73.魔法の正体

「どうか私の妹サマリアを止めるために力を貸してください。」


 そう言ったアルミリアは頭を深々と下げた。

 それに対し、側近が言葉を繋げる。


「···アルミリア様、そのお願いは少々虫が良すぎるとは思いませんか? もちろんそれが魔王様の願いであるのは重々承知の上です。そのお願いが私やウィッチに向けられたものであれば喜んでお受け致しましょう。ですがあなたはあろう事かそれを理や隼人に向けられたのです。そして恐らくその願いを理たちが聞き入れることもわかった上で。」

「え? ちょっと待ってよ。僕はまだそのお願いを聞き入れるなんて言ってないんだけど···。」

「そんなことは理の顔を見ればわかる。私でなくともその決意を固めたその顔を見れば誰でも、な。だから尚更私はアルミリア様に一言言っておかねばと思ったのだ。何か理の優しさというある意味では弱みになりうるものに付け込まれているような気がしてな。」


 図星だった。

 言ってみれば僕たちは理不尽な理由でこんな大きな争いに巻き込まれた被害者だ。

 仮に断りをいれたところでここに僕らを咎める者は誰もいない。

 でも、例え僕が被害者だとしても、もう既に僕は部外者じゃない。

 信頼のおける仲間が、お互いを理解し合った友人が、こんな僕でも頼ってくれる人たちが僕の周りにはいる。

 そんな人たちを見捨てるような決断ができるほど僕は薄情な性分を持ち合わせてはいなかった。

 これが例え命を落としかねない事だとしても。


 その気持ちを胸にすると自然と心が軽くなった気がした。

 自分という存在を再確認出来たような気がしたのだ。

 そして僕は未だに頭を下げ続けているアルミリアを向く。


「お願いですから頭を上げてください。側近の言った通り、僕はそのお願い、お受けしますから。」

「俺も受けますよ。」

「私も力になりたいです。」


 僕に続いて隼人と彩華も答える。

 それを聞いてアルミリアはゆっくりと顔を上げた。


「本当に···よろしいのですか? 私も今しているお願いが筋の通らない無礼な話だということはよく分かっております。もし気を遣われているのでしたら遠慮なさらず断って下さってもかまいません。」

「僕らは決して気を遣っているつもりはありません。それに短い期間ではあったけど僕だってもう当事者なんです。それにここで断ってしまえば僕の|強み(・・)である優しさが無くなったも同然ですから。」


 それを聞いたアルミリアはほっとしたように顔を弛めた。

 側近の言った通り、僕が聞き入れることを分かっていたとしても相当不安だったのだろう。

 しかしその弛めた顔をアルミリアは一瞬で引き締める。


「こちらからお願いしておいてこういうのは自分でもどうかとは思いますがこの際、はっきり言わせていただきます。理さんも隼人さんも彩華さんもサマリアと戦うには弱すぎます。側近さんとウィッチさんも同じくです。恐らく5分と持たないでしょう。そこでこれから2週間、徹底的に修行を行おうと思います。」

「修行···ですか?」

「えぇ、修行です。主に魔力を鍛えようと思います。元来魔法の使えない側近さんは別メニューとなりますが。」

「なるほど···。しかし自分らの力不足のせいとはいえ、そんなことをしていられる時間なんてあるのですか?」


 するとアルミリアは大きく首を振った。


「いいえ。時間はありません。」

「ならどうやって!? 敵は2週間も待っちゃくれないんじゃないんですか?」

「えぇ。ですからここで私の|呪い(ちから)を使います。あなた方と私の計6人にのみ、時間経過がはやくなる呪いをかけるのです。いえ、正確にはある一定範囲の空間に、ですね。1時間で2日が私の限界ですので7時間で済みます。現在が15時なので22時で解除となります。それが終わり次第人間の街に潜入します。」

「分かりました。なら急がなくてはなりませんね。」

「えぇ。では早速···。」


 早速行きましょう、とアルミリアが言いかけた時だった。


「ちょっと待ってください。俺たち人間組はその修行に参加させてもらえないんですか? 俺たちだって力になりたいんです。」

「···申し訳ありません。バティさんたち人間は修行も街への潜入も連れては行けないのです。先程全ての諸悪の根源がサマリアであると申し上げたのは覚えてらっしゃいますか?」


 これにバティはキョトンとした顔で首を傾げた。


「はい。覚えてますけど···。」

「あなた方人間が使っている魔法というのはサマリアの力なのです。その原理は各個人が持つ魔力量に応じてサマリアから魔力を引き出して使用するというものなのです。ですので使える魔法の強度というのはその魔力量に依存します。つまり魔力量が多い者ほどサマリアとの繋がりが強いのです。」

「つまり···どういうことです?」

「繋がりが強いとは要するにサマリアがその気になればいつでも|魔神化が可能(・・・・・・)ということです。」

「え······?」


 バティたちがいつでも魔人になれる···だって?

 ってことは今、この瞬間に目の前で変身しようが何ら不思議はないということだ。

 ならば尚更サマリア封印を急がなくちゃいけない。

 あれ···?

 ってことはもしかして隼人と彩華さんも危ないんじゃないのか?


「アルミリア様、それってもしかして隼人や彩華さんも魔神化の可能性があるってことですか···?」

「いいえ。隼人さんと彩華さんの魔力は私たちが召喚する時に私たちで付与したものです。もちろん理さんもです。なのでそこはご心配なく。バティさんとブラッドさんは魔力量も少ないようですのであまり心配はいりません。ですがコウさん、レンさん、メヒアさんはとても危険な状態と言えます。紫水晶に魔神化の魔力を込める場合は少量を込めておけば水晶が増幅してくれるので楽ですが直接となると相当な量の魔力を消費します。ですので恐らく大丈夫だとは思いますが。」


 そう言われた後、コウたち3人を見ると揃ってみな深刻そうな顔をしていた。

 それもそうだ。

 自分の意図していない所でもしかしたら友人を傷つけてしまうかもしれないのだ。

 それも自分の1番の武器だと思っていたもので。

 とても複雑な心境なのだろう。

 一方でバティとブラッドも複雑な心境という表情をしていた。

 何せ “お前らは魔力量が少ないから大丈夫” と宣言されたのだ。

 喜んでいいような悲しいような何とも言えない感情なのだろうと思う。

 そしてその感情をなんとか押し殺してバティが口を開く。


「そういうことなら分かりました。俺たちはみんなが帰ってくるまで魔王城の地下にでも隠れていようと思います。あそこならたとえこいつらが魔神化しても暫くは足止めができますし。」

「そうして頂けると助かります。ですがくれぐれも気をつけてください。命だけは大事に。」

「えぇ! もちろんです。」


 バティはそう、力強く返事をした。

 それを見て安心したのかアルミリアはニコッと頬を弛めた。

 そして僕らの方を振り向くと再び頬を引き締める。


「では一刻を争います。私たちは私たちのするべきことを為しに行きましょう。」

「「はいっ!!」」


 こうして僕らはサマリアを封じるべく、修行へと向かったのだった。

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