第513話「道路にする」 ベルリク

 マトラ山脈以西から発車。列車内、様々な報告書に目を通しながら東へ、ダフィデストを通って山越え。帝国連邦、内マトラへ帰還。

 まとめて貰ったものなので文書量としては戦争規模と比較して少ない。しかし色々考えることもあって寝る時間が無かった。

 予定ではこう。現状では路線変更も止む無しか? 将来的な利益を考えればやっぱりこっち。ここまで準備したのに変えるのは忍びない、勿体ない。などなど。戦争の悪魔が部下達への信頼を試してくる。

 中洲要塞軍務省庁舎を早速訪問する。

 軍務長官ゼクラグ。傷はともかく髭。何だこのお髭?

 巨大な机上には地図と戦線、各軍の配置を駒で再現。見るのも辛い。でも愉快。

 軍務長官宛ての報告書をざっと斜め読み。細かい数値だとかは自分が頭に入れても意味が無い。概要だけ把握。

 計画後退の最前線。北から。

 モルル川以北戦域。カウデン湖南岸、フラウンゼン山地南部、レチュスタル市、モルル川本流北岸。

 レチュスタル市を中心にしたエグセン側の計画後退は安定していた。ラシージにお任せしていれば安心だろうと思ったが、その指揮外、ヤガロ方面から不安定が押し寄せる。

 モルル川以南ヤガロ戦域。モルル川沿いのダシュティン市、王都ニェルベジツ、レギマン公領北部。だったが、王都ニェルベジツ陥落の報告。

 一度防衛線を破られたヤガロ王国は壊走に近いのではないかという様子。大した障害も無い、焦土作戦を徹底する覚悟も無い平野部に攻め込まれるとこうなるとの見本か。

 これにより、モルル川以北戦域から後退する予定の大軍が、マインベルト王国を背にしつつ、包囲の危機を迎えている。ダシュティン市及びトレツェフ市間の脱出路は敵の手に落ちていないが、最悪、不義な越境脱出か、玉砕かという選択を迫られる。

 ウルロン東部戦域。レギマン公領。

 ウルロン山中の方は高地管理委員会軍とワゾレ方面軍が速やかにヘトロヴク諸家領と俗称される地域から後退した後。山道、橋梁、水路などの破壊。案内人になれる住民の抹殺で”迂回出来る田舎道”まで実質消す。移動困難地帯と化すことに成功しているとか。

 南方、長らく睨み合っていたヤガロとフラルの境界線、ラーム川の戦線ではベーア軍の反攻作戦に合わせて再度攻勢が強化されている。ヤガロに展開する各軍が理想の後退が出来ていない今、背後に危機を抱える。

 ベーアの猟犬共が血の臭いで狂い始めている。今こそ予備兵力を注ぎ込むべきか? 無傷の外ヘラコム、外トンフォ軍集団。再編中のユドルム、ムンガル方面軍。解散した外マトラ兵をどうにかする? 第一教導団の訓練の未了外人傭兵を? 戦地で訓練困難な第三教導団自身か?

「この勢いじゃヤガロの焦土化はかなり中途半端だな」

「そうだ総統。所詮は覚悟も思想も足りない属国だ。防衛線一つ下げただけで二本三本と準備を無駄に陣地を無駄にしている。ラガ王からは”嘘でもいいから焦土作戦は限定的にする”という声明を出して欲しいとのことだ。ナルクス将軍は”国家元首たる王の指導を無視しない”とのことだが。出すか?」

「疎開民の移動は?」

「後退速度だけは早い。しかし焦土化は甘い。無傷の住居も多く、残ろうとする者が多い。民兵志願者は少ない。

 ベーアのブリェヘム第二王国の、ヤガロ兵部隊が権利と安全の保障を謳う宣撫工作を行っている。あちらの民兵になろうとする者が後を絶たない。

 エグセンでの徹底的な焦土化の情報が流れたようで、ヤガロ王が民間人を殺戮することはないと宣言しても利く耳が少ないようだ。退路の橋を落とす程度でも徹底的な焦土化の始まりかと人民が過剰反応するという。

 そこでヤガロ王ではなく帝国連邦総統の声明が出れば説得が上手く行き、結果焦土化効率も上がる、という目論見だ。どれほど改善されるかは疑問だが、実態よりもまずは幻想。人間は面倒臭いな」

「だが嘘はいけない。普段から嘘を吐いて、肝心な時に吐かなければいけない嘘が吐けなくなる」

「分かったが、もうその必要は無くなるのではないのか」

「そこなんだが、それもそうだが。アクファル」

「はいお兄様」

「お髭のゼっくんに、ゼっくんの署名欄空けた声明文書いて。焦土化に拘らず、ヤガロ人民の疎開と安全の確保を第一にせよ、という内容だ」

「はい、お髭のゼっくんに、ゼっくんの署名欄空けた声明文を書いて渡します」

「その呼び方は止めろ……いいんだな」

「弱いなら仕方が無い」

 アクファルが文書作成に入る。バシィール官語で縦書き。こういうものはお任せしてしまっている。

「後は何かあるか?」

「戦線は?」

「理想の形とやらに持って行ってやる」

「赤帽党」

「先遣隊は魔都入り。今来られても渋滞が酷いから後続も別命あるまでその通りだ。反攻時まで温存する心算だったが、魔導長官によるとそうはいかないらしいな」

「後レン朝」

「第二教導団より、五十万編制計画は実戦経験を除いてほぼ完成。ソルヒン帝が義勇軍を差し向けるという話になっている。順次増加中で、最新で同数の五十万と言っている」

「武装移民だらけか」

「内訳は不明だがそう見ていいだろう。国内不穏分子を遠隔地へ置き去りにするのではないか」

「極東艦隊」

「アソリウス島沖で洋上補給を受けたと、三日前に竜伝令経由で連絡を受けている。後れてセレード海軍から請求書も届いた」

「セレード海軍? ああ、そうか、島は今そうか……寄港していないんだな」

「したという報告は無い。重大な故障や病気の蔓延も報告されていない」

「セリン」

「魔神代理領海軍を郎党と共に退職。”旗は黒地一色で良いのか”と確認が来ていたので、黒軍はそうだ、と返しておいた。水上騎兵左翼軍と合流済み。マリオル港から退去しろという指示はイスタメル州政府より予告を含めて出ていない」

「……外ヘラコム、外トンフォ軍集団」

「バシィール近郊に、昨日配置完了」

「そうだったな。カイウルク氏族」

「弾薬庫、篝火、休憩所、設置済みと報告」

「本土予備」

「定住民兵百万、遊牧民兵二百万の点呼は完了している。我等妖精、集団教育課程者三百万は勿論即応可能だ」

「聞くまでも無いだろうが、マトラ山脈は?」

「敵に全見取り図が奪取されているという想定でマトラ方面軍が補充兵員三百万という想定で敵側、ワゾレ方面軍と現地民兵で防御演習を実施した時は想定七か月と十九日の横断阻止という判定が出たのが開戦前だ。今は更に改良が進んでいる」

「大体は分かった。協商国」

「マインベルト国境への圧力が強い分はランマルカとオルフが助けているのは変わらない。ベーアに底を見せないよう派兵数は徐々に伸ばしている。セレードに関してはベラスコイ大頭領から直接聞くといい」

 ダフィデストで黒軍を休ませていた時に聞いている。”うちの全土が失陥したら総統を譲れ”である。帝国連邦を乗っ取って再反攻の足場にすると言っている。どうしよっかな? それも楽しそうなんだが。

「疎開民で解放軍作る計画はアテになるのか?」

「反攻後の宣撫工作部隊程度は弱小でも務まる。初出撃は反攻開始時と見込んでいる。第一期は志願兵のみで、その心算で訓練をする。第二期は治安維持部隊程度、第三期以降は通常の正規軍程度」

「ヤズ元公子の様子は」

「勤務態度は良好だ。良心に基づいた反抗的な言動が見られる。正気を保っている。限定的な立場に留め置く限りは指揮能力に疑問は無いという評価だ」

 紙も見ないで良く喋るなこのお髭。

「あのマテウス=ゼイヒェルは宗教軍閥を作りたいとか話してるか?」

「それは奥方に聞け。こちらでは把握していない」

 アクファルが署名欄を空けた声明文をお髭のゼっくんへ渡す。

 ”蒼天の神がご照覧ある下、

 安堵がため糾合されし地平の上、

 弱者を擁護せし魔なる力の腕の中、

 秩序立ちたる社会正義を実行する帝国連邦総統の聖旨。

 代言者アクファル・レスリャジンの言葉。

 オドの大河より分かたれたる兄弟は今や我が子である。

 集まりの父たる者としてその幸福を願わない日は無い。

 屋根の一つ一つを憂慮する。家族が集う生活の礎を火にくべるなど言語道断。

 天命に逆らう無分別者より劫掠される財は天の理により贖われるだろう”

 ”帝国連邦一千万勇士の頭領(署名欄)はその聖旨に服する”

「聖旨に代言。聖勅とやらで出さないのか。不在ではないではないか」

「妖精には分かり辛いかな。それが出たら”いよいよ”だ」


■■■


 時間に余裕があるなら、マトラ山脈以東まで後退した各軍――ユドルム、ムンガル、解散した外マトラ兵など――に激励、感謝の言葉を掛けて歩いても良いがそんな暇は無い。

 中洲要塞から運行計画外の特別列車を出してバシィール市に入る。

 黒軍はダフィデストで休ませたまま。

 シルヴと予備隊は人員交代中。溜まっている大頭領としての仕事や、何やるか分からないヤヌシュフ王もいれば、代理人を立てていても雑務で忙しいだろう。

 城の内務長官執務室へまず向かった。応接の椅子に二人。

 マテウス・ゼイヒェルがいた。

 膝に猫を寝かせている部屋の主、ジルマリアもいる。

 このハゲが仕事中に猫を弄るとは妙な兆候。疲労の度合は極限か? 過労が常の馬鹿だからどうしたものか分からない。

 しかしこの組み合わせ、神学論争でも挑まれていたのではないか? 笑える。

 ジルマリアが舌打ち。

「どうぞ総統閣下、何か?」

「聖都と連絡を繋げ続けろ。二日後が妥当だと思うが、どうだ?」

 ジルマリアは猫を膝上から放って「承りました」と言って執務机に戻って手紙を書き出す。

「マテウス殿は?」

「バシィール市内に聖堂を建てる許可を頂きに。エグセンで教区が消滅しても伝道の中心地を失わないようにです」

「書庫と事務所では不足で?」

「大勢が集まって、礼拝をする、再洗礼を行う。相互に認め合うこと、それは連帯するために大事なことです。秘密の壁の中で全てが行われていてはならないのです」

「資金は?」

「足りません」

「屋外は」

「軍の方に邪魔だと言われました」

「あそこのアタナクト派の尼さんみたいなのには」

「何もお返事は」

 猫を拾い上げて、顔の前に。ジルマリアに向けて「それは可哀想だにゃー」と言う。

「信仰の固さは荒野で培わられては?」

 こいつ。聖典原理主義者に一部抜粋で答えるとは大人げない。

「俺の金を使って下さい。わざわざ寄付した者の名前を祈祷に混ぜる必要はありません。悪魔は信仰を試す、助けるかどうかまでは記述に無いでしょう」

「ありがとうございます!」

 ジルマリア、鼻で笑う。

 今度鼻の穴舐めてやろうか。死ぬ程嫌がるぞ。


■■■


 城の二階へ、階段へ曲がる角、廊下から見ると陰の位置。見る度に服と身長が変わるベルリク=マハーリールが背中を見せている。

 これが十一歳か。小さい子供としては大きいが、男としては小さい。何なんだろうな。

「何隠れてんだ?」

「あ、父さま、しーっ」

 人差し指を唇に沿える彗星ちゃん。

「あん?」

 本当に隠れているようだ。

「こら! 見つけた!」

 身長も以前と変わらなくなった歳のミクシリアが廊下側から出てきた。足音は無かった。流石隠密の系統。

 隠れようとした理由は何だろう? 何にしてもかくれんぼとは羨ましい野郎だな。

 彗星、階段を駆け下りようとしたので脇を掴んで持ち上げて、ミクちゃんの前に戻す。結構手応えあるな、飯は食ってる。

 肉の量が気になる。腹だの腕だのついでに触る。ちょっと細いかな?

「お父さんすみません。何で逃げるの? むっ」

 お父さんだと!?

 それにしても自分も”むっ”てして貰いたいな。

「うるせえババア!」

「ババアじゃありません」

 お母さんかな?

「だって数学面白くないんだもん」

「苦手でも教養が無いといけません。馬鹿にされますよ」

「誰から?」

「えっと……」

 ああ言えばこう言う。全くちゃんとクソガキになってきているな。

 しゃがんで彗星の肩に顎を乗せる。

「なあ、数学が出来るとな、大砲で敵がぶっ殺せるぞ。今戦場で一番敵を殺しているのは大砲だ」

「そうなの?」

「そうそう。このバシィールなんて全部石ころになるぐらいドカーンってやるんだ。そのためには弾道計算とかって必要なんだ。分かるか? 弾道?」

 父も分かりません。大砲屋じゃないのだ。

「ミクちゃんは弾道出来るの?」

「えっと……」

 彗星の問いかけに口が止まり、基礎教育程度って顔とちいさいおっぱいに書いてある。

 立って、彗星の背後から指差しで、彗星とミクちゃん同時、口パクで”一緒に”、指先合わせてから、筆を走らせる仕草。

「お父さん、何ですそれ?」

 ミクちゃん、何それってきょとんとする。愚かで単純なところが優れているとは聞いたが。

「二人で一緒に勉強するんだ。ミクシリア、年下だからって机を並べない理由は無いんだぞ」

「あ、はいお父さん!」

 十一歳ってどうやって教育するもんなんだろうな。

 自分はこのくらいの歳の時は狐とか浮浪者、旅の外人とかを馬の上から切ったり撃ってた。人間はこのくらいで致命傷になる、という手応えを覚えたものだ。

「ちょっとミクちゃん」

 こっち、と手招きすると「はいお父さん」と傍にやってきて見上げてくる。何か、何でも言うこと聞いてくれそうな気がしてくるが、流石にそんなことはないか。

「マハ―リールに辻斬りさせる勉強ってあるのか?」

「え!? 無いですよ危ない!」

 ”修行って言ったらこれですよ若様”と言われたものだが、最近は違うのか。バシィール界隈だと大事件になっちゃうか。

 アクファルが彗星の肩を突いて、刀を抜いて見せて左右、袈裟、逆袈裟を続けて行い、途中で投げて右手から左手に持ち替えて動作を続ける剣舞を披露して「おー」と言わせた。

 普通の子に育ってもいいんだぞ。


■■■


 城の別棟、正統聖王親衛隊事務所へ。

 扉を開けると、書きかけの書類に執着せず、筆を下ろして席を立って礼をするヨラン・リルツォグト。

 改めて、この手合いを城に入れているのが面白い。毒にも薬にもなりそうだ。

「お疲れ様です総統閣下。うちのミクシリアはやはり可愛いでしょう? あそこまでな乙女などそうはおりません。いかがですか?」

「うるせえ、ケツでも出してろ」

「総統閣下。ご先祖様から改めて我が血統について調べて気付いたのですが、ただ淫蕩というわけではなく男好きの血統らしいのです」

「出すなよ」

「ミクシリアはただの田舎の二流貴族の血統ですのでお忘れなく」

「首を出すか」

「御用件を承ります」

 男も女も頭が変になりそうな魔性の美青年に仕上がってきている。本当にこいつ、手近に置いていいのか? イブラシェールに贈呈してやろうか。良い勝負しそうだな。

「ロシエ皇帝マリュエンス陛下にはご結婚、お祝い申し上げる」

「はい」

「緩衝国家群は重要だと認識している」

「はい」

「もう幾つか良さげな言葉はあったか?」

「フラルに関心は無い」

「いや、伝統を尊重する」

「それでよろしいですか? お疲れのようですし、念のため」

「うーん、アクファル」

「中大洋西部における惨事にはお見舞い申し上げる」

「ああ、それだな。ん? あっちと認識合ってるよな?」

「アルへスタ海峡までがその西部という地理認識です」

「後から付け加えることがあったら?」

「取り返しのつかぬ事柄が伝われば、その後は細々でもよろしいでしょう。議会で揚げ足取りをするわけではありませんので」

「任せた」


■■■


 久し振りの自室で少しだけ寝て、廊下に気配。起きるとアクファルが扉を開け、ダーリクが入って来た。セリンと一緒ではない?

 もう背丈は、アクファルと見比べ、自分と変わらなくなってきた。まだまだ筋肉も手の皮の厚さも足りないがな!

「どうした」

「ザラ姉さんは帝国連邦が欲しいみたいです」

「仲良し社会主義を冗談で済ます奴じゃないな」

「俺は黒軍が欲しいです」

 おほほほへー? 奇声は頭の中で止めた。おいおいおいおい、マジかよ、ぼっちゃん、黒軍が何か分かってるか? 分かってるかな。

「何時そう思った」

「機関銃で殺した時分かりました」

 切っ掛けはそれぞれ、個性はあるとは思う。

「セリンには何て言ってきた」

「黒軍は陸海で戦中戦後も無く動くべきで、遠からず竜大陸を取って、いつでも世界に仕掛ける能力を持つべき。帝国連邦は鎖で繋がっている。傭兵公社も同じ。戦士の楽園から自由に先制攻撃を仕掛ける。です」

「一人で考えたのか?」

 胸が痛い。貫かれ損ねた心臓が古傷を割って出てきそうだ。

「言葉として整理するのには姉さんに手伝って貰いました」

「ふむ。アクファル」

「はいお兄様」

「奴等、来てるか」

 アクファルは窓を開けて、手を二回叩く。

 城の壁がガチガツと鳴って、登攀、登場、ファガーラ姉妹。

 普通に登れる構造じゃないはずだが、手に短剣を持っているので突き立ててきたようだ。蜥蜴かこいつら。

『ファガーラ姉妹参上!』

「総統閣下万歳!」

「お部屋にお呼ばれしちゃった!」

 色々、ものは使いようである。

「総統直轄ダーリク隊。この二人を部下に三人から始めろ。黒軍に制限はない、傭兵でも徴用でも敗残兵の回収でも何でもいい。人事担当からでも引っ張れ。勝手に増やして面倒見ろ。好きにやれ。やるなら考えろ。部下に相談しろ。命令はお前がしろ」

 寝る前に机に置いていたキュイゲレ工房製、銃機構仕込みの刀”俺の悪い女”と鎧通しを掴み、ダーリクの手に渡す。十五歳の身体なら問題無いだろう。刀の方もセリンのことだし、丁度良い。

 年中顔を合わせるわけでもない。どちらがいつ死ぬかも分からない。こいつが一年早い成人の祝いということで良いだろう。

「ファガーラ、姉、妹、分かったな」

『はわー!?』

 ファガーラ姉妹の顔、デカい目、驚愕。

『ダーリク=バリド千歳!』

 そして諸手を上げての喜びから、しでかしたのをどうしようという固まった顔へ微妙に変化。

 臭う。

 黒軍の衣装なのであまり目立たないと言えば目立たないが、姉妹のズボン、内股が照りついている。こう、金属光沢のような。

「部屋で漏らしてんじゃねぇ!」

 右左、拳を同時に突き出す。


■■■


 外ヘラコム軍集団。司令アズリアル=ベラムト。

 ダシュニル方面軍、北ハイロウ方面軍、南ハイロウ方面軍、チュリ=アリダス方面軍、ランダン方面軍。そして水上騎兵左翼軍も合わせて二十二万、第一次計画後退までの戦訓を得ての訓練修了済み。

 セルチェス川沿いに集結。

「只今より沿岸経路を行け」

「はっ、総統閣下万歳」

「セリンによろしく……いや、昔を思い出すな、と伝えてくれ」

「お任せ下さい」

 外トンフォ軍集団。司令クトゥルナム。

 ウラマトイ右翼方面軍、ウラマトイ左翼方面軍、ライリャン方面軍、ユンハル方面軍、極東方面軍。合わせて二十万、同じく訓練終了済み。

 バシィール特別市西部に集結。

「只今より内陸経路を行け」

「はい。総統閣下万歳」

「俺が一番期待しているのはお前だって知っていたか?」

「光栄です」

 カイウルク氏族のカイウルク。

「先導、露払いを頼んだぞ。くれぐれも」

「はしゃぎ過ぎない。我慢するよ親父様」

「良し」

 見送りのルサレヤ先生。イスタメル州都シェレヴィンツァ行きは馬車の予定。

「ウラグマ総督って怒るんですかね」

「写真に撮ってやりたいな。だがさて、まず赤帽党軍の参戦は無くなるぞ。バース=マザタールは頭を固くしている。融通を利かせると自分の原則性が損なわれるという頭だ。魔導評議会の長だった時ならそれで良かった。大宰相になった今でもそれが求められて選ばれたと考えている。ある種、魔神代理の代替としてな」

「チェカミザル藩王にはイスタメル州境にまで来て頂ければいいでしょう。折角完全に戦支度が済んだんですから、中央としてもすぐに国境へ増強出来る軍を送らない手はないでしょう。イスタメルの危機です。この不幸な裏切りの中で、幸運というものがあれば逃がしたでしょうが、悪運が間に合ったと。そう説明したらそうしてくれるのでは?」

「良く言う」

「全く融通が利かないわけではないでしょう?」

「私がお前の代わりに謝り倒して、な」

「まあ、これまで散々買って来た誠実で今日の不義を売りつけます」

「辞任要求ぐらいはあるかもしれん」

「その時の代理はお任せします。さて、無職になりますが、そう、正式に国家名誉大元帥にでもなりますかね。これは宣言一つで事務手続きが不要です」

 空に影、一人。本当に急ぐなら馬車などではなく自力で飛んでくる。

「イスタメルを道路にする心算か!?」

 頻繁に顔を合わせているわけではないが、降り立った時の顔はあの愛嬌良しのウラグマ、イスタメル州総督ではなかった。

「総督、ルサレヤ先生には魔都へ、謝罪に行って頂きます」

「お婆様!」

「百年に一度はこんなこともある」

「総統閣下?」

「イスタメル州を危機に追いやり、魔神代理領を参戦国と見なされかねない行いをし、共同体の信頼を裏切ってこそ、この戦略奇襲は成立します。生涯に一度だけ。非道は行っても背信はしないこのベルリク=カラバザル、最初で最後の背信です」

 駄目だ、笑っちゃいけないのに笑えてくる。

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