72.お詫びとお願いについて

「ま、まさか···魔王様···なのですか···?」

「はい、そのまさかです。」


 それを聞いて側近は頬に一筋の涙を流した。

 今にも崩れ落ちそうなほど膝が笑っている。


「そう···ですか。魔王様はご無事、なんですね···? 良かった、ほんとに良かった···。」


 そう問うた側近の声は間違いなく震えていた。

 歓喜に体中が打ち震えている。

 そしてそれは口には出さないもののウィッチも同じだった。

 それもそのはずだ。

 今まで慕い、尊敬してきた相手がある日突然僕みたいな人とすり替わっていたのだ。

 どれだけ僕のことを信じてくれていようと心のどこかで疑いだって抱いていたはずだ。

 ましてや元の主の消息が依然として掴めないままであればなおさらの事だ。

 しかしここでアルミリアはさらに衝撃的な事実を口にする。


「無事···とは言えないですね。」

「は···? それは···どういう意味で···。」

「魔王は現在、人間により捕らわれています。」

「な···。ど、どういうことなのですか···?」


 そう言って側近はあんぐりと口を開けたまま固まってしまった。

 それを見てアルミリアは申し訳なさそうに目を伏せる。


「魔王リアザル、勇者スターン、賢者フラーシャ、そして私アルミリアは4人で私の妹である生の女神サマリアを封じるべく、立ち向かったのです。理由はひとつ。」


 そう言ってアルミリアは右手を突き出して人差し指をあげた。

 そしてまたもや驚くべき事実を口にする。


「これまでの悪事、その諸悪の根源がサマリアだからです。」


 しかし僕を含めてここにいる全員がこの発言にピンと来ていなかった。

 これまで呪いに関して僕たちは死の女神、つまり今目の前にいるアルミリアが大いに関わっていると考えていた。

 それはバティたち人間としても同様の認識として持っていたものだったからその点に関してはほぼ確信を持っていた。

 ところがアルミリアが言うには自分ではなく妹のサマリアこそが僕らの敵対すべき相手らしいのだ。

 そんな混乱する僕らを見てアルミリアはさらに話を続ける。


「当時、とは言っても御三方を召喚した日の2、3日前の出来事ですので2週間ほど前の話です。私は妹の暴走を止めるべく1つの手を打ちました。それがスターンとフラーシャ、そしてリアザルを仲間に引き入れることです。人間が魔族を敵視するように仕向けたのはサマリアです。その事実を伝えると3人は快くサマリアを封じることに協力をしてくれました。···結果はお察しの通り、惨敗となってしまいましたが。」


 ここでバティが1つの疑問を投げかけた。


「しかし、魔族を敵視するように国民を仕向けたのは国王ではないのですか?」

「えぇ、その通りです。国王であるデュラハンは呪いの力によりサマリアの傀儡と化しているのです。ですから呪いによってサマリアに操られ、国民をそのように仕向けたのです。」

「でも呪いって死の女神であるアルミリア様のお力のはずではないのですか?」


 その問いにアルミリアは小さく頷いた。


「この世に生を与えられたものは等しく死も与えられる、これがこの世の|理(ことわり)です。そして女神というのはこの世界の理を守り続けるべく存在しています。それが加護の力と呪いの力なのです。これまでは私と妹でそのバランスを上手にとってこの世界を維持してきました。ところが、その結果生まれたのが富める者はより多くの富を手にし、貧しき者はより生活が苦しくなっていくという負の連鎖、そして本来は生活を便利にするために存在していた魔法が戦争等、人や魔族を殺すことに使われるようになったのです。そうなったことには私もサマリアも憂いていました。それには遠くない所で私たちも関係があるからです。」

「そんな、アルミリア様もサマリア様も何も悪くないじゃないですか。」


 しかしこれにはアルミリアはしっかりと首を振った。


「いいえ、それは違います。魔法も呪いも生み出したのは私たちです。それに大きな違いはありません。ですが、ここに私とサマリアとで認識の相違が生まれました。私はこうなってしまったのも私たち2人の責任なのだから私たちで人間を指導して争いのない、元の平和な世界へ戻してやることがせめてもの義務だと考えました。ところが妹はこう考えたのです。道を違えたなら捨ててしまえ、そして新たなものを創造しよう。これが恥ずかしながら我が妹の出した答えなのです。」


 そう言ってアルミリアは申し訳なさそうに俯いた。

 そしてまた話を続ける。


「私も何度も妹を止めようとしましたが如何せん私と妹とでは力の差が大きすぎました。そこで先程言った3人の協力を得て再び止めに行ったのです。しかしそれでも適いませんでした。その後は命からがら、なんとか敗走を試み、最後の望みをかけて4人の全魔力を注いで御三方の召喚をしたのです。その際に理さんは上手く召喚できたのですが隼人さんと彩華さんはこちらの魔力不足で本来なら魔王城に召喚されるところを人間の城に召喚してしまいました。そのせいで幼なじみであるお二人に殺し合いをさせてしまったこと、お詫び致します。···そして傀儡であるデュラハンに命じて妹は3人を捕らえました。私は3人の尽力により、なんとか逃がしてもらい、この2週間で魔力の回復を図っていました。そして丁度今朝、ようやく魔力が動けるほどに回復したのです。そして今に至るというわけなのです。」


 それを聞き、ここにいる全員が愕然とした。

 恐ろしいほどの魔力を持つ死の女神と強大な力を持つ魔王、そしてそれに匹敵する力を持つ勇者と賢者。   

 この4人が束になってかかったはずなのにそれでも勝つことの出来ない相手、それが僕らの本当の敵だったのだ。

 ましてや今の僕らではアルミリアの足元にすら及ばないことは誰もが理解していた。

 そんな状況で生の女神サマリアと相対するかもしれないという状況に僕らは一抹の不安を拭えずにはいられなかった。

 その焦りからか、バティは感情に任せて口を開いた。


「要するにアルミリア様は自分の妹の不始末を魔王たちを利用して止めようとしたけど失敗、そして今度は容姿がそっくりだったという理由で召喚された、この世界には無関係だった理たちを巻き込んでまた利用しようとしてると、つまりはそういうことですか?」

「ちょっと待つっす。バティ、流石にそれは言い過ぎっす。アルミリア様、無礼をどうかお許しくださいっす。」


 そう言ってコウがバティの非礼を詫びた。

 しかしアルミリアはそう言われても当然と言ったように毅然として首を振った。


「いいえ、バティさんの言う通りです。私はあなたがたのことを利用しようとしています。否定は致しません。ですので、改めてお願いをします。どうか私の妹、サマリアを止めるために力を貸してください。」


 そう言ってアルミリアは深々と頭を下げたのだった。

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