31.勇者の出現

「やっぱりこの町はいい人たちばかりだな。」

「人間の街もこれぐらい明るくて活気があればいいんだけどなぁ···。」


 城下町を見たあと、バティたちは口々に感想を言った。

 人間の街は重税や兵役なんかのせいで活気や明るさはないらしい。


「ねぇ側近。そう言えばウィッチっていつの間にいなくなったの? 町に出るときまではいたはずなんだけど。」

「つまらないから部屋に戻ると言って途中で帰っちゃいました。」

「そうだったんだ。今何時? 」

「5時半です。もう少ししたら夕食が出来上がると思います。」

「おっ、またあの美味い飯が食えるのか? 晩飯は何が出るんだ? 」


 バティが目を輝かせながら言った。


「それはその時までお楽しみということで。でも絶対美味しいから楽しみにしてて。」

「よっしゃ。」

「じゃあ夕食まではそれぞれ自室でゆっくりするということで。時間になったらバティたちを呼びに行くよ。」

「おう。」


 こうして僕らはそれぞれの部屋に向かった。


「少しお話しておきたいことがあるので私もついて行ってよろしいですか? できれば魔王様のお部屋でお話したいことなのですが。」


 側近が寄ってきて耳元で小さな声で言った。

 よほど大事な話なのだろう。

 僕は小さく頷いた。


 自室に戻り周囲に人がいないことを確認して側近が戸を閉めた。


「で、話ってなに? 」

「あぁ実はな、理たちが出てすぐ、偵察に出ていたドラゴンが帰ってきて報告を受けたんだがな。どうやら人間の国で勇者が出現したらしい。」

「え? 勇者? 」

「あぁ。勇者だ。」


 この世界に来て少し気になっていたことがあった。

 なぜ僕、つまり魔王がいるのに勇者はいないのか。

 ゴーレムとかゴブリンとか有名どころの魔物がいて魔王までいて魔法があってなのに肝心な勇者だけがいない。

 ここに僕はずっと引っかかっていた。

 でも今日突然勇者は出現した。

 勇者は魔王にとって最大の強敵なはずなのにどこか安心している自分がいる。

 少し不思議な感覚に陥った。


「勇者ってあの勇者? 」

「理にとって勇者がどんな存在かはわからんが多分想像通りでいいと思う。」

「ってことはめちゃくちゃ強いの? 」

「今回の勇者がどうなのかは定かではないが歴代の勇者はみんな強かったらしい。老ドラゴンやエルフ長は何度か勇者を見ているはずだから気になるなら聞いてみるといい。」

「でももし勇者が攻めてきて僕と戦うなんてことになったら負ける自信しかないんだけど···。みんなと違って僕は魔王ってだけで人間と大差ない存在だし。ん? まって。|僕じゃない(・・・・・)方の魔王ってどうだったの? もしかしてめっちゃ強いの? 」

「当然だ。魔王たるもの強くなくてはならない。これが魔王様の口癖だった。ただ、肉体的な強さは並の兵士ほどだった。魔王様が強かったのは魔法だ。火、水、土、風。この4大魔法と呼ばれるものはどれもとてつもなく強かった。そして何より1番の強力な魔法が闇魔法だ。これは代々魔王になるものに受け継がれるものだそうだ。」

「え? 魔王ってそんなに強い存在だったの? どうしよう···。僕何にもできないや。」

「まだできないと決まった訳では無いだろう。やったことがないんだから。夕食を食べ終わったら少し出るぞ。本当にできないのか試しておかないと。もしできないことがバレればお前の身は危ないからな。」

「わかった。」


 魔王がそこまでの存在だとは知らなかった。

 魔法なんて僕に使えるのだろうか。

 でももし僕が魔法を使えるならちょっとカッコいいかも。


 そんな浅はかなことを考えているうちに夕食の時刻がやってきた。


「そろそろ夕食の時間だしバティたちを呼びにいかなくちゃ。」

「そうだな。」


 側近が戸を開ける。


「では夕食をいただきましょう。」


 僕らはバティたちを呼びに行った。

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