第509話「ゼブル・イラリン=コッフブリンデ少尉」 無名兵士達

 特別作戦軍とロシエ軍は合同で、西岸からリビス=マウズ運河を渡河した。そして突出部を形成したところ、東岸から黒軍が逆襲浸透で渡ってきた。

 既にそこから敵は広範に拡散し、一部はアルツレイン辺境伯領北部にまで進出してきている。

 そんなすれ違いになれるような戦場だったように思えない。元懲罰クソたれ三等兵としては納得いかない。

 これは間違いなくロシエのとんちき玩具軍団の不手際で、エデルトのわんぱく移動動物園の間抜け。

 その尻拭いとして我々は奴等を捜索している。最たるものは帝国連邦総統ベルリク=カラバザルに付けられた多額の懸賞金で示されている。そういうことをしろと言われている。

 自分は騎兵一個小隊――質的には訓練不足の乗馬歩兵――を率いて、敵の足跡を辿っている。その姿形がはっきり見えることは割と稀。痕跡は良く見る。

 電信柱に斧の打ち込み痕が半ばまで。そこからささくれ、圧し折られている。馬で引き倒したところもあれば、丸い巨大な何かの痕跡が仕掛けたところも。

 そしてとんでもなくデカいクソ団子も発見されている。象とかいう生き物が魔族の国にいるらしいが。

 切断した電線を引きずった痕跡もある。大抵は近場の川や池へ雑に投棄されている。

 また見せしめのように電信柱、街路樹、樹木から、電線で足首を巻いた友軍兵士の逆さ吊り。

 玉無し、腹裂き、脳抜きと遊んでいる。

 逆関節、皮返し、女性化とまでくれば、そんな暇があったのかと呆れてすらくる。

 蛇? 蜘蛛? 貝? 団子? は見た瞬間一体何なのか認知出来ない。悪夢にすら出て来やしない。

 気を強く持たないと見るのも難しい。弱い奴は背を向けて吐く、泣く、座り込んでしばらく動けない。馬も怯える、逃げ出そうとするので目隠しを掛ける。

 あいつらは一々こういうことをしないと気が済まないのか!

 被害にあった彼等、その集合体を、おぞ気に耐えられる者で解放する。

 作業は難航する。

 絶妙に高いところから逆さに吊るされている。馬の背中に立てば丁度良い位置にあるが、我々は駄馬に乗せられた乗馬が出来るだけの騎兵未満。幾らでも手間取る。

 手が電線に届いても、脛骨腓骨に食い込み巻きつけられていて容易に解けない。叩いて骨を砕いて皮、肉、腱を千切ってようやく落とせる。

 中にはこれ以上に手が込んでいる死体があって、引っ張って落とそうとすれば身体がバラバラに”ほどけて”こぼれる。気の強い者でも逃げ出し、馬は驚いて逃げる。

 ゲロを吐きながら、電線を狙って銃撃。あまり当たらず、ちょっと苦労して死者を降ろすことも。

 敵を見つけて殺すどころか、埋葬してやるので手一杯になっている。無視すればいいと言う部下もいたが、まさかだろ?

 作業中に重なった銃声、我々の周囲、地面に複数着弾。十、二十、三十? 分からないが一斉射撃を受けた。

 馬が更に逃げる、倒れる。部下も何名か倒れた。撃ってきている位置など分からない。

「伏せろ!」

 動ける部下は伏せた。

「伏せてろ! それか傍の木に隠れろ! 馬鹿みたいに歩いて回るなよ! 返事ぃ!」

『はい!』

 次を考えろ、考えろ。あの懲罰大隊を生き残った自分がこのくらいで慌てるか。

「こちらグランデン大公国第二三師団第六五連隊、第四銃騎兵中隊所属第三騎兵小隊! 指揮官、ゼブル・イラリン=コッフブリンデ少尉だ! 友軍なら撃つのを止めろ!」

 再度一斉射撃。受けた肌感から友軍の誤射と思ったがやっぱり敵か? 銃声がベーア式ではない。

「旗手! 旗は!?」

「ぶったおれてまーす!」

「何とか立ててから隠れろ!」

「了解!」

 着弾の泥と雪の向きから射撃方向推定。その方角へ這って移動。

 射撃量減少、だが継続的な乱れ撃ちが始まる。射撃と前進の組み合わせに移り始めたか? とどめを刺しに来ているということは、こっちの姿や人数は大体分かってるってことか? 同胞じゃないってことか? 敵?

「あっ、無理、旗無理でーす!」

「機会待て!」

「はーい!」

 歩行音までは聞こえない、蹄でもない。馬じゃない。遊牧蛮族兵っぽくないな。

 地面に耳を付ける。そんなに耳がいいわけじゃないが、凍結した土なら……歩兵だな、たぶん。前進して接近中、たぶん。

 次の射撃の切れ間はあるか……切れ間が無い。相手が見えんと対策が難しい。

 あ、ロシエ語?

「ロシエ語話せるやーつ!」

「悪口と女口説くのだけ知ってまーす!」

「口説け!」

 ロシエ語は本当に分からない。エグセン語と似ているところも知らない。

 しばらく、分からなくても部下が気持ち悪い声を上げ続けていると銃撃が止まる。

 両手を上げ、木陰から出てようやく確認出来たクソボケ共はロシエ兵だった。

 たぶん奴等も黒軍追跡中。馬の姿を見たらとりあえず撃つ、という様子だった。

 そして声を掛けてもロシエのクソボケは言葉が通じない上に、殺された部下と馬に指差して語調だけでも分かるよう抗議をしたら銃口向けながら――こちらの感情的な復讐を警戒――去りやがった。何処の部隊か分かれば具体的に抗議なり軍事裁判なり出来るが、奴等の部隊章はさっぱり分からん。

 ロシエ派遣軍のどこかの部隊にやられた、と言ってもきっと上層部にはもみ消されるだろう。

 外人部隊なんて本当にクソだ。上の方もこういう事態なんて想定していないんだろう。下っ端同士はいい加減にやっとけってか?

 それから墓を掘って遺体を埋め、墓標に名前を入れる。位置の記録を取って移動した。せめて部下は安全地帯になるか、戦後にでも、掘り出して遺族へ返せるように。


■■■


 死者は置いて行って記録を取るだけだが、負傷者は手間が掛かる。本隊司令部まで後退するために移動中。馬も減って半数が徒歩、他は負傷兵を乗せている。

 道中で銃声が遠くから聞こえて来た。綺麗な戦線が無くなって、敵味方入り乱れてから終始この様相。以前より弾薬庫が炸裂する大爆音は減ったが。

 ロシエ野郎に殺されるのはごめんである。だが味方が殺されるのは見逃せない。慎重にその戦場へ徒歩で接近。

 接近中に銃撃戦は終息。

 慎重に、物陰に隠れながら移動して戦場へ近づく。

 敵と味方の死傷者が散らばっていた。微妙に動いている者もいる。

「着剣……負傷者救助を優先しろ。敵は死体でも銃剣で刺せ。妖精なら千切れてても刺せよ」

 騎兵小銃に銃剣を付け、死んだフリをした敵との白兵戦を想定。

 味方の負傷者には応急手当。傷口を水で洗って、消毒薬を付けた脱脂綿当て、包帯を巻く。苦痛が強い奴には痛み止めを飲ませる。低体温症に罹っている様子の者は、一応毛布で厚めに包んだがどこまで効果があるか。

 負傷者から事情聴取する。

「何があった」

「隊が夜襲でバラバラになって、六人で逃げていたらまた攻撃を受けました」

「敵の数は?」

「十人いないです。何人か倒したら、殿を残して逃げました」

「ここにいる以外の仲間は?」

「分からないです」

 敵の死傷者対策は基本的に銃剣刺突。動いている奴には銃撃。止まるまで撃つ。

 次に死体と思われる相手には「腹より目玉を刺せ」と指導。

 やった経験から分かるが、目をやられて顔に皺を寄せないのは困難。腹や手足だと我慢出来る奴は出来る。

 自分も死体検分。黒い軍服の黒軍兵。銀の仮面の隙間から目玉を突く。刃先から少しの動きも感じない。

 確認した敵の死体、首回りの肌が綺麗というか、骨張っていないのが気になった。髭を剃っていないし、剃り残しも無い。気になって仮面を外すと女の子。女じゃない、娘っこだ。肌は白くて綺麗、産毛が柔らかそうだ。

 何でこんな娘が戦場にいるんだよ。

「あぎゃ!?」

 死んだフリがいた。死体を突いていた部下が、妖精兵に足首を噛まれている。銃剣で刺しまくって、銃で頭、鉄帽を撃って弾が滑って、また銃剣刺突。皆で集まってそいつに十発ぐらい銃弾を撃ち込んでようやく止まった。

 応急手当。足首の腱が噛み千切られ、そこから大分噛み進んでいた。

 我が小隊で負傷者を預かれる限界を越えつつある。

「皆、近くの民家で今日は休むぞ。限界だ。まずは……そこから資材を取って、担架も作るぞ」

 頭の中では、宿泊中に誰かが死んで負担が減ればと計算する。

 宿泊するのは農場の家。

 一応扉を叩いて「帝国軍だ」と言って入り、反応が無い。

 暖炉に薪をくべて火を熾して低体温症患者対策。優先的に火に当てる。

 お湯を作らせるように命令。

 各自で服を脱いで傷を確認し、知らない内についた傷が見つかり出す。

 そして消毒薬が足りない。

「お前等、蒸留酒出せ」

 渋る顔ばかりが並ぶ。自分の手持ちの煙草を卓に並べて、交換で出させる。

 それから怪しい奴を小突く。

「お前、痛み止め溜め込んでるだろ。出せ」

「煙草ないっすか?」

「もう無ぇよ。どこで仕入れた? あぁ?」

 痛み止めももう少し確保。

 酒、たばこ、痛み止めが前線で通貨になっている。普段は多少見逃すが。

 家の布団を並べ、改めて手当した負傷者を並べて見るがこれは完全に任務継続不能だ。この家から車両や橇を徴発するか、本隊に伝令だけ送って救助を要請するかだ。

 暖炉に、薪と一緒に煤がかからないとこに置かれた干し魚が良い具合に焼けて匂いが出て来る。

 魚を齧って、消毒にはあまり使えないワインを飲む。生き返る。

 何時焼いたか分からない薄焼きパン、死体が浸かった泥水を飲む懲罰生活に比べて幸福。

 実家が宿屋で飯が作れる部下が炊事場にも火を入れて料理を作り始めた。新兵訓練には料理を組み込むべきだと常々思っている。

 懲罰兵の時も、料理が上手な奴は手に入れた貴重な食材を無駄にせず、食えるように出来た。美味い不味い以前に、食えるようにするというのが中々、知識と技がいる。馬鹿だと糞抜きもしない内臓を他の肉と混ぜて煮たり、表面を焦がして中は生のままにしたりと台無しにすることがあった。

 飯が作れる部下が蒸かした芋と人参、揚げた玉葱を深皿に入れ、なんとそこへ持ったチーズの塊に熱した短剣を当てて焼き削って落とすという芸を始めた。音というか匂いというか見た目というか、負傷兵も起き上がろうとする。玄関から死体が這って来るかと思った程の威力。

 肉もただ焼くのではなく、削ったパン、卵、小麦粉で包んで脂で焼いた物も出て来た。揚げ野菜も付け合わせ。色と味がついている炊いた麦飯もある。

「お前、良い嫁さんになれるぞ。あとで勲章の申請もしてやる」

「えっ、へへぇ」

 勿論男。

 懲罰大隊の時の食い物は酷かった。ネズミとカラスを焼いて食って凌いだ。嫌がる奴は体力が落ちて、撃たれなくても死んでいった。未だにあんな食い物まで絞られていた理由が分からない。

 以前に憲兵をぶん殴ったのが運の尽きと思ったが、今はこの部隊に復帰して階級も戻った。あの野郎を殴らなかったらもっと後悔してたから、結果は、うん、良好! どうせならもっと怪我させておけば……それじゃ恩赦は無かったか。

「よし、死んだら食えないぞ! 死ぬ前にも食え、寝てる奴にも食わせてやれよ」

 家の中の扉が開く。物色していた部下だと思ったら、爺さんとその足の陰に女の子二人、片方は猫を抱いている。黙っているが歓迎する顔じゃない。

 そもそもこの辺り、疎開していないな。留守だと思って、黒軍あたりに殺されているとか勝手に思っていた。だってほら、窓が銃撃で穴開いてるし。

 避難出来る地下室ぐらいあるよな。

「あ、えーと、請求書書けば軍に請求出来ますので、えー」

 書類、書類の準備……。

「おい、いくら使ったか数えてるか?」


■■■


 農場の人に書類を渡せば代金が請求出来るということを説明するのに苦心した夜が過ぎた。車両に橇の徴発に関しては渋られたが、負傷者を置いていくと言ったら何とかなった。

 かなり悪い考えだが、あの逆さ吊りの死体を持ってきて見せてやれば簡単だったかもしれない。

 本隊へ戻る途中で幾つかある”ロシエ村”付近にて「助けてくれ!」と住民から声を掛けられた。

 住人は、負傷者だらけの我々を見てわずかに顔を下げた。

 我々は、目玉を抉られて皆で肩に手を当てて行進してきた住民達を見て、恐怖と困惑、不幸で厄介で逃げたい、負の感情の塊が出て来た。

 どうすればいい?

「まず、どうした君?」

「あ……村が襲われて」

「他に生存者は? 最後に見た時はどうだった?」

「あいつら、皆を生きたまま料理にしてる」

「敵の数は?」

「百人以上? 馬はもっと」

「大体わかった」

 見捨てたい。どこか、道の脇で転んで凍え死んでいれば良かったのに。

「私の部下達の後について行ってくれ。本隊のところまでいけば手当も出来るし休むところもある。あー……」

 手の空いてそうな、怪我してない部下は?

「お前、俺について来い。見に行くぞ」

 ロシエ軍が基地建設ついでに復興した複数の”ロシエ”村へ、指差した一人を連れて二人で行く。料理が出来る奴は連れて行かない。あれは貴重だ。

「隊長、やるんですか?」

「ちょっと見てすぐ帰る。敵が見えたら直ぐ逃げる」

「マジですか」

「俺だってもう嫌だよ。家に読みかけの小説あるし」

 また徒歩で慎重に行く。

 ”ロシエ”村が見えてきた。新築なので汚れも薄く煤けておらず、壁の白がちゃんとした白だ。

 周囲には馬の足跡が複数、雪泥が混ぜられている。

 住民は広場に集められて皆殺し。皮を剥がればらばらにされた死体。鍋で人間を煮て食った痕も確認。家畜は、長距離を連れて行けない豚や家鴨の死骸を残して残っていなかった。

「誰も、いないか?」

 家々に声を一応掛けて回った。敵が出てきそうで怖かったので小声。

 そして、別行動していた部下と合流するとそいつ、何故か赤子を抱えていやがった。

「生きてるのか?」

「大人しいですよ」

「どこで?」

「暖炉の内側。えー」

 赤子、くちゅんとくしゃみ。

「こんな感じで」

「とにかく戻るぞ。この数の墓は掘れんし、その子、あ、名前は?」

「知らないですよ。こういう時、隊長の名前をつけるんじゃないですか? ちんちんあるし」

「いや、止めろよ。家にもう三人いる」

「四人目くらい」

「馬鹿言うな。下級でもうちはコッフブリンデの、分家の分家だぞ」

「使用人じゃ?」

「業者から呼んでる。あれこれ丸抱えする程金は無い」

「色々あんすね」

 遠くから足、布、金具、擦れる音。

「隠れるぞ」

 建物の陰から聞き耳立てる。

「逃げるんじゃ?」

「たぶんロシエ兵」

 待っているとロシエ軍部隊がやってきた。前に揉めた連中か分からない。

 彼等がこの惨状を見て正気を失う前に、白旗を物陰から出してから接触する。

「エグセン兵だ。ロシエ兵か?」

 ロシエ語が幾つか聞こえ「言葉は分かる」と将校が一人、前に出て来る。

「第六五連隊本部へ戻る前に、ここの住人に状況を聞いて偵察に来た。広場は、やられた後だ。生き残りは、俺の部下が本部へ案内している。一人除いて……」

 己の目を指差す。

「無い」

 通訳が指揮官に告げ、ロシエ兵が”ロシエ”村の現場検証に移る。

 ロシエ兵達は声を上げて、中には泣き出す者が現れた。死者の顔を確認し、胸に抱く者もいる。仲良くなるだけの時間を過ごしたのだろう。

 懲罰兵としてこいつらに捨て石にされたことは忘れてないが、どうにもやるせない。

 それから赤子を見せたら今度は、まるで今自分が産んだみたいに泣き出した。言葉の詳細は不明だが、赤子でも食べられるチーズを渡してきたので貰っておく。

 それからちゃんと下心がある。

 このロシエ軍部隊には、前にロシエ兵から銃撃された地点、敵味方の死体があった位置を、黒軍に攻撃された位置として告げておいた。

 彼等はきっとそこを警戒し、偵察、復讐しに行ったりする。その動く過程で目立ち、敵を引き付ける。

 負傷兵を運ぶ我が隊の後方をこいつらに守らせるのだ。働けこの野郎。


■■■


 第二三師団第六五連隊本部へ帰還。第四銃騎兵中隊は第二から五小隊までを解隊して、名前だけ中隊の一個小隊に再編制された。

 未帰還率が高過ぎる。敵からも味方からも、馬に乗ってる奴は全部敵、という姿勢から友軍誤射が頻発。特にロシエ兵はほとんど騎馬部隊を所有しないので、安心して撃ってきやがる。皆、大体そのように撃たれたと話し合う。

 ちなみに赤子は病院に預けられた。いやに大人しかったのは、どうも親が泣き出さないようにするため、阿片溶剤を使ったのが原因だったらしい。食われるか、中毒死するかもしれないかの二択。

 あの子の住所は分かっているので後に名前が判明するかもしれないが、そうではない場合には自分の名前と苗字を、この子の仮名として記入することになってしまった。我が高貴な家名は使わせないよう、赤子を見つけた部下の下賤なものとした。

 さて、再編された我が小隊相当の第四銃騎兵中隊は、第六五連隊本隊に付き従って次の作戦に移った。

 エデルトの毛だらけ邪教徒衆からの要請を受け、アルツレイン辺境伯居城の包囲へ向かう。

 居城は現在、黒軍が占拠している。状況は浸透作戦のせいで混乱していて不鮮明だが、どうも辺境伯の家族も含めて人質にされているらしい。エデルトの皇帝も、我らがエグセン宰相閣である大公閣下もこの包囲作戦を重要と考えているそうだ。

 作戦はこう。

 既に、人狼を含む邪教徒隊は辺境伯居城を包囲している。

 我が六五連隊を含む、近隣の三個連隊が参加して城を包囲する。

 包囲網に穴が無くなってから邪教徒隊は突撃準備をする。一騎も逃さない。

 突撃開始と同時に、城本体以外に砲撃開始。

 そして損害に構わず邪教徒が突撃して入城する、とのこと。人質交渉は最初から選択肢に存在しない。

 騎馬で移動して城周辺の狩猟林に展開する。

 第四銃騎兵中隊は連隊本隊の先を行く先行偵察任務について、美しい庭園が遠くから見える位置まで移動した。切り揃えた生垣、彫刻、噴水と優雅なこと。本家でもあそこまでではない。総本の大公家の個人的な城や屋敷は行ったことは無い。

 こちらの到着と同時に、現地に配置されていたエデルト兵が撤収を始める。首から顔から、毛を剃った頭にまで入れ墨が入っている不気味な連中だった。

 昔からエデルト兵は凶暴の度合いが違うとは分かっていたが、あれは常軌を逸しているように見える。もうこの戦争では普通じゃないことばかりだ。気付いたらその辺には化物だらけ。物語本の中にいつの間にか引きずり込まれている。

 六五連隊の本隊が到着し、エデルト兵が事前に掘っていた塹壕に手を加え、砲兵陣地を作り始める。騎兵はそういった陣地の外側に回って側面警戒を絶やさない。

 また包囲網を広げ、穴を減らし、待機位置に歩兵部隊がやってきて散兵壕を掘り始める。我々は更に外へ行く。少しずつ固める。

 このような拡張を何度か繰り返し、我が第四銃騎兵中隊は突撃待機中のエデルト部隊に隣接するところまで来た。

 熊のように巨大な人狼が機関銃で武装した姿でうろついている。しかもそのほとんどが剃毛した禿げ人狼で入れ墨入り。服というか外套くらい被ればいいのに素っ裸である。雌の大きめの乳首、雄から下がる男根が見っともないというか気持ち悪い。毛が生えてればそうでもないんだろうが。

 本当に見た目が気持ち悪いこと。体毛でその筋肉、血管、肌の皺が隠されず、変な病気まで持っていそうだ。とりあえず疥癬に罹ってそうでなんだかケツから痒くなってくる。

「馬を落ち着かせろ。逃げたら大変だぞ」

 落ち着かない馬を撫でて、たわしで身体も擦ってやっているとエデルトの化物共が儀式を始めた。

 巫女らしき服装の毛有り人狼が簡単な列を作って、入れ墨禿げの隊列の周囲を回る。頭蓋骨を叩いて楽器にし、壺を持ってそこに入れた赤い液体を掛ける。風に乗って漂う臭いから血と小便に思えた。めちゃくちゃ臭い。馬が帰りたいと地団駄踏んだり、後ろ向いたりと制御が難しくなってくる。

 祝詞も上がる。エデルト語で分からないが、ベーア系とかいう例のアレで、何となく”月””聖女?””赤””人狼”は聞き取れる。あとは歌詞も無く、アーだのラーだのと歌。

『ゥルオオォーン!』

 人狼共が遠吠えを始めた。これが砲撃の合図で砲声が周囲から重なる。

 走り出そうとする馬の手綱を掴み、しゃがんで踏ん張り、地面の雪と土を靴の踵で削って「どうどう!」と声掛けして馬を引き留める。力じゃ勿論負けるが、正気を取り戻す時間を稼ぐのだ。下手糞な部下が逃がしてしまう。

 城の周辺から弾着で埃が吹き上がって柱になり壁になり、生垣が飛んで石が崩れる。城も開門。

 扉が開いたと同時に飛翔体、火箭。煙を吐いて飛び、突撃する入れ墨禿げの後方に着弾して爆発。

 黒軍騎兵隊が弓を連射しながら縦隊になって城から飛び出る。その先頭の騎兵、武器は持たずに馬の背、首にしがみ付くような乗り方。

 あれは変だ、と思ったら自爆の爆炎、爆風、巨大で周囲の建物の壁が圧し潰される。そのまま入れ墨禿げ共と庭の成形石が吹き飛び、あちこちを打って跳ね返る。

 馬に乗り直し、逃げるかどうか、部下達は待機の隊列を維持しているかと見回して、爆発がまた起きる。

 真正面、目の前、人狼……。


■■■


 目が覚める。天井は煤けていないし埃が蜘蛛の巣にもなっていない。

 どこかで楽曲演奏中。素人の耳でも上手じゃない。親戚の集まりでの音楽家、軍楽隊での演奏を聞いていれば大体、基準も分かる。

 起き上がろうとするとあちこち痛い。頭も痛いな。

 意識がなくなる直前、見たのは爆発で飛んできた入れ墨人狼の腹……いやチンポか、何か嫌だな。

 良く自分は生きていた。いや、あの距離からあの勢いで飛んできたあの重さなら普通死ぬ。馬上だったから、これに落馬が加われば尚更だ。

 痛いが起き上がって寝台に座れた。指も動く、首を回すのは辛いが、治る見込みはありそうだ。

 包帯を巻かれているのは頭だけ。病衣には血の染みもない。肌には治ってきている痣と、引っ掻き傷に出来たようなかさぶた程度。それから腕に懲罰兵の時の縫合跡。医者先生が靴下を解いて作った糸で縫った跡だ。ちょっと懐かしい。

 他の病床とその隙間には、目や手足の無い重傷者で一杯。肌が焼け爛れ、包帯で巻かれ、体液が染み出て濡れている者もいる。

 自分の傷の具合だと、部屋の外、廊下の床に転がされていてもおかしくなかったはずだが。

 腰と背中も痛いが、腹に力を入れれば立てないことはないが力が入り辛い。

 かなり長い間寝ていたか? 股ぐらの締め付けが強いと思ったらおむつを履かされている。

 手の爪を見る。大分伸びたな。

 頭を良く触る。剃り上げられている。撫で回すと特に痛い箇所が後頭部にある。頭蓋骨が折れているかどうか、強く押して試したくなるが、内側に曲がったら怖い……ちょっと頭痛がする。まずい、まずい、止めよう。

 これはもしかしたら、人狼との衝突直前で馬が棹立ちになって落馬したのか? 悪運が過ぎるだろう。そういう条件が揃っていたとは思うが。

 どこの病院か、街は? 前に連隊本部を置いていたところと違う。

 部屋の中に表記は無い。窓から見えるのは中庭で、表記は無い。看板を下げる場所ではない。

 楽曲演奏はその中庭で見られる。下手な演奏に、負傷兵達が群がって静かにしている。何だ? 裸踊りでもしてるのか?

 負傷者を踏まないように病室、廊下を抜ける。廊下も寝転がる負傷者だらけ。

 廊下の掲示物を見ていくと国章からもアルツレイン領内と分かる。それから砲兵課程への編入案内……今回の黒軍の浸透でどれだけやられただろうか。特に狙われていたと聞いた覚えがある。

 地名は? 病院名まで知らんな。地元はゼーベ川沿いだったからこっちに土地勘は無い。

 中庭を見に行けば、揃いの学校の制服を着た子供達が一生懸命楽器を動かしていた。年長でも十……四、五?

 汚い大人の腹乳踊りなんかより八百万倍素晴らしい。

 演奏を間違えて、あっ、ってなっているのを見ると目から出てきそうになる。

 皆、聞き入るというか見入っている。

 全く懲罰だ、変なはっぱ掛けだの無くたって帝国連邦と戦う覚悟は出来ているというのに……いや、本当か? 電線に吊るされたあれを見てから言えるか?

 しかし何でこんな汚いところに子供を? 連絡の齟齬で入ってきてしまったのか? 入って来た後から浸透してきて逃げられなくなったか。人食い遊牧蛮族共め。慰問にしたってこんな子供達を前線近くに……黒軍が浸透して来なければ、このアルツレイン界隈でも十分に安全圏だったか。

 演奏が終わって、皆で精一杯派手に拍手、下品だが口笛。

「もう一回!」

 などと掛け声も。

 仕事の合間を縫って聞きに来た医者、看護婦から、あまり情緒に来なかった者達――若いのが多い――が中庭から引き揚げ始める。

 人の流れが出来て、その隙から座れる場所を見つけ、人肌温度の庭石に座る。柱が背もたれになって丁度良い。寄りかかって、おっと、後頭部をつけたら怖いな。

 足が悪い奴が多く、腕も悪ければ混雑を縫うのが下手な奴もいる。

 さて次は何かな?

「次は、えーと、合唱曲をやります! 一生懸命練習しました」

 年長の子がそう言う。

 おおマジか! 下手糞演奏も良いが、合唱なんて聞いたらお父さん泣くぞ。

 あいつらの習い事で音楽もさせようかな。家庭教師雇うので今は精一杯だが、こういうのもな。

 泣く用意を済ませよう。こう、目の奥の扉を開ける感じ、こう? 行けた。さあこい。

 人の流れが合唱と聞いてまた変わって混雑。おいおい、誰か号笛吹いて整列でもかけろよ。

「通るぞ!」

「はいはい、そこ空いてるか!」

 そう言えば飯食ってないんだろうな。腹減ったな。寝てる間、何食わされたんだ? 美女に嚙み砕いたお粥を流し込まれたわけじゃないだろう。

「押すなって」

「……っとごめんよ、ごめおっ!?」


■■■


 グランデン大公国第二三師団第六五連隊第四銃騎兵中隊

 ゼブル・イラリン=コッフブリンデ少尉

 オトマク暦一七六二 ~ 一七九一

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