9.城下町の朝
城下町へ出てみるとまだ8時なのにみんなは明るい声を出しながら働いていた。
子気味良いリズムで槌を打つ音が響いている。
昨日と同じで僕が通るとみんな深々と礼をし、また仕事へと戻っていく。
これが尊敬から来るのか恐怖から来るのかはわからない。
でも僕としては慣れないことというのもあって少しむず痒さを感じる。
しばらく歩いていると気の良さそうな元気なウィッチのおばちゃんが八百屋で働いているのが見えた。
ここで暮らす人たちのことを知るには本人に聞くのが手っ取り早い。
そう思って話を聞いてみることにした。
「おはよう。今朝は何時から野菜を売ってたの?」
「魔王様、おはようございます。今朝は7時からここで働いております。」
朝が早いことに驚いた。
僕が目を覚ました時にはもう既に働いていたことになる。
でも青果だから朝が早いだけで昼頃には仕事を終えるだろうと思う。
そんな軽い気持ちで終業時間を尋ねてみた。
「今日は何時頃まで働くの?」
「今日は夜の8時頃まではここにいようと思っております。」
「ちょっと働きすぎじゃない?」
「戦地で戦っている兵士たちを思えばこれぐらいは何ともありません。」
「そっか···。他の人たちもそのぐらいは働くってこと?」
「はい。だいたいみな同じ頃に仕事を始めて同じ頃に仕事を終えます。」
「ってことは八百屋だからとかそういう理由でそんなに働いてるわけじゃないってことか···。」
「あ、魔王様。これをぜひ食べてください。今朝採れたての新鮮なトマトです。とても甘いとこの辺りで最近評判なんです。」
そう言っておばちゃんは僕に拳大の真っ赤なトマトを差し出した。
「え、いやいやごめんね。僕今お金持ってないんだ···。」
「そんな! お代なんてけっこうです。魔王様にはいつもお世話になっておりますからほんのお礼です。遠慮なさらないでください。民からの気持ちだと思って受け取ってください。」
そう言っておばちゃんは僕の手にトマトを乗せた。
その眼は優しさで溢れている。
さっきの言葉が心から言っていると言うのは僕でもわかった。
ならばここで断るのは失礼なことだ。
「なら遠慮なく。いただきます。」
そう言って僕はその真っ赤なトマトにかぶりついた。
甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
「んー! 美味しい! わー···。こんなに甘いトマト食べたことないよ···。凄い···。作った人にもお礼を言っておいてくれない? 」
「ありがとうございます。必ず伝えておきます。」
「ありがとう。じゃあ僕そろそろ行きます。ご馳走様でした。また次来る時は買っていきます。」
「はい。お待ちしております。ありがとうございました。お気を付けて。」
そうして別れの挨拶を済ませ、また歩き出した。
僕が食べた野菜の中で1番美味しかったと断言出来る。
でも、僕が気になったのはもっと別のところだ。
みんな働きすぎだ。
僕が一昨日までいた世界ではいわゆるブラック企業というものにあたるだろう。
しかも今朝の朝食通りだとすれば栄養も足りないように感じる。
そうなれば当然あれだけ働けばみな潰れてしまう。
近いうちにどうにかしなくちゃ。
偽物とはいえ、僕はみんなの王なんだ。
あんなに優しい人たちをこんな簡単に見捨てていいはずがない。
そこでふと側近に持たされた時計を見た。
時計は9時を指している。
「さて、そろそろ帰らなきゃ。」
そろそろ兵の殆どが帰ってきているところだろう。
これからのこの国の運命が左右されると言っても過言ではない会議が僕を待っている。
そう思うといやに緊張する。
でも僕がしっかりしなくちゃ誰もついてきてくれない。
それにみんなの事を助けてあげられない。
なら僕がやるしかないんだ。
そうして僕は小さな決意を固めて城へと帰った。
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