第530話「運命と不死など」 黄金の人狼ヴァルキリカ
これは決戦ですらない。規模に誤魔化されてはいけない。
ベルリク=カラバザルの黒軍は聖都の東西、港も封鎖して山道のみを退路として残した。逃げるなら逃げろとも、掛かって来いとも、言っている。ましてやエーラン地区に逃げ込めば皇帝ヴィルキレク、聖女ヴァルキリカすら見逃すなどと……奴は挑発している。待ち構えたところへ馬鹿みたいに突っ込んで来いと言っている。
既に聖府は降伏し、帝国連邦の条件を受け入れるという意思確認が相互に終わっている。後は調印を残すのみ。
聖皇が死んでも代理人が務めることが出来る。代理人は聖都を山道から離脱中の各枢機卿、その年長に託してある。その当人が死亡ないし人事不詳となれば誕生年月日順に代理権限は継承される。年功序列は揉めそうなところがあるので年齢。
枢機卿が一人もいなくなるような事態になったら、いよいよ人造天使イヨフェネの出番。権威を人ではない超越したところに置く実験体になって貰った以上は、もっと働いて貰う。
イヨフェネには聖遺物と重要書類の搬送責任者になって貰っている。護衛、荷役には人犬騎士達をつけた。彼女自身は鈍くさいが何とかなる気はしている。”魔除け”になりそうなリュハンナも付けたからきっと。
これ以上の流血は意味が無いと言うのは政治的。有ると言うのは個人的か。
ベルリクの黒軍は国家の手を離れた私兵集団。傭兵ですらないと宣言した。
奴の軍は、その戦争趣味に付き合って死んでも良いという者達で構成される。構成員達の腹の底に思惑が無いとは言い切れないが、殺戮と破壊を楽しむ者ばかり。
これは大がかりで血塗れで馬鹿な戦い。
我々聖府には教圏防衛の大義が有る。
ペセトト軍にだって新大陸遠征以来、三百六十年振りの”聖戦返し”が有る。
ベルリク、お前にあるのはなんだ? とりあえず聖都を燃やして歴史に名を残したかった、以上の何かが有るのか?
ベルリクと対決することと、黒軍と戦うために戦力はどの程度必要かと考えさせられた。結果、ペセトト軍との戦いを避けることになった。そして恥を背負ってしまった。
我々は術中に嵌ったのだろう。追い詰められた時に何かを選ぼうとすると何かを捨てさせられる。
ベーア帝国軍と聖女の手先は、信者の殺戮、聖皇誘拐の瞬間を前にしても戦うことも出来ない臆病者で義に悖り、勇気が無く、卑怯者。これが今の評価。
聖皇ならばこちらに、救出無用、と答える。手を出そうものなら笑われる。だがそんな言い訳は信者に通用することはない。評判は今、少なくともフラル界隈で地に落ちた。
聖都大通り。港から新市街地、高低差を埋める長く緩い坂から旧市街地、エーラン地区まで一直線に抜けて山道に入る。そこをお祭り行列でペセトトの妖精、魔族化したような異形共が一歩一歩を大切にするような鈍行で、歌って騒いで楽器に武器を鳴らして行進している。行く先は儀式の祭壇でもある水上都市。
聖皇レミナス八世はエスナル王シリバル六世のように心臓を抉られるだろう。詳細は不明だが、太陽光に照らして焼くとか、残った死体は生のまま食うとか。
前聖皇の暗殺計画からの相方ジョアンリ・オスカーニ。お前の糞生意気で毛の生えた心臓は抜かれて潰れるその時まで我々を守る。
何をこれからどうする? 考えれば考える程術中に嵌りそうだ。
そもそもベルリクは特別な謀などしていない可能性すらある。ただ全て運が悪かった。星の巡り合わせが、こっちに悪く、あっちに良かった。
丁度、ペセトト帝国と魔王軍の侵略にセレードの独立と奴等の侵略準備の完了が事前調整で重なることなど、あり得ん。
”星の渦”の中心があるとすればベルリク=カラバザル。狙うはあの災いの元である首一つ、それしかない。聖都に守る価値は無くなった。だから自らが先駆けて突破口をこじ開ける。攻撃あるのみ。
大通りはペセトト軍が列を成し、通り難い。これを避ければ迂回進路を取らざるを得ない。
一度城壁の外に出るような迂回行動は除外。既に黒軍騎兵が東西を塞ぐように配置され、あれ等の相手は面倒過ぎる。追っては逃げ、逃げたら追って来る毒瓦斯火箭を装備した遊牧騎兵など厄介。
また壁外では敵艦隊から直接目を付けられる。艦砲の直接照準射撃など、おそらくどのような部隊でも耐えられない。破壊されても建造物と基礎部は防壁になり、市街地の複雑さは塹壕になる。長時間動くのは市内でなければいけない。
市内、街路を素早く迂回機動出来る能力がいる。人狼による悪路も跨ぐ縦隊突撃で一点を狙う。
人間は鈍足だから除外。どこか、瓦礫に足止めでもされている内にペセトト軍と交戦しかねない。新大陸の妖精共の力に正しく怯えなければならない。
ベルリクの首一つでどう世界情勢が動くかまでは分からないが、今まで静観を決め込んでいた龍朝天政が動く動機にはなる。
ラーズレクの叔父上の分析によれば、龍朝にとってベルリク=カラバザルは運命力と不死性を伴った”大禍”である。洪水や台風、地震や津波のようなもので人力ではどうしようもないもの。どう戦って追い詰めても不思議な逆転劇を起こし、完璧な暗殺計画を進めても不測の事態が跳ね除けてしまう。だからその必ず訪れる寿命が尽きる時まで守りを固め、備えをして凌ぎ、隙を見つけては無理をせず硬軟取り混ぜた、外と内から無限の策で畳み掛けるのが最善である、と。
悠長な戦略を取れるようで全く羨ましい。こちらはセレード独立戦争から守りを剥され、突破されてばかり。裸に剥かれたどころか既に片腕、片足を食われている。
……壁に刻まれた”聖なる種”に向かって種の形に指で切る。祈る姿勢を止める。頭巾を被り、鏡を見て……鉄杖を手にし、個人礼拝堂の扉を開ける。指示待ちの特別作戦軍、近衛隊、駐留隊の指揮官の顔が並ぶ。
「出撃用意」
運命と不死など粉砕してやる。
■■■
聖都旧市街地、西側住宅地。兵士達が各建物から出て路上で整列中。
三十年以上前から買収、詐欺、恐喝、暗殺、襲撃、族滅を繰り返し私有地化を進め、要塞化を進めた。地下通路を張り巡らし、貯蔵庫を整備、補給組織を築いてエデルト軍――今はベーア軍――駐屯地として整備。聖都襲撃時には足手纏いの住民を追放して要塞陣地として機能させた。
初めは聖府の権力争いに備え、それからフラル統一計画時の騒乱に備え、戦争が大規模化してからは陳腐化も否めず、今では駐屯地としては役に立っている。
弟ヴィルキレクの顔色は悪い。セレード独立戦争勃発時に糜爛剤を受けて片目が悪くなり、肌も一部焼けて実際に悪くなった。ハンドリクの誘拐案件では半分冗談みたいな内容でそこまででもなかったが、エルドレクの暗殺で愛想笑いが精一杯になった。出征式を挙げた後に一度も戦うことを許されず聖都に戻って来てからはそれすら無い。
「ヴィルキレク、お前は戦って死ね。しかしここではない、ベーア帝国軍が行う正規戦の中で死ね。エルドレクの次を育てるか、導きを残してから死ね。ハンナレカは色々しつこいだろうが何とかしろ。お前の今の姿は、聖都の者達から石を投げられるような恥ずかしい姿だ。出征式で堂々と見栄を切って、東から蛮族が押し寄せれば逃げて、目前で聖皇が攫われても何もしないベーア軍の総大将。頼りないから代わりにロシエ帝国の保護下に入ると聖府から縁切りされた存在だ。お前は山道から国に帰って、正規兵に囲まれて泥の上で死ね。それなら最低の格好がつく」
「姉上は?」
「私はこの姿で長生きする気などない。全く不愉快だ。叔母上」
「はい」
「特別作戦軍”盾乙女マールリーヴァ”から人狼だけ抜いて私の指揮下に置け。他の入れ墨人間共はヴィルキレクの護衛につけろ。足が遅くて邪魔だ」
「そのように」
「人間は山から逃げろ、人狼はベルリク=カラバザルだけを殺しに行く。以上だ。ヴィルキレク皇帝」
「……はい、姉上」
「アースレイル司令」
「仰せのままに」
何なんだこいつら。葬式みたいな神妙な顔しかしない。
「ヴィル坊、早く行け!」
「はい!」
ヴィルキレクは立ち上がって近衛隊の指揮に向かった。
「おばちゃん?」
「現神様、お許しください」
こっちは”死んでから”この調子のままだ。育ての母と思ってきたらこれ、不愉快だ。
ジョアンリの糞野郎、この自分を再利用しやがった。死んだ方がマシだ。
■■■
近衛兵、駐屯兵、人間の印術兵各隊、横隊整列。軍服鉄帽、小銃背嚢、その他重火器、入れ墨の簡易点検。各分隊毎に点呼、人数確認。集計後に右向け右、行軍縦隊へ移行して前へ進む。
要人ヴィルキレクはその元黒人奴隷と、幾つもある装甲馬車の一つに乗る。そしてエーラン地区を経由して、山道を通って逃げる。
死ぬ時を間違えるなよ。
人狼兵、人狼の印術兵の攻撃縦隊準備中。兜甲冑、重火器、入れ墨の簡易点検。予定進路に合わせて幅人数を調整。街路を使って曲がりくねった、一筆書きの一列を形成する。
街路を削る異音、震動、エーラン地区側から来る。味方? ジョアンリは何か新しい化物でも用意していた? いや違う。山からの弱い風に乗る血生臭さは多様で、濃さは別格。単独で人間を大量殺戮した個体のもの。ペセトト?
左目に衝撃、遅れた銃声、狙撃。目が潰れた?
右目で銃声の元を追う。かなり遠距離、東城壁の上――目も耳も鼻も化物になって良くなった――に狙撃手、観測手、獣人が抱え上げる赤子に「まーごー!」の一声。一風変わった連中。隠れる気は無い? 直ぐ逃げる?
人間の行軍縦隊に大きな金属塊のような手押し車が突っ込む。潰して巻いて四肢千切れ飛び、道路に血糊絨毯。腰巻きの鎖に引かれる鉄球が暴れて建物、壁、柵、兵士を叩き潰す。
「サニャーキおばあちゃんの入場だ!」
鴉覆面にノミトス派の修道服、敷石に足形つける裸足、サニツァか!? ベルリク=カラバザル、手駒手札の多いこと!
「人狼、構わず進め! 追いつく! 十人残せ、残した奴はあっちの城壁上の敵狙撃班!」
アースレイル、頷いて笛代わりの遠吠えを上げて攻撃縦隊を進めてから人狼兵を十人選抜。こちらが指差した先、敵狙撃班へ差し向ける。余裕を持って再度狙撃せる気は無い。
「脱出組そのまま行け! 隊列は後で直せ、散開!」
人間の兵士達は隊列が乱れる。統制が緩くなったまま、手押し車に潰されないように散開。そして同士討ち覚悟で銃撃しようにも跳ね回る鉄球の圧力に動揺して照準も合わない。直撃弾でも逸れる。修道服の下に重装甲がある。背負った盾も厄介。
ヴィルキレクは降車して挑もうなどとしていないか? していない……ように見える。襲撃位置より遠い、先に行っている。そのまま行けよ。
サニツァをどうにかするため走る。視力はやや回復。銃弾は目蓋に当たって、完全に潰れるまでいかなかった。
サニツァの手押し車――信号弾が車体から上がる、仕掛け?――を押して道路沿いに進んで行進縦隊をすり潰し、装甲馬車に当たり、乗り潰して越えて逃げ損ねる馬も潰す。
鉄杖でサニツァを打ちに行き、外れ、取手に当たり手押し車の勢いを受ける。かなり強い。気軽に押し留められずに流す。
サニツァは避けていた。手押し車から手を離し、暴れる鉄球に身を任せて勢いままに宙を舞い、道路に足を突き刺して綺麗に着地。あの滅茶苦茶な武器を使いこなしている。
「戦わず行け!」
足が止まっている人間の兵士に指示を出し、サニツァへ向かって杖突き、鉄球で受け流される。屋敷の壁に刺さった。上手い?
「おばあちゃんの力!」
旧市街地側の城壁東門、爆破で破れる。城壁戦力はペセトト軍対策に出払って少数。敵狙撃班を遊ばせていた程。あてにはならない。
黒服の遊牧騎兵出現、騎乗の長距離射撃が始まる。
各隊は「化学戦用意!」号令を掛ける。自分も専用の特大防毒覆面、用意。
サニツァの鉄球振り回し、わざと受けるように覆面を装着しながら東門に注目するフリをして誘い、両手で掴んで止めてもぎ取る。あちらは手を離した。投げ捨て、建物に当てた。壁を抜いて床に沈む。
どこであんな金属塊を鋳造したのか知らないが凄まじい重量だ。人間の時の自分では持ち上げられても操れたかどうか。
杖でサニツァを打ち、背中の盾で凌がれた。受け流す動きが出来ている。
「おっばあちゃんの力!」
遊牧騎兵、火箭と発射台を素早く準備して複数発射。爆発は小さめで、瓦斯雲が広がる。毒瓦斯、忌々しい。
「入れ墨、東門を塞げ!」
人間の印術兵が東門牽制に出る。
サニツァは左に盾、右に盾裏に備えた鶴嘴を外し、打ち掛かって来る。
「おばあちゃんのっ力!」
「うるさい!」
背中に衝撃、爆発の直撃、脊椎が軋む。火箭を見逃した?
サニツァが盾投げ、こちらの顔に迫る。勢いは然程でもない。目をしかめて額で受ける。
次いで鶴嘴打ちが来て、その柄を掴んで止める。右手も一緒に掴んだつもりが、無い。柄を掴んでいた右手をサニツァはすっぽ抜いて、左に持った木切れ? を振り上げる。
顎打ち、舌噛み、歯が折れる。
目前の、こちらの顎を打って伸びるのは土と石の柱。周囲から支柱が生えて太くなり始めた。
工兵魔術、こんな使い方?
「ブットイマルス流……」
土石柱の振り下ろしに対して横跳び、屋敷の壁を破って中に入る。
窓からの眺め。大きな柱がこちらを追って降りて来ている。更に壁を抜いて離れる。屋敷が屋根から床まで潰れたが避けられた。
「労働燕返し! あれ?」
滅茶苦茶な術と打撃、舞い上がる粉塵。防毒であろうあの鴉覆面の狭い視界は弱点。
足音を殺して四つ足で走る。体重操作、柔らかい着地、壁面蹴ってサニツァの側面へ行く。
道路に付いた手が陥没、足から落下? 空洞ではなく乾いた土砂が滑る、締まる。嚥下されるように飲まれる。
生き埋めの魔術か! とぼけた態度をしている癖に何とも。
沈み切るなど待たず、掻き分け這い出し抜ける。
横、視力が怪しい左目に何か、眼球に当たり、完全に潰れた。眼窩に引っかかって、振り抜きなどさせずに首で止める。
視界は効かないが距離感は力の掛かり具合で分かった。
咥えて「わっ!?」折れた歯で噛む。
奥歯左、甲冑滑る。
左、舌で押さえて良く噛む、甲冑凹む。
左、目を潰した武器が邪魔。
舌で押し出し、前歯で腕を抑え、武器を吐き出す。木切れから伸びた石の棍棒。
前歯、「いた!」顔を潰した。歯を掴まれている。
顔を右に傾けて右奥歯、脛を噛んで「おげ」擦り合わせて砕く。
指で首、胸あたりを摘まんで引っ張り、「えっ」膝あたりから千切る。
また口に戻して右奥歯で「お」すり潰す。内臓、糞が出て臭いが少し我慢、念入りに噛む。
臭いが口から鼻に抜けてキツい。唾と一緒に汚れを吐く。
向かった手押し車の、押す者と向かい合わせになる位置に覗き穴付きの扉があった。中に妖精が一人、首から双眼鏡を掛けている。手に持つのは擲弾銃で、こちらに銃口を向けた。信号弾も背中撃ちもこいつか。
妖精が撃つ前にサニツァを吐きかけて射撃妨害、扉毎殴って潰す。
洗うように唾を繰り返し吐きながら、口を指で擦って汚れを落としつつ水樽、酒樽を探す。全くこんなものを好きで食う奴等の気が知れん。大方、稚拙な乱暴自慢だろう。
大体の建物の中には食糧を貯めてあるから口を濯ぐもの、口直しの物はすぐ見つかるが……自分の戦いを見て呆気に取られている人間の兵士が複数。良い見世物だったか?
「見物している場合か! 山へ行け!」
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アースレイル指揮の攻撃縦隊の背中を追う。奴等は先の戦闘に振り向きもせず行ったせいか大分先行している。
街路の造りに従って走ると早い場合は順路通り。迂回するより屋根の上を行き、壁を抜いたほうが早い場合はそのように。時に鉄杖で地面を突いて谷地形を棒高跳び。
聖都市街戦を想定して小路まで記憶しているのが役に立っている。ペセトト軍の”お祭り行列”に接触せず、大きく迂回もしない道が分かる。しかしこちらがコソ泥のような醜態。
街路の記憶があまり役に立たない艦砲射撃、破片効果範囲に入る。潰れた屋根、倒れた壁、抜けた床。刺さった破片、散った硝子。穴、破断した水道管から漏水。火災と死体と肉片が点々。道路にべったり張り付いたような死体の絨毯のような……サニツァの手押し車の跡か。あんな武器、誰が考えた。
旧市街地の丘、旧海岸線から降りて新市街地、旧海底へ降りる。
新旧の中間地帯、坂の市街地の荒廃は一層酷い。岩盤を凝固土法面で固めた斜面が砲撃で崩壊を起こし、雪崩のような落石で埋没している。
足場らしい足場が無いこともある。足場と思った場所がこの体重で崩れ落ちることもある。這い上がって足場を探して跳ね回る醜態を晒す。鉄杖で足場を突いて確かめてようやく進める。
海上から陰になっていて、比較的損傷の少ない降り口を見つける。踊り場を挟み三度折り返す使いづらい急な階段道だ。
足を進めれば損傷した階段が体重で崩れて滑る。杖突きで姿勢制御。全く年齢通り――年齢が幾つだったかと思い出そうとする時にランマルカの革命日をとっかかりにするくらい――のババアの動き。
上空から羽ばたき音、遠い、いや高い。
地上の惨状、その元凶である海上の艦隊、水上都市に目を取られて見上げることが少なくなった上空に飛竜、五、いや四。
一つは爆弾、空中で矢を受け炸裂。瓦斯雲広がる。塩素剤か糜爛剤か判断? 分からない。
上下に逃げても被るなら横、人狼の縦隊側へ走って、縁を足場に横跳び。鉄杖を首と肩に挟み、法面に手を掛け、抉って停止。
高度を合わせてきた飛竜一頭、背中に二名。その内一名、前の鞍に座るのはベルリク=カラバザルの妹アクファル!
「わんわん」
安直な挑発、しかしだからこそ集中力が瞬時に、一瞬取られる。
無事な右目を狙う小銃射撃は法面を蹴って下へ落ちる動きで回避。
後ろの鞍に跨る者が手をかざす、巨大な鳥のような火炎、こちらの落下速度を読んで、飛んで迫る。垂直に近い法面を手指と爪で掴んで姿勢制御、足で蹴って壁走り。散弾銃の撃ち下ろしを受けるが無視していい。
法面に当たって砕けた炎が落ちて来る。減衰する雰囲気は無く、燃焼した燃料みたいにしつこそうに見える。
走る進路を変更して炎から逃れようとしたら、蹴り足が爆発で離れる。手指で落下を抑制、また爆発。アクファルの放つ擲弾矢。
着弾連続、姿勢を崩され法面から剥される。自由落下へ。
法面への杖突きで落下進路変更、宙で回転した勢いを借りて鉄杖、回転投擲。
飛竜に当たる進路だが、突風に煽られるように翼が膨らんで横移動、術の風で避けられた。だが彼我距離はこれで一気に離れた。
着地姿勢、身体を捻って両手両足で地面に着き次第、直ぐに四つ足で走る。これが一番、みっともなくて速い。
大きな爆発、背後で繰り返し。艦砲射撃が先程の着地地点周辺で始まる。他の飛竜による艦砲射撃の誘導。
新市街地の廃墟を走る。空の目から逃れる進路はあるか?
人狼の攻撃縦隊との距離が詰まる。見た様子から脱落者もほぼ無さそうだ。
「対空射撃!」
「対空射撃用意! 目標上空、飛竜!」
アースレイルの指示で人狼兵の機関銃、ロシエ製機関砲を持った一隊が停止。
機関銃は手持ち射撃、人間が小銃を扱う手軽さで即座に弾幕を張る。射程が足りるか怪しいが、近寄りたくなくなる。
機関砲は二人一組で設置、装弾の手間を取ってから、人間が機関銃を扱う手軽さで連射開始。小口径砲弾が時限信管で空中炸裂。作動時間最短、最長の組み合わせから始めて飛竜を破片で挟むように砲撃。
対空射撃など初めて見る。行方が気になって少し眺めていると飛竜は遠くへ行ってしまった。高度を取らなくても後退したり、建物や地形の陰に移れば射程圏内から外れるのだ。
アースレイルと合流。艦砲射撃の間接照準がこちらに合うのも時間の問題。走り、また走れと手で促しながら喋る。
「対空射撃止め! 脱落は?」
「おりません。左目の手術は」
治癒の心得がある衛生兵が駆け寄ってきている。
「無用」
「はい」
潰れた目は治癒の術と、損傷個所を復元する外科手術の組み合わせで治る可能性はある。出血を止めるような応急措置なら手早く出来るが、眼球のような部位は完全に内部から形状を復元するぐらいの措置を取らなければ視力が戻らず意味が無い。
木造建築比率が高い新市街地は延焼範囲が広い。黒煙が丘の上より濃い。
市内を巡る水路の一つを跳んで渡る。瓦礫と死体、水を求める負傷した市民に紛れて変に長い髪が見えた気がした。
違和感一瞬、次に灼熱感、思わず姿勢が崩れて水路脇に落ちた。市民を幾らか潰した。一人、脇腹の下で足掻いているのが分かったが、のたうち回らずにいられなかった。すり潰して殺してしまった。
痛過ぎる、余りにも熱い。水路に這い寄って咄嗟に水を手で掬って洗う。
毛が落ち、肉も落ち、潰れた眼球も流れ、顔を洗う左手も焼ける、腐る。嗅いだこともないくらい強烈な刺激臭が酷い。
かなり強力な毒か何か、これが脳にいったら化物でも死ぬ。
左の爪が剥がれ、指の骨が出るのも構わず洗う、拭う、頭蓋骨に眼窩にも触れた。流れた身体の一部に、黒くて発泡する液体が混じる。それが洗った水と共に水路に溶けて広がって近くの死体が焼け出し、下流の水を求める市民が顔、手、口に火傷を負って嘔吐に吐血。
どこから放たれたか記憶に無い。目の無い死角を突かれたとしか思えない。
新しい毒瓦斯? 強酸? ここで? どんな兵器?
「ギィ……」
始めは声の大きい女の悲鳴かと思ったら、聴覚を越える何か。空気に繊維か何かがあったら全てがはち切れるまで張ったよう。
耳を抑えて食い縛って姿勢を保つ。見える右目で発生源を追う。
毒に加えて市民に新症状。目、耳、鼻から新鮮な出血。水路を共に越えようとしていた人狼兵共も同様。
死屍累々の水路の中に一人だけ、水中の瓦礫に立って半裸の上半身を見せている長髪、魔族セリンがいた。水路で待ち伏せか。鼻が利かなかったのも水中なら。
聴覚を越える何かが止まり、セリンが何か喋ったが聞こえない。あちらも心得て、人差し指で己の耳を指し、頭を指し、親指で胸を指し、立ててから手を振って、瓦礫だらけの水路に潜って消えた。
立って一歩歩こうとするが不安定。地面に足を刺すように歩かないと進めない。こんな状態で水中を追えはしない。
しかし妻のセリンが、夫ベルリク=カラバザルとの戦いを、邪魔はするが阻止はしないだと? ふざけた真似をする。
しかしこれは何ものも譲れぬ決戦ではないと奴等は考えているだろう。何かあれば容易に逃げる。遊びのようなもの。
顔と手の治療は困難、戻す、繋げる肉が足りない。切断されただの、穴が開いただのと訳が違う。散らばった挽肉すら解け、腐って残っていない。しかし動ける。
水路から街路へ上がる。攻撃縦隊の足は止まっている。先程の音の術で大勢が倒れ、朦朧、立って歩こうとしても鈍い。
アースレイルの姿が無事に見える。口を動かしているが声は聞こえない。
強制的に一時停止。ただし艦砲射撃の弾着修正は続いており、戦艦砲の大破壊が追ってきている。セリンは海軍提督だったな。
砲弾が降る中で休止? どうする? 自分だけで行くか?
自分の怪力、頑丈の奇跡には限界がある。試したこともある。弾避け、露払いは幾らでも欲しい。
人狼兵共を掴んではそこらにある溝、穴、土手の陰に放り投げて砲撃被害から遠ざける準備。
アースレイルは人狼兵の額に刻印を、針のような短剣で直接刻んで一つ二つ試し、時に耳へ鼻の奥、眼球を避けて眼底の奥を刺して脳を弄り、傷は衛生兵が治癒対処。そして立ち上がらせた。それから同じ印術使いの人狼兵に方法を広めて隊を復帰させる。
■■■
治療待機中に受けた艦砲射撃で三分の一を死傷で失い、動けない者は残置して前進再開。
自分は骨が剥き出しになったところを布で巻いて覆い、死んだ人狼兵の兜甲冑を手で曲げて強引に装着して簡単な防具にした。自分の毛、肌より脆い装備だが、傷口の拡大を防ぐ役目に、なるかも。
再び動き出した人狼兵共も健全ではない。かなり脳神経を弄ったのか銃器を扱えそうな者は半数以下に落ちている。あとは手先が震えて剣や斧、石を握っているだけでも良い方。後ろを何とかついて来るのがやっとの足取りで、正気が怪しい者達もいる。
新市街地の西門付近まで到着。
崩れたはずの城壁は膨大な瓦礫となっているはずだが、一部が消失。代わりに街区一つ分、四方に対応する設計の稜堡式要塞が一つあった。市内より西門から外へ出ようとする者を阻害する位置取り。
その”小要塞”を固める建材は破壊された城壁の色と同一で流用されたと分かり、仕上がりは美しく整っている。帝国連邦軍の術工兵仕事は驚異的と聞いたがこれほどの一級品を即日で用意出来るとは……ベルリクがいればラシージもいるか? あれも取りたい首の一つ。死ねば人間と妖精の協同精神が損なわれる可能性が指摘されている。
突撃時、発起点からあの”小要塞”に突入するまでの被射撃量を一倍とする。そこから白兵戦被害を少々加算。と計算。
迂回して無視すれば、移動距離から被射撃量は遠距離射撃に限るも二倍程度。ただし背面を脅かされた状態で壁外の敵と接触することになる。挟撃状態に移って危うい。
更にその迂回後の壁外戦闘にベルリクがいなかった場合、次点で居る可能性の高いあの”小要塞”へ突撃することになれば被射撃量は三倍程度になる。それに加えて壁外敵を背後に抱えた挟撃状態となり、その上で白兵戦被害を受ける。更に危うい。
”小要塞”にベルリクがいない可能性を考慮に入れてでも真っすぐ突撃するのが最も効率が良い。壁外敵からの射撃は、あの”小要塞”を盾にする位置取りをすれば良い。
もっと大回りに、壁外の敵から各個撃破? 時間は長めに掛かる。この場合、敵艦隊からの直接照準射撃を受ける可能性が高い。
ペセトト軍の儀式は何時まで続くか不明で、黒軍に加勢してくる可能性がある。
外側から”小要塞”を攻撃する時、黒軍の再配置次第では我々単独で聖都攻めをするような不利を被る。”小”規模が”中”規模にまで拡大したらどれ程の戦いになるか。
思い切って長期間の猶予を取り、ロシエ軍の到着を待つまで非正規戦……計画を立てて連絡を取り合って、他の戦線との兼ね合いを計算してなればと何か月掛かるか分からない。
要塞は敵が無視出来ない位置にあればこそ意味が有る。我々は迂回など許されず、あの”小要塞”への突撃を強要されている。
飛竜は上空にいて、艦砲射撃の弾着位置の修正は今も続いている。
考えに耽って足を止めることは出来ない。ベルリク=カラバザルがいるかどうかも分からないが、
「あの要塞へ突撃」
聞こえていないことを考慮し、先頭に立って手を前へと振る。
前進。
人狼兵共が咆える、聞こえる。自分の聴覚は少し戻って来た。鼓膜まで頑丈で助かった。
子供の頃、力を誇示する遊びで学んだ。
”小要塞”砲台から直接照準射撃で発砲。ほぼ真正面から砲弾、手を返して弾底下端を捌いて角度修正、上へ飛ばして直撃回避。爆発、破片を人狼兵共に当てない。
自分は黄金の毛、巨体、真っ先に殺すべき指導者。良い的で照準を良く”吸う”。砲弾が寄って来る。小銃弾とは思えない威力の、大口径で痛いのも来る。
少し撃ってみて敵も分かる。この射撃方針では効果が薄い。
前進。
砲台からの直接照準射撃は人狼兵を狙い始めた。彼等に避ける能力は無い。
剃毛入れ墨の人狼兵に砲弾直撃。内部粉砕、穴から噴出、潰れた革袋。
装甲人狼兵の足元に着弾、足が飛ぶ。破片効果で即死はしない。
頭数、維持出来るか?
前進。
そう言えば要塞攻略の戦闘工兵装備の用意が無い。
大口径弾は人狼用の兜甲冑、頭蓋骨で滑る。貫通すれば致命傷か即死。
前進。
奴等の装備、いちいちこちらの対応能力を越える。龍人兵や装甲機兵と戦った影響だったか。
”小要塞”からの機関銃弾幕始まる。曳光弾が左右、正面から、交差する。
人狼兵は一発で即死はしないが、何発も重なれば四肢が動かなくなる、千切れる。頭蓋骨の穴をすり抜けて脳が砕ける。
人狼兵、突撃支援のために機関砲の設置開始。四基程設置が進んで、神経が戻らず呆けている人狼兵を肉の防盾として立たせたところで大砲の直接照準射撃を食らい、機関砲毎破壊される。
機関砲の設置を始めて、作業が済んだ順番から破壊された。設置前に撃たれるより嫌らしい。
敵は良く見ている。”小要塞”の観測所、射撃指揮所はどこだ? 一番に突入すべきはそこだが、堡塁や砲台の、壁の隙間のどれか。透鏡が二つ並んでいて大きければ砲隊鏡。頻繁に覗いて動いて回るのが指揮官か?
前進。
距離が縮まり、敵弾の命中率が上がる。こちらの生き残りは?
人狼兵は機関砲の設置を中断。助手が肩に砲身を担いで射手が発砲する方式を取る。砲身加熱の火傷、発砲音による聴覚損傷は許容される。
機関砲は素早く動いて、止まって撃つを繰り返して敵火力を破壊……しているか?
こちらの軍が撃った機関砲弾の着弾地点、埃は立つが妙に小さい。弾を内に閉じ込めて衝撃を吸収して破片を撒き散らさない様子。砲弾を”食う”構造か?
前進。
人狼兵が手持ちする機関銃の、およそ有効射程圏内に”小要塞”が収まる。射撃開始。機関銃弾が飛んでいって埃が立つ。血は飛んでいるか? 詳細には見えない。意味があるか分からないが、時々射撃が途絶える機関銃座がある。
前進。
”小要塞”から小銃一斉射撃が始まる。あまりこちらには通用しない。
こちらの足は速く、一気に距離を詰められたと思うがまだ突入には遠い。
砲兵支援無き要塞戦。馬上から撃たれる狐の方がまだ有利に思えて来る。
前進。
土埃の柱、上に向かって噴き出す。曲射で送られた砲弾が炸裂する姿。
敵艦隊による艦砲射撃の弾着が修正され、我々と”小要塞”間に降る。友軍誤射などないように距離間は保たれている。上空の飛竜ではなく、おそらく”小要塞”設置時に諸元を取って計算されたもの。草原の牧民如きに海上作戦で負けるなんて情けない。
”小要塞”からの砲火、各人狼兵に散らばっていた照準が再び自分に集まり出す。的が少なくなったのだ。左右、不規則に動いて照準をずらす。
”小要塞”敷地に到達。鉄条網三列を飛び越えて突入。着地した場所は地雷原、踏んだ。通常の対人地雷を越える爆薬量。人狼兵の足を吹っ飛ばすのに十分で、自分なら骨も折れないが肉球はボロボロ。畜生。
守備兵の顔が見えて来る。三角帽を被る老人顔ばかりの長耳、妖精。これは放棄と自爆が前提だ。ベルリク=カラバザル、不在の可能性濃厚。全く無いと言えないのが奴の前線指揮官根性。
機関銃、大砲の射線から外れ、白兵戦距離。
散弾銃で撃たれる。一粒弾、多少痛い。殴って殺す。
火炎放射。銃弾より遅い、射撃動作も大きい。避けて、捕まえられるなら捕まえて投げつける。暴発、火だるまになれば損害拡大。
長柄の金鎚で襲って来る。奪い取るついでに握り潰して、他の妖精兵に投げつける。金鎚が爆発。
武器無し、短剣一本で近寄って来る敵兵がいる。手口は分かる。地面の土砂を掴んで投げつけて削り取る。遅れて爆発。
胴に巻き付けた爆弾の信管を抜く動作が確認された個体を優先、掴んで砲台の砲眼に放り込む。時限信管が遅れて発動、爆発。
鼻から吸い込む、臭い、ベルリク=カラバザルのものは無い。居た形跡も無い。ここじゃないと確信。
人狼兵、続々と”小要塞”に突入。鉄条網の一列、二列ぐらいは飛び越える。地雷原で足が飛ぶ。機関銃に撃たれる。火炎放射で焼かれ、舌に印術ある者が燃える燃料を咆哮で吹き飛ばす。
アースレイル、足が飛んで人狼兵に背負われているがまだ生きている。
「壁外へ行け、ここにいない!」
「はい」
”小要塞”西側、壁外へ向かう者達の背中を狙う火点を潰す。
両手を組んで、全力で砲台の壁を叩き、開ける。穴の端を崩して、覗くように見下ろして中にいる砲兵を殴って潰す。
背後から足音を殺して迫って来たサヴァルヤステンカの戦姫――こいつも遂にババア面――が振る爆弾の金鎚、潰れていない右目を狙ってきた。避ける動作をしながら他の自爆兵を蹴り飛ばす。
香水などそう洗って落ちるものではない。お洒落で間抜けな妖精さんめ。臭いで分かった。
「閣下に、」
潰れている左目の側にジュレンカが回って、その手がこの唇に掛かる。確かに狙いたくなる。
「会う資格……」
顎を地面に叩き付けてジュレンカを潰し、挟む。眼窩を剣先が這って視神経の穴を探っている。擦り付けてすり潰しながら掴んで離す。他の兵に投げつける。
こいつらの行動思考から”小要塞”は大規模な地雷発破で陣地毎消し飛ばす用意がある。しかし何時発破するのかが問題。自分を殺せる時にやりそうだが。
それではすぐに離脱して良いか? そうすると発破は中止して、壁外へ向かう人狼兵共の背中を撃たせるだけになる。
一つの解決方法。頑丈な砲台を足場にして地雷からの盾とする。
砲台の屋根に上り、叩いて穴を開け、砲兵を殺しながら大砲を外して持ち上げ、人狼兵共の背中を何れ狙う向きの機関銃座を狙って撃ち、破壊。
大砲の発射反動は手で握ってどうにかなる。口に咥えた予備砲弾で再装填、再射撃。それから長居せず、大砲を敵に投げつけながら素早く、踏み殺しながら移動して別の砲台に乗ってまた叩き壊して大砲、砲弾を奪って撃つ。
違う標的に欲を出している状況ではないが、あのラシージはいないか? 臭いが分からない。ジルマリアからの配送物でベルリクの臭いは分かっているがこちらは情報無し。存在するのにしないような人物らしい。
艦砲射撃、弾着の間隔が長くなった。停止まで間も無く? 今か。
”小要塞”脱出。砲台の屋根に爪を噛ませ、脱力、発走。
また四つ足、出来るだけ道路の固い位置を狙って爪を入れ、跳ぶように全力。
背後で爆発。爆風で身体が浮いた。身体を縦回転させ、足を地面に引っかけて立って踏ん張る。
もうどれだけ身体に破片が刺さっているか良くわからない。爆発で広がり飛んだ風が”小要塞”に戻る。要塞の構造片、兵士達の死体が降る。
自爆の読み合い、一応勝ったな。
やや遅れて艦砲射撃の着弾位置が城門辺りへ移行。人狼兵共もそこを通過中。後を追う。
こちらの動きは読まれている。そう複雑な動きをしているわけではない。
艦砲の威力、今更だが陸上砲と比較にならない。下手に慣れてしまったせいで脅威を忘れかけている。
直撃はおそらく自分でも即死。入れ墨人狼でも潰れた革袋みたいな残骸すら残らない。
人狼兵、既に十分の一以下。生き残りも装備が大分脱落して機関砲は消失。アースレイル、おばちゃん、いない、見えない。
破壊、撤去されて剥き出しになっている城壁基礎を越えて壁外地区へ。
壁外の市街地は砲撃痕より火点け跡が目立つ。海上から、艦砲の直接照準射撃はやや難しい状態。
もう引き返すような位置ではない。逃げた方が死ぬ線をとっくに越している。
背後の吹っ飛んだ”小要塞”からの射撃は無い。正面からは小銃狙撃がある。散開する遊牧騎兵が馬上から、瓦礫の陰から人体馬体を隠すようにして撃ってくる。
馬の背に立つ、しゃがむ、横座り、寝る。下馬して馬の背で射撃姿勢を安定させたり、後は歩兵がするように。
人狼兵も機関銃でどこを撃つか迷いが多い。迷っている内に目を狙撃される。照準器で捉えようものなら察知して逃げ出す。そういう訓練をしているのだ。
向かい風が吹く。
風に様々な臭いが乗るが、一つだけ特異な悪臭がある。趣味は最悪で少女、乳飲み子達の臭いの塊。それが一筋。
ジルマリアからベルリク=カラバザルを戦場で特定する手段は得ている。
砲声が複数重なった一斉砲撃、左手、壁外の丘の上。騎馬砲兵の砲列……ベーア製の鹵獲砲。勘が働く。
砲列がどう照準して撃っているか分からない。直感では回避不能な広範囲に同時着弾。この身体なら直撃しなければ許容範囲、跳ねる。
眼下、一斉に煙と炎で埋まる。
着地までわずか。悪臭の方角と丘の方角へ砲弾打ち払い用意。
融けた左手で打ち払い、にわかの装甲板と露出した骨が砕ける。それから甲高い砲声が遅れて聞こえた。
術砲撃の次弾発射まで時間、不明。砲弾は悪臭の方角から。
走りながら生き残りの、入れ墨の人狼兵を掴む。
「盾に使う」
「ありがとうご……!」
打ち払い、肉盾が潰れて中身が噴き出す。それから甲高い砲声。この死体はまだ使える。
加速された砲弾の発射元にいた。旧魔術士官用のつば広帽を被り、黒いセレード民族外套を着た真白い肌のシルヴ・ベラスコイ。いると思った。
その隣、臭くて趣味の最悪な三角帽子を被る男、ベルリク=カラバザル!
奴は馬にも乗らず堂々と、刀と鎧通しを下げ、両手で大型拳銃を構えて怯えの様子は無い。
距離を詰める。シルヴが砲身を触る大砲に砲弾が装填された。
においが……リュハンナ? いや男臭さだが中年ではない、青年。髭臭くない、糊、付け髭。偽物、奴の息子か!?
砲口発光、打ち払い。成功。
銃口発光。
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