第506話「ベルリク=カラバザル抹殺」 ランスロウ
電信機器に圧迫されて人の膝を跨がなければ移動も難しい大天幕。移動司令部内でシアドレク公、最期の予測を整理した樹形図を見る。
事態が進展するたびに予測の枝が折れ、選ばれた枝は幅が広がってまた新しい枝が生える。
死にかけのシアドレク公ではその全てを書き切れなかった。近い未来の広がりまでが精々だったが、その一つを選択すればかなりまっすぐな枝が生えてくる。
マウズ川からリビス=マウズ運河への入り口、そこから東へ突出部を形成するとベルリク=カラバザル率いる黒軍が突入してくる。これが彼の、最期の予言で伸ばした最大の枝。
ここ以外ではいけなかったのだろうか? 最期の力ではこの一本以外を示すことは難しかったらしい。寿命がもう少しあればもっと最高の答えがあったかもしれない。
この先からは自分の仕事、予測である。
どこから黒軍が突入してくるかは不明。過去の記録から悪天候と夜襲を組み合わせて来ると見た。天気予報は、過去の類例から見て何となくしか分からなかった。
吹雪が到来し、飛行船の運行が停止した後、突出部に対してほぼ全周から敵の攻撃が始まる。ほぼ隙間無しで、気が狂ったようなジャーヴァルかパシャンダの突撃兵が混じるということで乱戦不可避。整然とした戦場が望めないという状態になる。
過去のパシャンダ会社の記録が欲しくなったが、流石にここでは用意が無い。
しかし同じ魔神代理領とはいえ南の兵士をこの西北の地に投入出来るとは……。
これは黒軍突入開始の合図であった。どの位置から入って、抜けるかは実際に攻撃を受けて確かめるしか無かった。
ベルリク=カラバザルの攻撃法則から、吹雪が北風と共に来るならそれを追い風にし、こちらに向かい風を浴びせて少しでも弱体化させる小細工が疑われた。また縦陣形で針のように通して来ると見込まれ、侵入後でも察知は困難とも予測。
シアドレク公はここをわずかに予言していた。”北から来る”と強調した走り書きが一言。
この一言に基づき、突出部北側の警戒網を強化していた。
悪天候到来前にギスケル卿がフレッテ兵等と共に、北側へ敵偵察部隊狩りに向かい、部隊の壊滅と引き換えに妖精と鷹頭の目玉を蒸留酒と塩漬けの瓶詰を多数作成していた。この戦いが何か、悪いことを未然に防ぎ、良い未来に繋がったと思いたいところ。
しかしギスケル卿がこう、あんな蒐集をするとは思っていなかった。義眼と何か関係有りそうだったが、女性の秘密を問うのは無粋だ。
状況は逼迫、乱戦模様ということ以外分からない夜が過ぎ、朝になってからの入電と伝令による報告が届く。
”正体不明の騎兵集団、突出部中央に突如出現。西岸へ移動中。先頭集団の位置不明”である。間違いなくベルリク=カラバザルの黒軍だ。
突入口はこの時点で不明。この時点ではあちらが上手と言える。
中央に出現して西進中という情報が来たわけだが、この移動司令部を狙っているわけではないのか? 察知され辛いようにあちこち動いて回っていたし、ギスケル卿が、狙撃兵を兼ねる偵察部隊を追い返してくれた。
吹雪が収まらない中、陽の光に照らされた白に埋め尽くされている中で八方手を尽くせない。何か一つに行動を絞りたい。
電信は各所から届いている、電信線の切断を敵は狙っていないような気がする。指揮系統を混乱させるより優先することがあるようだ。
奴等は何をしたい?
突出部を縦断して切断する? 突入口と思われる北側の部隊からの入電があるから、初動は攻撃的ではない。脇目を振らぬ機動重視。
中央部に到達して、こちらの司令部を捜す素振りも無く西進している模様。突出部に存在する我々を撃破する気も窺えない。
こうなれば突出部形成の根拠地である、運河西岸にある重砲兵陣地を狙う? これか。
あそこには懲罰大隊でも複線陣地を突破出来るだけの砲、弾薬が集結している。
この悪天候なら友軍誤射のおそれ、そもそもの観測不良もあって大半の砲は近距離直射ぐらいにしか使えない。懐に潜り込まれたら尚更どころか、奪われて不利になり得る。
黒軍の戦い方に、騎兵機動力を生かして大砲を奪ってその場限りの砲兵隊を構築するというものがあるそうだ。条件が重なれば重砲軽騎兵としてすら振る舞える。
この”作戦の木”の最後の枝が、ここまでくればほぼ一直線になる。
独立戦略機動軍全体に命令。電信を送る。
「損害、脱落、救援要請など全て無視してリビス=マウズ運河東岸渡河地点へ分進合流せよ。黒軍を西岸に閉じ込める」
「了解」
通信兵に電信を送らせ、受信の返事が無いところへは伝令を送り出す。
西岸で戦えば大量の砲弾が炸裂し、大砲が失われて大層なことになるだろうが、帝国連邦総統の首となれば幾らでもお釣りがくる。
西岸には特別作戦軍の本隊が控えている。あの化物連中なら砲弾があちこちで爆発するような戦場でも怯みはしまい。そんな蛮勇を誇るための連中だからな。
我々が西進するなか、突出部の保持は懲罰大隊が行う。初期には一万程度、それから補充が繰り返されて数万、とにかくたくさん。補充を最優先にして人数はちゃんと数えていないらしい。整えるよりも間に合わせた、様相。
大隊指揮官である火傷の人狼少佐が使う”駆り立ての術”とやらが、最悪最低の精神身体状況でも兵士達を動かせるという実験に成功している。戦場の極限を潜り抜けたことで証明。
突出部形成に使われた兵士達はボロクズ状態だが、補充の懲罰兵達は装備も正規軍基準で、士気の高い死兵の戦いをしてくれると見込まれている。無用な攻撃に出なければ彼我の戦力比に対して相当持ち応えるのではなかろうか。
いずれにしても突出部は放棄前提。独立戦略機動軍としてはもう、無いものと考えて思考を単純化させる。
帝国連邦軍は順調に後退したければしろ。ただベルリク=カラバザル、その首だけは置いていけ。
■■■
時頃は昼。風の強弱はあるがまだ吹雪の範囲。空模様は悪く、おそらく敵の味方のまま。そういう時頃を狙ったのだろう。
リビス=マウズ運河架橋地点、直近部隊からの連絡は途絶。奇襲で瞬く間に全滅したと見られる。便りが無いのが敵意志の証明。
架橋地点周辺部からの連絡はあって”現場は異常無し。ただちに行動可能”と返事が来ている場合も。一時攻撃を受けたがすぐにいなくなったという報告も上がる。
電信線の不調により伝令が遅れて走って来ることもある。電気で意思疎通が出来るようになったのも最近のことだから忘れがちだが、これが当たり前なのだ。
連絡の有る無し。敵との接触の有る無し。この違いを地図に印をつけていくだけで敵の動きが見えて来る。受動的過ぎるが。
偵察部隊の手紙を受け取った警戒部隊から、電信に直したその文章が届き”黒軍、ほぼ全隊が西岸へ渡河済み。非常に素早い”と告げられる。
地図につけた印の跡を辿れば、渡河済みの言葉に誤報は無いだろうと確信する。
運河東岸、架橋地点への全隊集結を命じる。
東岸側にどれだけ黒軍が残っているかで戦力配分を考えるつもりだったが、こうなれば一点集中だ。
全隊各部へ電信、伝令を飛ばす。司令部を撤去、移動開始。
まずは砲兵を東岸に配置したい。既に黒軍が西岸架橋地点を確保したと見做す。それくらいやってくれなければ宿敵と認定した甲斐がない。
それから東岸へは大きな障害も無く到着。突出部形成時に架けた橋は爆破もされず健在だが、爆弾が仕掛けられていないか処理班に探させる。橋脚、橋桁と言うに及ばず、周辺の地雷まで。
爆弾処理班以外の先着した部隊から大砲の無い砲兵陣地を構築。敵が放棄して、懲罰大隊が占領した陣地を利用出来るので掃除と整理程度で済む。
安全に、静かに作業が始まる。黒軍が渡り切ったはずの西岸からは一発の銃弾も矢も飛んできていない。
それから、今が最後の普通の食事を取れる機会だと見て食事を命令。
偵察部隊を対岸へ「死んでもいいから情報は持って帰れ。特別作戦軍と連絡をつけろ」と先行させる。
「我々が護衛について行きましょうか」
強化外骨格部隊の長、ヴァンロット大佐からの提言。機動力と戦闘能力の高さから帰還率も高くなるだろう。だが。
「一番後ろで待機。目標はベルリク=カラバザルの首だ。その時にボロボロでは意味が無い」
「は」
「事前に命令しておこう。何があっても、主力に司令部が消滅しても奴の首を狙うのが最優先。死ぬのは次だ」
「勿論です」
準備が出来たところでいつ仕掛けるかだが、黒軍が西岸の奥へもっと引き込まれるのを待つべきか? エルドレク殿下とあの化物共の戦闘能力を信じるべきだとも思う。その上でいつ背中へ切りつけるか。
砲兵陣地へ大砲が入り始める。直ぐには撃たない。見えないところには敵がいる前提で撃つことはしない。とりあえず今は。
視界不良の観測下では友軍誤射のおそれがある。何なら敵と誤認された時、ベーア帝国軍の砲兵陣地からとんでもない規模の砲弾が送られてくる。
どこを撃つかは偵察部隊の情報が基本的に頼り。あとは特別作戦軍と連絡が取れた場合。それから、犠牲を省みないと判断した時。
爆弾処理班が、少数の対人用と見られる小型地雷の撤去を報告。集積された工業用爆薬のような大仕掛けは確認されず。
渡河を開始する。まずは寒いだなんだとうるさいキドバ兵に橋を渡らせる。未知の罠が無いか確かめるためには人を先に行かせるのが常套。ガンベ摂政女王が愚痴っぽいことを言っていたが「死ぬのが仕事でしょう?」と言ったら黙った。世の人間達もせめて一言くらいで黙ればいいのに。
次に、装甲機兵には橋を使わせず、堤防の坂を下りて川を渡って進ませる。まずは対岸に装甲の壁を並べて橋頭保としたい。
これは橋に砲弾が命中し、失っても川の中に装甲機兵がいるだけで歩兵を濡らさずに渡河させることが断然容易になる。
装甲機兵が堤防を下り、川に足を入れて半ばまで進んだところで一斉停止。ポーリ機関の還流装置が停止し、緊急排気で圧縮された蒸気が勢い良く噴き上げられ足が止まる。寸で四つん這いで堪えるか、仰向け、うつ伏せに転倒。
最初に「目が見えない!?」と騒ぐのは義眼の者で、攻撃されたと思って伏せる。
ギスケル卿も左手で義眼を抑えて「術妨害」と言う。
義手の者は武器を取り落とし、小銃が暴発することもある。「敵襲!」と、誤報でもない声が上がってしまう。
義足の者、四脚輸送機も転ぶ。強化外骨格の転倒は大きく、受け身も取れずに近くにいた者と衝突、圧し潰す。装備者も一応は兜を被るが、当たり所が悪ければ、周囲を見渡せるよう動く首が折れる。死傷者が出る。
理術式の拡声機で声を出そうとしたが大きな音にならず「警戒態勢!」と地声が出るだけ。
これは……?
「通信装置、”感”あるか?」
通信隊に電信装置を確認させて「通電中!」と報告。術妨害、間違いない。
理術装置が全て”落ちた”。次は攻撃、攻撃? 周囲に敵はいない。遠距離。
「電信。伝令、全隊へ。散開、塹壕退避。ただし砲兵は対砲兵戦用意」
来る、たぶん来る。いや確実。初撃は?
渡された仮設橋の半ばを削って、その落ちる影で炸裂。
川の水と氷、雪に泥、石とキドバ兵が噴き上がって橋を千切って持ち上げて広がる。
弾かれた白い空気の波が半球上に広がって粉雪を広げる。突風に煽られる。
高音を鳴らして細かい破片が弾丸になって周囲に刺さる。肉を裂いて装甲板に穴を開ける。
遅れて大きい破片が降る。水と氷と石と肉片の通り雨。血と脂肪が粘りつく。
大規模地雷の発破と一瞬疑ったが、その後に高く鋭い、しかし奇妙な飛翔音があった。
初撃で狙ったところに着弾している。音より早い砲弾は昨今珍しくないが、それにしても聞き覚えが無いというか、別種の感がある。
まず先制砲撃が出来ている敵が優位。敵は、この架橋地点の両岸どちらかに我々がへばりつくことを知っている。事前に測量を済ませていると思われ、視界外からでもこの通りに効力射を加えてきている。
ただの騎兵馬鹿なら与しやすいものを。
……アレオンを思い出して部下達の仇を取ってやるなどと馬鹿なことを考えるな。死人如きに足など引かれんぞ。
「ギスケル卿、退避を」
返事は、首をやや傾げただけの拒否。無駄と分かっていても安全なところにいて欲しいが、しかし後ろで応援していて欲しい。
勇気は億倍。
全隊に声が届いているか怪しい中、砲兵陣地に駆け寄って直接「対砲兵戦用意出来ているか!」と声を掛ける。既に対応を始めていた。良し。
砲兵に射撃位置を推定させる。大砲を操作する以外の仕事が必要。
ラッパ状の収音装置を多連装にして遠くの音を聞き集める、音響測位装置が使われる。どの方角で砲声がするか。中でも軍楽隊やフレッテ人など、耳の良い者を集めた音響測位隊が測定する。
そしてどんな威力で着弾し、炸裂したかでベーア帝国のどの大砲であるかを特定させる。本国が戦前から調査していた情報と、ベーア帝国から提供された情報を照らし合わせる。該当する砲はあったか?
特定までは、砲兵に敵がいそうな怪しいところ全てに乱射するように命令する。
もう味方を巻き込むことは織り込む。
術妨害なんて特別な集団術を使うような奴等を殺せるなら許容範囲じゃないか。一発でも、直撃しなくても脅して術への集中を妨害出来ればこの苦境を抜けられる、はずだ。
運河の、南から舐めるように規則正しい間隔で敵の砲弾が落ち始める。図に定規で直線を引いてから筆で点を打つような正確さで、川淵を破壊する。水中へは雪の上からでも分かるぐらい一発も落ちない。川原の砂利が砕け、あるいはそのまま散弾、ぶどう弾の様になって散る。
川へ先行した装甲機兵、全壊。生き残った随伴兵は堤防より上に逃げ、他部隊も陣地側に退避させ、塹壕に隠れて被害を限定させる。
音響測位隊が耳で方角と、射撃から着弾までの時間を計り、ベーア製火砲の情報と照らし合わせて正確な位置を割り出しにかかる。
砲兵指揮官に聞く。
「どうだ?」
「砲声が異常で聞き取り辛いです。おそらく術砲撃、まだ……」
「わかった。努力してみてくれ」
「はい」
術砲撃。この技術を世界で初めて実戦的に仕上げたのはセレード大頭領シルヴ・ベラスコイ。
セレード王国からは公然の秘密として義勇軍が帝国連邦に派遣されていると言われているがまさか当人? いやまさか、仮にも首脳、議会に黙って不在となれば問題になるだろう。ならば末端にまで技術が普及しているということになるが、それはそれで手強くて恐ろしい。
対策は無いか?
効果はあやしいが試してみるか? ただの思いつきだがこれしかないか。
徐々に数を減らす伝令を再度集めて命令を出す。
「全理術装置、無理矢理でも何でもいいから出力最大。妨害量を凌駕させろ」
動かない以上は理術の燃料となる触媒を無駄遣いしないように”火を落とす”のが基本だが、ここは逆をいかせる。術妨害ならば”火が点かない”のではなく”熱が上がらない”はずだ。
川沿いの一掃が終わり、今度は堤防を上がった先の縁に沿って砲弾が落ちる。
砲撃で被害を与えるならもっと東側、縁より先を狙うだろうと思ったが、堤防を崩して地形を壊している。
重量のある兵器、機材を運ぶには迂回しなくてはならなくなったなこれは。
対岸に、先行させた偵察部隊の伝令が見えたが砲撃を見てこちらに戻ることを躊躇している。手旗で一応信号を送ってきているようだが信号員が読み取りに苦労している。雪が邪魔だ。
「方位測定完了。方角は分かりましたが、距離が推測の域を出ません」
砲兵指揮官、いつか敵の砲撃で訪れる最期の時間を懐中時計で見れないかと盤面も見ないで手で握っている。
「術砲撃の影響か。ベーア軍砲兵陣地の展開図と合致するところは」
「既存の陣地外と思われますが、列車砲なら該当する線路が」
「とにかくまずはこちらが生きている内に撃つぞ」
「推測値で撃ちますか」
「推測地点を起点に奥へ向かって最大射程に到達するまで弾幕射撃開始。棺桶に砲弾は入らん、惜しむな」
「了解」
敵砲兵の位置が不明瞭な中で対砲兵射撃開始。無駄弾以下の、敵と味方の砲弾を悪戯に集める愚策になりかねないが、少なくとも現状が悪いままを改善出来る可能性がある。何もしなければただ悪いままだ。
こちらの大砲が、吹雪の向こう側に砲弾を次々と送り込む。少し前に通過した、今では未知になってしまったような向こう側へ。
反撃の砲弾の効果は、もしかしたらあった。堤防崩しの砲撃が、今度はこちらの砲兵陣地に向けられた。
初弾から陣地付近に着弾、直撃ではない。流石に敵の”目玉”がこの辺りに生えているわけではないようだ。
大砲はいずれも地面より低い位置、狭い穴、塹壕の中で、雪除けの布は張るが露天で設置される。砲弾が直撃しなければ大きな被害は無い。
敵の砲弾が地面を捲り上げ、地揺れ、爆風が滑って雪除け布を吹っ飛ばし、破片も通り過ぎる。我が砲兵はその中で射撃作業を続行。
大規模な誘爆除けに大砲の周りに多くの砲弾は集積されない。撃って無くなりそうになる直前くらいに、後方の安全な弾薬庫から運ばれて来るのが丁度良い塩梅。
術妨害が掛かる中、四脚輸送機が使えず砲弾の輸送は手運びになっている。不運の中の幸運で積雪しているから、応急で工兵が仕立てた橇が使えている。
敵が使うのが列車砲であるなら、このような穴倉には隠れていない。ベーア軍が、列車砲のような巨体を隠す”谷”を掘っていたとは聞いていないし、あちらから提供された展開図にも無い。こちらの射撃範囲内に居れば影響があるはず。
先行させた偵察部隊がやっと戻ってくる。同じころに、渡河しようとした部隊の生き残りが西岸側で橋頭保を、少数で頼りないが確保し始める。
この砲兵陣地は敵の砲弾を引き付けて囮になることには、まずは成功しつつある。
偵察部隊から、西岸の戦況は確認出来るだけで二種類。
一つは乱戦地域でおそらく広範囲。敵味方、明確な戦線も形成していない有様。
二つはこの架橋地点から我々が進出することを待ち伏せしている防御陣地の存在。明確な線は視界不良や、小型偵察機が――悪天候と術妨害双方――使えないので不明。
そして我々の飛行船発着場の安否を確認しに行った班は未帰還とのことで不明。
我々を砲撃している列車砲の位置を特定出来ているか尋ねたが不明。
術妨害を行っている術使い部隊に関しても尋ねたが、これもまた不明。
知りたい情報を知るためには、大人数で重装備の偵察部隊が必要である。少数、軽装で送り出しても戦い負けて逃げ帰って来るだけ。彼等は出来ることをやった。
砲兵陣地から、敵の砲撃が弾薬庫を探るようものに変わり、一度直撃して大爆発が起きて、次弾で二つ目の弾薬庫も直撃を受け爆発。
何か気持ち悪いものを感じた。着弾からの誘爆でこちらの陣地の全容が割り出され始めた気がして、次の一発で塹壕内の大砲が一つ吹き飛んだ。その次、隣の大砲が吹き飛んだ。敵が放つ術高速弾が余りにも高威力で、本来なら直撃ではなくても直撃相当の威力が出ていることを加味しても命中率が高すぎる。
とある図形があって、それの完成形を知っていて、そこから何ヵ所か部位を取り除いても全体を脳内で見ることが出来る。それを今、やられ始めた。
砲兵指揮官のところへ向かって命令する。
「死んでも撃って囮を続けろ。逃げるな」
「了解」
砲兵は工夫をつける。
一つは死んだふり。一時発砲をやめて、一部は継続して、行っていた弾幕射撃に変化をつけて敵を混乱させる。
敵の砲撃間隔が長くなった。しかしほぼ必中で大砲と弾薬庫への高威力の直撃、直撃相当弾を送ってくる。
二つは陣地転換。大砲をいつまでも一か所に置かず、他所へ移動させる。一発撃ったら直ぐに退避壕、地面の下へ隠れる。また移動先を、死体と破片に土砂と壁面の混ぜ物だらけの砲撃跡にするのも効果的。
これが黒軍。国外軍の時より機動力重視で火力は低いはずだがこの戦いよう。相手の兵器を鹵獲する前提で動いているとは何とも蛮族なのか現代職業軍人なのか、既存の言葉で表し難い奴等め。
待つ。
「起き上がった!」
装甲機兵が立ち上がる。ポーリ機関の、聞き慣れないと不安になるような蒸気を圧縮している正常動作音が聞こえ始める。
「動いたぞ!」
腰から提げた拡声機を手にする。いつの間に飛んできた破片が刺さっているが、使ってみれば音を拡張した。
《前進! 磁気結界装置発動しろ、したまま!》
陣地に隠れていた全隊、生存者達は前進。崩れた堤防を、装甲機兵と四脚輸送機の力を借りて下る。崩れた斜面は歩き辛い、浅い沼か何かのよう。
敵の砲弾、今度は少し前まで兵達が隠れていた陣地の塹壕線に沿って落ち始める。
あの塹壕は敵が掘って、こちらが多少整理しただけのもの。位置は同じ。あちらには見えなくても場所が分かっているのが逆に幸い。中に兵がいるかまでは分からないのだ。砲兵陣地の方は、弾薬庫の位置から”視られて”しまったが。
兵達の尻と背中に石が撃ち込まれる。壊滅する威力に至らない。磁気結界が弾殻と装備片を反らす。
《川を渡れ! 機会はこの百年でこれが最後だぞ!》
訓練された専門家達にあれこれと口うるさく言うのは悪いかもしれないが。
《ベルリク=カラバザルの不敗神話を打ち破れ! 繰り返す。ベルリク=カラバザルの不敗神話を打ち破れ!》
一番後方で待機させているヴァンロット大佐の強化外骨格隊の状況を聞く。術妨害で機能停止した時の転倒事故以外は損害無し。
まだいけるぞ。歩兵、砲兵の損害、甚大なのは間違いないが数えるのも時間が惜しい。
缶詰の蓋を剥す”工具”が役目を終えて潰れても、中身を掻き出す”食器”が鋭ければまだ刺せる。
■■■
西岸へ残存する戦力を渡し切った頃には夕方に迫った。未だに風雪は止まない。雪量は減ったが陽光も減った。しかし夜になったら休戦しようという上品な連中はここにいまい。
術砲撃の脅威は去らぬまま、西岸にて全隊を落ち着いて再編する暇も無く、偵察と移動と指揮系統の単純化等と、手当たり次第の再編をしながら西へ進んだ。
現場はとにかく乱戦。我々は方陣を組みつつ移動し、特別作戦軍の入れ墨兵から少しずつ情報を入手。
状況を統括的に把握している高級指揮官との連絡は途絶状態。エルドレク殿下はどこか?
敵が砲兵陣地を奪い取って隣近所を砲撃。そこへ味方が反撃の砲撃をして突入して奪い返すか、その前に爆破されて無くなる。こんなことを繰り返しているのは分かった。音でも、砲兵陣地のあちこちで爆音が上がっていることで分かる。
ベルリク=カラバザルの位置はこの混沌の中では一層不明。
奴の戦い方を読み切れているとは思っていないが、基本的に一番価値のある己の首を見せびらかしてこちらの注意、戦力を引き付けて動きを固定化し、その固定化した動きにあの術砲撃のような強烈な一撃を合わせて弱体化させ、そしてとどめの突撃は自分で入れて力を誇示する。
我が独立戦略機動軍、その固定化がされた標的になっていたようにも見える。次にこちらへ直撃、突撃しにくるか? 術砲撃で既に撃破は達成したと見做されているか?
その自分の力を誇示するとどめの一撃は、致命の一撃になる”急所”に向けられるものだ。我々は”急所”か? 違うな。今の我々には一撃の価値が無い。
ではベルリク=カラバザルは何がしたい? 奴が”急所”と今見ているのは何だ?
あいつはそう、目立ちたい。趣味嗜好もあるが、こいつを殺せば終わりと思わせてくるその首を晒して戦場のみならず、戦域全体、出来れば国家戦略も捻じ曲げたい。戦略は言い過ぎかもしれないが、出来るならやりたいぐらいに考える。
捻じ曲げが始まるような”急所”とは?
奴は一見馬鹿なことをやる。そこまでやるかということをやって、歴史に”凄い強い馬鹿”と記されたいと願っているはずだ。”急所”を突くことでそれは成し遂げられる。
黒軍が目指す”急所”がある何か、帰還する反転予定地点などは分からない。しかし今の進行方向なら分かる。もう少し後になればあちこち行ってしまうが、今なら行動範囲は限定される。
独立戦略機動軍は西へ直進する。損害を抑制するために一時方陣などを組んでしまったが直ぐに解体し、密集して幅が広めの攻撃縦隊形を取らせた。エルドレク殿下との情報交換で得た、半端な攻撃力では奴を殺せないことを念頭に入れた。
奴が狙う”急所”は不明だが、セレード独立戦争時のエデルト浸透作戦を範に取ったような行動が見込まれる。再現するのか応用するのかは分からないが、最初の足取りはきっとそれに準じる。
ベルリク=カラバザル抹殺への不純物は可能な限り除いた。後はこの純粋結晶、届いて刺さるか。硬度は足りるか?
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