第524話「長い戦いになる」 アリル
陥落させたトラストニエの都市破壊規模は想定通りだった。しかし敵戦力は市街地と沿岸要塞には無く、山の上に構えた重砲陣地にのみ存在したのは想定外だった。
事前に現地を調べていればここまでの破壊は無用だった。もしも、があれば復興は現状より遥かに早かった。
誰にも責められてはいないが責任者として手落ちである。王都攻略戦となれば敵は死守覚悟で全力発揮してくると思い込んでいた。こうもあっさり、国家の中核を捨てるとは……敵もいい加減学んでいるということか。それともここは重要ではなかったか。
少しの手間を惜しんで背負った要らぬ工事は夏から始まって先は長い。この秋になって完全ではないが、一つの段階に到達。
防御機能。破壊した沿岸要塞の完全修復は終わっていないが、無傷だった砲台と、敵が築いた重砲陣地を組み合わせて対泊地攻撃に対する自己防衛能力は十分と判断するに至る。
市街地の再建は、今のところ一般都市住民の集中的な居住を想定しないので清掃と整地が主体。屋根付きの物資集積所、管理事務所が並ぶ。
作業員や、利権は早い者勝ちの中でやってきた冒険商人達が居住するのは都市外縁部の二等、三等地区から郊外農村部まで。
港湾機能も、桟橋と岸壁と倉庫の代替となっていたイノラ・カルタリゲン号を離岸させられる段階に至る。
この壮大な合体連結水上都市は砲爆撃の損傷からも復帰した。あわやと思わされた飛行船からの焼夷弾投下対策には、ランマルカ経由でユバールに注文した高射砲を導入。一方的にやられはしない。
他にロシエ製の機関砲には優れた対空射撃能力があるという情報がある。現物は手元に無い。
機関銃はかなり絶好の位置と呼ばれるぐらいの位置取りをしないと飛行船が取る高高度に対して当たりもしないと言われる。
虫人騎士のねじれ合成弓は、飛ばし矢なら絶好位置で当たる可能性もあるが、ただの鉄の鏃では脅かすのが精一杯だろう。機関銃に劣るか?
トラストニエの都市機能は一先ず自立状態に到達。アディアマー社、旧アルブ=アルシール党、冒険商人、魔戦軍、副王軍、傭兵、奴隷、皆の力の結集。フラル半島再征服は始まったばかり。
フラル解放軍はペセトト廃帝との連携作戦もあって途中で抜けてしまったが、それでも三十万以上の戦闘員、支援要員を上陸させた。商船と護衛艦隊に乗って来た人員物資も続々上陸中。
それだけでこの仕事は終わらない。合体連結水上都市の戦闘、海運能力を再び活かす時が来た。
敵艦隊との決戦を模索するのも悪くない。未だに商船の出入港は通商破壊を危惧して夜間が当たり前になっている。魔王海軍単独で見た制海能力は弱い。これを補うのは悪くない。
ベルシア再征服にて西岸路は魔戦軍、東岸路は副王軍が進んでいる。
魔戦軍の司令官はエスアルフ殿。傭兵やペセトト団を除いてですら兵力二十万の大軍。
大人数を活かし、進路上の道路と橋、電信線に電信局、補給基地、対艦陣地の建設が進んでいる。鉄道敷設予定地、入植予定地の測量情報、無人集落情報の収集も進む。
数の多さは食べる口の多さ、補給を優先するのはこちら。西岸兵站責任者であるイッスサー卿から”水上都市からの大規模補給はまだか”という伝言が、建設事業報告と共に来ていた。きめ細かい報告書を上げることによって圧力も掛けてきている。全く、気合で何事も出来れば文句は言わせないのだが。
東岸、西岸陸路で送られる物資、トラストニエ周辺で使われる物資分を割り引いて、残りをイノラ・カルタリゲン号に積み込んで夏以来の移動を開始。
港湾部を傷つけないように微速後退、岸から離れてから方向転換――これが遅い――して増速。
西岸路前線からの報告で魔戦軍は、ベルシアの一大拠点ヴァスティオ市を前に進撃停止。
敵ベルシア軍はトラストニエから延々と最低限の抵抗のみで後退して行った。そうして稼いだ時間でロシエ本国からの増援を受け入れて兵力を増強し、砲弾の備蓄を計り、防御を強化してそれ以上の攻撃を止めた。
更に南スクラダ山脈上に、非常に手強い機動部隊を配置している。機械化山岳兵とでもいうべき少数精鋭部隊と飛行船団の組み合わせで、魔戦軍は何度も弾薬庫を破壊されている。隠蔽、偽装工作を講じても限界がある。犠牲を厭わぬ肉弾突撃では落とせない現代要塞を前に砲弾不足でまごついている。
このままエスナルのような停滞が再び訪れれば魔王軍の威信は落ち始める。
この再征服事業はある種の人気商売。支援の人、物、金は夢と希望が生み出している。停滞は敗北に繋がる。
イノラ・カルタリゲン号は西岸路沖合いを進む。
敵のロシエ、ベーア連合艦隊主力は――フラル艦隊は不在――常にこの合体連結水上都市の動向を見張っている。通商破壊作戦に専念するより我々を牽制することを重視している。直ぐに仕掛けて来ないのは、こちらがなんらかの弱みを見せた時に最高の一撃を入れるため、だろう。
敵艦隊主力ではない、小型艦艇隊も周囲をうろついている。こちらの要塞砲の射程を試すような挑発行動も目立つ。神経の削り合い。
魔王海軍が強力であればこんなものに苦戦はしないのだが、彼等の保有する軍艦では捨て身の船団護衛が精一杯だ。
魔王海軍は増強の予定がある。仮想敵の没落に余念が無いランマルカから就航済みの型落ち艦船――他国基準では一級相当――を格安で購入している。これに乗員を乗せて訓練するという最速の導入方法でも使えるようになるまで時間が掛かる。
イノラ・カルタリゲン号を傘に、普段は夜間出入港を強いられている商船を昼間でも西岸各港、砂浜に荷下ろしを行えるように護衛を、余裕があればやった。
荷下ろし場所には対艦陣地が築かれている。沿岸要塞を築く時間が無ければ、砲兵陣地を高所――時には斜面下に隠れるような低所――に隠蔽して設置。
長大な魔戦軍の行軍隊列の、最後尾を発見。力を持て余してそうな東方傭兵を発見。ヴァスティオ攻略に有用ではないかと思い、津波が起きないよう、衝突の撃震が無いように着岸。
天力傭兵団に乗船を指示する。あの愉快そうな通訳の若者は見当たらなかったが、言語に才ある者が共通語を学び終わっていた。
そして彼等を乗せて一日も経たない内に案件一つ。
「アリル―!」
石猫に乗ってやってきたのはイノラ、手を振っている。かなり重量がありそうなその乗り物は猫のように足音がしない。体重制御が野獣そのもの。
「ねこー」
イノラは今や数え切れないペセトト妖精達の指導者。亜神などは魔族のように彼女より立場は上のようだが、命令系統は逆転している。階級より役職を優先するようなものか。
「その石猫型自動人形は、猫なのか?」
「ぼぉん、ぼおぅん、ぼー、オスルン!」
大型の猫のようだ。太い鳴き声を再現している。指を曲げた手を前後しているのは猫科の狩り様か。
「オスルンという動物は獅子のように大きいのかな」
「わぼん! オスルン! アリル、これと遊ぶと大丈夫。死なない!」
殺人状態から遊戯状態に移行出来るということらしい。それを活かしてということか?
イレキシ・カルタリゲンが左右を見渡しながら、イノラを探す視線でやってきた。
「これはアリル卿、説明します。この石猫には敵味方の識別機能があります。味方と判断するには、慣らすようにしばらく友好的に遊ぶ必要があります。
ヴァスティオ市攻略の際には城壁内に石猫を投入するのが良いと考えます。砲撃や衝突で排除出来ない敵兵の処理には最良の一つです。私が船上で遭遇した時は海底に沈むことを信じて飛び降りるしかありませんでした。
識別機能についてですが、個人ではなく集団を捉えるそうです。妖精基準なので不明な点が多いのですが、おそらく魔戦軍の大量の雑多な兵士達を認識し切れないものと思われます。
そこで回収班を組織します。現在、天力傭兵団が妖精達を挟んで石猫と球技中、遊ばせていまして識別は良好のようです。戦闘機能を停止させて回収するには術の才能が無ければいけませんが、団長の……太陽仮面が特別に適性を示しております。石猫の動きについていける術使いで運動の達人となれば彼ぐらいしかいないでしょう」
「興味深い。一度彼等の、覚悟の程を聞いてみたい」
「案内します」
「ぶおぉん、オスルン!」
イノラがイレキシに飛びついて肩車、髪を指を曲げた手でぐしゃぐしゃにする。乗り物だった石猫はそのままついてくる。
イノラ・カルタリゲン号の各所には都市機能がそのままある。寝所、浴場、祭壇、工房、厨房、菜園、畜舎。広場機能もあり、大量の人員物資が積める。
「イレキシ、オスルンとは何かな」
「現地の人間はジャガーと呼びます。獅子よりは小さいですが強力な肉食獣です。自分より大きい鰐も獲るようで」
「イノラ、イレキシとオスルンが戦ったらどうなるかな」
「イレキシ、内臓爆裂!」
「表現の幅が広くなったな」
「うん!」
「アリル卿……」
今は運動場代わりにされている広場に到着。
東方傭兵達とペセトト妖精は防具を付け、石猫と共に走り回っている。組み分けをし、樹脂球を追いかけて取り合い、ぶつかり合い、対面する壁に標識があってそこに球をぶつけると得点が入るようで、目印になる石ころを並べて加算。汗で床が濡れている。広場の観客席には疲れた者達が寝転がっている。
その中に、わずかに光を放って鳥か蜂か猫か犬かと思う素早さ、柔軟性で飛び跳ね回る超人がいた。次々石猫の喉に手を当て、機能停止させて石球に戻していく。遂には全頭停止。輝く拳を振り上げ、喝采を浴びる。
隻腕の男、太陽仮面。あれは傭兵で終わって良い者か?
太陽仮面、こちらに一礼してやってきた。通訳の女が傍につく。
「お見事。長生きの心算ですがそこまでの動きは見たことがありません」
「お褒め頂きありがとうございます、とおっしゃっています」
「今、あの石猫と共に天力傭兵団には先行して直接上陸作戦を行って貰うことを検討しています。勿論、大変危険です。その覚悟があるか今一度お聞きしたい」
仮面の向こうだが、機嫌を損ねたのは分かった、
「問答無用、とおっしゃっています。覚悟が無いと思われて心外です」
「それは結構。無粋な問いをしました」
「タイヨー!」
「タイヨー!」
妖精の二人が太陽仮面に向かって、広げた手を頭につけて、おそらく物真似。通訳が蹴飛ばして追い払う。
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ヴァスティオ市沖に到着。都市に対して衝突、津波、砲撃が短時間で可能な距離。
目に見える大きな危機が訪れたとなればロシエ、ベーア連合艦隊は勇気を振り絞った。隙をうかがうことを止めて隊列を整理してこちらに接近してくる。
イノラ・カルタリゲン号は移動してフラル半島を背後にする。敵艦隊は陸上を走れず、回り込んだり、通り過ぎるような機動が取れない。また背面の攻撃と防御を考慮しなくて良くなる。
ランマルカ製の機雷を移動中に散布。機雷同士は長く細い綱で繋がり、暗車で巻くと近づく。爆発する程接近するかは引っかかった時の位置による。足が止まって艦隊行動が乱れれば良し。
行き脚を止めて停止、投錨。動揺を限定。背後は魔戦軍に任せて要塞砲を海上正面に集中配置。基本的に敵はこの攻撃正面にしかいなくなる。真横は死角にやや近いが、そこを航行するならば岩礁にぶつかる。
敵艦隊、縦二本、複縦陣で接近。
各射撃指揮所が測距儀で彼我距離を測りながら、有効射程に入ったと判断次第、管理する大砲で一門ずつ順番に射撃し、砲弾の着水位置を見ながら、敵艦の移動速度も考慮して次に撃つ大砲に砲角調整指示を細々与える。
まずは先制砲撃。命中弾は無いが、上がる水柱と敵船体の距離が合ってきた。
敵も艦首砲で射撃開始。水上都市の手前に着水。段々と照準が合ってきて被弾、数発程度が砲台でもないところに当たって石が削れる、跳ねる、炸裂。
敵艦隊、艦首砲で距離を把握してから左右に分かれて梯陣二本に組み換えながら接近。舷側砲の発砲数増加。敵全艦横腹を向けて最大火力を発揮する陣形へ。
機雷に張った綱を暗車で巻いたであろう敵艦が隊列を乱し始める。爆裂、水柱確認。触雷し始めた。
こちらの要塞砲射撃、敵艦に砲弾が命中し始める。隊列を乱して舵を切ったり、減速した艦には砲弾が良く当たる。一撃轟沈、弾薬庫誘爆、構造物がばらばらに跳ね上がって鉄と火の雨が降る。
以前のトラストニエ沖海戦では四方を包囲されながら、行き脚を止めないまま水上打撃戦を行ったので要塞砲の発砲率も命中率も低かったが今回はそうではない。
殴り合いの喧嘩は壁を背にしてやるものだ。もう顔も思い出せないが、誘導して拳を壊してやった奴がいる。
飛行船団が山の方角から接近。高射砲、照準調整始め。
観測結果から距離と高度を算出。高射砲弾の時限信管を設定して射撃。上空で炸裂した爆発煙が飛行船より上か下か見ながら再計算、再発射。
海の船より空の船の方が上下位置の差があり、速度もあって当て辛い。ただし構造上軽量化が望まれて装甲は薄く、直撃不要。空中炸裂弾で十分に撃沈可能という計算。ユバールの技師をどこまで信じる?
空中炸裂の雲を前に飛行船が航路を変針し始めた。どう、何をする心算であったか不明だがイノラ・カルタリゲン号の直上経路から外れた。
海空同時攻撃を失敗させた。
敵艦隊も航空作戦の失敗を見て戦闘距離から離脱開始。
戦果。飛行船無し、損傷不明。敵艦、触雷での撃沈一、舵故障一、砲弾での撃沈二隻、小破一。
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ヴァスティオ市より南方、都市を守る防御陣地より更に手前へ魔戦軍は布陣する。
その間には無謀な突撃で死んだペセトト妖精の死体が散乱。陣地内に妖精は一人も残っていない。勝利ではなく死が目的だった。
彼等はエスナル各地で編制されたペラセンタ以外のペセトト団。当地では扱い辛さから持て余されていたので我々が引き取った。
イノラの指揮下に入った妖精達は水上都市運用員になる者と、とにかく死にたがる者に分かれた。何故そうなるのかは分からない。そして望み通りにした結果がこれだ。
物資の補給業務開始のために着岸。今まで飛行船部隊に対して無防備だった彼等に高射砲を提供。大量受注に即座に対応したユバールがありがたい。
魔戦軍に砲弾が行き渡るとヴァスティオ市への砲撃が始まる。妖精達もせめてこれに合わせて突撃すれば良いのにと思うのは、勝利を目指す我々の考え方だ。
離岸し、ヴァスティオ市の港湾部沖合いへ移動。
海陸同時攻撃。工夫を一つするため、沿岸要塞部への砲撃は夕方から行う。
トラストニエの沿岸要塞破壊時の経験則、構造解析からおおよその、ベルシア式要塞の構造は把握している。
敵要塞砲の射程は憶測の範囲。だがこちらが有効射程限界近くから撃てば一方的に撃てる。こちらのランマルカ製の大砲が性能で優れ、高所に位置する。敵の反撃の砲弾は届かない。
砲撃開始。ベルシア式の構造では上下より左右の突っ張りが強い。弓系の梁で横方向に押している傾向がある。
塔と壁の”際”を狙う。要塞砲の威力が作るはずの壁の破孔は小さく、”際”に命中してもやはり小さい。しかし”際”の破壊が続くと、連鎖的に壁が支えを失って崩れ落ち始めた。
直撃を受けて破壊されていない箇所でも内部構造が露出を始める。壁裏の、弱点の柱も見えてきた。
着弾、爆風、瓦礫の雨から遮る物も無く生身を晒す砲兵が潰れる。
直撃しなくても強度を失った床が崩れて砲台から大砲が脱落。階下を潰して連鎖崩落。
柱を圧し折ると大きく倒壊。自重を支えきれず下層が潰れ、上層が橋のようになってから振動で落ちる。
トラストニエと違って必死の抵抗を覚悟した砲兵が入っているので完全に砲台が沈黙するまで砲撃続行。中身があるなら復興がどうのと考えている暇は無い。
日暮れに差し掛かる。
砲撃を続け、遂に沿岸要塞の沈黙確認。
日没間近。
イノラ・カルタリゲン号はヴァスティオ市に接近。こちらへ砲撃する砲台が市内に認められたら即座に反撃を加えて破壊。しっかりとした台場に無いような大砲に撃ち負けることはない。
これから衝突はしない。津波もやらない。ヴァスティオ復興に時間を割かないようにする。そういう考え方が出来る段階と判断。
イノラ・カルタリゲン号自体も頻繁に衝突、津波をしてはならない。
水上都市にも新旧、型違いがある。新型のモカチティカを始めとした都市は部品交換程度で再衝突が可能らしい。旧型は一度の衝突で航行不能なくらい構造に歪みが発生する。
この合体連結水上都市には新旧の型が混じっている。カルタリア近郊で一度、浜に衝突したが再出航まで修理期間が必要になる程だった。
津波程度なら修理は短期間で済むが、二度三度と続けると複雑な構造がどう壊れるか予測が出来ない。巨体の急停止はそれだけで強い。
夕暮れが空の端。ヴァスティオ市に十分接近したところで、中世から構造は変わらない遠投投石機を屋外に出して、まずは石に油を浸した布を巻いて縄で縛り、点火して火炎石弾を市内に放擲。
燃える石弾の着弾位置から海ではなく、港に落ちる位置になるまで作業を繰り返す。観測射。
市内に届く距離に至る。火炎石弾の次は用意した石猫を放擲。中には苔むして草花、きのこが生えている個体まであるが動作する。
各廃棄水上都市を漁り、回収した石猫の数は一千体以上。太陽仮面の体力を考え、まずは四十体。
一千体は多いが、実は貴重。幾つか新造中だが、職人の手で出来上がるまで芸術作品並の手間が掛かって、一体で半年弱と見込まれる。数百年掛かりで溜め込まれた兵器には畏敬の念が生じる……もしかしたらもっと手間の掛からない製造方法もありそうだが。
火の灯りに照らされても目立たない石猫は市内へ着弾。暗い市街地に入ってはほとんど視認不可能、走る影になって浸透。
敵兵の発砲する光が少し見える。対策を閃いたか、砲撃対策に灯火管制されていた市街地に照明の点火が広がっていく。
明るい火の灯りと夜の濃い影、忙しなく動く人影、低姿勢で素早く動くためか視認困難な石猫の影。
石猫によるほぼ一方的な展開。噛み付きは容易に人体欠損、前足打撃は骨まで落とす。素早く身軽で壁走り、木登り、屋根の上には助走無しで一跳び。
敵兵は小銃が役に立たず混乱。重小銃なら至近距離直撃で有効弾となるが走り回って容易に的にならない。手榴弾なら肉弾突撃で何とかなり、投げたら爆発位置には既にいない。それが四十体、群れを作って複数連携。見通しが効かない市街地である。
運用員のペセトト妖精達が楽器演奏を始める。そして、手空きの者達は足踏みしながら曲げた指で宙を掻く……オスルンの踊り?
『ぼっ、ぼっ、ぼっ、ぼっ』
士気が上がりそうな声掛け。死ぬために突撃しないでくれと思う。ペセトト妖精の勢いならば、溺死も構わず海に飛び込む。
「イレキシ、これは」
「応援してる……いや、分かりました」
「なんだ」
「たぶん即興ですね」
「本当か」
「一応イノラに聞いてきます」
敵兵による火薬樽を抱えた自爆特攻での破壊が目立つ。石猫の素早さと頑丈さを考えるとあれが今の最適解。
それから石猫の行動形態として、屋内に逃げ込んだ者も扉を引っ掻いて、壊れるまでしばらく粘る動きが見られる。執拗さは脅威だが、広範囲を制圧して欲しい時には不要な性質だ。
「アリル卿」
「どうだった」
「即興でした」
石猫を追加で六十体放擲させる。稼働はするものの、出来が数百年前に見える古い個体を優先。
■■■
夜戦、戦闘時間経過中。
市街地沿岸部から敵も石猫もいなくなってきた。戦闘地域が奥の方へと狭まり、目視困難な距離へ。
天力傭兵団を載せた短艇を、都市上から起重機で下ろす。櫂を漕がせて上陸させる。
彼等を先行突入部隊とし、そして石猫回収からの突入合図担当となることは、エスアルフ殿も”街で分捕った黄金全部をくれてやりたくなるような働きを見せてくれ”と承諾。
港に揚がった東方傭兵達に向かって一部の石猫が駆け寄って――まずいか?――何度も跳ねて注意を引き、振り返りながらこっちに来いという素振りを見せて駆け出した。細工を凝らしたとはいえ、石があの振る舞い……魔術が遊戯のようだ。
空に、赤い光点が増える。星ではない、まるで気付かなかった。
飛行船団による夜襲。船体は容易に見えない。
「警鐘鳴らせ。対空最終防護射撃」
「対空最終防護射撃!」
鐘が鳴る。オスルンの踊りも停止、運用員の自覚ある妖精達は一斉に持ち場へ走る。鉄帽を被り、必要が無ければ必ず屋根の下に隠れる。
集束焼夷弾、親弾から分かれた子弾が落下傘を開いて無数に降って来た。夜空にいるだろう飛行船団は、降下中に燃えた焼夷弾の灯りでようやく船体下部を見せる。
高射砲、対空最終防護射撃開始。あらかじめ、この範囲、航路で敵が来るだろうという位置に設定した諸元を使って弾幕を張る。
速射性と射程と弾速に優れた中口径砲弾が空へ上がり、空中で炸裂、爆煙が見た目通りの幕を結成。宙に散った破片が都市上にも弾丸のように、雨のように降る。
きっと魔戦軍の将兵達にも穴を開けているに違いない。
爆撃というのは地上にいる者が想像するよりも繊細だと考える。少しでも自己と対象の軸線がずれたら当たらない。
上空で火が咲いた。一隻撃沈、大火球になって音を上げる轟沈。燃える破片が広がって落ちる。爆弾投下前の飛行船を破壊した。
落下傘付きの焼夷弾がイノラ・カルタリゲン号と周辺の海面に落ちて爆ぜて炎を撒き始めた。海上でも液体燃料によってしつこく燃え続ける。
要塞砲の砲弾に燃料が降りかかり、一部で誘爆。
大元の弾薬庫、中間地点の弾薬集積所、要塞砲の傍に置いてすぐさま装填出来るように置かれた少数の砲弾と、その位置は三分してある。
焼けて誘爆したのは外にある少数。それでも砲台毎吹き飛ばして砲身が転げ落ちて二次被害続出。砲弾は一度、全て内部の弾薬集積所へ移動するよう指示。
消火部署発動。トラストニエ攻略前に受けた時は、海水を浴びせると燃料が広がってかえって火災を悪化させた。
小さい火は濡らした毛布、毛皮で覆う。大きな火は火掻きの鉄鋤で細かく分けたり、海面や不発弾処理孔に落とす。特に利用していない区画に掻き集めても良い。石が過熱して内部まで熱している可能性のある個所は、燃料を飛散させないように海水で冷やす。
飛行船をまた撃沈。飛行の速度がついたまま、斜め下へ落ちるよう、空中で分解しながら海面へ落ちる。大き目の落下傘を複数確認。脱出した乗員か。
焼夷弾に混じって煙幕弾も炸裂し始める。初撃で火を撒いて都市、海面上を照らし、狙って投下し始めた。
煙幕弾の処理も始まる。防毒覆面の装着始まる。基本は防火処置に準じるが、白煙が広がって火の灯りを反射して周囲の暗闇がまるで見えなくなる。相乗効果で目くらまし。
イノラ・カルタリゲン号、これで射撃能力が著しく低下した、ということは。
沖合、水平線に向けて水上打撃戦用意。今は一時焼夷弾の投下が止んでいるが、また再開する可能性は大きい。かなり効率は悪いが、要塞砲の射撃は一発毎に弾薬集積所から運ばせることになる。石の屋根付きの砲台ならその手間は無いが、火力重視の砲配置ではどうしても露天が多くなる。
視界の悪い中、灯火管制中の敵艦隊が思ったより近くで、横陣を組んでいた。そして一斉に艦砲射撃開始。命中弾多数、流石のこの巨大都市でも揺れを感じる。
ここまで戦艦に接近されるまで気付けなかった。
石猫を内部で起動させる。海上戦闘といえば移乗戦闘。都市規模の乗員を制圧出来る人数を送って来られるかは分からないが、機能を低下させられれば勝機はあるように見える。
対空最終防護射撃が、いるかいないか分からない上空を叩く中、はっきり存在すると分かった敵艦隊と水上打撃戦開始。こちらの命中率は、先の海戦と打って変わって悪い。あちらのは良く当たる。有効弾は少ない。この都市の外殻部分のほとんどはただの広場、倉庫でしかない。外壁が崩れて、破孔が見えて、そこに榴弾、煙幕弾を集中させても中核には届かない。砲台一つを破壊してそこに集中しても、内部は隔離構造、被害は浅いところで止まる。
敵艦隊の横陣、そこより奥から発砲の光……都市中核部に着弾。臼砲か? ほぼ初撃で当ててきた。
しばらく中核部に砲弾が降る。真上から降っているというより、高めの弾道。舷側に並べた蜂の巣のような艦砲とは別物。
そして敵艦は照明弾を打ち上げ、艦砲射撃停止。
上空に飛行船団が再び飛来。無駄打ちになっていたかと思った高射砲の弾幕に一隻が接触、破損して墜落を始めたことでようやく視認。
今度は艦砲に比べれば小さな榴弾と、雨のような機銃掃射を受ける。露天の要塞砲が無力化されていく。どこからの攻撃か理解が一瞬出来なかったが、空飛ぶ小さな戦艦のような装備の飛行船が、高度を下げて降りていた。高射砲の弾幕より下を潜り抜け、こちらに舷側を向けて旋回中。
加えて爆弾ではなく巨大な落下傘が降りて来る。高射砲の時限信管弾幕を潜り抜けた個体が都市上に着地。
巨人兵器、装甲機兵は杖を持って着地姿勢を制御して投げ捨て、背負っていた落下傘が伸びる鞄を千切って脱ぎ、股間にぶら下げた機関銃を手に取り連射。要塞砲を操作していた妖精達が弾け飛ぶ。飛び掛かった石猫も、撃たれれば身体を損ねてまともに動けなくなる。
「諸卿等、出番だ」
自身の一党には一人もいなかったが、亡きアルブ=アルシール殿の配下には虫人騎士達がいた。
部外者には迷路のような通路、外縁、出入口を進んでは隠れ、ねじれの合成弓を構え、貫き矢を番えて射る。装甲騎兵の胸に当たれば崩れ落ちた。背中に当たれば蒸気が噴き出すこともあれば、同じく崩れ落ちることがある。腕や脚のような致命に至らない箇所に当てる未熟者はいない。
倒れた装甲機兵の胸からは人の赤い血が流れ出ていた。操縦員の手足はどうしたのかという胴の小ささだが。
他に、要塞砲の空砲の直撃を受けて弾け飛んだ装甲機兵もあった。壊れはだけた胸部装甲からは肉と骨と腸も見える。無人ではないようだが、人間だろうか。
装甲機兵の空中挺身は中々、おそろしく感じたが敵もそうそう投下する数がいなかったようだ。二十程度の落下傘を確認して、着地に成功した機体はその半数。この階段上の都市構造は大層降り辛かっただろう。転げ落ちて変形し、武勇を示すことも出来なかった敵機兵が階下にいる。念のため、胴や背に貫き矢を射込む。
「新しい武器故気の進まない者もいようが、擲弾矢をあの射撃型飛行船に使う。各々方、よろしいか」
帝国連邦式擲弾矢を参考にした物ねじれの合成弓に番える。矢柄を鉄製にして強度を上げ、中空にして出来るだけ炸薬を詰めて威力を増したもの。鏃型擲弾の安全金具を抜いて接触信管を有効にしてから放つ。
射撃型飛行船までの距離、中々遠い。速度も速い、慣れない標的だ。
一射目は外れたようだ。一度、飛ばし矢に薬を付けて点火して火矢としてもう一度――弓の腕が狂うのでほとんど使わないが、風の魔術射で誘導して――飛行船へ放つ。船尾方向へ流れた。先読みの程度は分かった。
擲弾矢は飛ばし矢より重たいことを考慮して、先読みの度合を強めて術矢を放つ。飛行船体から炸裂確認、撃沈ではない。
諸卿達と擲弾矢を釣瓶で放つ。飛行船体からの爆発多数確認、大砲が止まり、機関銃が止まって装備の脱落が確認され、気嚢の破孔著しく高度低下。着水。
敵艦隊との間で再開した水上打撃戦、空からの妨害で中々有利に進んでいない。こちらもあちらも火の手が上がっている。弾薬集積所に敵砲弾が跳ねながら転がり込んで大爆発を起こしているのも確認出来た。そう簡単に甚大な被害も振動も起きないイノラ・カルタリゲン号に乗っていると、普通の船なら大破するような被害に見舞われても焦りが少ない。
煙幕弾処理と爆風で煙が少しずつ晴れて行き、今度は小型艦艇が、敵主力艦隊横陣を突っ切って接近中。
小型艦艇は火箭のようなものを発射。水中に落ちて、黒い海面に白い泡を立てて推進。早い? 遅い? 都市に命中、水柱が立つ。何だろう?
小型艦艇群に向けて擲弾矢を放つ。小さめと言っても流石に海上の軍艦、命中させたがどれほど被害を出せたか。手応えほぼ無し。
一方のヴァスティオ市からは、太陽仮面の太陽のような明りが夜を照らしていた。見紛うことの無い合図。
石猫の敵兵掃討も早かっただろうが、百体の回収も早い。太陽の名乗りは伊達ではない。
魔戦軍が砲撃を停止して、陥落した都市との間に挟まれ、孤立した敵軍に突撃を開始する。
この都市に小型艦から移乗しようとしてきた敵は、鉤縄を引っかける程度で登ることも出来ず、甲板に飛び込んだ石猫に殺到されて皆殺し。後に拿捕成功。
敵艦隊は作戦の失敗を悟って撤退。損傷艦の救助曳航はせず、また帰り道に触雷二つ確認。こちらも後に拿捕、引き揚げ。
水没した石猫は、妖精達が錘を付けた綱を海中に垂らして吊り上げた。何て作り込みだ。
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イノラ・カルタリゲン号は修理中。破損個所に対してはほぼ部品交換で対応可能。在庫が足りなければ内部を削って作れば良いという構造。都市への損傷より運用員の死傷の方が手痛い。石工技能者だけは都市内部の安全圏に籠らせていて無事。
突撃となれば水のように消えてしまう彼等が、専門家として振る舞えば金のように惜しい。
航行は問題無いが火力は大分下がった。特に独自規格の高射砲弾は対空戦闘の難しさを消費量で教えてくれる。魔戦軍から高射砲弾を幾らか返して貰おうかと検討してしまった。
制圧したヴァスティオの市庁舎でエスアルフ殿と会合。
「石猫の制圧能力は驚異的だな。似たような物は他にもあるのか? こっちで使えるようなら言うことないが」
都市内には雑品が様々あり、何なのかわからないものがたくさんある。物は、エスアルフ殿に”座れ”と言われて椅子に座って居心地悪そうにしているイレキシが出来るだけ把握している。
「イレキシ」
「似たような兵器としては木人、水晶蜂があります。木人はロシエで有名ですが、あれはどうやら本国仕様だそうです。生者のための兵器です。外界へ打って出る終末戦争には使われません。そしてあの石猫は死者のための兵器らしいです。性能差ではなく、宗教哲学によって使い分けます」
「水晶蜂は?」
「口にするのもはばかられる、ようです。尋ねると口を塞ぎます」
「面白い物を見せられると欲しくなるものでな」
エスアルフ殿が副官の猫頭獣人の尻を触る。「ンニッ?」と手が叩き落とされる。
「そう、面白いと言えばイレキシ・カルタリゲン、お前の症状に近いものが山で確認されている。何やら、同士討ちを誘発する術らしい。都合良く記憶を消す、いや閉じるか、変える。相手の頭の中身を理解して一斉に、ある程度思惑通りどうこうしているのなら術者はとんでもない脳みそをしている。術の力が凄いからでどうこうなりは、俺の見識内なら不可能。人間、元人間程度じゃ無理だな。きっと酷い見た目の化物がいるはずだ」
その三眼蛇頭に手を当て、握って開いて、その変な頭に更にもう一つ付いてるような変な生き物だろう、とやる。
「イレキシが天政で見た大天使、目玉とやらかもしれないな」
イレキシがこめかみに指を当てる。術の後遺症か?
南スクラダ山中に陣地群を構える難敵の情報が入っている。
マリカエル修道院から魔王軍の進軍を停滞させた名将ランスロウが指揮する独立戦略機動軍と判明。海を渡っても対峙することになった。それにその酷い見た目の化物が付いている。更に難敵。
彼等に対するのはギーレイ傭兵団のガロダモ、ニクールが筆頭指揮官になり、兵力二万でランスロウ軍を攻略中だ。ギーレイ族を主力に、山アレオン人、他高地出身部族で固めた山岳兵で構成。あちらでも死ぬために先行していたペセトト妖精は全滅らしい。
「天力傭兵団、ヴァスティオでの活躍にはどう思われました」
「大変結構。都市の中に奪う物は、武器弾薬ぐらいしかなかったが、報酬の上乗せをお前の銀行でなんとかしておけ」
「勿論。それで彼等には石猫を預けて、ここから山に登らせてはと考えています。無茶なことをやるのが彼等の仕事。その覚悟があります。化物の術とやらは石猫に通じないでしょう、おそらく」
「そのまま山から下りてクニザロの裏面まで突かせようか。副王とやらの鼻を明かせる」
「エスアルフ殿」
「不敬か! あの……うっはっはっは。お前がもう少し腐ってきたら奴の話をしてやろう」
「話を変えます。西岸路の次の主目標は、ネーテルロ市。フラル軍南方防衛の最大拠点。確実にヴァスティオ市以上に強力な要塞都市です。ロシエにとっても東岸、西岸路へ兵員物資を供給する一大拠点でしょう。ネーテルロではヴァスティオより遥かに、そこで足止めを受けた時の被害が予想されます。彼等も今までのような後退はそこまでにして最大限の逆襲を計っているはずです。攻め落とす場合は緊密に連携しましょう。陸海、それと言うなれば空軍の規模は比較にならないはず。訓練中のランマルカ式艦隊を待つ必要もあると思います」
「変えた話が建設的で友好的で好戦的だな。流石は騎士の鑑、アリル卿。だがお前の仕事は丁稚坊主のように読み書き算盤だ。とっとと副王に物を運びに行け」
エスアルフ殿が副官の猫頭の尻を触る。「シッ!」と手が叩き落とされる。
■■■
トラストニエへ帰還。航行速度は微減、喫水線微上。注水で平衡調整。損傷で石の浮遊能力が減じている。
岸壁では東岸路の兵站責任者エスルキア卿が事前に副王軍、旧南大陸軍へイノラ・カルタリゲン号で運ぶ分の物資をまとめていた。
魔戦軍に比べ、副王軍はイサ帝国義勇軍と合わせても兵力は五万程度、四分の一。
だが南大陸領土をイサ帝国へ売り渡した結果、入植出来なかった者達が大勢いる。代わりにこちらへやってきた入植者は十万以上。続々と今も、危険な海域を渡ってきている。送る物は民生品が西岸より多い。
「アリル卿、副王殿下への補給が終わったら一度カルタリアへ戻っては頂けないでしょうか。旧南大陸軍の後発組が乗り組み待ちをしております。戦中に成人した若い新兵、傷病療養から復帰した古参兵です。このトラストニエから陸路で進んでは……いえ、計画から逸したことでした。忘れてください」
「はやる彼等を航路ですぐさま前線に送りたいのは理解出来ます。土地も無限ではありません。通商破壊戦の中で普通の船に乗せるのも、鍛えた戦士が何も出来ず水没するかもと思えば心が痛いでしょう。正規兵不足が嘆かれているのなら人数にかかわらず送るのは考慮すべきです。私もヴァスティオでは騎士達がいたお陰で危機を凌げた。そうですね、要塞砲、高射砲を運び込む時なら、水没と拿捕は絶対に避けたいですからその輸送時なら機会として合うかもしれません」
「お心遣いに感謝します。話を聞くに、血を流して得た土地も得られず、しかも海の向こうで待つだけなどいたたまれず」
エスルキア卿、虫人騎士でありながらこの感受性の高さ。本当に若い。職責が無ければ何かと世話を焼きたくなるものだ。
「時にエスルキア卿、イノラ・カルタリゲン号が去った後の通商破壊戦の影響はどうですか。被害報告は見ました、船員達からの肌感覚でも、何か得た話を聞いておりませんか」
「はい。報告の通り被害は減少しておりまして、荒天時にも獲物を狙うという行動が一切見受けられていません。艦隊全体で命令を出して人員物資の消耗を抑制しているようです。それから北西方面へ向かう敵艦影の照合結果から、どうやらフラル艦隊は当海域を離脱して半島の北、東岸部に移っています。水上都市による攻撃が影響しているでしょう」
「ペセトト帝国に感謝の意を表せるのなら、したいところです」
「同意します」
■■■
東岸路沖を進む。小規模ながらこちらを監視する艦隊がある。同型艦で揃えられていて完全な蒸気推進式。帆が無いのにその働き様は外洋艦。
その艦影は細長くて大型、高速戦艦と推測。記録に無い艦影から新型。甲板上に装甲板つきの砲台が前二、側面一ずつ、後二という配置らしく、ランマルカからの情報で伝わっていた回転砲塔搭載型という艦種なのかもしれない。対水上都市仕様であろうか? 通常の対艦仕様だろうか? 通商破壊戦に専念されたら大分苦しいことになりそうだ。
敵の進化は不気味だ。相手からすればこちらもそうかもしれない。
東岸路は西岸路程に道路整備は進んでいないが、農村部の復興は各段に進んでいる。放棄されてしばらく経ったわけでもなく、ベルシア人が逃げた先に入植民が滑り込んだ形だ。この秋に、他人の植えた作物の収穫までしている。超長期戦になってもこれらが策源地になる。
副王軍が包囲しようとしているクニザロ市の手前へ到着。
副王軍陣地とクニザロ市の間にまたペセトト妖精の死体が並ぶ。我々の主観で無駄死にと言ってしまえばそれまで。
沖から敵艦隊が突撃してくること、山の方から飛行船団が飛来することを想定して要塞砲と高射砲に妖精達を配置し、副王軍が誘導する砂浜へゆっくりと着岸。
補給物資を下ろす。食糧が詰まっている箱を下ろすという指示を出した時の、浜の作業員達の明るくなった表情から食べ物に苦労していた様子が窺える。
珍しいと思った姿としては、イサ帝国義勇軍の鬣犬頭獣人が真面目に荷運びをしていること。彼等が心底不真面目とは言わないが、指揮官であるマーリー・ロンゴロン将軍はカルタリアでの準備作業中では不真面目だった。我々にとっては扱い辛い人物だったが、副王殿下ならば問題無いようだ。
砲弾が供給され、沈黙していた副王軍の大砲が発砲を開始する。
高射砲を下ろして使い方の説明をした時は大層喜ばれた。こちらも西岸路と同じく弾薬を飛行船に焼かれて困っていたのだ。
エスアルフ殿に、お前は物資輸送が本業だと言われたことで確信が揺らいでいる。
副王殿下に謁見する。サビ副王号は改められ、固有名を冠さぬ副王となられた方。新生エーラン誕生の経緯、忙しさから公の場で姿を現して演説するなどは、サビ砂漠以南でしかされていないはず。
「任務ご苦労、アリル卿」
「は」
その姿は、我々虫人奴隷騎士を蟻と称するのならば、殿下は蠍である。魔王陛下のご血縁なのか、ただ優れた司令官なのか、自分には分からない。
「ヴァスティオ陥落の報はお聞きになりましたか」
「船からの便りで聞いた。大層な働きだ。あの大水上都市もかなり痛手だったらしいが」
「はい、ですが復旧しております。クニザロ市でも相当な支援、可能ですが」
「砲弾はこちらの要求量通りか」
「はい、欠品ありません」
「では結構。大水上都市は大事にせよ。その能力は唯一無二、地上の軍のように代わりが効かない。今の時点で、水上都市の保全に対する懸念があると思うが」
「は。我々のイノラ・カルタリゲン号を追尾して監視している敵艦ですが、帆走能力を排除して回転砲塔を搭載した高速戦艦だという見立てが立っております。今までの海戦記録には一切無い新型です」
「では慎重に行動せよ」
「は」
「他に耳新しいことはあるか」
「一つ、天力傭兵団が西から山を登ってこちらに降りる予定を立てております。厄介な山岳陣地、ランスロウ将軍の軍に何かしら痛手を負わせるものと」
「それは勇ましい。傭兵の身分から取り立ててやるべきか、人柄はどうかな?」
「信念の強い者達です。新大陸西岸の家族の下へ送金することを、捨て身で考えています」
「それは、取り立ててやるなどと、直接言わずに済んで良かった。報酬は何で払っているのか、金か?」
「はい。それから東方との通商に重きを置いているようで銀も。遠征の最中にある彼等に持たせても困らせますから今は銀行振り込みが一番でしょう」
「こちらに窓口があったか」
「我が社はランマルカと通じております。新大陸はあの妖精達の縄張りです」
「手広いな。魔神代理領内も越えて大洋を紙と筆で越えるのか」
「あちらから製品を買うのに便利で作ってありました」
「騎士も算盤の時代か。その昔なら、貧すれば主人の領地すら略奪したというのに」
「かなり昔の振る舞いですね」
「そうして追放された馬鹿もいたのだ。大分、気分は良かったがね」
副王殿下の出自を探るのは仕事ではない。
「山といえば、天使が出るらしいな。天の神が遣わす御使いではなく、神聖教会が仕上げた醜い化物。突然同士討ちを始めるような強力な術を使うのだが、何か知っているか」
「はい。エスアルフ殿も把握しております。我が社の社員の一人も、天政で記憶を改竄された経験があり、エスアルフ殿が治療して下さった時に、大天使と目玉という言葉を当人から引き出しました。また見立てでは、集団すら記憶を改竄出来るような術者となれば、人間の脳みそ程度では不可能ではないかと推測をされていました。異形のはずと。まず、関連性は濃厚かと」
「ペセトト兵が混乱しても我々の目では異常か分からなかった。彼等もいなくなって受けて、大分困ったことに一度なった。一度に軍一つ丸ごと潰す能力は流石に無いようだが、回復と再発動の間隔が全く分からない。とにかく、全軍留意しなければな」
「は。新情報あれば追って」
「そうだ、敵の捕虜の話になるが、ここから北の方に着岸して廃棄された水上都市が一つあるらしい。無理が無ければ使ってみるといい」
「ありがとうございます」
■■■
廃棄水上都市を一つ曳航し、トラストニエへ帰還した。休暇が必要だ。妖精達は相変わらず暇を見つけては奇声を上げて駆け回って、この腕にぶら下がって、フナムシ合戦などして元気に見えるが、突然心臓発作を起こすような死に方をされてはたまらない。
西岸兵站責任者であるイッスサー卿がまとめた、魔戦軍向けの物資だけは積み込んでおく。生鮮品は除外。
「アリル卿、新しいアレ、どう使います?」
「そうですね、違う仕事をしている人間から思いもよらぬ案が無いかと。イッスサー卿、お聞きしても」
「うーむ、都市の単独運用は敵艦隊が水上都市破壊方法を習得済みであるから困難、ですね」
「はい。新型艦艇が旧型を大きく上回る射撃能力を有していれば尚更です」
「浮き砲台、曳航式移動要塞。要所、岸にひっつくように人間の砲兵を乗せて置いておきます。小規模艦隊程度は寄せ付けなくなりますし、病院にも宿泊所にでも何でも出来ますね。こちらが逆襲を受けた時にいきなり要塞都市を横づけなんてことになれば、やられた方はたまりません。妖精の運用員がいなくても問題無いでしょう。ん、もしかして手入れが無いと沈みますか?」
「浮くだけなら問題ありません。大砲と砲兵が手余りになってくるようなら良いですね」
「トラストニエ砲術学校。宮殿跡地にどうでしょう。基礎工事跡がそのまま使えそうなんですよね」
「なるほど、しかし」
「しかし?」
「対ランマルカの負債がそろそろ、どうしても気になってきました」
「そんなことっ!? それは勝ってから悩みましょう」
「ごもっとも」
算盤を頭の中で弾いてしまった。亡きアルブ=アルシール卿に笑われるな。
長い戦いになる。
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