第514話「推定約二百万以下」アズリアル=べラムト

 水上騎兵左翼軍二万の旗艦となる、蒸気機関で推進する装甲化された砲艦に乗る。

 この旗艦は帆走機能を廃し、その分甲板上に艦砲を配置して火力に優れる。装甲版も主要区画は己の砲撃に耐えられる厚さにまでした。外洋船のように巨大ではないが、そのような大船が相手でも正面から撃ち合えるよう設計された。

 外ヘラコム軍集団二十万、夜のイスタメル沿岸を水陸共同行軍という形態で進む。全軍、全装備を船に乗せる程の大艦隊は存在しないので工夫した。

 海上は、黒旗を掲げるセリン提督の海賊艦隊が先導、露払いをする。水先案内と敵海軍との戦闘が役割なので上陸部隊は載せていない。連絡士官だけが乗る。

 陸上部隊の一部を海上輸送するのは水上騎兵左翼軍所有の河川艦隊。暴風高波が当たり前の外洋に出たら転覆するような船体構造だが、穏やかな沿岸ならば進める。

 イスタメル海域の水路は複雑。連続した峡谷が繰り返される山地がそのまま海に没したような細長い島嶼部が多重に存在する。その代わり、まるで入江の中を進んでいるかのように風と波は穏やかである。だが潮の流れは川、時に滝にすら似て油断すると引きずり込まれ、暗礁や岩場に食われる。

 この海域の熟練水先案内人であるセリン提督の指示に従って舵を取り、石炭をケチらず罐を焚いて難所を抜ける。

 我々の艦艇は遥か内陸部、ハイロウとチュリ=アリダスから陸揚げし、山を越えて運んできた。艤装を一時取り払って軽量化しながらも鉄道複線を占有して使う特別車両で砲艦まで持って来た。そして全て自前にせず、魔神代理領各地の造船所へ船員を派遣して資材調達の段階から建造に関わらせてきた。

 この準備は壮大、年単位で掛かった。敵以外に魔神代理領からも疑われないよう様々な名目を立てて身分を隠した。赤帽党の協力無くしては成し得なかったことも多々あり、この旗艦もその一つ。

 外ヘラコム軍集団二十万のほとんどが曲がりくねったイスタメル沿岸の街道を走る。海上で輸送されるのは一部。

 カイウルク氏族が行軍列を先導する。夜でも道を見失わないよう篝火を焚き、案内役を置き、足を止めずに食事が摂れるよう配給所や、替え馬を置く駅まで設置している。

 原住民や現地当局からの妨害行為があれば、武力行使に躊躇しないとの言説を氏族長カイウルクから得ている。

 とにかく速度重視の姿勢から、陸路を行く行軍列の先頭集団はまず騎兵隊。次いで騎馬砲兵隊、次に歩兵、次に砲兵に後方支援などと装備重量が重くて足が遅い部隊が後方集団を形成する。

 行軍列の最後尾には水陸共同作戦編制の、小さくまとまった上陸部隊が続く。淡水域で主に訓練されてきたが”海兵隊”と呼んでも今は差し支えない。

 第一目標地点に到着してからの話になるが、河川艦隊が輸送する上陸部隊を現地に揚げて船倉を空にしたら反転し、別の上陸部隊を乗せてまた現地へ送るという反復輸送を繰り返す予定。要請、状況に応じて重砲兵だけ送ることも可能。

 このような計画である。


■■■


 絶妙な時間調節。丁度、右手に見える陸地がイスタメル州から統一フラルのウステアイデン地方に移り変わる手前で日没を迎えた。

 暗闇の中、海中から時折怖ろしくも美しい歌が途切れ途切れに聞こえる。

 セリン提督の水中音響測位魔術。目に見えない海底構造、敵艦も捉える。魚群も。

 セリン艦隊が警戒態勢も取っていないフラルの沿岸警備隊を行きがけの駄賃として襲撃。こちらが手を出すまでもなく撃破。

 撃沈よりも拿捕が優先。海の魔族セリンに暗闇から、船も寄せず気配も無く海中から乗船攻撃を受ければそうなる。船員は陸上部隊のように常に武器を持って構えているわけでもない。水中が得意な魔族は理不尽に強い。

 拿捕した場合は船員を皆殺しにして海中投棄し、こちらに空船を提供してくれる。直ぐに船員を割り当てるわけにもいかないが、分かるところに錨泊でもさせておく。

 海上輸送行動に余裕が後で生まれたら予備人員を出し合って動かす。曳船にすれば完全に船員を配置しなくても良いし、これからの戦闘で傷ついた船が出た時の予備になる。陸上部隊に外した艦砲を渡すのも良いし、船材を引き剥がして修理にも使える。人間以外捨てるところが無い。

 統一フラル海軍はそもそも弱小。戦略奇襲の効果で海上迎撃準備も出来ていない上、主力は魔王軍とペセトト軍への警戒で半島南部へ出張ってしまっているという事情がある。

 艦隊戦力が分散している。ランマルカ海軍の思想で、考えてみれば当たり前だが、戦力の集中に失敗した状態で決戦などしたら勝てるものも勝てない。

 かつて富裕なフラル系都市国家群が持った各艦隊は中大洋の”女王”だった。今や老いぼれ歯抜けの団体行動も取れないボケババアである。

 暗闇の航海が続き、遂に北西の空が大火災によって赤く染まっているのが見えて来る。雷雲が覆っているわけでもないのに雷鳴のような轟き。

 セリン提督が海中からこの旗艦に登って来た。船縁に髪の毛の束がビチャっと広がり、手のように掴み、濡れた白い顔に手が虚空から浮かび上がってくるので怖気が走る。

 ほとんど裸みたいな水泳服? 姿。太くて長い髪の毛が線虫のように蠢いて妖怪の不気味さ。総統閣下の奥方の一人目。これを嫁にとは、男が違う。

「極東艦隊の初動良好。アズリアル=ベラムト司令はそのまま艦隊をサウゾ川へ突入させるように」

「了解、奥様」

「うふん。頑張ってね」

 奥様などと呼べば大層機嫌をよろしくするセリン提督。笑うと可愛いが、しかし睨まれた何とやら。彼女は再び暗い海中へと飛び込んだ。普通、そんなところへ人間は入らない。

 帝国連邦においてどう序列をつけたものか分からないが、元ヤシュート王で軍集団司令で水上騎兵全軍に影響力を持っている自分でもおべっかを使う相手だ。まさしく総統、いや皇帝のお后様よ。

 第一目標へと更に接近。梯陣を組んだ艦影群が火災と砲炎の灯りで浮かび上がっている。

 我々とは別航路、遥か極東から回航してきたルーキーヤ提督の極東艦隊。こちらと違って全て大型の外洋船。船体も大砲も巨大な、ランマルカが建造した最新鋭艦も交じる鋼鉄と石炭の大怪獣。帆走設備の存在がこの旗艦と比べて一世代古くは見せるが。

 第一目標地点が見えた。サウゾ川河口に築かれたフラルの主要都市の一つ、サポリエ市。艦砲射撃が集中し、かつて見せただろう海の玄関口たる姿を失っている。

 沿岸要塞は城壁基部から崩され煉瓦の斜路と化している。

 港にいる軍艦はもやい綱で繋がれたまま港内で爆発の後、炎上中。

 市街地の割れた壁、穴の開いた屋根から火の手。火災の黒煙、砲撃の粉塵が炎色染め。煙の一つが登って落ち切る前にまた追加。

 歴史があろう町が石屑の嵐になる。火の粉に燃えた木の葉が混じる。石より大きいものが飛んで、あれは布や人間。

 船員、上陸部隊員、甲板から歓声を上げる。我々の町でもなければ移住先でもない、敵の小洒落た町である。壊す玩具は綺麗な状態からボロボロに剥げていくのが面白い。

 極東艦隊からの発光信号。艦砲射撃の停止。

 ”河口へ浸入されたし。当艦隊、半島東岸へ”

 役目を終えた極東艦隊、戦闘用の艦隊以外をそのまま残して帆を開き、西へ舵を取った。海上を混雑させないためだが、引き際が良い。

 極東艦隊はフラル海軍主力が存在し、そして聖都に面するフラル半島東岸へ出撃するのだ。海上優勢を取りに行った。

 軍艦のみならず商船も撃沈して拿捕して海上能力を封じ込め、経済を麻痺させ、沿岸目標を燃やす。何なら上陸戦闘部署を発動して小さな拠点でも奪取して良い。

 フラル軍もそうなれば、各地に配置した戦力を半島東岸に配置しなければならなくなる。何時、上陸作戦が行われるか分からない状況になる。特に首都で信仰の中心たる聖都、ここに砲弾が注がれた時に無視できない。

 サウゾ川、その河口部へ水上騎兵左翼軍の艦隊を侵入させる。外洋船が着底するような川こそ我々、喫水の浅い河川艦の出番。風にも頼らず暗車、外輪を回して推進する。

 セリン艦隊は河口を防衛してくれている。敵艦隊が逆襲に訪れた時、我々が川に閉じ込められることを、当分予防してくれるだろう。

 川に入って、極東艦隊が連れてきた傭兵部隊が市街戦で出している銃火が見えてくる。

 サポリエ市には旗艦だけ寄港、他は遡上させる。

 傭兵部隊の長と顔合わせに行く。港にいた獣人傭兵の話によると隊長殿は最前線の、手前ぐらい。艦砲の弾着の後を追って彼等は進撃しているので瓦礫と片付けもされていない市民の死体だらけの戦場を歩かされる。

 タルメシャの大陸と南洋諸島からやって来た獣人傭兵が目立つ。

 鳥頭、極彩色、何種かいる。足が馬のように速く、銃剣要らずで蹴りで殺す。

 猿頭、赤毛。障害物など無いかのように立体的に動く。屋根、壁、樹上、洗濯紐、電線の上すら這って走る。射撃は下手だが片手で大人を振り回す腕力がある。

 牛頭、デカい。軽ではない重機関銃を手に持って、背負った箱から弾帯を伸ばして連射する。凄いな、あれ欲しい。

 象頭、滅茶苦茶デカい。乳母車みたいに、取っ手と防盾付きの砲車に載る大砲を押す。手掴みで砲弾を一発軽々持って装填、紐を牽いて砲撃。一個人だけでも運用という言葉が使えそうな体重であろう。

 人間傭兵もいるが、あれらの姿と比べるとおまけみたいなもの。妖精も交じっている。

 彼等は赤い帽子を被り、軍服が揃えられない代わりに被り物で統一している。もしや赤帽党軍?

 フラル人というか、サポリエ人達は完全に恐慌状態。逃げの足取りでこちらの陣地内に突っ込んで来ることもあった。これぞ奇襲成功の後というところ。

 夜中に突然、砲撃を受けたと思ったら武装する化物軍団がやってくればこうなるか?

 前線で指揮を執る傭兵隊長は、足が異常に立派な鳥頭獣人で、目があっただけで食われそうに思えた。他の傭兵と同じく頭に乗せているのは赤い帽子。

 今の前線指揮所になっている簡易陣地には何故か異形の神像が置かれている。翼と人の腕があり、目が三つの蝙蝠。乳房があるから女、らしい。そのご神体には既に血が塗りたくられている。

「外ヘラコム軍集団及び水上騎兵左翼軍の司令官、アズリアル=ベラムトだ」

 言葉は通じる? 魔神代理領共通語でいいはずだが。

「傭兵共のまとめ役、将軍スパンダ。赤い帽子の赤帽党、知ってるだろ?」

「勿論」

「その兄弟だ。帝国連邦には昔、遠くから世話になったな。金は貰ってるが、恩返しだ。何より、楽しい。白豚みたいな変な人間が喚いているのは愉快だ」

 派手な色合いの羽毛を持った、スパンダ将軍とは別種の鳥頭が、足をジタバタさせて無力な抵抗をする子供の、髪の毛を掴んで引っ張って来た。

「将軍! 人間が言うにはこいつ、ここの長の娘だって!」

「長は」

「ぐちゃぐちゃ!」

「よし捧げる!」

 スパンダ将軍は泣き喚く子供を、足首を掴んで受け取って吊り下げ、刀で首を裂いて血を杯へ注ぎ、死体を放り投げ、そして杯を天に掲げてから神像へ血を激しく浴びせた。

「また西洋の血を捧げたぞガマンチワ、我等に新たな運命を与え給え!」

『ホヴォー!』『わー!』『キェピー!』『ウハウハ!』『ブォー!』『バオォ!』

 儀式ごっこで行動に遅滞が無ければいいんだが。

 それから両軍の間で、これからどのように作戦行動を取るか相互確認した。進撃路と、進撃予定が狂った時の腹案。

 それから、捕虜は取らない。


■■■


 外ヘラコム軍集団の上陸部隊第一陣を、制圧されて安全が確保されたサポリエ市近郊に上陸させた。陸路進むのは基本的にこれから東岸部だけ。西岸部も制圧して、川も挟まず敵増援と戦うにはまだまだ到着出来た戦力が少ない。

 まずはサウゾ川沿いを制圧し、防衛線を構築して西部のフラル中核部からの救援を阻止する。

 サウゾ川はウルロン山脈東部南を水源地とし、南へ進んで中大洋に注ぐ主要河川である。ここを切断するとウステアイデン地方が孤立する。そこに集中するフラル東部軍が同じく孤立する。これが総統閣下が目指す形の一つ。

 突破用の戦闘艦艇以外は沖に戻して上陸部隊第二陣を回収させに行かせた。

 狐のフラル会社から渡された地図がある。大小の町村は元より、街道網、支流分岐路、季節の水深、港、橋梁、電信柱の位置まで長年の商売がてらに調べ上げられている。

 我らが総統閣下が初めてスラーギィを越えて襲来して来た時も同じだった。あの当時はただの商人だと大して気にも留めていなかったが、今ではこれだ。

 水上騎兵左翼艦隊の片割れ、戦闘艦隊は上陸部隊よりやや先行する形でサウゾ川を遡上。水上から陸上を火力と装甲で先導する。

 潰れたサポリエ市の沿岸要塞、あれ以上の要害はこのサウゾ川には無い。フラル会社調べでは、海岸と国境線の築城だけで要塞予算は限界に達している、との分析。殻の内側に隔壁までは存在しないということ。あっても先祖の遺産に手を加えた程度。

 古びた設計の要塞橋がある。艦砲で砲台を中心に防御施設へ先制射撃。多少頑丈だが所詮は数百年前の設計、先祖が使っていたのは石撃ち砲台。観光名所程度。占領は後続の上陸部隊に任せる。

 鉄道橋は西から東、ウステアイデン地方にフラル軍が増援を送れないように砲撃。狙うのは陸上、川岸付近。橋の瓦礫が水中に崩落するのは避ける。艦隊の船底に擦って座礁してしまう。

 川を渡る電信線は、西岸側の電信柱を破壊する形で全て切断。連絡網を壊す。

 破壊しどころのある”観光名所”が見られるサウゾ川下流を、上流に向かって抜けて行く。下流側は人口密集地帯が多く、砲撃したい市街地が幾つも見えたが我慢。

 まずは要所、道と電線の切断。


■■■


 戦闘艦隊は艦砲射撃時に停止するので上陸部隊との距離差が縮まる。この時が再接触、情報交換の時間。

 上陸部隊が占拠した敵の電信所にて電信を傍受したとの報告。こちら西部方面が既に我々の手に落ちていると知らずに東部方面から送って来たわけだ。

 ”イスルツ包囲さる。帝国連邦軍、イスタメル越境”という警告。

 外トンフォ軍集団、クトゥルナムの坊主も無事に内陸路からイスタメルを無断通過し、国境沿いの要塞も突破して越境攻撃に成功したという証拠だ。イスルツ市は国境線より内部へ入ったところにあるから、そういうことだ。それからウステアイデン枢機卿管領の首都だったはず。中核だ。

 北の戦場での計画後退でベーア軍は占領地域を大幅に奪還し、大反攻だと息巻いているだろう。また住民市街地へのこれ以上無い被害を前に、重ねて頭に血が昇っている。

 フラル東部軍はこれに合わせて今まで越えられなかったラーム川を越えようと北進を試みていると、イスタメル越境前に話を聞いている。ベーアの大反攻の流れと合流し、計画後退中の我が軍、属国軍等を撃滅出来ると考えているだろう。復讐したいと逸っている。

 フラル東部軍の勢いが一度北進へと、兵と物資の流れが北のラーム川防衛線を突破したいとそちらに傾いたところで我々は背後を、左右から突く。

 背後から、左からの突きが今、抉り込む。

 遂にサウゾ川からの最大規模の支流への分岐点に到達。この支流、ロズニカ川も主要河川の一つで流域は広く、最終的にはシェレヴィンツァ市にまで至る。またウステアイデン地方中央、中核部の南縁を形成する。

 分岐点には要塞化された河川艦隊が停泊する軍港が見える。そこでは流石に奇襲へ対応し始めているものの、帆付きの櫂船が出港している程度。

 火が入って煤煙が上がっている蒸気装甲艦で出港しているものは見られない。罐に火が入ったばかりか石炭の煤煙は不完全燃焼の黒、しかも途切れがち。石炭の質が悪いか、急遽しけった物をくべざるを得なかったのか。こちらの潜入工作員の仕業?

 破壊を試みる。艦砲射撃開始。

 櫂船のような古い木造船は一撃大破、轟沈。

 装甲艦相手では、主要部に当てても砲弾が弾かれた。ただ港内に飛び込んで岸壁の作業員を巻き込む。

 艦砲に命中、爆発、誘爆はしない。砲弾の積み込みはまだだったか。

 もやい綱が繋がったまま、強引に千切って出港しようとする装甲艦が見られた。目立つので集中砲火、艦橋が無くなる。

 砲撃目標が船から岸壁の積み荷、倉庫の扉などに変更。誘爆確認。屋根が吹き飛んで火柱が上がり、雨のような火の粉、散らばった砲弾が時間差で炸裂。

 軍港に火と鉄が降る。こちらにまで音を立てた破片が飛んできて甲板で火花を立てた。

 軍港なら使えそうな船舶が多数拿捕出来そうだが、あの花火の中では壊れた物から部品を剥いで修理用に回すのが精々だろう。

 ロズニカ川への分岐路、水上を制する。

 上陸部隊を待たず、爆発が連鎖している軍港の傍を、自艦の艦砲射撃に耐える設計がされている装甲艦のみ上流へ進めた。速度重視、まだ終わらぬ誘爆の巻き添えになっても良いように。

 残存艦には上陸部隊と連携して軍港とその街を制圧させる。弾薬庫に火が点いている今は安易に近寄れないから、一時休止になるか。

 ……これはちょっと失敗だな。敵砲、砲弾の鹵獲失敗は後に響くか?


■■■


 サウゾ川の上流部になると川幅も狭く、水深も浅くなっていく。底質は砂、泥などから砂利。水面から出る岩が目立つ。段々と山中の川という風景になって来る。限界が近い。

 旗艦の侵入も不可能になり、下流、ロズニカ川方面へ他の大型艦も合わせて戻す。

 旋回作業が一苦労。後進して別の支流に後部から入って出る。小型艦で船首の押し引き。岸に人を下ろして綱で牽いて、舵取り前進後進の繰り返しを補助。

 サウゾ川計画洪水とはいかずとも、増水くらいして貰えれば楽だったか?

 まだ先に進める小型艦へ移乗して更に上流へ向かう。戦闘能力が不安で、岸辺に連携して動く、船員編制の陸戦隊を配置。動きが多角的になると色々出来るようになる。

 軍集団の長が不安な戦力に囲まれて先頭に立つ。これは現代戦の考えでは馬鹿げている。しかしカラバザルの”親父”がこれを”まだ正解”にしている。

 帝国連邦各軍、各隊はこの馬鹿なやり方を前提に、”頭”が無くなっても独立して動けるように編制され、訓練されている。

 実質、戦場に初めて自軍を持ち込んだ時点で軍区司令としての仕事はほとんど終わっている。

 今の軍集団司令としての仕事は象徴以上のことは薄く、”肉の旗”である。

 ただ、最前線で重大な案件を前にした時に、中央司令の指示を待たずに決断するのも役割。肉の旗は腐し過ぎか。

 先頭に立って侵攻方向を確認。

 敵の要害が古臭い城くらいしか無くなってくる。守備隊が駐留していても修道服姿の宗教警察隊のようなもの。神聖公安軍とかいう連中なら味方殺し部隊のへなちょこだ。艦砲、機関砲、機関銃掃射で怯ませた後に陸戦隊が襲撃する程度で蹴散らせる。

 城の中には貴族が屋敷として使っているだけの、防衛施設として使われていないものもある。

 城の使用人が、夜が明けきらない中、灯りを点けて窓から不安げに川を見つめて、夫妻が顔を出そうとすると、逃げましょう、と部屋の奥に消える。

 銃火砲火の煌めき、我々より更に上流、ウルロン山脈が星空と線を引く向こう側で確認。炸裂音が遅れてやって来る。

 その先の戦場を、檣楼員が確認して下方の艦長等に告げる。

「フラル軍のー、塹壕せーん! 西端を確にーん! 戦とーちゅー!」

 自分も檣楼に登って望遠鏡で確認。

 ウルロン山脈中にはフラル軍が構築した防衛線の第一線があり、その後方南麓部には予備防衛線があると情報部より聞かされていた。これだな。

 しかし弱兵と噂のフラル軍の中では、他国水準でも強兵と言われる山岳民からなる高地軍がいるとも聞いていた。それを相手に山中第一線を我々の動きに合わせて突破下山してくるとは流石だな。

「獣人へー、確にーん! 高地管理委員会軍とー、思われまーす!」

 火で一瞬閃いて見える姿は異形、間違いない。

 信号員が信号火箭を発射、上空で炸裂する色付き花火。

 高地管理委員会軍からも同色で返ってくる。

 サウゾ川、上下接続完了まで間も無いぞ。

 ウルロン山脈南麓に配置されているフラル軍の数は少なくないはずだが、夜襲の短期一点突破なら相対数で勝れる。

 高地管理委員会軍の戦闘へ、背後から艦砲支援開始。

 戦闘中の敵陣地西端を重点攻撃。西岸の陣地東端には牽制程度。

 こちらから丸見えの、敵後方の砲兵陣地、弾薬庫を狙って破壊。火災で敵が照らされてからは温存していた火箭を一斉発射。

 艦砲射撃を継続させながら、近接水上支援も難しい小型艦から優先して船員による陸戦隊を編制。先に陸上にいた部隊と合流させて旋回砲、機関砲、機関銃など陸揚げが容易な重装備を持たせて敵陣地後背を攻めさせる。

 敵にとっては夜襲の挟撃、しかも川からも攻められる三方包囲。西端を捨てて東へと後退を始めた。まるで弱兵。噂の高地兵は山の中か?

 敵の後退に合わせて高地管理委員会軍は、西岸から逆襲に備える防御の部隊と、東へ逃げる敵を追撃する部隊へと編制分けをする。

 現地での戦闘らしい戦闘は終了。

 自分は川岸に降りて、敵陣地の制圧を指揮している戦闘指揮官へ会いに行く。

「デルム! もう少しで座礁するところだぞ」

 奇抜な格好の山羊頭、”変な”デルム。

「遅い。遊覧船で案内してくれるはずじゃなかったのか?」

『ぐわっぇへへへ!』

 ウステアイデン地方、一先ず遮断完了!


■■■


 サウゾ川の南北接続後も作戦は当然終わらない。

 ロズニカ川の分岐路での弾薬庫誘爆も沈静化し、ウルロン山脈から下りて来た高地管理委員会軍へ補給線を繋ぐ。

 あちらの兵站責任者、でぶ妖精のボレスから早速注文票を受け取った。

 大砲、砲弾の要求量が多い。こちらが使う分とやりくりしないといけないぐらい。

 各敵陣地、要塞の弾薬庫爆破は後になって考えるとやはり悪手に思えてきた。鹵獲出来れば大分補えたのだ。

 今後、高地管理委員会軍に任せるサウゾ川上流部の防衛、南麓予備防衛線攻略も考えると大量の大砲は必要だ。彼等が持っている軽くて使いやすい山砲は、平地での火力戦では心もとない。山から攻めれば射程を高低差で補える場面もあろうが、今後は簡単にいかない。まともな榴弾砲を配ってやりたいところ。

 河川艦隊の艦砲を下ろすのも、まだまだこれから実施するロズニカ川進入時の火力不足を招く。

 サウゾ川を水上防衛しなくてはいけない状況でも火力不足は懸念材料。敵の予備兵力は西岸に幾らでもいる上、鉄道で迅速に送られてくるのだ。鉄橋は切っても岸辺までは持ってこられる。

 戦力投入量が時限的に限られる迅速な奇襲だと常に先細りを感じて不安になる。

「陸路から外ヘラコム軍本隊が到着するまで大砲と砲弾は送れないだろう」

「能力には限界がありますな」

 このでぶ、直接口を利いたことはほとんど無かったが、噂通りクソみたいな喋り方をしやがる。

「これから横撃で塹壕線に配されている敵砲を取って間に合わせるしかない」

「それは言われなくてもやっておりますが?」

 はぁ、このクソめ!


■■■


 サウゾ川上流部は高地管理委員会軍に任せ、自分は一隻だけでロズニカ川方面へ移動。旗艦に戻る心算。

 ロズニカ川への分岐路に船が到達した時点で、沿岸陸路を船に乗らず最速で駆けてきた軽騎兵隊を、朝日の下で確認した。

 騎馬砲兵隊の到着も間も無く。まずは騎兵だけで敵の初動を抑える。

 無防備な地域を襲撃。殺戮、焼き討ち、電信線切断、飛び交う救助要請で混乱させる。

 奇襲に対応すべく配置換えに走る予備兵力を移動段階で撃破。斥候、伝令狩りも行う。

 大砲の鹵獲、運用員の殺害、馬匹の略奪は優先される作戦行動。

 ウステアイデン西部からの東進戦力が整ってきた。

 竜跨兵経由の伝令も行き交いが始まる。クトゥルナムの外トンフォ軍集団がフラル東部軍への攻勢本格化との報告。またロズニカ川でも下流側から遡上中とのこと。

 フラル東部軍、推定約二百万以下を抹殺出来る囲いになってきている。敵の兵数は膨大で、我々の五倍弱。

 しかし川越しとはいえ、最精鋭で間違いないマトラ方面軍五万と補強程度の傭兵数千、それを相手に二百万が今日の今日まで渡河を失敗し続けてきた事実がある。

 フラルに潜伏している諜報員からの情報を含めたフラル東部軍の分析。

 彼等のラーム川渡河を目指す攻勢を頓挫させる計画洪水が幾度かあった。渡河作戦練度も経験もほとんどない中、手酷い失敗を経験して自信を喪失して挽回する機会は一度も巡ってきていない。勝利を知らぬ兵は士気がまず低い。

 ベーア軍がヤガロ東部に到達しないと、ラーム川渡河に成功しても結局直後の弱体な状態を突かれて追い返されるという事実があった。それで司令官には攻撃精神に欠けても良いという状況が続いてきた。今はやっと機会が到来して北進しようと攻めている。しかし勝利を知らぬ将もまた士気が低い。

 統一前の独立国家観を引きずる。二線級の補充兵が増えて同郷だけで固めた隊ではなくなり、連帯感が薄まり、過去の因縁を持ち出し敵対的な団結率へ落ちる。統一軍として作戦を実行出来る士官が相対的に不足。上官と部下、兵士同士の方言違いは意思疎通困難な程。

 自国民のために異国民を助けることに躊躇する傾向が頻発。補給物資を奪い合って喧嘩をすること幾度。それも酒を巡るような程度の低さも目立ち、現地人との諍いも頻発。要するに腐ってる。

 大砲と砲弾は現代戦を戦い抜くには不足していて砲兵練度が低い。多少の対砲兵射撃を受けただけで機能低下を起こし、異国部隊との連携困難に陥り、継戦能力が低い。砲兵知識のある通訳が死傷した時の現象。

 化学兵器不足で優位が全く取れない。化学砲弾はベーアで生産され、エグセン地方では不足と言われながら使い尽くされてフラルにまで回ってこない。またフラル製の防毒装備は品質劣等。覆面より水で濡らした手拭いが重宝されているらしい。重工業化の遅れが顕著。

 本当はもっと頑張れるはずが、ベーア国内には選ばれた精鋭が送られ、魔王とペセトトという危機を目前にする半島南方にも一線級の沿岸警備兵力を置かなければならない。このフラル東部軍の頭数だけは立派だが、補充兵で誤魔化している。

 ベーア軍も開戦当初は地域、民族違いで連携が悪かったが、危機的な戦いの中で練磨されていく傾向にあった。

 フラル東部軍は、川沿いに対峙するだけというような”甘っちょろい”戦場に居座り続けてその機会が得られなかった。目前で住民が殺戮されるような場面も見ていないので復讐にも燃えていない。

 ベーア軍も奇襲戦争を受けたせいで装備が不足していて、一番勢いがある今でもその状態に変わりがない。ロシエ製の工業規格が合わない装備を輸入しなければならない状態。これではフラル軍に送れる装備も義理程度が限界ということ。フラル軍の装備は在庫も不良で現場の実物も悪い。

 戦争目標は全世界に発信されており、それは”ベーアの破壊”。フラルの破壊ではないし、神聖教会の解体でもない。他人の存亡を懸けた戦争に命を懸けられるか? 中央同盟戦争の記憶から、エグセンとエデルト人のためにまた都市破壊と虐殺を受けるかもしれない。納得がいくか?

 今日この今、フラル東部軍はイスタメル州を起点に行われる大攻勢に対する十分な準備が出来ていなかった。

 予測出来ていたのと、着手出来ていたのと、成功出来たのとでは雲泥の差がある。

 あちらは物心共にセレード独立戦争の頃から準備が出来ていなかった。世界観が小さかった。

 こちらは準備が出来ていた。もしかしたらイディル王がイスタメルへ攻め込む以前から。

 未来は予見出来ていなくても、総統と妖精達が行ってきた次の戦争の準備はいつも絶え間が無かった。今日もそうだ。

「ははは! 総統閣下万歳! ベルリク=カラバザル万ざぁーぁ-いぃ!」

 ロズニカ川を旗艦に乗って下る。敵河川艦を確認、艦砲射撃、爆発炎上。

 そうでなければこうは上手く行かない。

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