第532話「死の宣告」 ヴィルキレク

 死の宣告。

 旧エーラン帝国時代に築かれた山道開設記念碑に黒い半旗が掲げられていた。

 何の絵柄も記号も無い真っ黒な軍旗。そこらにある反物ではなく、銃弾か長期間の風雨にでも晒されなければ傷のつかない生地の本物。冗談や、教会信徒が間に合わせで弔意を示すために使う代物ではない。

 胸が苦しくなってくる。息をしても足りない。

 装甲馬車内で対面に座る元奴隷、ラジャベクールが刀の鞘を床に当て、刀身を少し抜いて収めて鍔を鳴らす。床も少し鳴る。

「いや、分かってるつもりなんだが」

「自身の感情など、まずは置きましょう」

 装甲馬車に軽騎兵が横づけしてくる。銃眼の蓋をラジャベクールが開ける。

「陛下、あの旗は撤去しますか?」

「聖下への弔意かもしれない」

 自分にもだ。しかし、何という言葉がこの口から出て来たものか。

「許可は取っていないと思われますが」

「そのままにしておけ。旗一枚に臆したと思われるのも癪だ」

「は!」

 聖都、旧市街地側東門から突入してきた黒軍騎兵は、エーラン地区手前で攻撃の手を止めた。銃弾除けの印術兵がそれを抑えたので大きな被害は無く、撤退作戦の一部だけを取り上げて評価すると成功の部類に入る。

 エーラン地区に逃げたら皇帝でも聖女でも見逃す……約束を守られた。そしてエーラン地区を脱して山道に入ったらこの死を告げる黒旗、越えたら殺すという意志の示し。確かに約束だけは守っているということか。

 黒軍とペセトト軍の襲撃からの聖都放棄は完全に想定の範囲外。我々は逃げる準備を万端に整えてはいない。

 聖都陥落により南北の沿岸路、海路は切断されている。人も物も通信も行き来出来ない。

 この山を抜けて内陸側に出てからの南北の内陸路、西のスクラダ山脈横断路は利用出来る。

 内陸、北へ進む道。ペセトト軍が沿岸を襲撃している地帯に隣接し、黒軍が比較的自由に往来出来る場所。加えて帝国連邦軍主力が聖府との停戦を承認する前に南下してくる可能性もある。

 その停戦はベーア帝国との間に交わすものではないので、我々には通常通りの判断で攻撃してこよう。非常に危険で、手持ちの兵力物資で凌いで脱出出来る公算は小さい。

 内陸、南へ進む道。対魔王軍のベルシア戦線からは遠いが繋がる。そこのロシエ軍の力を笠に着ることも出来る。要請すれば匿って貰えるだろう。

 ベーア皇帝が、助けてくれ、と駆け込む。マリュエンス君のような若くて軍隊経験も無い子ならともかく、自分のような血を直接浴びて来た”百戦錬磨”が?

 恥ずかしい、辛い、心が苦しい。

 これはこの感情を我慢するとしても、ロシエに多大な借りを作ることになる。どのようなことを引き換えに要求されるか?

 ポーリ・ネーネト、いわゆる”ベルリク主義者”で鉄兜党。どのようなことでもやるという覚悟を決めている。そんな者がこの身を掌中に入れたら何をする?

 ……ロシエ=ベーア連合帝国成立へ向けて動く。呼称はともかく、その状態。

 我が娘マールリーヴァをベーア女帝に、マリュエンス君がロシエ皇帝で互いに皇配として同君連合。その子が正式に両帝になる。亡命聖府も抱き込んで神聖教会圏統一の正統性を確立。歴史的な神聖帝国連合以上の大帝国の復活、超越。

 自分にはまだ男女ともに子供達がいる。親族も多く、国内だけでも継承権がある男児は三桁以上を数える。それを押し退けてでも長女マールリーヴァを女帝に推す圧力を仕掛けるには? その工作にこの身は、具体的に想像は出来ないが、使えるかもしれない。

 我が息子エルドレクを殺したのはロシエ宰相ネーネトだ。どう指示を出し、誰にやらせたかまでは分からないが。今、合点がいった。

 帝国連邦が皇太子を狙い討ちというのは違和感があった。ベルリクの性格と違う。暗殺をしないわけではないだろうが、奴が選びそうな時と場合が違う。勘だが違う。ハンドリクを拉致してその娘ザラと仲良くさせるような、悪意から離れた超越性が臭わない。奴に付き纏うその”お祭り感覚”から遥かに遠く陰惨。

 南には行けない。おそらく野垂れ死ぬより悪い。姉上が最後に全てを予見したわけではないだろうが、ベーア軍と共に戦って死ぬという結末からは遠い。

 宰相ネーネトが派遣した暗殺者の手に掛かるぐらいならいっそベルリクに殺された方が良い。奴ならこの身体を剥製にして飾って、戦ったことを自慢してくれる。

 人食い豚と悪魔大王、戦士としての格が違う。死に方の華々しさに天地の差がある。自分はまだ、死に方を良く選ぶべき世代だ。

 そう言えばその剥製の中に宰相ネーネトの父がいるという話だったか。

 西へ行って、冠雪し始めているスクラダの冬山を越えるしかない。ベルリクと戦って死ぬ可能性と、生き延びる可能性、双方がある。


■■■


 聖オトマクの聖なる神の教え、その布教が始まった地を通り過ぎる。記念碑代わりの、街地規模に合わない大聖堂が立っているが、今は役に立たない。

 住民は避難し、物資は持ち出されている。死を覚悟した頑固な老人が残るのみ。

 二つ目の峠で、夜を迎える前に宿営地と防御陣地を設置する。

 旧市街脱出からようやく腰を落ち着けることが出来たのだが、補給責任者から告げられた。

「スクラダ山脈を横断して西岸部へ到達する前に食糧が無くなる計算です。死者と落伍者がおらず、馬も食べず、装備も捨てず、の前提ですが」

 我々が聖都から持ち出せた物資の量から、食糧調達計画を行路中に入れなくてはいけなくなった。

 どうする?

 評判が落ちている今、住民から購入するのは厳しい。秋の収穫後だが、有るのと売るのは別。物価上昇分くらいは手持ちの金を惜しまなければどうとでもなるが。

 略奪は評判が落ち過ぎる。半島からの離脱すら困難にする可能性がある。各施設の利用を拒否されては半島の虜囚になりかねない。街道は強引に進めたとしても、港の利用権が一番まずい。

 住民が食糧を持ち出し、持ち出せない分は難民に分け与えている様子も軽騎兵の偵察で確認された。留守宅から持ち出すという方法はあるものの、戸別訪問で空き巣?

 部隊を適宜解散するという方法もある。この戦争で大量の男手を失った農家等へ、各自が自主裁量で転がり込むというやり方。大きな戦の後、脱走兵が現地に定着するという話は良くある。

 印術兵に人間の死体を食べさせるという手は……いけない。これも評判が落ちる。隠れて――公然の秘密も秘密の部類――自国内で人狼を動かすのとわけは違う。

「陛下?」

「金で解決出来ればそれで。あとは、馬は可哀想だが」

「はい」

「兵に無理せず離脱許可……これは私から各指揮官に言うか」


■■■


 一晩明け、三つ目の峠を何事も無く通過。昼前に山道を下りた。土が隠れない程度の降雪はあったが、エデルトの冬と比べたら秋や春の程度。

 平野部に出て、灌漑水路が巡らされた農村部に進むと間も無く遠景に煙が見え出した。

 ベルリク=カラバザルのやり方、何とも嫌らしく惨たらしい。

 住民が我々の行列に寄って来た。片目が潰され、片耳が削がれ、舌が切られ、歯が折られ、指が二本落とされ、靴を脱がされ、冬服を剥され肌着姿という様。手荷物は無い。必死に走って、足の裏の傷に泥を詰めてやってきた。

 中途半端が一番悪い。いっそ死んでいてくれれば何もしなくて良かった。足が切られて歩けなければ良かった。

 元気で準備も万端なら下働きや、情報提供する現地協力者として使えた。だが野に放り出された、欠損している女子供老人など何の役にも立たない。生きているという以上何も無い。

 いっそ彼、彼女等の腹に時限爆弾でも仕込まれていれば排除する理由になるが、そんな物は無くただ哀れ。追い返す口実、大義名分が見つからない。あるのかもしれないが、急にこんな事態、思い付かない。

 足止め、足手まとい。そんな彼等に、余裕が無い今の我々が食糧と衣服を分け与えてやらなければいけないのか?

 いっそ皆殺しにしてしまいたい。だがそんなことをすれば黒軍がその風評を広げる。

 判断して結論。食べ物や予備の軍靴、服を渡すことは禁止のまま行軍を続行。欠損住民は存在しないかのように進む。

 少人数の内はうるさい――字義通り舌足らず――フラル語を浴びせかけられるだけで済んだが、進路を塞ぐようになってから、弱者に遠慮はしない印術兵が脅しに掛かる。殴ったり、抱え上げて水路に放り投げる。

 道を進む度に我々を目指して欠損住民が集まって来る。進路を先読みしてくるのは、周辺をうろつく遊牧騎兵が我々の方へ逃げるように誘導しているからだ。巻き狩り技術の応用か?

 寄って来た住民に「近くの集落に避難しろ」と指示を出しても、そこへ遊牧騎兵が先回りして追い払う。脅す、動ける程度に肉を削って悲鳴を上げさせる。そしてこちらに戻って来る。避難に失敗した先から人が出て来て数が増えることもある。

 そして我等一行と、纏わりつく悲惨な人々に遊牧騎兵は一発の銃弾も撃ち込んでこない。まるで料理をして”味”を仕込んでいるかのようだ。

 先行偵察する軽騎兵が道の先の情報を持って帰って来る。彼等も不自然なまでに攻撃を受けていない。

 ここから進む先の街道交差点の宿場町が黒軍に占拠され、防御陣地が形成されているとのこと。また住民や難民を資材として使った”人間の盾”が設置されていて堅固。

 我々の拠点攻略能力は低い。

 近衛の銃兵と胸甲騎兵。一般の銃兵に機関銃隊、迫撃砲隊、少数の軽騎兵。印術の人間兵。

 機材と言えば装甲馬車、馬車、手押しの荷車。荷物に工具と梯子くらいはある。車両を攻城塔のように使えなくもないか。

 ベーアからフラル半島へ繋がる武器輸出路からここは大きく外れている。皇帝の顔が通じるような武器庫も無く、道中での調達は困難。

 脱出した聖府関係者、聖都市民の一行がその宿場町を通過した後に敵防御陣地が形成されたと見られる。住民襲撃以上の戦闘の痕跡は認められなかったとのこと。

 聖府一行に伝令を飛ばして共同作戦を取れるならば取りたいと考えた。

 あちらの一行は聖遺物、幻想生物、熟練の中央官僚と聖職者、世話の掛かる負傷者、難民を抱えている。これからロシエに亡命する心算で動いている彼等を呼び戻すなんて無理筋しか見えない。それにきっと、その主旨で派遣した騎馬伝令は遊牧騎兵に殺される。”鍋”の外への吹きこぼれを認める気配はしない。

 ベルリク=カラバザルは、我々にまず傷ついた欠損住民を押し付けて困らせるために銃撃もしてこない。

 疲れさせるという目的があるのは間違いない。実際辛い。

 何も出来なくさせるため? 何か、こちらの行動を誘導したいという思惑は感じる。

 我慢を強いて突飛な暴発行動を起こさせるため? 報道関係者に”ベーア皇帝、錯乱す”という見出し記事を書かせたら、戦略的に影響を及ぼすな。

 出来ること出来ないことを考えて選択し、まずは宿場の防御陣地を相手にしないで街道を迂回することに決定した。

 収穫の終わった畑、防風林、川を跨ぐ必要がある。高地では細雪だったが低地では雨が降る。街路外の、濡れた泥の上を歩く必要がある。

 場所によっては装甲馬車、馬車も放棄せざるを得ない。車輪が泥に飲み込まれるようであればそうしなくてはいけない。

 要所、灌漑水路くらいなら自分の凍らせる術で道にするが、全行程全てを凍結路にする程の術の持続力は無い。襲撃にも備えて温存しなくてはならない。


■■■


 亡者の群れに取り囲まれるようで、無視するという評判の悪い最善策で更に西へ向かって逃げ続けた。欠損状態では住民の足取りも重く、追いつけずに脱落していく者が多数。この悪いことばかりの状況の中で、唯一の……救い。

 かなり疲れた。直接相手をし続けた兵士達はどれだけ疲労しているか。遊牧騎兵に囲まれている以上の負担を強いられた。

 迂回路を跨ぐ水路は氷結させてちょっとした段差程度にした。段差には枕木を噛ませ階段状に、馬車は押して引いて乗り越えさせた。

 道の悪さよりも冷たい雨が身に染みる。いっそ雪になった方が温かい。中途半端な天候は本当に辛い。食糧がある内はいいが、無くなって体力が落ちると病気が広がり出しそうだ。

 ベーア軍が略奪しているという偽情報が広まっており、襲撃されていない村が旧式銃などを構えて籠城している場面に遭遇することもあった。使者を出して食糧を購入できるか交渉させてみても失敗。

 術の防御を頼りに自分が一人で交渉に向かってみても信用されず。そもそも”ベーアって何だ?”と言われることもあった。昨今の情報、移動の高速化で田舎はそういうものだと忘れていた。

 街道外れを我々のような武装集団が歩いていれば、そんな噂が無くても警戒はするものだが。

 住民がほとんどいなくなった村の一つを間借りして宿営。落伍しないで、新たに供給された、傷ついた欠損住民も身を寄せて来る。

 可能ならば強行軍で引き離し、ベルリクの思惑の外に逃げてしまいたいところだが不眠不休で踏破できる旅程ではない。

 交代で見張りをさせる。村では持ち出し切れなかった食糧が見つかり一度安堵するが、食後しばらくしてから腹を痛くする者が続出。遅効性の毒? 単純な食中毒かと混乱している内に小銃一斉射を受けて少し死傷者が出た。

 それから馬が狙い撃たれた。小屋を臨時の厩などにしていたが、馬の背に合わせて壁、窓が撃ち抜かれる。人間より頑丈な奴等だが一撃即死、致命傷多数。

 迫撃砲隊が何とか射撃位置を探って砲弾を浴びせるが、効果があるのか無いのか、村の外に出られる観測班が不足。

 遠距離射撃戦を行っている内に冬の早い夜が訪れ、暗くなって銃撃が中断。

 次は火箭による爆撃を受ける。同時に火矢も降る。欠損住民が騒ぐ。

 どこから射撃してきているのか暗くて分からない。飛翔体の噴炎で発射位置は一時的に判明しても、次射が全く違う位置。移動しながら物陰に隠れての曲射。

 塩素剤、糜爛剤か受ける前には分からないが、自分の凍らせる術で宿営地の気温をエデルトより辛い、ハリキの死神漂う厳冬を基準に下げる。兵士等を凍死させない程度に、弱った住民の命は無視してかなり下げる。

 火箭は炸裂後、爆風に従って薬剤を撒き散らしたが間もなく……固化、液化したはず。化学者から低温で薬剤が気化し辛くなって被害が低下すると聞いている。

 被害は全くないわけではなかったが、毒の気体を吸い込むことはほとんど無かった。防毒覆面装備と合わせて、一先ずは全滅するような事態に陥らなかった。

 ただ火矢が曲者。威力よりも射程重視の軽い矢なので刺さっても致命傷になり辛かったが、家屋への延焼で火の周りの、冷えた毒剤が熱で気化し出す。

「離脱させろ」

「は。総員離脱!」

 この一行を総指揮する近衛隊長に命令させる。

 宿営地を出る。馬の多くが使えず馬車を放棄、無事な分は騎兵用に回す。

 正に我々は炙り出されている。だが籠ってはいられない。

 村から出た先から機関銃射撃を受け、砲弾も飛んでくる。焼けた村が我々を照らしている。

 重火器射撃をしてきた方角は先の迂回した宿場町方面。敵戦力が陣地から出て来たのだ。ここが決戦場。

 近衛隊長が判断する。

「陛下からお願いします」

「うむ」

 伐採斧を担ぎ、先頭に立ってその機関銃弾と砲弾が発射される方向、銃火と砲火が見える位置へ、夜の突撃。

 近衛銃兵、密集横隊の戦列形成。ラジャベクール、一回し閃かせる抜刀先導。

 はっ……今までの気苦労が抜ける。

 兵共、掛け声。

『ハウ! ハウ! ハウ! ハウ!』

 その後方に印術兵、胸甲騎兵。

 機関銃弾の雨、戦列を覆う凍る術結界を張って弾を落とす。砲弾も落ちて不発。

 鉛弾が凍って勢いを失って落ちる訳がないが、何か”別”の作用で落ちている。その”別”が何なのか、良く分からない。国の術使いも分からないと言うし、科学者も分からないと言った。魔神代理領の専門家に問い合わせたことはない。

 突撃するこちらの背中は一般部隊が守る。また少しずつ突撃方向へ移動して付かず離れない。

 周囲を暗闇と遊牧騎兵に囲まれ、強力な部隊に攻められて金床と鉄槌状態にあるのなら、その金床を粉砕してこの状態を打破する。我々に不足している大砲を鹵獲出来れば尚良い。

『ハウ! ハウ! ハウ! ハウ!』

 近衛と共に前時代的に戦列維持、前進。いつも通り行けている。火器は発達したが原理は大きく変わらない。術で敵弾が落ちる、不発。

 横槍。側面から遊牧騎兵が銃撃、爆発する矢を放つ。胸甲騎兵から狙われる。

 印術兵が横槍へ向けて前進、対抗しに行くも銃弾命中、即死、転倒。弾除けの印術が無視された。ただの人のように倒れた。

 術妨害!

 自分の術は妨害されていない。安堵? 理解が及んでいない。これで大丈夫なのか? 研究が足りていない。

 後方の一般部隊の一部が横槍へ対応に向かう。まずは迫撃砲と機関銃射撃で一時、敵の発砲停滞。

 胸甲騎兵がその機に方向転換し、走る。横槍部隊粉砕へ走る。走って、飛ぶ火炎に当たって焼けながら散り散りになる。馬が嘶いて逃げる。騎兵に術使いが混じっている。

 宿場町から出て来た敵戦力多数、数千規模、五千以下? 工事をした気配もわずかにもう塹壕を築いている。術工兵がいるのか。

 近衛銃兵横隊、更に接近。凍る術の結界は密集する我々を守り続けている。今まで通りならこれで粉砕出来る、はずだが。

『ハウ! ハウ! ハウ! ハウ!』

 敵が大砲、機関銃、小銃以外の火器で撃ってくる。

 散弾銃だが、液体金属片混じりの変なもの。薬品? 低温化させていなければ毒瓦斯のような何か?

 火炎放射、これは駄目かもしれないと思ったが防げた。視界は一時塞がった。

 手榴弾。砲弾が効かないならこれも効かない。

 近衛銃兵、一斉に「手榴弾構え!」手榴弾投擲動作。

 術解除。これに触れると手榴弾が手前に落ちて不発になる。人が当たると凍死、窒息死。

 手榴弾を敵塹壕に「放て!」投擲。

 同時に敵銃兵、銃剣突撃。雨と泥で少し滑っている。手榴弾の炸裂で被害を受け、勢いが減じている。

 こちらも一呼吸遅れて「突撃にぃ、進めぇ!」銃剣突撃へ。滑っていない分、有利?

『ウーハー!』

 至近距離。相手の”白目”が見えて来る。焼けた村の明かりで見える。

 銃撃、銃剣刺突。銃身ぶつけ合う。最先頭はラジャベクール、銃口を避けて剣撃を入れた。

 銃床で殴る。三角帽を被った妖精の頭、内側に鉄帽仕込み。肩を殴るのが良い。

 相手は棍棒で殴る。バネ柄型、背が足りず膝や脛を割る。身長差で、この武器での即死はほぼ無い。

 近衛の体格を生かして妖精を掴んで持ち上げて、盾にし、放り投げる。

 敵の散弾銃、銃口に装填した筒が発砲すると割れ、金属と液体が広範囲に散る。身を削り、頭部は即死。即死せずとも抉れた傷が化学火傷。覚悟が決まっているはずの近衛兵をのたうち回らせる。

 こちらに妖精兵が銃剣を向けてくる。伐採斧の振り上げて小銃跳ね上げ――空を銃撃――頭から股下へ両断。そのまま下段構えで次の相手、小銃を跳ね上げ、頭から股下へ両断。半端に切り込むと骨と肉に引っかかって抜けなくなる。

 自分が先頭に立つこの白兵戦の中、先頭にベルリクがいない。奴はこんな”楽し気”な場所を逃す性格をしていない。

『ホウゥファーギィギャラァ!』

 悪霊の絶叫、のような。

 突撃した我々の後方を守る一般部隊、胸甲騎兵が悪霊みたいな、人間を継ぎ接ぎしたような恰好の騎兵の突撃を受けていた。銃撃、弓射、騎兵槍、刀剣。あっという間に我々の前後列を分断。

 その先頭の一騎、両手に拳銃を持って生き残りを撃ち殺しまくる。全弾を首と顔、目に当て即死の連続。我々では理解不能な段階で、優先殺害目標を理解しているように見えた。刃も銃口もその騎兵を捉えることさえ出来ていない。

 異様、目立つ、ベルリク=カラバザル!

 奴、馬の足を止めた。こちらを撃つ、術で弾を止める。

 次の二発目、いや、三発目の前に斧を入れてやる。走る。

「それ、”負”の術って言うらしいですよ」

 二発目、自分の背中を守る位置にいたラジャベクールの頭が砕けた。

 その事を伝えるために二発目は自分を狙わなかった!? 遊んでいる!

 ベルリクの隣、外套帽子を目深にかぶった騎乗の術士、こちらに手を向けている。その髪は石炭のように赤熱。そうしながら大瓶を手に一気飲み。何が、何を?

 三発目、分からないが、凍る結界を自分に集約。体外は無理? なら肌の下。凍傷が針のように刺さる。

 銃弾が自分に当たる。肌が裂ける、だけ。

「ほぉ!? すっげ!」

 ベルリク、拳銃を連発しては捨て、鞘から装填済みの拳銃をまた出して撃つ。馬は早足、こちらを起点に周回するように。

 服と肌が裂けるだけ。

 術士の方、かなり集中。動かない、先に狙う。

 伐採斧振り上げる、下ろそうとして術士の前で動きが止まる。絡みついたような、鉄より重たい水に漬けたような。分かる。同じ術だ。

 中和するように術を発動? いや、背後へ伐採斧を振る。抜刀して近づいたベルリクの刀と、馬の首を折った。

 ベルリクは落馬しないで着地。この下ろした伐採斧の柄の上。軽業師め。

 そこから奴は短剣で突き、自分の喉笛狙い。噛んで止め――刃が歯を滑って舌から喉へ抉ぐり突き込まれる――られなかったが、死んでいない。

 斧から手を離し、奴の腰を抱いて後ろ反り――喉口抉られ、喉殴られ――裏投げ、頭から落とす。

 舌が動かない、血が胸の中に落ち続ける。胃と肺両方? 呼吸したら咳で動けなくなりそうだ。

 確実にとどめを刺す。伐採斧を拾って振り上げ……汗と鼻血を流す術士が馬から降り、手に大振り短剣。その足元は揺れて危うい、消耗している。術の使い過ぎ症状。

 術士、短剣を腰だめにしてこの腹を刺しに来る。か弱い女でも出来る体当たりの内臓抉り。強靭でも疲れ切った時に使える確実で最後の捨て身。

 伐採斧で術士の鎖骨と肩の窪みを突き、縮まる距離を一旦保持、それから左肩へ振りの小さい一撃で胸まで刃を入れ、斧の柄を掌で殴ってから体重を一気にかけて薪のように圧し斬り。左大腿下へ落として両断。

 術士の縦に偏って分かれたその脇腹から、長い髪がからみついた血色悪い赤子がずり落ち、直ぐに燃え出した。なんだそれ!?

 意識も限界、最期の仕事。

 捧げ、斧。

 倒れているベルリクの泥塗れ頭へ、カボチャ割りのように伐採斧を降り下ろす。おい、リュハンナのだぞ。

 当たる直前、奴の腕が動いた。前腕で防がれたが両断し、刃は抜けて頭に入る。骨を割って脳に届いた。

 やったか。

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