74.戦闘狂

「では行きましょう。」


 そう言ってアルミリアは右手を突き出した。

 そしてそのまま右手を閉じると僕らの元へと歩み寄る。


「ではみなさん手を出していただけますか?」

「あ、はい。」


 そう言って右手を出すとアルミリアは僕らの手に順番に何かを乗せていった。

 それをよく見ると漆黒の小さな球状の物質だった。


「これって···なんですか?」

「それは黒水晶と言います。サマリアの紫水晶と同じようなものですね。その中に私の魔力が込めてあります。あとはそこに私が少しだけ呪いをかけてやると皆さんの周囲、半径1km程が本来の時間軸から隔離された空間へと変化します。それでは行きますね···はっ!!」


 そう言ってアルミリアが眼を見開いたのと同時に僕らは黒水晶から発せられた漆黒の闇に包まれた。

 でも紫水晶の光と違ってこの黒さには一切禍々しさなどというものは感じられず、むしろ清々しいほどのもののようにも感じた。


 5秒ほど経つと、その闇はアルミリアに吸い込まれていく形で消えていった。


「さて、無事に成功したようです。さっそく修行と行きましょう。まず、何をするのか説明致します。側近さんを除いた方々は先程も言いましたが魔力の強化を中心に修行していきます。そのために今の皆さんの|仮の(・・)限界というものを見せていただきます。」

「|仮の(・・)限界···ですか?」

「えぇそうです。今みなさんが限界だと感じているのはまだまだ皆さんの中に眠っている力のほんの一部分でしかありません。本来の限界というのはその何倍も何十倍も先にあるのです。それを2週間という短期間のあいだにより効率よく引き出すためにもみなさんの現在の立ち位置というものを明確にしておくのはとても大切なことなんです。」

「なるほど···。でもそれってどうやってお見せすれば良いのですか?」


 するとアルミリアは不敵な笑みを浮かべた。


「私と手合わせをしてもらいます。もちろん、全力で。」


 それを言い終わったアルミリアの顔は楽しみと書いてあるのが見えてきそうなほどの表情をしていた。

 心做しか鼻息も荒いように感じる。

 だれもが


“この人実は見た目に反して戦闘狂なんじゃ···”


 と思うには十分なものだ。


 流石は死の女神だ···。


 そんな風にみんながゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 その音にハッとしたのかアルミリアが少し恥ずかしそうに咳払いをした。


「ごほんごほんっ!! と、とにかく時間がありません。早速始めましょう。どなたからでも構いませんよ?」


 すると真っ先に隼人が手を高々とあげた。


「なら俺からお願いします!」

「分かりました。最初から全力で来てください。」


 そう言ってアルミリアはまたさっきの顔に戻ってしまった。

 とても楽しそうである。


 戦闘を始めるということで僕らは隼人を残して50mほど離れた。


「じゃあ行きます! 光魔法ッ!!」


 僕らが離れたのを確認すると隼人は早速頭上に光球を出現させた。

 僕が捨てたせいで聖剣は隼人の手元にないが隼人にはそれを必要としないほどの魔法がある。

 いくら相手がアルミリアとは言え、それなりの勝負をするんじゃないかな。

 そんな期待を持って僕はこの戦いを見ることにした。


「では私から行きますね?」


 そう言うとアルミリアは両足に力を込めて思い切り飛び出した。

 その速度たるや新幹線を彷彿とさせるほどのものだった。

 あっという間に隼人との差を詰める。


「はっ!!」


 そんな掛け声とともに鈍い衝撃音が辺りに響いた。


「がはっ···!!」


 遅れて隼人の弱々しい声が聞こえてくる。

 見ると隼人の鳩尾にアルミリアの右腕が深々と突き刺さっていた。

 そしてアルミリアがその右腕を抜くと隼人はそのまま力なく崩れ落ちてしまった。


「ふぅー。彩華さーん、隼人さんの治療をお願いします。胃の損傷と背骨にヒビが入ってるので急いでください。」

「ひっ···! は、隼人ぉぉ!!!」


 そう言ったアルミリアの表情はとても清々しい、さっぱりとした顔だった。

 アルミリアの説明を聞くや否や顔を青ざめさせながら彩華は全力で隼人の元へと駆けていった。


 戦闘狂からしてみれば2週間ほどの安静というのはかなり答えているということだろう。

 今、その鬱憤が少しながら解消できてとても気持ちよさそうだ。


 その背中を見ながら僕ら3人は冷や汗をダラダラとたらしていた。


「理···今の、見えたか?」

「う、うん。なんとか···。」

「すごいな···。私には瞬間移動したようにしか見えなかったぞ···。てっきり隼人みたいに転移魔法でも使ったのかと···。」

「は、ははは···。」


 そう言って側近は体をブルブルっと震わせた。

 僕もそれに引きつった笑いでしか返せない。


 側近をして見えなかったということは見えた僕は凄かったんだ···。


 なんて少し空元気でも出してないと僕にはこれから我が身に起きる現実を受け止められそうになかった。

 そんな現実逃避をしているのもつかの間、アルミリアが次の獲物を求めて瞳を輝かせながらこちらを振り向いた。


「さて、次はどなたに致しましょうか?」


 ···後ろから嫌な視線を感じる。


 さっきの正体バレたかもと思った時よりもそれは実感を大いに持ったものだった。

 その視線の正体に気付きながらも僕はそろりと振り向いた。


 すると案の定、側近とウィッチはニコリとしながらお先にどうぞと言わんばかりに右手を差し出していた。


 魔王ってなんだよ······。


 そんな心の呟きも側近たちはわかった上で知らないふりをしている。

 今までこんな雰囲気を微塵も出していなかったウィッチですらそのニコリとした表情を一切崩さないというのだから恐ろしいものだ。

 そう思った僕は観念して弱々しく我が身の未来を案じながら手を挙げた。


「僕が···いきます。」

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