『占領』

やましん(テンパー)

 『占領』

 熱を出してしばらく臥せっていたぼくは、ようやくお風呂に入ろうという気になった。


 そこで、夕方の薄暗い、陰気な浴室に、お湯を張りにゆき、いっぱいになるまでは、ブラームスのピアノ曲を聞いていようと、また、ふとんに横になっていた。


 少しうとうととしている間に、かたわらに、別居している奥さまが、珍しく早めにやって来ていたのであった。


 しかし、いたのは奥さまだけではなく、まったく知らない男が入り込んでいたのである。


 びっくりしたぼくは、『なんだい、君は?』と、当然に、しかもかなりあえぎながら尋ねた。


 気が動転していて、うまく話せない。


 『この家は、いただく。』


 『はあ?』


 何、言ってるんだこいつは。


 しかし、奥さまは、ただ、にたにたしているだけだ。


 一階でどたばた音がする。


 『なにやってる?』

 

 まだ、頭がはっきりしないなかで、あわててぼくは階段を下りた。


 すると、複数の人間たちが、家財を運び出しているではないか!


 『こらあ、まてえ〰️。警察に電話するう!』


 『警察?やってみろよ。』


 別の男が皮肉たっぷりに言うのだ。


 応接間の窓は、さっぱり取り去られていて、格好の搬出口になっている。


 床の間の電話機は、受話器がきれいになくなっていた。


 『くそ〰️!なんなんだあ。』


 あせるぼくを嘲笑うように、家財を積んだ車が庭から発車して行く。


 なにか、ご近所も怪しい雰囲気に包まれている。


 明らかに異常な大気が、あたりすべてを漂い、空はムンクの絵のような、鈍いマーブル色に輝いている。


 『キミの夢を入り口にして、我々はこの世界を侵略、占領させていただきました。すでに、この街の住人の体の91パーセントは、入れ替わらせてもらった。中身はみな魂だけになり、永遠にさまよう。なお、この家のものは、この世界の研究材料としてもらって行きます。キミの体も、いただこう。』


 『冗談じゃありません。』


 ぼくは、その場から逃走した。


 『はっははは!』


 笑い声が後ろで響いた。


 ここが、夢なのか現実なのか、まだよくわからないのだが。


 しまった、財布も携帯もカードも、くまさんも置いてきた。


 しかし、さすがに戻れない。


 ぼくは、勝手はわかっている近所の裏通りや庭先を必死に走った。


 黒い影がひとつ、執拗に追いかけてくる。


 電灯が点っている家もあるが、逃げ込むのは危険だろう。


 もっとも、あたりに人影はまったくなかった。


 地の利は、明らかにこっちが上で、追っ手はあっちこっちで、つまずいたりスリップしたりしているが、あきらめる様子はない。


 相手が化け物ならば、体力的に弱いぼくは不利には違いない。


 そこに、顔見知りの、でっかいワンちゃん二匹が飛び出してきた。


 『おおい、あいつ、やっつけてくぇ!』  


 『うわん!!』


 ワンちゃんたちは、黒い影に襲いかかった。


 『こらあ、ひどいじゃないよお!』


 奥さまの声だが、ぼくにはわかる。


 中身は別物だ。


 ぼくは、ただ、逃亡をつづけた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 あれから、5年か、10年か?


 ぼくは、まだ逃亡をしたままだ。


 ここがどこの街なのかはわからない。


 しかし、本来の世界ではないことは、あきらかだ。


 何も食べなくても、ぼくは、平気だった。


 いつまでたっても、どこもかしこも夜のままで、けっして明るい昼間は来なかったのだから。





・・・・・・・🌃・・・・・🐶・・・・・・


             おしまい



 

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『占領』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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