第525話「”感心!”」 ニクール

 今年はズィブラーン歴四千十年。その夏までの戦い。

 王都トラストニエを起点に南スクラダ山脈を縦断。我等山岳傭兵の被害は道中微少。

 頭数に入れていないペセトトの妖精兵達は肉弾突撃を繰り返して全滅した。ただ縦隊になって突撃するだけというわけではなかったが、とにかく前進攻撃あるのみで、あっという間だった。あの巧緻徹底のマトラ妖精とは同種と思えない振る舞い。

 相対するランスロウ軍の後退速度はかなり早かった。西岸路、東岸路にて同じく後退戦を続けるベルシア軍に同調する動きである。

 通常ならかなり力を入れて守るであろう、大規模な飛行船発着場を含む基地まであったが、そんな規模の拠点までもあっさりと放棄する潔さ。もし同調せず彼等がそこで粘り強く戦ったなら、その背後は魔戦軍と副王軍が遮断出来た。そうならないため、こちらが接触したと思ったら陣地を放棄している。

 直近の戦い。

 南スクラダ山脈と中スクラダ山脈の結節点を横断する街道がある。先に陥落したヴァスティオ市東部から、今尚、副王軍が攻略中のクニザロ市南部に繋がる道。

 この街道は西部が山上、中部が谷底、東部に至って平野部になる。山脈伝いに南からここへ行き当たると、この街道は広い空堀の役目を果たした。西部からの攻撃は上手く行かず、そこで停滞。

 打開策として中部からも迂回攻撃を試みたが事件発生。魔族ですらそうはならないだろうという異形の化物の目撃談と、百人規模の発狂、同士討ち事件が多発。未だかつて認知されていないであろう型の術被害を受ける。中部からの攻撃も停滞を強いられた。

 この停滞中に魔戦軍、副王軍共に弾薬庫を多数破壊されて戦線が一時膠着。秋になる。

 その後、合体連結水上都市イノラ・カルタリゲン号が支援する大規模作戦が実施され、魔戦軍の手によりヴァスティオ市が陥落すると、またランスロウ軍は速やかに後退した。手応えが面白くないまま我々は”空堀街道”を越えて北進する。

 彼等の防御陣地西方、側面を天力傭兵団が脅かしていたという話は、街道を渡ってから聞いた。この時二正面攻撃になっていたらどうなっていたか、と考えてしまう。

 そして中スクラダ山脈と区分される地域に進入。

 尾根伝いに北進すると、視線の先には高く盛り上がった休火山が壁のように立ちはだかった。そこに山を背にするランスロウ軍の防御陣地が組まれていた。

 休火山から東には今も煙が上がり、風向き次第で硫黄が臭う活火山。そのまた東の麓に降りるとクニザロ市。

 また北に行って休火山を越えれば縦長の盆地、フラル南部有数の穀倉地帯がある。

 クニザロ市の西か北、活火山地区に軍を出すと副王軍による包囲戦の大きな助けになる。

 盆地の穀倉地帯は、収穫と袋詰め、焼き討ちと堤防決壊による焦土作戦が行われる前に占領出来ると、これから戦いで発生する食糧問題が改善される。尚、盆地の収穫状況は軍人も手伝っていて早期に終わる見込み。この情報は、帝国連邦所属の大陸浪人ジールト・ブットイマルスからもたらされた。

 これまでと同じことが繰り返されるならば、クニザロ市を落とせばランスロウ軍は積極的に戦わずとも休火山地区から後退する。

 休火山を迂回して活火山地区にクニザロ包囲戦力を回すことにした。

 迂回のためには、先のヴァスティオ市で停滞していた時に行った街道中部から迂回攻撃失敗の二の轍を踏んではならない。

 休火山地区にいるランスロウ軍主力を一時的に行動不能にする必要がある。山に登ってきた天力傭兵団の力を加えて、作戦実行。

 クニザロ包囲戦力には山岳傭兵二万の四分の三を当て、日没後に東に一旦山を下りてから活火山地区へ登らせ、そこからクニザロ市西部、北部に影響を及ぼせる配置に就かせる。敵主力と相対するから大胆に割り当てる。

 休火山地区へは山岳傭兵四分の一。こちらに残した人員は少数精鋭。具体的には、自分が良く掌握しているギーレイ兵のみ。これに天力傭兵団を加える。

 共に行動するにあたり、ペセトト妖精の自律兵器の一つである石猫型自動人形と、敵味方識別のための”慣らし”、遊びを敢行。一緒に走ったり球を追っかけたり、寝たり乗ったりと他愛のない行為。

 指導のペセトト妖精と混じって戯れていると老衰で死んだ連れ合いを思い出す。

「犬の大将、物見を出しましたが全て帰りません」

 天力傭兵団の副長、通訳、実質の指揮官ツキメ。隊長の太陽仮面は君主に属している雰囲気。

 夜間短期、支援無しの偵察は駄目か。

「火力が足りないな。二日後の夜に攻める。成果は向こうで見せてくれ」

「了解」

 また作戦には複案がある。


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 夜襲を仕掛ける。

 休火山陣地正面には、敵を疲弊させるために断続的に少数、消極、交代制で攻撃を仕掛けさせていた。不定期の小銃狙撃、弓による曲射、迫撃砲射撃、土嚢投げによる微々たる前線押し上げ。

 敵が防御を捨てて仕掛けて来れば攻撃の機会。そのことは相手も分かっていて、辛抱し続けた。少しくらい工夫して静かな時間を得ようともしなかった。狙撃返しくらいはあったが、装甲と火力に優れた理術兵器を差し向けてくることは一度も無かった。一方的に攻撃を仕掛けられる飛行船を差し向けてもこなかった。もっぱら魔王軍と副王軍への攻撃に使っている。

 忍耐力がある。手駒の使い方を弁えて、大事な道具の損耗を最小限にして、雑兵を代わりに使っている。

 大天使と呼ばれる者の発狂術は、両岸からの情報も合わせると夜間で例が無い。エスアルフ殿の見識からも、洗脳の術は相手の目を見てそこから脳に力を伝える必要があるらしい。例外はあり得る、と。


■■■


 第一弾。正面攻撃開始。

 温存してきた山砲と砲弾を使っての攻撃準備射撃を、日没後に各配置につけてから行わせる。

 全て隠蔽し切れているとは思わないが、馬鹿みたいに日中に移動して丸裸にはならない。

 選んだ兵士の主力は弓に熟達した壮年、老年が中心。三千名。

 敵が撃った照明弾がこちらの上空に浮かぶ。

 砲兵が敵陣地全体を抑え、破壊する。弓兵と銃兵は共に、飛ぶ砲弾の下を潜って前進する。

 銃兵が敵兵全体を細かく牽制して動きを止める。機関銃兵、少し混じる。

 弓兵が潜伏しながら個別に敵を殺して道を開き、銃兵が前進出来る余地を作る。

 射程が長くて威力もあり、だが発砲炎と銃声が目立つ銃。磁気結界装置に阻まれる。

 射程は短く威力は劣るも、しかし静かに曲射が出来る弓。石鏃、骨鏃にすれば磁気結界を素通りする。

 二種類を混ぜると敵は理術装備をどう使うか混乱する様子が見られる。磁気結界を発動すると敵も金属装備を容易に使えず、石弓など用いるが基本的にそうなると弱兵。

 今までの牽制、嫌がらせではない本格攻撃。

 落とすつもりでなければ陽動にならず、陽動で済ませるのは勿体ない。


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 第二段。西側面攻撃開始。

 選んだ兵士の主力は若くて体力がある青年が中心。千五百名。

 長い時間走らせても大丈夫。腰や膝が痛いと文句を言わない。弓兵、銃兵の混合なのは正面と同じ。

 敵陣地西側に大きく回り込む。正面攻撃の端を補強するのではなく、完全な側面攻撃を実行するので移動距離がある。日没から全力疾走で行かせた。

 一度尾根から降りてまた上がるという動きをする。敵を見上げる形での緒戦になるから形勢は単純に不利。

 攻撃位置は山砲射撃の範囲外だが、駱駝に積んだ機関銃、旋回砲で火力を発揮させる。

 これに合わせて敵陣地内、地面の上で照明弾が点火。敵の姿が暴露されて狙いやすくなり、我が軍は少し照らされる。

 ツキメ副長の成果、一つ目だろう。

 彼女とその一族は何でも、武闘派潜入工作員だとか、何とか。


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 第三弾。東側面攻撃開始。

 天力傭兵団が動く。およそ二千名。

 敵の注意力が正面、西側に回った状態に至ってから攻撃開始。まず石猫十体を投入し、地上で点火した照明弾を頼りに小銃狙撃。

 彼等が敵陣地東側に大きく回り込む動きは、西側攻撃集団と同時に始めたがこちらは単純に脚力と夜目の利かなさで遅れ、時間差攻撃となる。機動力の違いはそのまま生かす。

 人間にはかなり辛い運動と見込まれ、石猫が敵を掻き回している時間を使って休憩し、息を整えてから本格攻撃開始。

 ランスロウ将軍はこの状態で装甲兵器を投入した様子。人や馬でも絶対に出せない大きな足音が混じり出す。主力兵器の誘因に成功。


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 第四弾もしくは第零弾。東側面、大きく迂回する攻撃を開始。

 天力傭兵団よりも外側を行き、敵陣地後方を目指す。

 最精鋭五百名を選抜。第一弾開始の前日に、夜間に進んで夜明け前に森の中で擬装待機して日没を待ち、決行日に再び動いた。

 馬を乗り捨て、取り換えて最速で移動。山という地形上、全て騎乗したままではないが、乗って走れるところは全て走る。捨て馬を拾う要員は最小限。

 自分の戦いもこれが最期と思い、後任のガロダモを指名してから正面攻撃から離れてこの大迂回攻撃の前線に出たが心底辛い。先発五百名が開いた印付きの道を馬で行くのでかなり楽だったがそれでも体が軋む。

 生き残っても故郷への帰り道で死ぬ気がする。寝台で死のうと思わない。せめて戦地で死んで若い奴等に模範を示す。

 三方の戦闘が始まり、時間経過。敵陣地後方に近づく。

 魔神代理領でも体系化されていない、風の静かな集団魔術。体臭を後ろに流しつつ、前方から臭いを集める獣人向け。見えない敵を嗅ぎ取る。この悪くなった目に見えない敵の位置が香ってくる。

 臭いの方向から音で具体的に捉える。吐く息、啜る鼻、歯ぎしり、衣擦れ、足踏み、装具のかすかな衝突、雑談。

 射撃は更に目も良い者に任せる。静かに動くなら、口を開かず手信号で指示。

 虫人騎士を手本とした風の術矢。早く、目標へ向かって良く曲がり、音を後ろに置いて刺さった後に鳴る。鏃に毒。

 かつて先祖は魔帝イレインの手により北の遊牧騎兵に習った。

 ハザーサイールもイレインに学びつつ、サエルの騎士道に融合して昇華。今や古臭いところ数多だが、彼等からは一部だけ習った。

 ベルリクの軍と行動を共にして、あれは……規模と装備体系的に真似は難しいが、彼等からも一部だけ習った。

 ランスロウ軍の見張りを静かに殺して進む。

 周辺警戒に放っていた斥候が戻って来る。

「ガロダモ。蟹みたいなのと、巨人の軽量新型と、装甲兵器がこちらに、歩兵随伴無し。活火山方面に出向いた連中が基地に戻って来たようです」

 複案とはこれ。万を越える別動隊を囮にして、ランスロウ軍の装甲兵力を基地から引き剥がし、今度こそ撤退ではなく撃破すること。これらと行動を共にする飛行船も出払っている可能性がある。空のことは完全に把握出来るわけではないが。

「二十人連れて、そいつらに陽動仕掛けて足止めしろ。出来るだけ基地と合流させるな」

「了解」

 しかしこの緊急事態に戻って来るとは勘の良い奴等だ。ヴァスティオ市の戦いで飛行船、装甲機兵を多く失っている。戦力不足から反応が過敏になっているのか?

 敵陣地後方が見えて来る。灯火管制はしていると見えるが、作業のために灯りをつけている箇所複数。

 隠密裏に接近出来る限界まで来た。馬はもう全て預けて、控えさせている伝令などは除いて皆徒歩。

 装甲兵器は残存しているのか?

 動力機関が音を鳴らしている飛行船が一隻。その発着場周りには体臭が異なる人間兵……女ばかり?

 騎馬が北の方へ駆けていく。馬の足音がかなり強い。人間より大きい二足歩行がその後に、素早く強く追従。ランスロウ将軍が乗っているのか? 足音の間隔、遠ざかる、かなり短い。歩幅も尋常ではない。追うのは無理だ。要人を逃したのかもしれない。

 赤子を抱えた兵士がいる、馬鹿な……いや、違った。手足の無い大人の男を、巨人兵器、装甲機兵に詰め込む作業が行われていた。あのロシエ革命で確認された鈍重な型は一つも見られない。

 待機状態の装甲機兵の数は十も無い、六体。でもあれが動けば脅威だ。

 手足無しを詰め込んだ後の状態でも作業員が装甲機兵の各部を弄っている。機械が複雑になればなるほどあのような手間、土壇場での融通の利かなさが露見する。

 最初は石鏃の毒矢で射させる。音も無く、警備兵、女兵、介護兵、手足無しに当てる。鉄鏃も少し混ぜ、磁気結界の有る無しを探り、無しと判明。

 銃撃も始めさせ、攻撃を受けたと敵が騒ぎ始めた直後から擲弾矢も混ぜ、小さいが爆撃。

 手足無しを詰め込んだ装甲機兵でも起き上がれず足掻いて、作業員を潰す惨状も見えた。冷静ではない。これこそ夜襲、奇襲。準備万端でやる戦いとは違う。

 動き始めた装甲機兵が一機、人が収容される位置は作業を見て分かったので集中射撃。擲弾矢が一発命中した程度で動きが悪くなり、更に三発で力を失って倒れ込む。

 銃兵が射撃支援する中、弓兵が矢を射掛けながら前進。自分は抜刀して先導。

 こちらの攻撃に対処しようとする兵士は少ない。非戦闘員か普段は銃を取らない兵士か、そのような者が多く見られる。反撃の銃撃もまばら、狙いは定まらない。

 飛行船発着場の敷地内に入る。女兵士の顔、鼻の形が西海岸風、銃剣付き小銃の銃身を刀で払って切り殺す。魔王軍に滅ぼされた亡命政府の連中だろう。

 その中に蟹のような、四本脚の装甲兵器の機動確認。伏した姿勢から立ち上がると背が高い。機体上部に機関銃座、それから機体から直接大きめの砲身が生える。大砲か機関砲か。

 四脚は動き出したばかりで、まずは飛行船の盾になるように歩行。準備を欠いて動いていなければただの置物だが、もはや脅威。

 飛行船は回転翼が回り始めている。脱出か、直上から援護する気か。

 船体に取り付けられた機関銃が連射を始めた。四脚も機体上部から身を乗り出した機銃手が機関銃連射、大き目の砲身からは機関砲がややゆっくりと連射。

 掃射される。我が精鋭達が直撃を受けて粉微塵に砕ける。機関砲弾など、近くを通っただけで頭部の穴という穴から出血して即死させる。

 散開せず古風に密集隊形を取っていたら即座に全滅だった。同士撃ちを誘うように敵兵の中や、荷物置き場の陰に入ってやり過ごしながら戦闘継続。

 擲弾矢の射撃指示。四脚の装甲板には通用しない。甲冑戦士の胴腹へ正直に撃ち込むのは馬鹿げたことだ。弱点は?

「脚関節!」

 脛の延長線に当たる装甲板は膝を隠して正面から当たり辛い。だがこちらは頭数が揃っている。側面に回って兵が一発当てれば四脚は姿勢を崩して大袈裟に揺らぎ、射撃方向が定まらなくなる。地面、空、味方も撃った。

 股関節周りは、鎖帷子の垂れ幕が接触信管を起爆させる。決定的ではない。決死隊を緊急編制して肉弾突撃か?

 機関砲は脚の動きで照準の水平位置を決める。機関銃座は回転するようだが、機体が斜めになった今では同様に照準も斜めにしか動かせない。撃破はまだだが能力は著しく減じた。

 飛行船も無視出来ない。船体の高い位置からの機銃掃射は鉛弾の砂嵐。ちょっとした一団に当たれば挽肉骨片に変わり果てる。鍛えた精兵が虫以下。

「気嚢に一発!」

 擲弾矢が気嚢に命中、破損、穴複数。隔壁構造というやつで一枚袋ではなく、膨らんだままの状態を維持する。

 飛行船は損傷状態で浮き始め、そして引っ張られたように止まり、傾いて地上へ横倒し。気嚢が四脚、黒人女兵を巻き込んで潰す。

 何事か? 船体が地上と綱で繋がったままだ。横倒しになるよう、綱の留め方は岩石、大荷物にまとめ巻きと二点と芸が細かい。これはツキメ副長の成果、二つ目だろう。こちらの射撃に巻き込まれてなければいいが。

「前へ、とどめを刺せ!」

 前進指示。勇敢だが雑兵のように叫び声を上げる黒人女兵共を切り伏せて進む。腕は大したことがない。他の抜刀した弓兵も難なく殺している。

 大きな声で鼓舞している、一番背が高くて太っている女が指揮官に見える。迫って膝を蹴って折り、髪を掴んで引いて、跪かせて首を落とす。旗竿に刺して立てて、お前等の大将は首を取られたと教えるようにする。感情的な悲鳴が聞こえる。統制は崩れ去り始めた。

 機械整備など担当しているような、普段は銃を持たない兵士とも交戦。小銃装備はわずかで、工具、大工道具で応戦しようとする。問題無く殺す。

 気嚢が乗って四脚は破壊されていないが、動き回っているが破れた気嚢や折れた骨組みに巻かれてもがいている状態。対処は後。

 飛行に失敗した飛行船の、倒れた船体によじ登る。

 今や縦穴になった側面扉は鍵も掛けられずに開いている。飛び降りれば赤色灯……目玉、大きい、複数、圧力の視線。

 目から神経がおかしい、思考が止まるような、吐き気。片目は白内障、苦しくない。もう片目は老眼、過労時の感じ。

 まずい、発狂の……。

 爆音? が遠くに聞こえる。

「ィヤ!」

 大目玉に短刀が突き刺さった。意識が戻った、吐き気そのまま。

 大目玉周りの小目玉の”群れ”がこちらに向く、目を閉じる、効かない。目から及ぼすとは、オルフのイスハシル王を思い出した。その類いと分かった。

 これが噂の大天使。目が悪いせいで完全な洗脳まで時間が掛かった、か?

 鳥みたいな”羽毛臭い”方へ向かい、目玉の涙かその湿っぽく臭いところに向かって刀を振る。

 脂に筋繊維ではない手応え、体重推計で馬ぐらいの大物。絶対に殺す一撃が必要。浅い傷では一暴れで体重差から吹っ飛ばされる。

 体重を乗せて切り込みに突き込みを入れる。大眼球は固めで、一旦裂け目が入ると割れるように刃が通る。これだけでは傷が浅いかもしれない。化物の生命力は未知数。

 刃筋を横に変えて、中身を”こそぐ”ように大回しに掻きながら、風の術を内部に吹き込んで無数の血管、内部構造の隙間を空気で広げて組織を破壊。風の返りで液体が膨大に噴出、浴びながら蹴飛ばして横振りで抜いて更に傷を広げる。

 蹴押した重さはやはり馬か? 宙に浮いていたような抜け感もあった。飛んでいた?

 船内にドっと大物が倒れる衝撃。そして大きな鳥が複数、バタバタ翼を振って苦しみもがく音、船体の振動。鳴きもしない異形の化物め。

 後は船内の人間の臭いを辿る。複数人、一人嗅ぎ覚えあり。ランスロウ将軍がこの中にいるかもしれない。生け捕りを目指して刀を返して峰打ちにし、緊張した動きと手元の金属、火薬臭さを優先して打撃。拳銃発砲音、船内を跳弾。

 大目玉を裂いたが他の小目玉を潰していないので目を閉じたまま。その中で振る剣術は滅多打ち。頭か肩か腕か、武器か何かで防がれたかは感触頼り。これ以上動けるかどうかは息遣い、打った後の筋肉の弛緩具合の手応えで診る。

 もう一人の、目で見えないが突入した仲間の一人は自分と違い、流麗に斬殺しているようだ。足音は無音に近い、素早い、舞踏と表現可能。

 拳銃発砲音、身体が押される。立っている者は全て殴り倒した。痛みは麻痺しているが、どこか当たったな。

 肩の関節が外れる音がして、男が唸る。かなり強気な響き、高位の傲慢さが聞こえる。

「ニクールの大将、敵将捕縛しました」

 ツキメ副長の成果、三つ目。

 ランスロウか、と声を出そうとすると詰まる。痛みは飛んでいるが肺を撃たれた。血の咳が出る。美味いものではないな。

 彼女に害が及ぶかと思い、まだ翼をバタバタ鳴らしている大天使を全体的に、あちこちにあった目玉を潰すように滅多刺し、空気入れ。

 最期の一突きを入れ、息苦しさから膝を突く。これで戦いの人生、終わりか。

「大首級お見事。その最期の武勲はご同族にも語りましょう」

 何とか座る。呼吸は不可能、血の咳が限界。ツキメ副長の声の方に鼻先を向けて目を開ける。

 彼女は男を一人――外した肩を片足で踏みつけるだけで――組み伏せている。その悔しそうに唸って床を舐める男がランスロウか。武芸の達人ではないらしい。

 その背後、おそらく操縦席側は爆発を受けて砕けたようになっている。こちらの突入と同時に発破したようだ。聞こえた爆音はこれか、上手い。

 気になり、己の目を指す。

 ”化物を見てあなたは大丈夫か?”。

「手鏡にて」

 大目玉の術を避けつつ短刀を投げたのはその技だったか。

 頭が思考停止に染まってくる中で最期の力を振り絞る。見届け人に一言残そう。

 己の膝を強く叩く。

 ”感心!”。

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