第527話「後方勤務」 ノヴァッカ

 マトラ山脈要塞線は大きく三つに分かれる。

 一つ、対マインベルト、セレード、オルフのワゾレ線。

 二つ、対ヤガロ、ウステアイデンの西マトラ線。

 三つ、対”大”イスタメルの東マトラ線。

 今回主戦場となる西マトラ線は更に五つに分かれる。北から、

 モルヒバル線。ダカス山の西麓、計画洪水の間口。ピャズルダ地域内包。担当するピャズルダ市は中立非武装だがその周囲を無防備にはしていない。

 シラージュ線。湾のように山地が南東へ抉れており、北西側が欠けた窪地形。我等のデカぱい”姫”とは特に関わり無し。

 ドゥルード線。地形的に一番西側へ、やや半島状に突出している。アイレアラセ地域内包。

 カチビア線。西マトラ中核のダフィデストに最接近出来る谷地形がある。

 ザモイラ線。山麓正面はラーム川中流の未開発湿地帯。イスタメル州と隣接。

 自分が配属されているのはシラージュ線。白色軍団なる、投降した旧人民兵で構成される二重背反者共が攻撃して全滅、後退した後。

 次の相手はナスランデン軍。平時から維持されている正規軍なので手強いだろう。

 新しい仕事は要塞内幹道の交差点広場の脇、便所の隣に受付台を構えて、主に管理業務を担う。第二種戦闘配置の場合は受付、通信、雑用の三交代三人体制を取る。

 今日は朝番。受付は自分、ノヴァッカ。通信は同志サマラ。

 雑用は「おはよーございまーす!」と不安で一杯の顔でやってきた、雑用の若い同志。学生服を着て、受付台より少し頭が出る程度の身長。遅刻はしていないが、時間前到着を心がけて走ってきた様子。汗を掻いている。

 小さい女の子は怯えやすいので、まずは女性兵で組んだ班の下で実地研修とする。役に立つ立たないではなく、慣れさせるのが目的。

 この緊急時に幼年教育課程も済んでいない者を現場へ回すことには疑問の声もあるが、今後何年続くか分からない戦いを前にしたならば、有効な人的資源確保の一環になる。

 この朝番は早朝の日出前に始まって昼に終わる。学生は朝食が終わってからやってくる。夜間労働はしない。

「同志、お名前は?」

「はい、私は同志エーリッカと言います!」

 エグセン人民共和国疎開民から幼年教育課程に入った者だ。エグセン語をしゃべっている。

「自分の名前には同志ってつけなくていいんですよ」

「はっ!? ごめんなさい」

「はいこっち来て下さい」

 受付台の裏に来させる。改めて対峙、敬礼、返礼。

「私はノヴァッカ准尉です。あっちの通信台にいるのは同志サマラ、同じく准尉です」

 サマラは電信の聞き取りに集中しながら書き取り。手だけ振る。

 受付日誌に同志エーリッカが勤務時間に到着したことを記す。この日誌は、読めばここで何があったか分かるように書くもので、特記事項が無い限りは定型文のみで構成。

「それじゃあ、どうしよっか」

 電信、手紙が伝える予定表を眺めて、老人兵と障害兵の通過予定がある。通行開始まで時間はある。

「では便所掃除をお願いします。お掃除は仕事の基本、出来ますか?」

 彼等は便所が不自由で、ここの便所を利用する可能性が高い。それに生還が見込めない彼等にはせめて綺麗な便所を使って欲しい。

 清掃は清掃班の仕事だが作業が行われるのは日に一度である。また清掃班以外の清掃作業は否定されない。それから気が紛れるくらいの作業量が要求される労働は今、これくらいしかない。

「はい、出来ます! 学校でもしてます!」

「ではお願いします」

「はい! ノ、ノ……」

「ノンノお姉ちゃん」

「ノンノお姉ちゃん!」

「誰がノンノだ!」

 同志サマラの頭部へ手刀。

「ノヴァッカ准尉です」

「はい、同志ノヴァッカ」

 同志エーリッカに掃除道具箱の場所、上水道の使い方、下水道への流し方を指導して受付台に戻る。

「さっきの電信は?」

「ほい、まず部隊配置情報の更新」

「はーい」

 通信台周りには配管が集中しており、その一本は気送管。圧縮空気で書類を送れて、ここでは受け取りのみ。同志サマラから送られてきた紙を受け取る。

 受付台の背後の壁には部隊配置図板が掲げられていて、各区画を示す位置に部隊記号の木札が下がる。それを更新情報通りに付け替え。用意してある札に無い記号は、無地の木札に筆で書いて、息を吹いて手で振って粗方乾かしてから下げる。

「それから負傷者後送通知。現在、一二三五番広場通過、ここの一二五五番を経由、二二五五番へ曲がり、鉄道へ乗車」

「はい了解」

 首紐から下げた号笛を服から出して、手旗を脇に挟んで北側を見る。通路側壁に並ぶ配管、通行する兵士、伝令、荷物の列の遠い向こう側から車輪が回る音が多数。患者を乗せる移動寝台の列。

 号笛を短く一吹き。

「間も無く負傷者通りまーす! 通行規制を行いまーす! 通行者は指示に従い、道を譲って下さーい! 通路ですれ違う場合は退避路を利用して下さーい!」

 西側、南側通路出入口に黄色と黒色編みで”通行規制”と表記される札が下がった縄を金具に結んで張る。

 妖精の同志達はきちんと従うが、獣人兵などはとっとと通行すればいいだろう、と平気で縄を越えようとしてくることが多い。そういう時は号笛を長く吹く。

「通行規制を守りなさい!」

 耳が人間より良い獣人はこの音でびっくりする。手の平を突き付けて下がらせる。

 北側通路、一つ先の交差点担当と通行人が退避路に下がったことを確認。東側通路でも同様。

 衛生兵、看護婦が応急処置済みの重傷者を乗せた移動寝台を押して進む列が交差点に進入。手旗で東側通路へ進むように誘導しながら号笛を短く吹き続ける。

 血と内臓、外の泥と森の臭いが吹き込んで来る。

 便所掃除を終えた同志エーリッカが出て来て、足が止まり、同志サマラが彼女を抱き上げて受付台の裏へ退避させる。

 移動寝台の列、まばらな間隔で何度も通り、北側の一つ先から「交通規制解除しまーす!」という声。

 こちらも最後の移動寝台を見送り、その背中に敬礼してから交通規制の縄を解いて丸めて解除。

「交通規制解除しまーす!」

 受付台に戻る。

「リッカちゃん、ノノたんかっこいいね!」

「ノノたんかっこいー!」

「誰がノノたんだ!」

 もう同志ノヴァッカ呼びではなくなっている。この馬鹿サマラ、おたんちん。

「同志エーリッカ、便所の掃除はちゃんと出来ましたか?」

「はい、あの、たぶん」

「報告は、はっきりとしましょう」

「出来ました!」

「はいご苦労様です」

 受付台の引き出しから、飴の缶詰を出して同志エーリッカにご褒美としてあげる。

「貰っていいの?」

「はい、ノヴァッカ准尉からのご褒美です」

「ノンノノンノ!」

 同志サマラが手を出してきたのでその平を引っ叩く。

「あんたは購買で買いなさい」

「ノンノのがいいの!」

「うっさいアホ、すっとこどっこい」

 受付の席について次の仕事待ち。老人兵と障害兵の通過予定時刻を、時計と見比べる。

 所在無い同志エーリッカが横の席で足がつかない状態で座っているので抱えて膝の上に座らせて現場目線にする。

「迷子になっちゃったの!」

 こちらに目線を合わせて小走りに来た妖精の同志がいたのだ。軍服ではなく作業服。労働者だ。

「どちらに行きたいですか?」

「えーと、これ!」

 覚え書きの紙一枚……一一六三番と配属先、モルヒバル線の地下坑道かな? 言葉で伝えると順路はかなり複雑。注排水区画を跨いでいると尚更。

 雑用紙に道順を記入する。利用する列車の時刻表も脇に書いて渡す。

「この順番通りに進むのが最短経路ですよ」

「ありがとう同志!」

 同志エーリッカを膝に乗せたまま時間経過。

 暇な時は本当に何もない仕事だ。空き時間、何かする?

 同志サマラが、”会話を求める”と鈴が鳴った伝声管の蓋を開いて相手と「はい一二五五番……」と会話開始。これは各交差点受付の隣同士とのみ通じ、あまり通信組織の上層に関わらないような雑事に使う。勿論私語は禁止。

「……新しい宣伝紙、昼食前に持って来るって」

「はい了解」

 同志サマラは隣の交差点受付に同様の内容を告げて伝言。

 宣伝紙が来る前に老人兵と障害兵の通過予定時刻前になる。

 また交通規制を張って誘導する。彼等は大抵、歩行に不自由。移動寝台ではないが、通路の埋め込み式の線路を使い、手押しの車両でやってくるので分岐器操作。介護役が便所に行きたがる者を下ろす。

 軟弱な思想を持った国家では到底活躍が求められない彼等が戦場へ行く。

 帝国連邦では皆が等しく共同体に貢献する。無駄に生きず、有義に死ぬ。

 車両の通過を見送ってから敬礼し、規制解除。この仕事が終わってから通路脇で待っていた内務省職員が宣伝紙を持って来た。

 交差点広場の掲示板に宣伝紙を張る。

「同志エーリッカ、バシィール官語は読めますか?」

「んーと、まだ分からないです」

「他の文字は?」

 宣伝紙には他に、魔神代理領共通語、マトラ語が併記。

「分からないです。ごめんなさい」

「これから覚えましょう。まずはこれ……」

 宣伝紙を読んで聞かせて、発声させる。

「うがい手洗い滅菌包囲網」

「うがい手洗い滅菌包囲網」

「知っていましたか? 降伏は犯罪です」

「知っていましたか? 降伏は犯罪です」

「手足が無くとも爆弾攻勢」

「手足が無くとも爆弾攻勢」

 それからは掲示物だとか、見せても良い書類を使って同志エーリッカに国語のお勉強。忙しい時は忙しいが、暇な時は本当に暇で辛い。各通信装置と向き合っている同志サマラとする雑談にも話題の限界がある。底が見えて来ると「ノンノノンノ」うるさいだけの馬鹿になる。

 昼食の時刻になり、配食係がやってきた。汁物缶を背負って、パン籠を持ってきた。

 受付台に休憩中の札を立てる。昼の始業前に受付と通信の交代要員がやってくるので、それまでに食べて引継ぎをする。

「それ娘か?」

 同胞でも同志でもない配食係が軽口を叩いて来た。

 同志エーリッカの肩を抱いて寄せる。

「我々は血の繋がりは無くても思想で繋がる兄弟姉妹です」

「ああ……」

「婚姻公募参加希望通知は来ていません。母ではありません」

「いや……」


■■■


 今日は昼番の日。昼食を取ってから現場へ入った。

 同志エーリッカは朝から継続勤務。こちらを見て、パっと笑って走って来た。

「ノノたん先生!」

 どういうことだ? 何でそのような呼び方になっている?

「ちょっ!? リッカちゃん態度違うでしょ!」

 今日の朝番、同期の連中のせいだ。

「お前等! ノノたん呼び広めんじゃないの!」

 今日の朝番の受付に飛び膝蹴り。通信は、通信台に座っている……相手は不敵な笑い。

 嫌がらせの方法を考える。しかし通信台についている者に手を出すのはご法度。

 通信の飲みかけのお茶に波紋。砲台の振動が直接こちらに伝わらないように緩衝装置が挟まっているとはいえ、攻め上がって来る敵への砲撃は継続中。第一種戦闘配置はこれくらいじゃ発令されない。

「あんた嫌い」

 顔に指差す。

「いやっ何で!? 私ノンノ大好きよ!」

「さっさと帰れ、帰れー、糞して寝ろー」

「うんこぉー!」

 ということで引継ぎを行う。日誌を見て、予定表を見て、表記されているもの以外で言うことがないか考えを巡らし、忘れたことはないか?

 引継ぎが終わって出番を代わる。

 予定表に書かれるような仕事は、大抵は朝に終わるので、昼は比較的暇である。

 視線が受付台正面からあまり外れないようにしながら、隣で同志エーリッカが教科書を開いて勉強しているのを見る。

 使用量が多い要塞砲の砲弾はもっと下の階層へ送られている。そこから上階層に送るにしても揚弾機が仕事をする。

 妖精の同志達が工具を持って二列縦隊を作って通過。その後ろにザモイラ術士隊も同じ縦隊を作って前進。術工兵仕事の現場へ向かっている最中だ。

「ノンノ?」

「ノノはー!?」

「ノー?」

「ノンこー?」

 一体誰があの呼び名を広めているというのか。こんなにも有名になった覚えは本当に無い。ルサンシェル枢機卿、ヤズ元帥の隣にいて目立つ位置にいたことは確かだが。

 メリカのアホたれが……いた! 行進中、つまり仕事中なので口なり手なりを出すわけにはいかないのだが。

「ノンノノンノ! あれノンノ!」

 アホたれのメリカ、指差してきやがる。注目、黄色い声が何故か飛んでたくさんの手が振られる。一体何なんだ、恥ずかしい。

 受付台を拭き掃除。道案内、便所案内。鉛筆削りは直ぐ終わる。

 同志エーリッカの質問に答える。バシィール官語は書き言葉の性格が強いが、発声の確認をする。

 眠気を紛らわすために少し歩いて見回りのていで回る。清掃班が通路清掃を始めたので受付に戻る。

 夕方を前にして若い同志は帰る時間になる。彼等は食堂で夕の給食を食べて早く寝るのだ。寝るのも仕事、おっきくなるため。

「今日もお世話になりました!」

「はい、気を付けて帰って下さいね」


■■■


 今日は夜番の日。日没後より更に過ぎて、消灯時間から勤務開始。

 消灯するのはここより後方の居住区画等で、この前線側の通路では消灯することはない。

 要塞は標高が高く、冬も早い。ダカス山の万年雪の裾野も日に日に広がってきている。

 夜間は集中暖房が動いて通気口から温風が吹き出す。石炭焜炉は準備があるが、毛皮の外套、帽子、手袋、靴下、膝掛けで対応出来るなら使わない。

 夜間は昼間より更に仕事が少ないので黙って座っている時間が長い。敵も夜間に山を登って来ることは少なく、砲声は鳴り止んでいる。

 身体が冷える以上に暇潰しに定期的に立って屈伸。広場を歩いて回る。

 同志サマラは通信台に齧りついていなければならないので歩き回りは出来ない。屈伸、腕立て伏せぐらいは出来る。

「ノンノー、その肉で温めてー」

「肉って何よ」

「うーん、寒いー」

「お茶淹れる?」

「飲む―!」

 石炭焜炉に火を点ける。凍結防止のため、集中暖房と連動して少し温くなっている上水道の、蛇口を捻って薬缶に入れてお湯を沸かす。

「ノンノ、雪山野宿の方法覚えてる?」

「服を脱いで裸で抱き合う」

「どう?」

「石炭食べる?」

「ノンこぉー」

「うるさい」

「うんち出るー」

 来客。妖精兵の一人が受付前にやってきていた。内股。

「便所はこの受付の脇にありますよ」

「うんありがと!」

 当然だが要塞内では野糞、立小便禁止。

「あ、私もおしっこ」

「随分配管の通り良いのね」

「に゛ゃお!」

 猫か何かを真似した奇声を上げる同志サマラが通信台を離れる時は受付が代わりにつく。受付台には休憩中の札を立てる。

 飲みかけのお茶に肘ぶつけてこぼしそうなので遠いところに置き直す。

 電信が来る。”受信可能か?”の信号、”受信可能”と返答、そして信号を聞いて紙に書き起こす。

 列車が後方から運んできた砲弾を積んだ車両が通過するので交通規制を敷けというもの。

 同志サマラが戻って来て電文を見せる。

「この五階通路も使うって、明日結構な砲撃するのかもね」

 人通りも少ないが交通規制を敷いて、砲弾を乗せた車両の通過を見送る。揚弾機に載せるような大型の要塞砲弾ではなく、通常の野戦砲級の砲弾ばかり。

 長距離砲撃ではないということは敵が近く、大攻勢が見込まれている?

 砲弾の通過が終わった後に配管点検が始まった。合わせて通路の半分、片側通行規制を実施。


■■■


 夜番が終わって交代して引き継ぎ。

 日没前から砲声が響いている。敵も撃っているのだろうか?

 第一種戦闘配置になると休日取り消しになるが、今回はならない?

 戻る最中に召集が掛かるのが一番辛いと思いながら、日出前に列車に乗って居住区へ移動。次の朝番の交代時間まで休日である。

 兵舎の一室は三交代の六人で共用。幼年教育課程中の四段寝台とはかなり違う二段寝台二つ。妖精の十二段寝台に比べたら更に違う。

 軍服は脱いで皺にならないよう衣紋掛けに掛ける。

 寝台は誰かが専用で使うという決まりはないが、疲れた夜番が直ぐに布団へ潜り込めるように下の寝台を開けておくという暗黙の流れが出来ている。

 さて、下の寝台で一人が寝ている。絶対の決まりではないので上の寝台へ上る階段に手を掛ける。

「布団、あっためておいたよ!」

 寝ていた奴が布団をはだける。全裸。この同期、以前まで経産婦以外で地上最大のデカぱいだと思っていたが、それはシュラージュ姫が更新した。

 背中を向けてそいつに「おけつドーン!」体当たり。

 寝る。


■■■


 早朝に寝て、起きたのは昼前。休日。

 まだ寝ている同志サマラの鼻を摘まんで起こし、昼食時間が終わる前に食堂へ。

 食堂では軍楽隊が演奏している。派手ではない流行歌で歌手は無し。

 同志サマラと手を洗いっこ。


  洗いっこしましょ、洗いっこ

  お手手を滅菌、病気を予防

  指の間に爪の先まで

  きれいきれいで大勝利


 給食を食事板に受け取って空いた席につく。給食には賞味期限が近付いた缶詰が出ることもある。厨房が別の料理にして工夫して出しているが見れば分かる。

『農民さん、労働者さん、兵隊さん、いたーだきます!』

 食事中、他人の噂話で気になる一つ目は、赤帽党軍のイスタメル州布陣について。一番南のザモイラ線の状況に直接関係するだろう。

 二つ目はラーム川南側に展開している極東からの回天軍五十万について。これがちゃんとベーア軍と戦えるのかという疑問。これが崩れると西マトラ線から東マトラ線の戦いに移行するかもしれない。

 仕事臭い話以外に耳を傾けると、シュラージュ”姫”とラガ王の結婚式がヤゴール王国のオドカサルで行われると言う話があった。お祝いに全軍にお菓子が振る舞われるのではないかという推測が混じる。全く関りが無いわけでもないので、お菓子の話を抜いても嬉しい。

 ふと思うが祝電は書くべきだろうか? 一応関わり合いがあった仲と言えば仲。お祝いの言葉は構成各国首脳が出すのは確実なので、准尉如きが出しても格落ちも格落ちで笑われそうな気がする。悩ましい。出すだけ出して、都合が悪ければあちらで”以下略”の中におさめるか。

「そうだ婚姻公募どうすんの? そろそろ来てもいいよね」

「将校は通知遅いでしょ」

 年頃の女性には使命がある。労働者の場合は十六歳には結婚したい相手の希望を出せと通知が来るわけだが、我々女性将校の場合、特に戦時だと先送りにされる傾向がある。自分と同志サマラも二十歳を過ぎたがまだ来ていない。

 女性将校には推奨される経路がある。結婚、妊娠、出産、育児と並行して座学中心に軍大学校で学び、良き母を兼業するように後方勤務に就くこと。

 人的資源は国力に直結。軍務と並行すると、中々難しい話が並ぶ。

「ノヴァッカ人気じゃん。無数のちんちんが狙ってるのよ」

「ちょっ、その言い方ないでしょ」

「だからヴァーこは私と結婚するの!」

 抱き着く同志サマラを突っ張った手で押さえる。

「で、第一希望、誰?」

「ジョハ・アンネブローさん」

「え、あのエグセン人!?」

「あれぐらいはっきり言って来る人いなかったし」

「どうせ戦死か捕虜か、あの白色軍団だって」

「うん。第二希望からが本命かな」

「で、誰」

「心身勉学共に優秀で合理的な社会主義者」

「能力重視かー。あ、ヴァーこさ、幼年教育課程の教官やって本物のノノたん先生になったら? リッカちゃんだけじゃなくてさ、ちびっこ共の反応が明らかに違うの分かってるでしょ」

 内務省軍上級将校に絶対になりたい、という信念が確固としてあるわけではない。ルサンシェル枢機卿の傍についたのも、そのような才能があると見出されて求めに応じたからだ。情報部や特務部隊勤務にもこだわりは無い。国家、共同体への貢献の仕方は一つではない。

「うーん」

「あんたの意志より同志の希求を尊重するのが社会主義正義だよ。だからヴァーこは私と結婚するの!」

 抱き着く同志サマラを突っ張った手で押さえる。


■■■


 昼食が終わったら昼の体操に参加。軍楽隊が伴奏をつけ、音頭を執るのは体育教官。訓練が省略される前線勤務は、ともすれば運動不足に陥る。

「左右反復腿上げ!」

『左右反復腿上げ!』

 その場から動かず、膝を股関節の高さまで上げることを左右交互に反復して行う。

「肩部旋回内回し!」

『肩部旋回内回し!』

 拳を握り腕を前に突き出して肘を伸ばし、肩を大きくしかし横には広げず前部へ回すようにする。

「肩部旋回外回し!」

『肩部旋回外回し!』

 回す向きを反転。

「半屈伸!」

『半屈伸!』

 膝に手を当て、腰を落として膝を曲げ、そして伸ばす。

「胸部開閉!」

『胸部開閉!』

 拳を握り、腕を前に突き出して肘を伸ばし、内側に交差させて肘を重ね、そして出来るだけ後ろへ反らす。

「前方傾斜首左回し!」

『前方傾斜首左回し!』

 首を右回しにする。前方への傾斜を意識する。

「前方傾斜首右回し!」

『前方傾斜首右回し!』

 首を左回し。前方傾斜の意識は同様。

「前屈後ろ反り!」

『前屈後ろ反り!』

 膝を伸ばしたまま、手の平を地面に、膝に顔を付ける。そうしてから腰に手を当てて腰を後ろへ反る。

「左右斜方前屈!」

『左右斜方前屈!』

 腰を左に捻ってから前屈動作を行い、身を起こしてから今度は腰を右に捻ってから再び前屈動作。

「小跳躍!」

『小跳躍!』

 膝をあまり曲げないで小刻みに跳躍。

「左側屈!」

『左側屈!』

 足を肩幅に開き、左手を腰に当て右腕を上に伸ばして腰を左に曲げる。

「右側屈!」

『右側屈!』

 足は開いたまま、右手を腰に当て左腕を上に伸ばして腰を右に曲げる。

「腕前振り屈伸!」

『腕前振り屈伸!』

 膝を曲げると同時に前に突き出した腕を下げ、膝を伸ばすと同時に腕を胸の高さまで振り上げる。

「深呼吸!」

『深呼吸!』

 深く呼吸。胸を広げて大きく吸い、吐く時は全て吐き尽くすように。

 今日は若い同志達の宿舎へ遊びに行ってみようか。

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