第508話「大作戦の準備」 アリル

 準備するのは兵、物、足。

 必要なのは人、金、時。

 我がアディアマー社は、魔王陛下より預かった金で多数の人を動かして国家事業を達成する。

 そのような立場、責任を負えるところまで成り上がった。アルへスタの茶店で、皆の顔と名前が一致する人数で小さなことを話し合っていたのが遠い昔のようだ。

 親しきイッスサー卿、エスルキア卿から引き続き助力を得ている。北エスナルへの遠征を通じて知り合った者達、そして故アルブ=アルシール卿傘下の者達を始めとしてこのアディアマー社の下に多くの人手が集った。

 陰口に近いが”アリル閥”とまで呼ばれていると聞いた。増長を危惧した者からの警告と捉えている。

 活動資金の大半は、サビ副王がイサ帝国に黒人王国を割譲した代わりに得た金塊である。各金融拠点毎の交換比率の違いや、換金後の値崩れ予想、物価の高騰を出来るだけ予想して計算し、得られた現金が使われている。この手の国際的な争いに関しては上には上がいる状況で完全勝利は得られていない。食い物にはされていないと思いたいが。

 大量の資金と多数の商社の力を借り、大量の物資と多数の傭兵を掻き集めた。また同時に魔戦軍――傭兵とは言わないが同義とも言えなくもない――を養うことも魔王陛下より命じられている。

 現在地はハザーサイール帝国、アレオン湾内はファトキア州の州都カルタリア。この拠点を中心にして人と物を集積して大作戦の準備中。

 カルタリアの港湾能力は非常に高い。度重なる戦争で人口の増減は激しいものの、アレオン一の港という看板は人と物を引き寄せ続けていて、結果能力は維持、向上されている。

 予定される大作戦は魔王軍と魔戦軍によるもの。準備するこの地は魔神代理領及びハザーサイール帝国に勿論属しており、にわかにはロシエ海軍による直接攻撃を政治的に阻止できる環境にある。

 しかしあくまでも”にわか”。ベーア帝国とロシエ帝国の共同体制が成った現在、ロシエは海軍力を一層中大洋に差し向けることが可能になっており、魔神代理領と戦争状態に陥っても差し支えないと判断する可能性がある。

 魔戦軍という実質の魔神代理領軍が侵攻を始めているのだから、今更宣戦布告などする必要も有って無いようなものとも言える。

 予定される大作戦へ派遣される軍は寄せ集めも良いところだが、とにかく数だけは揃っている。有名どころの傭兵隊は仕上がったものだが、ほとんど徒手空拳でやってきたような無名の傭兵達にも最新兵器を配り、実弾射撃訓練を実施させて最低でも銃兵になれるよう配慮。

 ランマルカ、クストラ、帝国連邦、魔神代理領各地でも兵器工廠が大量生産体制に乗っており、火薬も術か何かのような化学合成で、硝石鉱床からの産出にのみ頼ることも無くなった。

 事業規模が今までと桁違い。エスナル再征服業の一端を担った経験は生かされているものの、初動で十万以上、中期的に三十万以下の侵攻軍を送り出す事業は、一言で凄まじい。今まで取り扱っていた数値の桁が三つ、四つと違って来る。

 自分の手と頭ではもう事業の仔細を捉えることが不可能になっている。裁可した書類の何割を理解しているだろうか? 本来は全て把握すべきだが、案件が壮大過ぎるため己の頭の遅さを障害にして計画を鈍重に遂行し、案件の渋滞と衝突が発生するのは明らかだった。組織の構成が規模に見合っていない証拠だ。

 事業は部門毎に細分化、専門化させ続けた。各所に優秀な、あるいはまだ才覚が現れているかも不明な者達を配している。どこまで分担させても終わりがないように思える。

 関連企業の助成を得て、時には魔神代理領官僚の力さえ借りて何とか、問題や失敗を繰り返しながら運営している。

 そんな中で横領事件が発生した時は被害額などいっそ些細。処分と再発防止策と実態解明と合わぬ帳尻の埋め合わせに奔走させられ、忙殺の極み。抜かれた額や物の嵩などより、発生する余計な仕事と混乱と遅延こそが最大の打撃。

 最早自分のような一個人はこの会社の社長、巨大組織の頭領などという立場は似つかわしくないように思えた。権威ある者に立場を譲り、一度ただ一本の弓を握る騎士に戻るべきかとも考え、重役会議の時に少しこの考えを喋ったら怒られた。

 ”辞任などもってのほか!”

 ”絶対に反対です! その過ぎた謙遜は毒です!”

 と口が揃った。毒とまで言われるとは思わなかった。

 魔戦軍司令官エスアルフ殿からは”頭が暇なら足を使ってろ”と言われた。

 前レスリーン州総督、最高級官僚を長年務めて来た方に言われたら反論のしようもない。一時とはいえ元上司だったので更に頭が上がらない。


■■■


 集めた傭兵、魔戦軍はカルタリア市より大きく外れた、漁村もあるかないかというところで演習を行わせている。近隣住民に配慮し、各軍駐屯地も市より外れたところに設置。何分獣人――それも対人親交圏外出身――が大半を占めており、人間ばかりの市内に入れることははばかられた。殺人、食人事件が発生することは目に見えている。

 演習内容は、出来るだけお互いに邪魔をしないで行軍することから始まって、たぶんそれで終わる。

 各地から種族言語も違う者達が集まっているので、横の連携が史上最低級に悪い。ならば相応の改善をせねばならず、完璧に仕上がらない前提で各個分散して肩を並ばせないようにした。友軍同士で最低でも演習段階から殺し合わない、これが求められている。

 この傭兵博覧会、現代戦でどこまで通用するだろうか? ロシエの最新式軍と戦闘した経験から言うと……小手先も大事だがやはり数の力も欲しかったか。策の不足と火力の不足を血量で補わなければならない場面は今後無くならないだろう。

 先達の言葉に従い、足を使う。各傭兵の長を訪ねて回った。

 顔と名前しか役に立たないなら、せめて声を掛けて回る。

 一社で一主力事業を成して関連副事業に手を出すくらいなら魔神代理領中央官僚としての経験から出来ていたことだが、今現在の国際的で金融を意識した大規模取引と大軍の扶養など仔細が分からない。そのことを勉強する時間も、理解する時間も無いままに新しい案件がやってくる。一つの脳みそでどうにかなる規模ではないと感じているのはきっと、過去の自分の勉強不足。

 その上で魔王軍は、はっきり言って組織が未熟である。今日のような現代戦を大規模に行うだけの人材も組織も無いまま、ランマルカとペセトトから分不相応な後押しを受けて突き進んでいる。

 かと言ってその後押しを受ける機会を逃したならば二度と機会は巡って来なかったと考えられるので間違いというのも難しい。帝国連邦のベーア侵攻とも重ねるとなれば尚更。

 不足は努力で埋める。慰めとしては、史上いかなる組織も大事業に挑んだ時、完璧で万全だったことは無いことか。

 まずは黒犬頭のギーレイ傭兵。大分老いているがガロダモのニクールが率いてきている。彼はルサレヤ殿の筆頭獣人奴隷だったと記憶している。

 ニクールの姿は、若者達と違って白髪が多く混じり、右目は白内障のようだ。背筋、足腰はしっかりしている。

「何か不都合していることはありませんか」

「これはアリル卿、わざわざ見回りご苦労様です。遠征すると明示しての志願兵ばかりですのでお構いなく。強いて言えば自分の寿命が作戦の日まで足りるか心配なぐらいです」

「対岸で死ねるようお計らいしましょう」

「それは老骨に有難い言葉です。後継者が育って連れ合いが死んでからはもう、戦士として死ねるかどうかが心配なばかりで」

「好敵手と出会えるといいですね」

「ありがとうございます」


■■■


 北部同盟の傭兵は多彩だ。

 黒鱗が大半を占める蜥蜴頭と、黒が少しいる金の獅子頭。中核になって統制しているのはフラル系白人と内陸部系黒人の人間達。

 統率役になっているアデロ=アンベルという男は、西側世界では傭兵として名が売れていたフェルシッタ傭兵の長。神聖教会に粛清されかけたところを逃れた経歴があり、下手な味方より敵の敵ということで信頼が置ける、と言われている。

「何か不都合していることはありませんか」

「お疲れ様です。うむ、そうですね……いえ」

 何かを考えている。これは引き出さねば後に障る。

「身内の恥は隠すものと思わずご相談下さい。それぞれ事情が違うことは存じております。遠慮されれば世話役としてこちらが困ります。ご協力下さい」

「これは耳が痛い、そこまで言われると……はい、食糧に関してです。獅子頭の方は素直なのですが大食らいの肉好きで、蜥蜴頭の方は狂暴で大食らいの肉好きで、食糧配給が穀物重視ではどうも腹に合わず、下したり未消化だったり、吐いてる者もいますね。量が結局足りなければ何れは餓えて暴動になるかもしれないといったところです。わざと殺し合わせて共食いか、という話も出ていました。いや、これは早く話すべきでしたね。共食いなんて大事だ」

 穀物は割安、食肉は比べて値が高い上に供給量も比較して限界がある。人間の腹に合わせて穀物偏重気味で供給していたことが仇になっていたのか。

「魚は嫌われてますか?」

「蜥蜴頭の方は好物にしてますが、獅子頭の方は蛇の奇形だと思って大層気持ち悪がっています。好みにうるさい奴等です」

「人間の兵士達に少しの間我慢して頂くことは可能ですか?」

「それは勿論。出来れば酒と砂糖と、あと辛子の割り当てが一時的にでも増えれば長期的に」

「後で担当の者を呼びましょう。段階的に調整するよう善処します」

「ご配慮ありがとうございます」

 実際に顔を合わせ、周囲の耳が無いところで聞かなければ分からないことがある。

 他の指揮官級が集まっているところで食べ物の”わがまま”を言ったら沽券に関わることもあるだろう。

 そんなことを気にしていたのか? と周囲が思うことでも本人が気にしている場合がある。

 戸別訪問は今後も、作戦開始後だとしても続けるべきだ。


■■■


 イサ帝国からも黒人王国割譲の際、金以外にも獣人義勇兵と、その隷下にある黒人奴隷兵が送られてきている。あまり指揮に従ってくれないとは見ているが、本当に我々が欲しいものはこれで保障されたようなものだ。

 新生エーランはイサ帝国と黒人王国関連の、国境摩擦等の紛争の火種を得るより、いっそ手放して兵なり金なりを引き出すことを選んだ。これが重要。元よりあの国々は旧エーラン領ではない再征服圏外で執着も無く、また征服したばかりでは得る物も無く、軍と官僚を派遣するだけの余裕も無いという判断で切り捨てた。

 南方の安全が一番の対価。この扱い辛い義勇兵は安全保障の証、人質ということである。最悪、作戦には名目上参加しているということにして、このカルタリア周辺で観光でもさせたままで良いくらいだ。

「何か不都合していることはありませんか」

 義勇兵として派遣されることに不平を感じていると、見慣れぬ鬣犬頭のマーリー・ロンゴロン将軍が表情を隠しもしない。そして凶悪な顔に似合わない高い声を出し、人間の通訳を介す。

「出発は何時だと言っておられます」

「乗降訓練が上手く行けば近い内に」

「話すことはこれ以上無いそうです」

「ではこちらから。奴隷達の健康状態は如何ですか? 疫病は最も忌避されます」

「邪魔なら……食べてよろしいそうで。えー、私から、荷物持ちや弾避けに使える家畜という認識で、流刑も兼ねていて丁寧でありません」

 これはどうしようか?

「仮に、その奴隷を買い上げるとしたら売ってくれますか?」

「北の金などあっても使えないとのことです。えー、それから……はい、はい……肉の配給を増やすならその分譲ると」

「魚はお嫌いですか?」

「面倒なやり取りは嫌いだそうです。もう全頭処分するからうるさいのは止めろ、だそうです。私からも、もう話は切り上げた方がよろしいかと」

「わかりました」

 随分と短気に思えるが、おかしな問題が起こる前に決するという判断力の表れとも取れるか? 不安材料が早期に消えるなら許容しようか。


■■■


 新大陸経由でやってきた傭兵も交じっている。金の仮面を被った怪しい隻腕の男が”宇宙最高師範”なる肩書で、率いる集団は天力傭兵団という、良く分からない名乗りをしている。東方と関わる仕事には就いてこなかったので言葉一つ一つに勘が働かない。

 師範というだけあって武術集団でもあり、揃いの掛け声を出しながら徒手格闘の稽古を欠かさない者達だ。大層士気も高く、規律が整っている。肉体も並々ならぬ仕上がりである。

 以前まではペセトト帝国軍に雇われていたようだが、今はこちらに身を寄せている。同胞達を食わせるため、命を削って金に換える覚悟が決まっているという話は聞いている。

「何か不都合していることはありませんか」

「んふっ、こんにちは」

「はいこんにちは」

 こちらの通訳らしい、帝国連邦の遊牧民の青年が何故か笑っている。愛想が良いのか、詐欺師なのか、脳内に太陽が昇っているのかは分からない。

 彼は金仮面の言葉を介さず、ほぼ代理人として立っていることから重用されているらしい。帝国連邦の国際交流範囲は壮大というところだろう。

「一つだけあります!」

「一つ? 遠慮せずどうぞ」

「米は米でも、東方の短粒米が欲しいんです。これが無いと皆、お腹に力が入らないって言ってます」

「米の品種に拘りが? 南大陸のものでは何か障りがありますか」

「あるんです、においと味が。僕は長粒で作った焼き飯の方が好きだけどね」

 味の拘りで文句を言われるとは思わなかった。これを聞き入れる必要はあるか?

「話はしてみますが、難しいと思ってください。輸入品目でそれに覚えがありません」

「そこは気合で」

 態度に遠慮が無い奴だな。

「病気になるような問題が無ければ我慢して貰います」

「出来る出来る絶対出来る!」

「話は聞きますがわがままは困りますよ」

「ブットイマルス!」

 話を通す相手を間違えたか? 天力傭兵団の幹部と思しき者達を見やるが、介入してくる気配が無い。

 この困った青年の相方のような女が、その尻を蹴飛ばして「ぎにゃー!?」と鳴かせて跪かせる。

「骨は大丈夫かね?」

 女がどこかの言葉でこちらに、謝罪めいた言葉を放って会釈もし、青年を引きずっていった。


■■■


 魔戦軍はこのアディアマー社で世話をしろ、という魔王陛下の命があるも、エスアルフ殿が魔戦軍全体の面倒を抜かりなく見ているので手のつけようがない。補給業務に関してなら教えを乞う立場にあるぐらい年季に差があることは事実。

 あえて言うなら、あちらとこちらで輸入品を競り合っている状態で、にわかに商売敵となっている。

 輸入品目を武器弾薬、食糧日用品という二種に大別したとする。

 武器弾薬は、こちらはランマルカとクストラ、西側からの輸入で充足。あちらは魔神代理領と帝国連邦、東側からの輸入で充足。ここは対等。

 食糧日用品となると、まずこちらは自国生産分では圧倒的に不足。東西両側からの輸入に頼っており、比率的には東側からの供給が無ければ餓えてしまう程。

 あちらは東側世界からの物流を掌握していて不足する心配がほぼ無い。

 我々魔王軍が東側から輸入する品は魔戦軍の買い残しだ。良品、買得品等と呼べる品は真っ先に取られていて、”貿易効率”という数値を計算して出し、競うのならば負けている。

「アリルよ、俺が仲卸になってやると言ってるんだ。手数料も別に高く無いぞ」

 競合している東側物流を魔戦軍に委託するなら、その”貿易効率”を是正してやる、そう言っている。手数料、運賃がどれだけ省かれ、商船の管理積載効率がどれだけ効率化されるか? 試算したら、普通は否応無しに応じたくなる額が見られるはず。しかし理由がある。

「畏れ多くも魔王陛下の軍を預かります。今作戦以外にも関わる中で、別系統の貿易路に支配されるわけにはいきません。我々は飼い犬ではございません」

「帝国連邦並に母屋ごと引きずり回せるようになってから言ってみろ」

 あのような狂犬と比べられても……。

「一事業者からは申し上げられません」

「ほう、茶坊主がよくもそんな口を叩けるようになったな」

「先達方のご指導の賜物です」

「そんなにお前等の後継者志望は余裕が無いのか?」

「挑発には乗りません」

「魔王ってのは、なんだか言葉尻は合うが、新生エーランってのはどういう冗談だ」

「申し上げる立場に無いが、陛下の侮辱は許しません」

 エスアルフ殿の第三の赤い眼から視線が離せない。経験と術の双方から胸の内など既に看破されているだろう。元より嘘など吐く気は無いが、己が自覚していること以外まで覗かれた気はしている。

「狂ってるなら同情するが、正気か」

「理屈に合わないところなどありません」

「戦力評価もか? あの何考えてるか分からん北の連中を頼りに? 妖精だぞ」

「戦略に関して申し上げる立場に無い。そもそもそのような問答、陛下とお会いになってされたのでは? まさか臆して言いそびれたから私に八つ当たりに来ているわけではないでしょう」

「まさか、何で俺があのガキにビビるんだよ」

「次に侮辱したらエスアルフ殿とて容赦しません」

「その厚い忠義が分からんって言ってるんだよ。大冒険の旗振り役の下について突っ走るのはまだいい、心底から魔王にエーランだのと、何の心算だ。虫人の長生きは知ってるが年寄りの思い出作りにしたって懐古が過ぎる」

「何を言わせたいのか、どうぞ」

「アリルよ、三代目と大宰相が頼りないのは分かる。だが引っ繰り返す気なら貿易路の支配どころじゃ済まんぞ」

「戦略に関して申し上げる立場に無い」

 自力以外に頼るとこういう鎖に繋がれてしまう。帝国連邦ほど力があれば、言う通りに逆に引きずるのだろうが。


■■■


 沿岸に設定した演習場で、海の向こう側、水平線を見ながら待つ。

 その前に何度か避難訓練を行った。あまりにも見たことの無い存在を前に、人は認識が出来ないことがある。そうなると頭も身体も麻痺する。危険だ。

 何をこんなところで避難などと、と馬鹿にされて面倒臭がられようと、とにかくそういう集団行動があるという認識をまずさせた。行軍演習の成果は、多少発揮された。

 水平線から突き出るように船影が見えてきた。影は背を伸ばし、幅を広げ続ける。発せられる圧迫感に、避難指示を前に傭兵達の重心が前から後ろに傾き始める。

 あれは水上都市。それも、ロシエ海軍によっていくつも無力化されたものを回収して連結した、超巨大合体連結水上都市である。

「津波警報発令! 津波警報発令!」

 馬鹿にされた避難訓練通りの号令、鐘を鳴らしての警報。出来るだけ浜から、海水面より高いところに逃れろと指示が各隊に下る。

 元から丘の上にいろと命令していたが、水上都市を待つ間に、勝手にあちこち移動して砂浜にまで行っていたような連中もいた。そんな命令の聞けない者達も、合体水上都市の接近、波の変化を見れば素直に丘へ向かって駆け出す。

 合体水上都市、際限が無いかのように姿を巨大に見せ続ける。

 獣人が鳴き、人間が神に祈り出す。世界の終末があったら、これが様々ある一場面かもしれない。

 巨大な成形石の列が海水を押し出し、波を急き立てて干潮の転換もまたずに砂浜を水中に沈める。

 岩礁、暗礁、海中の砂丘を大都市が圧し潰して轟音鳴らして地を揺らし、盛り上げて海岸地形を変え、溢れた海水砂利が津波になって沿岸を流して荒らす。

 我々を侮っている傭兵、魔戦軍を従順にする”衝撃”を食らわせてやった。

「乗降訓練を開始せよ!」

 合体水上都市から、無数のペセトト妖精の手により高い縁から縄梯子が降ろされる。

 起重機が綱を垂らし、重量物を引き上げる用意がされる。

 ”衝撃”を受けた傭兵、魔戦軍は以前より動きに統一感が生まれている。怯えて竦んで鈍くなっているのは今回、初回は仕方が無いだろう。

 あの史上最大の船名はイノラ・カルタリゲン号。

 古エーラン時代には人間と妖精が結婚した例など文献に、やや奇態として残されている。

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