マウスカーソルマンの失われる両手

ちびまるフォイ

次の人間へ

両手がマウスカーソルになったことよりも驚いたのは、

このことに俺以外は誰も気づいていないことだった。


「お会計、250円になりまーーす」


支払いでカーソル状になった手を出しても、

他の人には普通の手に見えているのか無反応。


カーソルの判定が小さすぎるので小銭は扱えない。

1つ1つ選択するのも難しいのでカードで支払った。


「ありがとうございましたーー」


コンビニを出るとカーソルになった自分の手をみてうなだれた。


「やれやれ……いったいどうなっているんだ……」


「おい兄ちゃん」


コンビニの外では絶滅危惧種の不良がたむろしていた。

台本を読み込んできたかのようなありきたりな挑発を恥ずかしげもなく披露する。


「なにガン飛ばしてるんだよ? あぁ?」


「いえ……ごめんなさい……」


「ごめんじゃねぇよ。ちょっとツラかせや」

「ひ、ひっぱらないでくださいっ」


思わず両手で相手を掴んでしまった。

といっても手ではなくてマウスカーソルだが。


カーソルにつままれた不良は宙高く浮き上がった。


「て、てめぇ離しやがれ!」


不良は空中でバタバタともがいている。重さは感じない。

そのまま右クリックするとメニューが表示された。


[ 削除(Delete) ]


選択すると不良は跡形もなく消えた。


その一部始終を見ていた他の不良たちは恐怖のあまり逃げ始めた。

どれだけ逃げようとも、俺の視界の範囲内にいればカーソルで操作できる。


右手カーソルで不良の一人をつまみあげると、今度は頭の部分だけ範囲指定した。


「や、やめろ! 何をする気だ!」


「なにができるか試してみるんだよ」


部分的に範囲指定した頭を、今度は左手カーソルでズラした。

範囲指定された頭部はなんの抵抗もなく胴体から切り離された。


「あはははは! これはすごい! 両手がカーソルになっていい事だらけじゃないか!」


空中で右手をクリックするとまたメニューが表示された。

そのうちの1つを選択する。



[ 新しいフォルダを作成 (F) ]



空にフォルダが作られた。もちろん俺にしか見えない。

頭部をもぎ取られて動かなくなった胴体をフォルダに入れると、もう誰からも見えなくなった。


ついでにコンビニで買った荷物もフォルダに入れる。


家に帰ってから空に浮いているフォルダを右カーソルで操作して中身を取り出した。

もう俺の日常に置いて荷物の重さに悩まされることはないだろう。


「ふふ、マウスカーソルでどこまでできるんだろう」


引きこもりがちだったはずの日常も両手のカーソル化によって変貌した。

いまや、見ず知らずの女性に声をかけることすらできてしまう。


「やぁ、こんにちはお姉さん。すごく美人ですね」


「近寄らないで、気持ち悪い。ナンパならお断り。死んで」


「ははは。手厳しい」


俺は笑いながら足早に去っていく女をカーソルで選択する。

メニューの中から「コピー(C)」を選んだあとで家に帰る。


「貼り付けっと」


家の鍵や窓を完全に締め切ってから「貼り付け(V)」をすると、

去ったはずの女が部屋に現れた


「ちょっと!? ここはどこ!?」


「見れば分かるだろ? 俺の家だよ」


「ふざけないでこの変態! こんなことして許されると思ってるの!?

 それに、私の両親がきっと私を探して通報するから!!」


「へぇ、自宅に帰った娘を、ねぇ?」


「え……?」


「君は複製だよ。本体は俺をフッて家に帰ったじゃないか」


コピーして貼り付けした複製女の身を案じる人などいないだろう。

そもそも存在自体に気づく人はいない。

俺は女を口まわりを範囲選択し「ミュート」にした。



「あははは! マウスカーソルは最高だ!!」


両手がカーソルになって良いことづくめ。


いくらでも複製できるから金に困ることもない。

ムカつくやつは削除すればいい。

フォルダに入れれば4次元ポケットのように出し入れ自由。


この生活を味わってしまったら以前に生活を想像しただけで寒気がする。


だからこそ、俺の両手が戻り始めたとき、この世の終わり以上のショックをうけた。


「あ、あああ! カーソルが!!」


マウスカーソルになっていた両手が徐々に薄くなっていく。

薄っすらともとの肌色の5本指が見えてくる。


「いやだ! 普通の手になんて戻りたくない!!」


普通の手に戻ってしまえば、フォルダにもアクセスできなくなる。


カーソルがまだ消えきらないうちにクリックして「個人設定」を開く。

けれど、どの項目を見ても消えゆくカーソルを止める手段はない。


「なにが原因なんだよ!? くそ!! 電池切れか!?」


必死にご飯を飲むように食べてエネルギーを補給する。効果はない。

物理的に電池を突っ込んでみるも効果はない。


原因がわからないままどんどんマウスカーソルは消えていく。


精神面が影響しているのかと落ち着いたりしても効果はない。

逆に活発になったとしてもカーソルはみるみる消えていく。


「ああ……ああ……そんな……」


ついに俺の両手はマウスカーソルから普通の両手に戻ってしまった。

あまりに短すぎる幸福な時間だった。


「こんな絶望を味わうくらいなら、

 最初からマウスカーソルになんてならなければよかった……」


名残惜しげに片腕を前に突き出した。


手のひらの延長線上にあった家がしばらくするとブルブルと揺れ始める。

右にずらすと右に移動する。

左にずらすと家も左に移動する。


俺の手のひらの思うままに家は動いた。

そのまま「削除」と表示される右隅に持っていくと家は消えてしまった。



「これは……タッチパネル……?」



また面白いことができそうだと顔がほころんだ。

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