五感が遮断されているからなんだけど。
そのお陰で得られたものがある。
それは自分の限界が思っていたものの奥の奥のさらに奥に存在していたということだ。
痛みも何も感じないから体がどうなってるのかなんて分からない。
その代わりに際限なく溢れ出てくる魔力を感じることができるのだ。
僕ってこんなに魔力が出せたんだ···。
さっきはこんだけ出す前に体が壊れてたけどそこを無視すればまだまだ限界が見えないなんて···。
僕は自分の底知れぬ限界に末恐ろしさを感じながら脱出のためにさらに魔力を放出し続けた。
___________________________________
理とウィッチが黒の半透明な膜に包まれたのを確認するとアルミリアは側近の元へ向かった。
「さて、側近さん。お待たせしました。手合わせといきましょう。側近さんの場合とにかく場数を踏むのが1番の近道です。辛いものにはなりますがしっかりついてきて下さい。」
「はい。よろしくお願いします。ですが···。」
「? はい、なんでしょう?」
「その、私の修行も隼人たちと同じで人形を使うのではだめなのですか? そうすればアルミリア様はもう少し楽ができるのではないかと思いまして。」
それを聞いてアルミリアの顔が一瞬ドキリとする。
それを見て側近は全てを察した。
この短期間の付き合いではあるがアルミリアのそういう性格は誰しもが理解していた。
「いえ、やはり聞かないでおくことにします。時間をとってしまって申し訳ないです。早速、お願いします。」
「え、あ、はい。始めましょう!」
そう言うと焦りを滲ませていた顔が|あの顔(・・・)へと変わる。
側近もそれに合わせて構える。
そして腰を深く落とす。
「行きます!」
そう言って側近が勢いよくアルミリアの元へ飛び出したのだった。
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