第507話「ベルリク=カラバザルはここだ」 ヴァンロット

 時刻は朝に近づくが終わらないような降雪、強風で暗いまま。

 敵味方の判別が困難な中、ベーア兵か帝国連邦兵か分からないまま音を頼りに撃ち合い、足を止めない。

 隊列を離れた仲間にキドバ兵とも殺し合うことがあるが、これでも足を止めない。不幸な事故だが、それだけ。

 撃たれて仲間が倒れても救助もしない。損害を無視する。甘受するどころではない。

 立ち塞がる障害。敵集団、時に特別作戦軍の集団を装甲機兵の四連装機関銃が平らにして潰す。

 そんな中で特別作戦軍の指揮系統から外れた迷子の入れ墨兵、人狼兵を拾い上げて戦力に加える。

 煤と泥で汚れ、かすめる破片に服を裂かれながらも無傷のランスロウ元帥を信じるしかない。

《前進!》

 と常に拡声機で声を出し駆け回る姿が健気。これを見て足を休めている暇は無い。

 清廉な童貞には弾が当たらないと言う。それも見た目も良ければ生まれも良くて、若い頃から誘い手数多だっただろう人生の中で結婚しておきながら童貞という本物の中の本物はどれ程なのだろうか? 泥中を泳いで汚れていないかのような奇跡を感じる。

 明らかに童貞処女、性格の素直さを見分けて露骨に態度を変えるギスケル卿に可愛がられているのだから更に特別な雰囲気。何か、超常性を感じる。いや、こじつけでも今は感じたい。勇気はそこから生まれる。

 我ら独立戦略機動軍の飛行船発着場に到達したのは夜明け前。雪雲が去り始め、明朝が迫る暗い青空が見える。

 飛行船と交換部品等は敵に鹵獲されないよう爆破されていた。運行要員は最後の抵抗を試みた後らしく、雪を被った死体しか外からは見えない。感知能力に長けた、生き残りもわずかになったフレッテ兵が――自発的に動けない瀕死者も見逃さないよう――生存者を捜索することになった。敵の情報を得るのが最優先で、救助は二番。

 降雪が停止した影響で敵の足跡の追跡が可能になっているので、我々は足を止めずにまだ西へ進む。

 何時、遊牧騎兵に襲撃されるかと警戒し、発着場から離れ始めると早速フレッテ兵が、死んだふりで難を凌いだ生存者から重大な情報を得て来た。

 ベルリク=カラバザル本人があの発着場を直接襲撃しており、そこで食事を取って部隊を二つに分け、一つは西、もう一つは東へ向かったという。つまり我々は今、挟撃寸前である。

 目撃者はわざと生かされた可能性もあった。挟撃されているという情報を報せて、どう行動を誘導するかは自分に分からない。そんな時はランスロウ元帥が直ぐに決断を下す。この人は迷っても、それは大体一瞬だ。

《全隊反転、東へ》

 ここに来てこの決断。とにかく西へ急き立てた足を戻してみせた。ベルリク=カラバザルの顔を見るまで正解か不明だが、その首に手が届くまでの障害を剥し続けてくれている予感がする。

 攻撃縦隊、転回して東向き、前進。

 缶詰の蓋は剥され、中身を掻き出す時が来ている。ベルリク=カラバザルの内臓を掻き出して世界の不幸を終わらせる時が。


■■■


 日の出は近い。薄明かりの下にいる。

 先程通り過ぎた発着場が見えて来て、本隊周囲に展開する警戒部隊が射撃戦を開始する。非金属装備の弩は銃兵相手には磁気結界と合わせると一方的だが、遊牧騎兵が敵なら弓矢で応戦してくる。一瞬で全滅させられているわけではなさそうだが。

 一見周囲を見渡してもわからない遠距離からの小銃狙撃がこちら、本隊に届く。磁気結界が防ぐ。

 兵士達が手元から小銃が磁気流に持っていかれないよう、筋肉ではなく関節で引っ掛けるように抱く。

 まだ足止めや虚仮脅し、という段階だとランスロウ元帥は判断したらしく移動停止命令を出さない。

 前進は続き、矢を射かけられ始めた。弓射は物陰に隠れながらの曲射で、射程の長い軽い矢。鏃は石や骨製で磁気結界対策がされ、全て毒塗り。時間経過で痙攣して泡を吹いて動けなくなる種類。

 前進は続いたが、ランスロウ元帥が我が強化外骨格隊のところまで来た。東の空を指差し、日出までわずかと指摘。

「我々は網に掛かった。奴は日の出を背負って、火箭の集中砲火と同時に来る腹だ。その前に突き破れ」

「了解!」

 強化外骨格の腕を振り、今まで温存された我が強化外骨格隊の三百機を導いて走り出す。左手には機関銃、右手には焼結体の穂先を持つ陶器の槍。自分の槍には旗を巻いている。

 跳ね走る。足趾のばね、軍馬より速く、競走馬には持久力で勝る。

 途中で防毒覆面を被るように「化学戦闘用意!」と号令。

 頭上を火箭が通り過ぎ、装甲機兵が四連装機関銃で撃ち落し、爆ぜる。炸裂して落ちる煙は濃厚、毒瓦斯。

 空飛ぶ義眼を上へ飛ばす。外骨格の足より遅く、視界はあっという間に後方へ流れる。しかし高い視界が得られ、脳との接続距離から離れて接続が切れる。

 頭痛がする。東側、遠方に火箭の発射台が並び、騎兵が列を作っていた。あれにベルリク=カラバザルが混じる?

「三列横隊!」

 攻撃縦隊から薄く広い横隊へ走りながら整列。

「機関銃構え、射角四十五……一斉射!」

 空飛ぶ義眼を再度上へ飛ばす。眼球がもう一つ頭の中に増える感覚は強烈な吐き気に至る。

 放った機関銃斉射、曳光弾の弾道、弾着を見る。火箭と騎兵の列より遥か向こう側へ行った。距離があると思い過ぎた。奴等の馬の背の低さを考えなかったか。

 それから射角を下げ「射角水平!」と命じて射撃。義眼はもう飛ばさない。指揮に影響が出る。この二回でも相当、適正が高いと言われたんだが。使い時を間違えた?

 機関銃の水平射撃を敵に当てているか分からないまま、闇雲に撃って、跳ねて走る。

 弾倉を一度替え、敵の機関銃射撃と小銃狙撃が始まり、部下が転倒を始めた。

「機関銃捨てろ、磁気結界発動! 攻撃縦隊!」

 隊列幅を狭めて密集し、金属装備を捨てて磁気結界を密集することでより強くする。機関銃弾の集中を流す。砲弾も反れていった。

 進行方向、遥か先で火箭が炸裂。濃厚な煙、毒瓦斯、いや煙幕? 兼用?

 両側面、遊牧騎兵が弓を構えて張り付き出す。石、骨鏃の矢、強化外骨格に刺さって貫通せず。関節に刺されば動きが止まる。顔に刺されば、根性で踏ん張らないと倒れる。目に刺さって脳に達すれば死ぬ。

「隊列乱すな! 手で目を守れ!」

 自分が今すべきは、煙と矢の雨の中、ベルリク=カラバザルを見つけること。

 煙を踏んで前進。顔に一本、矢が刺さった。たぶん急所じゃない。覆面の割れ目から毒瓦斯が入って来た。くしゃみ、咳、涎、涙、覆面内側が汁塗れで潰れた。前が見えない。

 解決方法。防毒覆面を外す。目に染みる。眉間に皺を全力で寄せて目蓋を開いても視力が無いも同然。

 更なる解決。両目を指で潰し、空飛ぶ義眼を手に持って飛ばさずに発動。余計な目からの情報は遮断した上で視界確保。

 頭痛、吐き気は? 思った以上に軽い。目を抉られた者は義眼を装着しても、あまり身体に影響が無いことは知られている。それの応用。

 伸ばした手先で持つ義眼の視界、火箭発射台と騎兵の列。機関銃の水平射撃でかなりの数を倒しているのが見えた。衝突までもう少し。

 発射台を操作していた敵兵はもう馬に乗って左右に逃げた。騎兵の列も左右に分かれる。

 伸ばした手先を左右、人相描きも覚えている。あのベルリク=カラバザル、見れば雰囲気で分かるそうだ。ポーリ宰相から聞いている。

 まるで破滅の大穴、吸い込まれる……あれだ。

 槍を回し、巻いた旗を解いて掲げる。部下に示す。

「発見、我に続け!」

 ベルリク=カラバザル、こちらの突撃を前に悠然と逃げもしない。

 左右から火炎の塊が飛んでくる。まるで”火の鳥”、部下が炎に包まれ転げる。

 投げ縄が飛び、馬に引かれて転倒する者がいる。

 打てば爆発する長柄槌を持って騎兵が突撃してくる。

 馬から飛びついて、手にもった石で部下の顔面が潰される。

 爆弾を抱えた騎馬特攻は槍ぐらいでは防ぎようがない。

 自分はまだ標的になっていない。脱落していく部下が盾になっている。

 しかし術妨害が無い。きっと架橋地点でのあれが最後。

 ベルリク=カラバザル、遂に背を向けて逃げ出した。

 追う。こちらが追い、逃げるあちらの一団が背面騎射で矢を射る。部下達が次々と脱落していく。背後にどれだけ残っている?

 自分の、もう用も減って来た顔にまた矢が刺さる。眼窩から脳へ矢が通らないよう、顔を下げていて即死は防いだ。毒塗りのはずだが、この身体に効いているか?

 目標が定まった。旗をまた巻いて、通常の投擲姿勢は走行姿勢を中断させて足を鈍らせるから、肩が捩じ切れる動作を許容し、稼働制限を外して片手槍投げ。

 右肩を犠牲にベルリク=カラバザルの馬を投槍で転がした。奴の背中を狙ったが、しかしずれた。

 ベルリク=カラバザル、倒れる馬の胴が地面に着く前に飛び上がって、帽子を落としながら受け身を取って立ち上がる。顔は笑っている、楽しそうだ。嘲笑ったり、怒りが過ぎて笑ってしまっているわけではない。遊びの心算か?

 強化外骨格なら殴る蹴るで十分。毒である程度麻痺しようが、強化外骨格は身体障害者にも神話の英雄の力を与える。そう出来ている。

 ベルリク=カラバザルが拳銃を抜き、下を撃った。

 地面が見える、雪面、手を突いて転倒を防ぐ。

 転んだ? ここで対人地雷を踏んだ? 何か、磁気結界の隙を突いた射撃で転ばされた?

 手に持つ義眼、潰してしまった。視界が消える。

 視界は消えても大体の位置はまだ分かる。拳を振り、蹴りを放ち、全て空を切る。

「ベルリク=カラバザルはここだ! 全隊集合!」

 開いた手を突き上げる。後続はやってくる。我々の目的は敵戦力の撃破ではなく、あの男の首一つ。皆が理解している。

「お見事!」

 痛みが興奮で飛んでいるが故か、鏃が頭の奥に滑るのが分かった。それから顔に拳。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る