第519話「皇太子」 エルドレク

 地代は一日十万発と二千人なり。

 陣地を分捕るにも砲撃。突撃部隊が倒れる。砲弾暴発。毒瓦斯蔓延。

 陣地を維持するにも砲撃。待機部隊が潰れる。地下坑道戦。地雷発破。

 陣地を下げるのにも砲撃。殿部隊が潰れながら敵追撃部隊に殺される。同士討ちは当たり前。

 互いの砲兵陣地を有効射程に入れようとして常に撃ち合う。陣地転換のためにも別地点から砲撃。

 ベーア帝国軍が使う道は焦土悪路、河川水運はほぼ麻痺状態。遠路遥々送られてくる砲弾は管理状態が最悪。化学砲弾の瓦斯漏れ、無毒化は日常。暴発頻度は榴弾と同じだが、発射圧に弾頭が耐え切れず瓦斯漏れすることがある。

 帝国連邦軍は整備された舗装路、計画洪水と渇水の時期に合わせた河川水運があり、輸送距離も短い。暴発事故の程度は分からないが、不発弾の少なさは着弾跡の検分で分かる。

 一応中立国であるマインベルト経由の補給も帝国連邦軍は受け取っている。軍事支援ではなく単純自由貿易の結果としてだが。

 奴等は一連の後退を計画後退と呼んでいる。計画的に、あの敵陣地には大量の物資が集積されていると考えられる。そこに備える塹壕線も地上四重層は当たり前、地下にも二層あると見積もられている。もしかしたら今尚拡張中。

 先の聖戦終結直後から名を上げてきて”何でも出来る”とまで言われる妖精将軍ラシージが守るレチュスタル線は固過ぎる。マインベルト領内を侵犯する作戦は、腹案として一応用意されている。

 そして自分は、敵の砲弾が届きもしない後方陣地で”前線”視察中。案内の士官が「こちらは危険ですので」「あちらには行かれない方が」と赤子のような扱い。

 人狼、印術を施した”狂戦士”の集まり、その特別作戦軍の連絡士官をしている、前線に出せない皇太子殿下は赤子同然か。

 父が自分の歳の頃は斧を片手に最先頭、だったそうだが真似出来ない。父は銃弾も無効化するとんでもない術が使える。それにしても現代では単純に火器が発達し過ぎて今ではおいそれと出られるものではないらしいが、この前のエーレングレツァの戦いで敵陣中央突破をやっておいて……。

 自分に才能があったら……伯母ヴァルキリカに有り、大叔母アースレイルに若干有り、父に有り、伯父ダンファレルに有り、大叔父ファルケフェンに有り、母に無し。

 何か無いか? 術の発現は突然、偶然、閃きに近くて何とも言えないらしいが。日常的に術の行使を見学していると目覚めやすいとも。魔神代理領の教育法は知っている。

 特別作戦軍の者達の術だが参考にならない。戦って、全力で術を使っているところを見たことがない。皇太子エルドレクに戦場はご法度。

「殿下、そろそろ場所を」

 この近くではないが、砲声が畳みかけるように、間断無く地響きを伴ってくる。

「うん」

 鉄道本線が西側から”縦に”引き込まれており、これから軽便鉄道などに分岐して各陣地後方の倉庫に直結する。今回はこれを南北”横に”広げて専用の操車場として拡張中。

 大口径砲と一体になった鉄道車両、列車砲が進入してきている。独立していなくなったシルヴ元帥用と目されてきた”大元帥砲”も導入されると聞いている。

 馬と台車ではとても運び込めない、分解して運んでもそれでは手に余る鋼鉄塊。蒸気機関式起重機まで使って組み立てが始まる。どれだけ時間がかかるのか、番号が細かく指定された大量の木箱の中に螺子類が山盛り。

 自分が安全だと言われていた後方陣地も列車砲陣地に転換中。今現在、砲兵陣地に並べられた榴弾砲の数々より遥か遠方に巨大な砲弾を送り込み、ラシージ軍を叩きのめす、はず。その光景を見ることは叶わない。

 列車砲を固定、安定させるために衝撃吸収材を地面の間に噛ませて支脚を広げ、大口径砲身を支える砲台を組み、極大射程に対応する照準装置と間接照準のための観測部隊を展開する姿も見られない。

 大口径砲弾が暴発して列車砲ごと吹っ飛んで頭の上に鉄が降ってくることも無いだろう。

 自分はきっとこれだけで何か、勲章を貰えるに違いない。他人の功績を背後から掠め取り続けている。亡き叔父リシェルのように、下手に打って出て死ぬのも間違っているわけだが。

 特別作戦軍の宿営地へ寝に戻る。


■■■


 朝、目覚めると重たい。寝返りも打てない。

 布団の裏と一緒に乗っかっている人を蹴り押しながらなんとか這い出す。

「エルくんおはよう」

「ババア重てぇんだよこら」

「んふ」

 大叔母と言われているアースレイル。巨大な毛むくじゃら、犬でも人でもない人狼なる化物。人間からどうやってこんな痩せた熊、狼二倍みたいな体になるのか分からない。”聖遺物”がどうのと言っていたが、”魔神の本物”でも飼っているのか? 馬鹿みたいな話だ。馬鹿みたいな姿をしているわけだが。

 父は詳細を知っているようで、この大叔母も伯母も本人と認識している。魔族なる異形の化物が古くから存在していなかったら何か、邪教か薬物に操られている気分になる。

 起き上がって布団を確認、毛だらけ。中が毛だらけにならなくなって、後頭部が涎でベロベロにならなくなっただけマシ。

 起きると全身入れ墨の女性兵士というか陣中の下女代わりの、古教の巫女がやってきて水を満たした洗面器を持って来る。外に出て洗顔、口を濯いで草地に吐き出し、洗髪。頭の水気を舐めて取ろうとする大叔母を押し退けて、手拭いで頭を拭く。珈琲の匂い、受け取って啜る。砂糖と牛乳入り。

 他の常人部隊と一線を物理的に画して野営地を築いている特別作戦軍の、人狼と入れ墨兵士達の朝。彼等は軍服を嫌がり、夏場は一層着たがらないようで裸の者が多い。下のブツがぶらぶら動いている。人狼のアレ、機能するのか?

 屠殺される獣の鳴き声がきっと他所より激しい。少なくとも幼年陸軍学校の厨房の裏手よりは騒がしい。並の業者よりうるさい。

「殿下これ美味いっすよ」

「おう」

 豚皮を油でバリバリに焦がして焼いた物を貰った。こういった物は下賤が食べるものと最近聞いた。宮中で食べたことはない。

 大叔母は大体、暇さえあれば背後からずっとついてくる。

 心配らしい。このイカれた見た目の連中を前にしては、着任当初は頼もしかった気がするが今はうるさい。

「今日は何するの?」

「連絡士官は連絡待ち」

「んふん」

 うるさい。

 下女代わりの巫女に目配せ、司令部の天幕を指差し、朝食はあっちに持って来いと指示。本来なら宮殿から男の本職を連れて来るところだが、下手な常人をこの陣中に入れると何の事件が起きるか予測出来ないのでこの通り。

 皇太子の自分でも最初はからかいの声が掛かって、大叔母がそいつを捕まえて雑巾みたいに絞ったことがあったぐらいだ。

 ここはちょっと作りが特殊で、司令部天幕は陣の外枠に位置する。陣内に立ち入ることなく他の常人部隊の人員が出入り出来る仕組み。最近は無いらしいが、原型になる部隊が出来たばかりの時は伝令や軍属の者が行方不明になったこともある。そういうところだ。

「おはようございます!」

「おはようございます」

 人狼が多い司令部将校等から挨拶を受け、自分の席に座る。

 上官から先に挨拶された。扱いはやはり皇太子。何か、こちらから遠慮したり訂正したりすると面倒なのでそのまま受け入れる。

 一応、ここの司令官である大叔母も己の席につく。人狼の席は背もたれ無しの巨人仕様、ビプロル型。

 朝食を食べながら「あ……」と外側出入口で化物の面を見て、絶句して動けなくなる他所から来た伝令を相手に「ご苦労様です」と言って応対。文書を確認して司令部員に配って回る。こんな仕事は直ぐに終わる。

 特別作戦軍、忙しいとなれば強行軍で駆けずり回るのだが、このレチュスタル線攻略に配置されてからというもの未だ出番は無し。作戦の決定的な時に、玉砕を覚悟で敵陣に突入することもある。ベルリク=カラバザルを殺せるかもしれないという時にはそうした。

 伝令から受け取った文書の中にあった、自分向けの物を読む。ファイルヴァイン市に設置されている参謀本部支局へ出頭せよとの命令と、署名が空欄になっている休暇届け、列車の予約券。

 頭に血液が回る。怒りだろうか。誉れあるアルギヴェン、海の勇者の末裔が”紙回し”の上、手柄無しで最前線を前に下がって来いと文字だけで言われている。

 自分のこの態度、体臭の変化を察して大叔母がやって来て頭から脇まで嗅ぎ出す。

「マーちゃんの結婚式には出なさいってことでしょ」

「分かってます」

 マールリーヴァの準備はもうそろそろ終わる頃か? 父の出征には合わせなかったと聞いた。急ぎの間に合わせは縁起が悪いとか。

 予約券の日時、本日昼前……外行きの用意して、軍服に付いた毛を取っている内に時間になるじゃないか。

 休暇届に署名して大叔母に差し出す。

 幼年学校の時は、他から特別扱いされないようにと配慮されてシゴきは過分に厳しかったはずだが、これでは何か、意味があったか?


■■■


 ファイルヴァインへの道中、列車が急停止。身体が勢いで持って行かれるのは足で対面座席を踏んで堪える。

 職員が動き出す。常人の護衛、直近二人の内一人が「見てきます」と言って立ち去り、戻って来た。

「線路が歪んでいるので修理するまで待機です」

「歪むもんなのか」

「枕木がずれて、その上を他の車両が通過した後らしいです」

「へえ」

 突貫工事の弊害らしい。鉄道鋤で線路を破壊し、川の流れを変えて流水を当てて土台から根こそぎ壊す、という工作がされた後にしては上出来なんじゃないかと思っている。

 電信員が修理車両を呼んで、他の車両の運行休止を打信しているのをちらっと見てから外に出る。

 食堂車の給仕が手掴みで食べられる物を籠に入れて来てくれたので受け取って一口。

「美味い。これの五倍作って」

「はい!」

 近くに湖があるので見に行く。計画洪水の影響は無いようで、腐った魚や骨、住居ゴミに枝葉も転がっておらず綺麗に見える。線路破壊の流水跡かと縁を見ると、砂利浜の形、草花の生え方は自然。流入跡は一本あるか?

 大きな鳥が川辺で水を飲んでいる。

 渡り鳥、秋は近いようですぐではない時期。脚が長いから鶴か? 鶴? 鳥って髪の毛があったか?

 目が合った。目は二つ、女、人面。

 目が合ったまま。横に傾いた。髪が下がる。

 何だ?

「殿下! 殿下! 離れないで下さい!」

 護衛二人が駆け足でやってきた。更に離れて警戒するもう二人は狙撃兵でも警戒するかのよう。そう言えば黙って出かけていた。

「ん、ああ」

 鳥は、湖面に波紋を残し、いなくなっていた。実在した。

 護衛は過保護だと思いながら車内に戻り、淹れたばかりの熱いお茶を貰う。食事も五倍。

 何だ、鳥、人面? 異人種?

 あの目が脳裏から離れない。怪物、お化け。

 便所に行こうと思って立ち上がり、護衛が付いてきて、扉前で分かれて個室で一人。

 座った便座が冷たい。

 首が震える。

 こわっ! 何あれ気持ちわるっ。


■■■


 線路の修理工事が手早く終わる。少し進んだと思ったら待避線にて、最優先にされる列車砲の通行列を待った。砲身が異常に長いやつで、あれが大元帥砲かもしれない。

 途中で給炭した物が質の悪いところだったせいか車両が不完全燃焼の煙に包まれながら、車窓を締め切った暑苦しい車内を我慢しながらファイルヴァインに到着。

 かつては消毒のため立ち入り禁止と言われたこのエグセンの都に入り、参謀本部支局に向かう。

 本国イェルヴィークに参謀本部があっては情報の取得、発信に時間差があり過ぎて作戦に支障が出るとのことで、市内のグランデン大公別邸に支局が開かれている。

 威圧感のある建て構えや看板、衛兵に今更緊張する育ちでもないが、気になることがある。

「この服、獣臭くないか?」

 護衛が自分の軍服を嗅ぐ。事情は察しているので躊躇しない。

「いえ、ん? いえ」

「何?」

「男じゃない匂いがしましたけど、うっすら」

「女遊びしてるみたいじゃないか」

「食堂で食べてから行きましょうか?」

 参謀本部支局の食堂で食事。護衛二人を両側に置いて食べさせる。もう二人は表で待機。

 香辛料が少ない。肉の代わりに芋で量を稼いでいる。肉は肉で切り落としどころか挽肉が付け和え程度。

 食べ物で臭い消しをしたということにして、フェンドック参謀総長の元へ直接出向く。

「エルドレク・アルギヴェン、出頭しました」

「ご苦労様です」

 皇太子扱い。自分の中尉階級も飾りだ。

「ご存じと思いますが、皇帝陛下が出征なさいました。そこで妹君の付き添い相手を殿下にと、母君からの伝言になります。私のような者の口から御皇室について差し出がましいのですが、手紙ではなかったので」

 母は細々と紙に向かってマメに筆を走らせる人ではないので大体想像出来る。きっと思いついた時に駆け出し、電信所に押しかけてあれこれ騒いだのだろう。いつの間にか後方陣地に奇襲攻撃を仕掛けている帝国連邦軍の動きから考えると、いても立ってもいられなかったのかもしれない。

「フェンドック参謀総長、お恥ずかしいことをお聞きしますが、まるで逃げ出すようじゃありませんか?」

「皇太子が将校をしているのです。逆ではありません。時代も違います。エーレングレツァで陛下は大変なご活躍をされましたが、もうあの時と今ですら本当に火器の運用と規模が違うのです」

「おかしなことを、失礼しました」

「いえ」

 ルドリクはまだ、身長は十分だが顔がガキ過ぎる。頭もバカ。品性も、あー、あいつは駄目だ。あいつこそ人狼に相応しい。

 くそ、ハンドリク、あのアホ根暗盆暗。お前がやるはずだったぞ。


■■■


 ファイルヴァインから長い鉄道旅。

 途中の駅で車内に持ち込まれたフラル語の新聞の見出しが酷い。

 ”サウゾ川を埋める百万の死体”。計画洪水、廃棄物投棄の影響で川沿いに魚の死体が打ち上がって白い腹を並べていた光景を見たことがあるが、あんな感じ?

 頁を捲っても写真は無かった。

 次の駅で取った新聞には写真が載っていた。規制は無いのか、と思った。初見だと魚の露天市場に見えなくもなかったが、全裸の男女が流れに浮かんで両岸に漂着している光景だ。そして修道士風の男が川に向かって死後の安寧を祈っている。

 その次の駅では写真掲載のその新聞がもう発禁処分になっており、売店から警察が回収していた。


■■■


 ウルロン山脈を越える山岳鉄道へ乗り換えた。

 谷ではないが山の斜面に橋が架かった山道を列車が進む。右手に山肌、左手に山林が裾野まで広がって途中に川がある。左側の川に近い窓際に座ろうと思ったら護衛が「窓際は危険です」と言って譲らない。

 嘘とは言わないが、何となく死体の川写真も遠いことのように思えた頃。

 台車にお茶を淹れて持って来た給仕の女がやってきた。背もたれから体を浮かし、受け取ろうと身を乗り出したら鋭い違和感、給仕が山の側へ押し飛ばされたように倒れて、茶器が落ちて割れる。目を開いたまま動かない。

 頭が熱い。青い空にひび、窓硝子に穴。

 護衛二人が飛び掛かってきて上に重なる。

 窓が更に割れる。

 体に何か刺さる、何回も痛い。

「狙撃だ!」

 狙撃が連射で!? こんなところで!

 屋根に何か降りた。ガタガタ動いているが車両の外。

 動く車窓が減速、制動無し。他の車両に乗っていた護衛がもう二人、こちらにやってくる。一般乗客が遠くで騒ぐ。

「殿下ご無事で!?」

「大分痛い」

「伏せたまま」

 体は動くが。

 近くで今まで守ってくれていた護衛二人の生死確認。血塗れ、即死。自分を庇って銃撃の連射を受けていた。穴が複数、何発? 十発越え。

 伏せたまま、身体の傷を調べられていたらまた窓硝子が割れる。周辺警戒をしていた護衛が頭を半分無くして倒れる。四人の内三人死亡。

 自分で身体を触る。肩に怪我、金属屑が埋まっている。背中に手が回らないがそっちにも何発か刺さっている気がする。盾になってくれたおかげで浅いようだが、弾を抜く時の方が痛そうだ。

「ご辛抱を。殿下が顔を出すのを待っています」

 這いつくばった最後の一人、護衛に頭を破いた服で巻かれる。

「頭?」

「銃弾が頭蓋骨を滑った後です」

 頭を撃たれたのか! 良く生きている。名誉の負傷になるか? ならないな。

「状況は?」

「機関車が切り離されました。狙撃者は、おそらく集団。川側と線路筋……川の側の射線が上? 上っ!?」

 線路の川側は下を見なければ空一面。見下ろす山があるとすれば遠く、広い谷の向こう側。空から? は?

 護衛の別班や鉄道員、退役軍人を名乗る一般客が車内から周辺警戒。狙撃は止んだが狙っているかもしれない。

 機関車が蒸気機関を動かす音と、線路を響かせる振動が再開する。

 護衛が頭を上げて外を確認。

「衝突出ろ!」

 護衛が怒鳴る、外へ出る。足は動く。

 背後を見せた機関車が戻って来て、減速せず。

 ここは山道の線路。足元は鉄骨と木材が並んだ陸橋。

 橋から山の側に飛んで、山肌、岩と土砂を滑り落ちながら斜面に立つ木を蹴って止まる。

 頭上の列車、衝突して弾け、車体と破片が飛んで陸橋の脇に落下。

 頭を守って更に崖を下り、橋桁の下へ。車体と人が地面に衝突、跳ね返り、斜面下へ転がっていく。燃えた石炭が散らばって煙が上がる。

 崖の無い、川側に飛び降りた護衛が斜面の遥か下に落ちていた。滑り止まった後は動かない。自分で警告しておいて、そんな間抜けな。

 頭から大量の血が落ちる。撒かれた布が落ちて塞がってすらいない傷が更に開いた。布でもぶら下がったみたいな違和感がある。

 橋脚に、上へ上がる点検用の梯子でも無いかと見ていたら、その梯子を下りて来る赤い猿みたいな動物がいた。長い毛の尻尾がある。服を着ている。

 猿? フラルに、動物園でも無いのに南国色っぽい、服を着た化物。魔族の暗殺者。

 皇太子なんぞ殺して戦局がどうにかなるわけないだろ!

 斜面を更に下る。山林に入る。

 体が動く。何て頑丈な身体だ。昔、落馬して後続に跳ね飛ばされても骨が折れただけで十日でほとんど治ったが。

 斜面が緩くなってくる。

 首に違和感、銃声。首と頭を両腕で巻くように守って走る。それから二、三、四、五発、腕に全弾刺さった。拳銃か? 豆鉄砲め。

 進路に上から降りて来る鳥、人面、湖の化物! つけて来たか、列車に追い付いて? 化物め。

 腹に鳥脚の蹴り、腰が浮いて下腹の奥が気持ち悪いが逃げない。そのまま前進、しがみ付いてその長い首を圧し折ってやる。

 掴んで捻って、固い、筋の束か?

 首に噛みつかれる。喉笛握って潰すか、急所が分からない。

 背中に衝撃、銃声無し。石か。

 首を踏みつけて、走る。

 後頭部に当たる。堪える。

 羽ばたきの音、転んだと思ったら浮かぶ、木の幹の目線から、枝葉、樹上、高い、えっ!?

 ケツの穴が閉まるような変な感じ、落ちる、樹上、枝葉、幹、土と岩、跳ねる。

「がぁ!」

 今更大して痛くない、走って逃げる。逃げる必要? いや、殺しの専門家相手だぞ。

 また転ぶ。足が開かない。両脛に縄付きの球が巻き付いている。

 縄を掴んで引く。皮が剥けて、指の筋が切れたかもしれないが縄も切れた。

 走る。すぐ後ろに人の気配、赤毛か鳥か、首の後ろに何か刺さる。反射的に取ると小さい矢。

 息が苦しい。心臓の鼓動が強い? 熱い、暑苦しい、毒?

 行く手に山肌の川、石だらけ。足が取られそう。

 父ならこう、凍らせて? 凍らせる感覚ってどう、温めるの反対、熱を”抜く”か。

 川を踏んで、氷が割れて、脛が引っ掛かって転んでまた割って水中に顔から沈む。一応成功。

 直ぐに立ち上がって、振り向いて、短刀を持っている赤毛から”抜く”。瞬時に停止、姿勢そのままで転がった。人形みたいだった。

「やった!」

 頭に衝撃、仰向けに転んで川に沈む。水上を跳んで走る鳥の影。

 川底を這って進む。目は開けたまま。立ち上がる手掛かりになる石無いか? 身体が重過ぎる、疲れた。

 頭が底に付いた。踏まれている。踏みつける鳥脚を掴んで、固い、鉄の棒か何かか? ボキっと折れんもんか。

 川が濁る。

 底の石を掻く。

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