分の悪いギャンブル
須藤二村
分の悪いギャンブル
https://kakuyomu.jp/user_events/1177354054889667307
カクヨムしりとり 出品作
キーワード【ギャンブル】
——————————————————
ニューヨーク行きの飛行機が轟音とともに離陸して、機内でシートベルト着用のランプが消えると、医師のマルコは、窓側にいた黒ずくめの男からこう話しかけられた。
「あそこの斜め前にいる男女。あれ不倫カップルですよ」
初対面の人間へのジョークにしては趣味が悪いと思いながら、マルコが言われた席を見ると、太った中年男性の横に金髪の若い女が座っている。
「いやあ、金持ちの秘書か、もしかしたら娘かも知れないですよ」
マルコが向き直ると、男は笑みを浮かべたまま奇妙なことを言う。
「今トイレから出てきた入墨の男は麻薬の売人です。トイレのタンクの中に大量の麻薬を隠していますよ」
マルコは本気にしなかったが、ちょうどトイレに行きたくなってきたところだったので
「それなら確認してきますよ、タンクの中ですよね」
と笑いながら席を立った。通路を歩く途中で
「ねぇダーリン、奥さんには何て言って来たの?」
と中年男性に腕を絡ませながら金髪の女が話しているのが聞こえた。
トイレに入って用を足し、水を流した後でタンクのフタを少し持ち上げて中を覗いてみると、ビニールテープでグルグル巻きにされた白い粉の入った袋を見つけた。
マルコは何事も無かったかのように座席に戻ると、興奮気味に黒ずくめの男に小声で言った。
「あなたの言った通りでしたよ。あなたは捜査官か何かですか?」
「いえいえ、ここだけの話なんですが、私は悪魔なんです」
男は笑っていて、マルコがその様子に呆れていると
「ところであなたはお医者様ですよね? あの男はテロリストなんですが、今から急病で倒れたとしたら助けますか?」
と言った。マルコはギョッとして、男の差した方向を見た。
年の頃は30くらいだろうか、短髪の黒髪に鋭い眼つき、革のジャケットを着た男だ。
「あなたは、どうして私が医者だと……? それよりテロリストって」
と言いかけたのを遮るように
「もうすぐこの飛行機は爆発して全員死ぬんです。私はまあ、あの悪党どもの魂を回収しにきた悪魔という訳でして」
マルコは、男があまりにも気味の悪いことを言い出したので、関わり合いにならない方がいいかも知れないと思い始めていた。
「もし仮にあなたの言うことが本当だったとしても、私は病人を助けますよ」
「それは頼もしいですな。お、そろそろですよ」
機内の一角が騒然として、キャビンアテンダントが革ジャケットの男の隣に集まってきた。どうやら男の言う通り、テロリストと思しき男が倒れたようだ。
「お客様の中でお医者様はおられませんか?」
キャビンアテンダントが医者を探すアナウンスを流している。革ジャケットの男の顔色は紫色になって呼吸の音もおかしい。今すぐ対処しなければ絶命してしまうだろうと思われた。
恐らくあれは、悪魔と名乗る男が言うようにテロリストなのだろう。しかし、マルコが男を助けると引き換えに乗客全員が死んでしまうとしたら……。
マルコは少し考えて、悪魔と名乗る男に提案した。
「あなたが悪魔なら、私と賭けをしませんか?」
「賭けですって」
悪魔は怪訝そうにマルコを眺めた。
「はい、もしあのテロリストが爆弾を起爆させられたらあなたの勝ち、できなかったら私の勝ちです」
「ほほう、私が勝ったら何を貰えるのですか?」
「私の魂とやらを差し上げましょう。ただし私が勝ったら乗客全員の命を助けてください」
「なるほど、さてはテロリストを眠らせてしまうおつもりですか?」
「いえ、そんなことはしません。あの男が意識を失ったままなら私の負けで構いませんよ」
「面白い。その賭けをお受けしましょう」
悪魔が答えるのを聞いてマルコは鞄を持って立ち上がり、キャビンアテンダントの方へ駆け寄った。
テロリストは肺気胸を起こしていたが、幸いにもマルコが機内に持ち合わせた機材でなんとかなった。応急処置を終えてマルコが座席に戻ってくると
「お見事です。よく気がつかれましたね」
悪魔は小さく拍手してマルコを迎えた。
「やはり、あのテロリストが飛行機を爆破するわけではなかったのですね? あなたはこの飛行機が爆発するとは言いましたが、あのテロリストが爆発させるとは言いませんでした」
「ええ、あなたがあの男を見殺しにしたら、私はあなたの魂を受け取ることができたんです。飛行機はこの後、エンジンに渡り鳥の大群が突っ込む予定だったのですが、賭けはあなたの勝ちですから、約束通り奴らは追い払っておきましょう」
マルコはほっとして、悪魔に聞いてみた。
「ところであなたは別に、この分の悪い【ギャンブル】に乗らなくたって放っておけば悪党の魂が手に入ったわけでしょう? どうして乗ったんです?」
「なに、気にすることはありませんよ。あなたがこれから助けに行こうとしてる患者は近いうちに【戦争】を起こす予定なので帳尻は合います」
笑いながら悪魔が答えた。
——————————————————
次のキーワード【戦争】
分の悪いギャンブル 須藤二村 @SuDoNim
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます