第498話「ザカルジン親衛軍」 ベルリク
ゼーべ川と、その両岸を渡していたが爆破工作で鉄骨がひしゃげ、落ちた鉄橋が望める小高い丘の上。
低い椅子に座っている。アクファルが作った愛用のやつ。何年使ったか、折れたり腐ったり補修を重ねて元が残っていない。
川向こうには凝固土補強の沿岸要塞が上流から下流まで続く。塹壕に次ぐ塹壕、堡塁が無数、鉄条網が藪になっている。高射砲射程圏外には観測気球。西岸側に入った支流、川の向こうには河川砲艦が係留出来る規模の港があると偵察で分かっている。
こちらは術工兵がいるとはいえ、穴掘って木枠で補強した程度の塹壕線止まりで、比べて負けている。また川岸に陣取ることは出来ていない。敵砲兵陣地の射程圏内で、昼間は水汲みにも行けない。夏も終わりに近づき、暑さも過ぎ去っていない中できゃっきゃと水遊びも出来ない。
ベーア帝国は徴兵段階を進めたようで、前線に張り付けた軍の定員を減らさずに新編の軍を投入。前線で疲れた熟練兵を故郷に戻し、休暇が終わったらその熟練兵の中から優秀な者を選んで徴兵したばかりの新兵を教育させ、一兵を一隊に増やして戻すという手法で血量を水増ししてくる。
また対ランマルカ、ユバール、ロシエ、セレード向けに警戒配置している北エデルト軍集団、ハリキ軍、オーボル軍集団、ザーン軍からも熟練兵と装備を抜き出して、新兵で薄めて定員を維持しつつ新軍集団を設立してここの戦線に投入している。
この春夏で加わった敵の新軍は、南エデルト軍集団二十万、中部集成軍を増強再編した中央エグセン軍集団三十万。南大陸植民地から完全に引き揚げてきたブエルボル軍にズィーヴァレント兵を混ぜた軍が五万いて、予備兵力として前線より遠い位置にいるらしい。
カラミエ軍集団を十数万と消して尖兵を数万程度作った途端に、相手はこの五十万に迫る増員だ。あっちもかなり無理をしているわけだが、これはたまらん。羨ましい血量だ。抜き甲斐がある。
そのたまらん昨今、あちらの砲兵も塩素剤砲弾を積極的に使うようになって化学剤対策が面倒になってきている。糜爛剤、嘔吐剤はまだ生産出来ていないようだが時間の問題だろう。
ここを渡河するとしたらとにかく大砲、何より砲弾が足りない。
砲撃準備を整える砲弾と、沿岸要塞を破壊する砲弾と、渡河作戦時に敵を抑える砲弾が足りない。
榴弾、榴散弾、徹甲榴弾、塩素剤砲弾、糜爛剤砲弾、嘔吐剤砲弾が足りない。
騎兵で迂回するような隙間が戦”線”に存在しない。初めてエグセンで戦った時はどこかを行軍している敵軍の”点”を追いかけるのが面倒なぐらいだったというのに。
「流石に疲れたな。色々めんどくせぇ」
「はいお兄様、あーん」
「あーん」
口に入れられたのは豚と蕪の塩、砂糖煮。
めんどくさくて飯もアクファルに食わせて貰っている。今度、歯磨きもお願いしちゃおっかな。
「次脂身」
「はいお兄様」
脂は噛まなくていいな。舌で潰せる。歯の抜けたジジイみたいな食い方が出来る。
「昔な、喧嘩に負けて帰ってきたら誰だっけ、バシンカルの野郎だったかな。いや違うな、若過ぎる、野郎の親父だ。”母君がいたら首もいでくるまで帰ってくるなって言いましたよ”って言いやがるんだよ。その時何歳だったか、十歳なってないな、八歳か九歳だ。で子供とはいえ首もぐってことはその一家、集落一個丸ごと敵にするってもんよ。これが俺のちっちゃい初陣だ。ん? 違うな、その前に母上と出たことがあるな。で、家の連中に号令かけて、倉庫に騎兵砲あるんだよ。それ馬で引っ張ってその喧嘩相手んとこに砲弾ぶち込んだのが俺の大砲初体験。負けた奴、馬でおっかけて跳ね飛ばしてから拳銃で殺して、短刀で首もいだんだ。一家も皆殺しで、ああ、こっちは家の連中がやったな。それで家畜も奪って帰ったわけだ。”母君も知ったら喜ぶ”って皆、その日は宴会だ。初めて酔いつぶれたのもその日だな。そのもいだ首の肉剥して髑髏杯作ってよ。あとその晩ゲロが凄くて食った肉全部吐いちまった。誰だか、”酒じゃなくて生焼け食ったからじゃねぇか”って言ってたな。あー何の話だっけ。そう大砲、大砲は大事だぞ」
「お兄様、年寄りの自分語りの上に長い。ばってん二つ」
アクファル、両手の人差し指と中指を挟んで立てる。
「ばってんか」
胸も無い足も痛いわけじゃないんだけどな。
うーん、蒸気機関の発達で移動時間が短くなったせいか、戦中でものんびり出来ていた時間が無くなったな。エデルト浸透から、休んだには休んだが、気が休まったわけでもない。戦場も毒瓦斯だので覆面付ける付けないが忙しないし、火力集中の地震みたいな砲撃続きで神経が普通じゃない。
「あーん」
次は手で千切った蒸し饅頭。
何かこう、スパーっと突っ込めないんだな。戦線が膠着してしまうと駄目だ。イェルヴィークに一撃入れたのが上手く行き過ぎて理想が高くなってしまっている。
黒軍の騎兵共も暇になって意味も無く奇声を上げたりしている。キジズくんが先頭になって「きぃええあ!」とか咆えている。
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東から列車に乗った兵士が続々と最前線へ配置され始めている光景が見られた。服装は、妖精考案の製法が簡単で丈夫な”人民”作業服の軍隊仕様の”人民”軍服。カラミエ人民軍だ。
カラミエ人をいちいち降車駅でお出迎えなんてことはしていない。
今日は伝令代わりにラシージが来た。外マトラ軍集団司令のまま代行者を指名して、ここの戦線全体の司令を務める。間違いが無い。
「報告します」
ラシージからの報告は久し振りだ。地位が変わったせいで、昔は当たり前だったのが当たり前じゃなくなっていた。
「ご覧の通り、カラミエ人民軍先遣隊が到着しました。次段階へ移行する準備が整いつつあります」
カラミエの人民軍。何と内務省が捕虜にして上手に説得して元帥に仕立てた、ヤズ・オルタヴァニハ元公子が編制した軍だ。コスチェホヴァ陥落時には大将首を取り逃したか、汚いゴミの中に混ぜてしまったかと思っていたら一転してこの有様。
「シレンサル中央総監の尽力でザカルジン軍が南カラミエに到着しております。先発としてまず二万、後発として更に二万がスラーギィで待機中、準備完了次第到着。全て大王直属の奴隷兵です。更なる派遣は常備軍の出動や徴兵段階の引き上げが必要になるので目下見込みは無いとあちらから通達があります。代わりに魔戦軍名目で義勇兵を集めていますので、その部隊の訓練が済んだら送れるとのことです」
友情ぢから。ベーア帝国と違って、頑張って血を流してくれる友好国を増やしてきた努力が実った。ヴァララリ山地に首都があるだけあって山岳兵としても期待する。
「イスィ山地西部の防衛をザカルジン軍に委任し、配置していた分遣隊は原隊復帰中です」
「うん、それでいい」
イスィ山地西部の防衛、戦闘は未開発の山が障害になっていて停滞気味。直近まで別の場所で慌ただしい戦いが続いていたのでやや無視される形になっていた。空白地帯を嫌い、ゼーベ川を目指した各軍から派遣隊を出し合って配置していたがこれで元に戻せる。戦力の分散は一時的とはいえ消耗と同義。負担が強かった。
このイスィ山地西部の防衛はあのカラミエ人民軍には任せられなかった。掃討が面倒な山中に敵遊撃軍を解き放つような真似になる。信頼出来ない軍は見渡しの良い、敵軍と自軍の狭間に置くのが最善。何か、どこかで仕事を一つ、単独で任せるなんてことをしてはいけない。
「イスィ山地南部の戦況は劣勢です。ムンガル方面軍はマウズ川東岸へ段階的に後退中です。防壁として機能していたレッセル市は瓦礫の山となっており、放棄予定です。
イスィ山地東部に配置した派遣砲兵群が持つ大砲も次々と砲身寿命を迎えており、火力が著しく低下しています。大砲保有数の低下と並行して砲兵を原隊へ戻しています。
エグセン人民軍と革命防衛隊は激しい消耗で士気が著しく低下しました。カラミエ人民軍と接触させたら敗北主義が伝染すると見られる程です。編制中の第二軍には、この第一軍を解隊して熟練兵を回すということが無いように調整済みです。そのため第一軍は現地で使い切り、場合によっては難癖をつけて集団処刑を実施します」
腐った袋に綺麗な水を入れたら腐るの理論だ。
「第一次攻勢の終了を具申します」
「心残りはあるが、贅沢ひねり出すとキリが無いからな。そうしよう」
「全軍に計画調整をさせます」
「一次にしては、ここは突出し過ぎたかな」
「カラミエ人民軍の扱いは簡単になりました。南カラミエ地方に残られては不都合が多いでしょう」
信頼出来ない軍の扱いにもう一つ加えると、故郷に残してはならないのが鉄則。気軽に家に帰って非正規兵に転向されては面倒だ。
「流石に共和党員でも許してくれんだろうな」
焦土戦術は。
この戦域から離脱するための後退作戦の命令書類を作る机と筆記用具を用意させる。風も大したことないから屋外でいい。
ラシージを股の間に座らせて紙に書く……その前に現在の軍配置を思い出す。
ゼーベ川沿いの西側はゼーベ戦線としている。
ゼーベ戦線北側右翼にはユドルム方面軍。
カラミエスコ山脈南麓の森林山岳地帯が含まれるので妖精、獣人主体で悪路に強い彼等が適任。
ゼーベ戦線鉄道主軸には新大陸義勇軍本隊と、その前衛にカラミエ人民軍。
ランマルカ妖精は列車の運行が出来る。あとはカラミエ人に容赦を一切しないし、カラミエ人も甘えられる相手とは一切見ないだろう。人間抹殺の元祖だ。
地続きの南側はグランデン戦線としている。
グランデン戦線鉄道主軸には黒軍本隊と黒軍予備隊。
ゼーベ戦線から敵が進出する時は川越えで鈍足だが、こちらは大河も丘も無くだだっ広い平野部。シルヴの列車砲による超遠距離砲撃がないと後退は辛そうだ。
グランデン戦線東側左翼にはヤガロ軍。
後退するに当たって一番移動距離が短い。我が帝国連邦将兵程に死力を尽くしてくれそうにもないので負担が一番軽いところを任せてある。
ヤガロ軍東側にはザカルジン軍。
今回の後退作戦ではひたすら守備に徹して貰う予定。
両戦線結節点には外マトラ軍集団。
戦線の曲がり角の結節点は弱点になりやすい。ラシージが指導して来た軍なら堅実に両戦線間の調整をしてくれると信じる。
両戦線予備には黒軍騎兵と、補充兵として新大陸義勇軍騎兵。
敵の攻撃が激しい位置に出張ったり、その予兆があれば挑発して矛先を反らしたり、あまりに弱腰だったらこちらから浸透して妨害する。ヤガロ軍の督戦は、あまりしたくない。
またこの予備騎兵は焦土作業には基本的に加わらない。道すがら軽くやる分にはいいが、地域社会の完全破壊を目指すとなると工数が半端ではない。大軍が、余すところなく、占領地監督組織と連携し、順序立てて大規模解体工事をするとなれば疲れる。本来の予備騎兵としての役割が果たせなくなる。
紙に書く。
この両戦線に配置された軍は段階的に後退してイスィ山地北西部、バラメン司教領南部まで到達することを暫定目標とする。
鉄道主軸の軍は、重砲を中心に機動力が低い砲兵分遣隊を各軍から受け取って火力を強化する。機動力の低下は鉄道輸送で補足する。鉄道沿線には市街地、工場設備、鉄道設備そのものが密集していて破壊作業に手間取ってしまうため後退が遅延しがちである。火力の集中で敵の攻撃を良く防ぐこと。
両戦線に展開する軍は、糜爛剤による汚染、遅発効果を念頭に置いた化学砲撃の後、後退しつつ広範囲で徹底した焦土作業を行うものとする。南カラミエ地方内での実施は現在予定していない。
基本は敵には何も残さず、こちらは機動力を維持して後退することにある。
建造物の破壊基準。燃やすか屋根が落ちるように柱を倒すこと。通過する敵が雨風を凌ぐ寝床として使えないようにする。交通設備、橋等も破壊し敵が利用出来ないようにすること。小川の小さな橋程度でも見逃さないこと。
住民の処置基準。基本は目玉抉りと手潰しとする。人間爆弾を混ぜるかは現場判断に任せる。抵抗し時間がかかったり、将兵へ被害が出る恐れがある場合は熟慮の必要なく殺害してよろしい。
家畜の処置基準。放牧五畜以外はその場で食肉加工するか殺害するかは現場判断とする。廃棄部位や死骸は水源に投棄して汚染すること。五畜であっても連れ歩けないと判断したら殺害して食肉や汚染に利用すること。敵に食べさせないことを最優先とする。
水源の汚染基準。水源汚染は他作業より最優先される事項である。家畜での汚染が足りない場合は積極的に人間や糞尿、現地工場等に保管されている化学剤を混入すること。長期汚染を考慮し水中へ直接投棄する以外にも、土中に染み込ませるなど工夫すること。
放火の基準。建物は勿論、畑や林、草叢にも火を点けること。石炭や薪、乾燥糞などの燃料も撤退作戦中に利用する分以上は可能な限り燃やし尽くすこと。敵がいずれは冬を迎えることを考慮せよ。
水槽や酒樽、貯水池、灌漑、堤防などへの対処基準。全て破壊、開放して放水し利用、飲用出来ないようにすること。畑が焼けなければ水浸しにすることが望ましい。
鹵獲品の措置基準。後退が最優先であるので作戦資源として利用可能である物品以外は私欲を消して放棄、破壊、汚染すること。武器弾薬は必要分以上確保せず破壊する。食糧も食べて運べない以上は水に流したり、焼いたり、地面に薄くばら撒いて踏み潰して土に混ぜること。不潔な泥が望ましい。捕虜、奴隷は不要。
革命市民の措置基準。共和党員証や正当な理由が無い場合は潜入工作員や反逆者の疑いが濃厚なので殺害すること。共和党員は基本的に本作戦前に現地を離れているので残留している場合は身分を疑うこと。判断材料が無いか曖昧な場合は躊躇せず殺害せよ。
上記以外の事柄についても、各自気が付いたら積極的に実行すること。全面的に指導部が直接焦土方法について逐一現場で指導する余裕は無いと考えられるので現場判断を優先せよ。
自分の義足をいつの間にか握っていたラシージと命令文書の基準、その草案を書いては朱入れをして考えた。清書は面倒くさいからお任せだな。
「とりあえずこんなもんか?」
「敵の追撃規模と速度が不明なので焦土作業については後退を優先するとしましょう」
「そうだな」
毎度お馴染みの国外軍、黒軍基準だとこんなこと”焦土やるぞ”の一言で済むが、今回の戦争には様々な将兵が入り混じっている。カラミエ人民兵にヤガロ兵など指導されないとどこまでやればいいのか分からないだろう。
帝国連邦軍だって新兵も多いし、戦闘経験は豊富でも焦土作業の経験が無い者だっている。要領を把握していない上級将校は教育上存在していないが、どこまで敵が迫る中で粘れば良いかは現場判断になる。満足させてくれるかな?
「ヤガロ軍の焦土作戦に対する非徹底が予想されますが、今回は捨て置くことにしましょう」
「他所の子はしょうがないな。人民軍みたいに政治将校べったりなんて出来ないしな。嫌われちゃう」
「鉄道に関しては破壊する順番と軍を決めなければいけません」
「そこは後でもう一回考えよう」
「はい。それからユドルム方面軍ですが」
「別途注意事項を書き加えないとな」
「はい」
妖精と獣人ばかりなので秘匿性も高い。
「あの、ちゅーちゅー号? 作戦は?」
「きぃゅーきぃゅー作戦です」
「あん?」
「きぃゅーきぃゅー」
あらやだ。
「簡単なのか難しいのか考えると尚更全然分からないんだが」
「歴史を踏まえて噂と一例で十分です。それ以上は楽しみにしていて下さい」
口笛。
■■■
ザカルジン軍のイスィ山地西側への配置が完了し、派遣隊が原隊に復帰。
各軍が砲兵派遣隊を出し合って火力と機動力の再調整を終える。
カラミエ人民軍が補充兵を受け取ってまず三万の規模に増強。ヤズ元公子も現着。
占領地域の各管理組織の焦土戦術受け入れ準備の完了報告が届く。
焦土化による鉄道破壊を念頭に入れた運行計画表も出来上がった。
内務省軍からも焦土範囲外にいるカラミエ人民に対する第一次計画予定表が提出されて満足のいく内容だった。
秋に入った。朝晩の冷え込みが一気にやってきて、紅葉も始まった。降水量も減少。麦の収穫も本番で、人が農場に集まっている。ベーア軍による夏前の住民避難後なので集まっているといっても大勢ではない。
第一次攻勢終了の端緒を切って、第一段階に入る。
撤退の嚆矢は、全戦線での化学砲撃。使用薬剤は汚染持続時間を考慮して糜爛剤。鉄道主軸の軍は長射程の重砲、それ以外は機動力を考慮して火箭が中心。
焦土作業は全軍が実行。初段階で実際に後退を開始するのはユドルム方面軍、新大陸義勇軍、外マトラ軍集団のゼーベ戦線と接触する軍から。
カラミエ人民軍は落ちた鉄橋を目前にして迎撃待機。敵はここを早期に取り戻して鉄道交通を復旧させたいだろう。
黒軍騎兵隊の一千騎をキジズに預けてカラミエ人民軍の背後に常に待機するよう指示。そこから支援するか督戦するかは委任して、注意事項としては”迂闊に消耗するな”と言っておいた。
この行動にゼーベ川越しの敵軍は即座に反応出来ていない。
外マトラ軍集団と対するグランデン側の敵義勇兵軍からは、後退に反応して即座に反転攻勢へ入る動きが見られた。
予備の黒軍騎兵は新大陸騎兵と歩調、命令合わせの簡単な演習を繰り返しながらゼーベとグランデンからの鉄道合流地点ミッテンアノル市で待機。
通訳越しに意思疎通の不和を解消しているとヤズ元公子、元帥がご挨拶にきた。焦土作業で不安かな? 何とも言いたいことが言いづらい面白い面をしていたのでこちらから話しかける。もっと面白い顔は後で見られる、かも。
「弟のサリシュフが作った救済同盟にご賛同頂いて、協力までして下さったそうで、代わりにお礼申し上げます」
「もうそのような立場ではありませんが、勿体ない言葉です」
第一印象悪いかな? 組織として対するのと個人として対するのは分けないのか? じゃあ駄目だな。愛想笑いの一つもしねえな。
「不安でしょうね。可愛い兵隊と守るべき市民、臣民の方がいいかな。行く末が見えない。私と少し喋って、多少の占いがしたい」
「占い……その通りです」
「占いと言えば」
「はいお兄様」
アクファルに場を仕切らせる。
「はいヤズくんそこ座って」
戸惑うヤズ元帥をアクファルは肩を掴んで無理やり地面に座らせ、その周りを歩きながら拾った手の平大の石ころを両手に掴んで打ち合わせる。そして二周目で石が割れる。割れた石を並べると、大きく五つになっていた。
「じゃーん」
「これはどういう結果ですか?」
アクファルは勿論沈黙。答えは己の内側にあるのだ。
「ああそうだ……」
口に手を当て、大声で「キージーズーくーん!」と呼ぶ。
騒音が遠くから、騎兵一騎が襲歩で突っ込んできて騎手が飛び降りて受け身、着地。
「はい総統閣下!」
「こちらカラミエ人民軍のヤズ元帥。元帥、こっちは黒軍の騎兵隊長のキジズ。人民軍の背後で彼が待機していますので、現場の状況に応じて相談しあってください」
「うるるる」
キジズくん、わんこみたいに威嚇で唸る。ヤズ元帥は、こいつ何なの? って顔をしている。
「アクファル、間を取り持って、ある程度仲良しにしておいて」
「善処しますお兄様」
面倒そうなことは任せておく。
あれはさておいて、ヤズ元帥のお目付け役に、えらい美人の内務省軍の子と、身体の大きいザモイラの子がいる。
美人の方があのルサンシェルの元監督役だったか。顔を作らなくても愛嬌の塊みたいな雰囲気を発してるが。
ザモイラの子にこっち来い人差し指でお招き。
「ザモイラのどこだ?」
「ザダラル、です」
「あれから育ったもんだな。お腹の調子はいいのか? 冷やしてないか? 今、日沈むとそこそこ寒いだろ」
「大丈夫、です」
その腹を撫でる。触ったぐらいじゃ分からんよな。
「いい子いい子。名前は?」
「メリカ、です」
「そうか」
美人の方も呼ぶと、駆け足、気を付け、敬礼。
「ルサンシェルに引き続きか?」
「はいその通りです総統閣下!」
「ノヴァッカだったか。一期の、ダフィデスト出だったっけ?」
「はいそうであります!」
バルリーを滅ぼした時は、彼女達のような子供達を保護して、あまり実感も期待も無く将来の人材確保程度に考えていた。あの政策がここで実っているってのは、変な感じだな。手塩にかけたわけでもないから尚更変だ。
「今度はヤズ元帥か。若いのに大変な役目の連続だな。無理してないか? 人事の連中うんこ食えと思ってないか」
「可能な限り尽力させて頂いております!」
緊張し過ぎだな。顔も赤い、身体も固い。
「お、そうだ、何か欲しいもんあるか? お菓子ぐらいならあるぞ」
「は、では私もいい子いい子して下さい!」
「腹?」
「頭でお願いします!」
頭を撫でる。こいつ、演技してるわけでもなさそうだし、面白い性格してるな。天然の”親父殺し”は高官監督に適任なのか?
「こんなのでいいのか?」
撫で続ける。若い頃にシルヴと出会ってなかったら特別に気に入っていたかもしれない。
「もう一つお願いがあります!」
「なんだ」
大きい、涙を含んでそうな目で上目遣い。演技? っぽくないな。数いる女の中から選別された才能って感じだ。
「このことを友達に自慢してよろしいでしょうか!?」
「おお、いいぞ。何なら面白く話を盛っていいぞ」
「ありがとうございます!」
ノヴァッカが拳を握りしめて嬉しそうに笑って「やった!」と髪を振って跳ねる。
これはこれは、ヤズ元帥の脳みそぶっ壊してないかこれ。
■■■
カラミエ人民軍はゼーベ川を渡ってきた南エデルト軍集団と戦闘開始。渡河阻止は失敗。あちらは列車砲、海軍砲、砲弾を十分に集積しており全く敵わず、逃げて被害を極小に抑えるのが精一杯。幸いなところはそれらの重すぎる巨大砲が川を渡るためには頑丈な橋を架橋しなければならない点。
全軍の後退は前線の保持と焦土化の両立のため段階的である。基本は歩兵と砲兵が敵を止め、騎兵と内務省軍が焦土作業に従事。鉄道は列車運行計画によって、列車が牽く鉄道鋤で破壊される。線路の盛土に氾濫、偏向した川を当てて流し、土台も残さない方法も実行中。
定時連絡で各軍の移動距離、到達地点が報告されてくる。
不具住民を敵が救助している姿も確認されている。少なくともその場で処刑はしておらず、負担を受け入れているとのこと。
その中で、ヤガロ軍の東、左翼側を攻撃しているカラミエ軍集団南方集団の攻勢が強烈で後退が出来ないという報告が上がってきた。一番後退距離が短くて側面もイスィ山地に守られて負担が軽い戦場と思ったが想定外。予備騎兵である黒軍騎兵隊の出番。ミッテンアノル市を発つ。
復讐に燃える残りカスめ、愛しの故郷を目前にして元気一杯だな。
馬で駆け、その日の内にヤガロ軍の野戦司令部に到着。司令官に会う。
「足が止まっているようですね」
「これはお恥ずかしいところを」
「これでも私は、出来ないことを命令しようとしたり、予定通り行かなくなった時に無理を通そうとしたりってことはしたことがないんですよ。少なくとも記憶の中では」
「はあ」
「わざと一部を突破させて、我々に狩らせるってことは出来そうですか」
「難しいです。出来るところは探して調査すればあると思いますが、その各部から情報を集めている内に状況が変化しますので」
「正直で結構、恥じることはありません。しばらく肩を並べましょう」
「は」
「具体的に、どこを補強して欲しいですか」
「それは、今は……」
戦況図で確認してから急行。
攻撃前進の基本は、相手陣地を砲撃で耕して前線の抵抗力を奪って、更に着弾位置を奥に進めて予備陣地を叩いて麻痺させ、その隙に歩兵を前進させて耕した陣地を確保すること。敵もこの例に漏れない。というか、やりようが塹壕戦だと他に無い。応用してどうのこうのというのはあるが、基本はこれ。迂回出来ないならこれだけ。
ヤガロ軍左翼側、イスィ山地西端が左に見える位置に到着。山に配置されているザカルジン軍の砲火も確認出来る。
山からの砲撃支援付きで苦戦してんじゃねぇよと言いたいが。他所の子だから。
自身で構築した陣地に張り付くヤガロ軍の、敵の攻撃前進に対する対応は通常のもの。小銃、機関銃、歩兵砲を前方、野戦砲を後方に並べて射程と威力の違いを加味しながら迎撃射撃。
我々黒軍騎兵隊は、その通常の対応に重ねて支援を行う。複雑な騎兵機動が活かせる戦場ではない。つまらん。
砲撃されている陣地の更に予備陣地の後方に騎兵機動で素早く到着。
その陣地への砲撃が終わって、予備陣地への砲撃に移ってから射撃準備用意。
予備陣地砲撃で土砂と装備とヤガロ兵が跳ね上がっているのを眺める。
風に流れて突撃の気合を入れるためのベーア軍の行進曲演奏が聞こえてくる、こともある。
突撃喇叭が鳴って、小銃と土嚢を持って喚声上げながら敵が前進してくる。迎撃射撃開始。
要領は、火箭で敵歩兵の後列を狙って退路を断って前列を孤立させる。歩兵砲、騎兵砲、迫撃砲のような前進してくる重火器には特に集中して爆撃。重たい砲門数に縛られず瞬間的に火力が発揮出来る火箭なら、この状況で撃ち負けない。
火箭で前列から火力支援をはぎ取って孤立させ、そこから狙撃眼鏡を付けた小銃で狙撃。
小銃の射程が足りないなら馬の背中に立って、高低差で付け足す。対装甲銃の長射程なら大体、そんな小手先の技術も不要。
持ち込んだ土嚢で簡単な前進陣地を築いて粘るようであれば、ここからはヤガロ軍砲兵の仕事。野戦砲が榴弾で吹き飛ばす。
火箭は土嚢相手には早々撃ち込まず、隊列と重火器狙いとした。
敵は、投射してくる砲弾の数を変えたり、砲撃時間には長短を設け、一部陣地への砲撃を省略したりと、型通りな行動をしないでヤガロ軍に精神的な揺さぶりを交えてからの攻撃前進を繰り返す。最終的に歩兵を相手陣地の中に突っ込ませるのが基本だが、その過程に変調があると通常攻撃のための砲撃か、攻撃に見せかけただけの砲撃か、奇襲攻撃のための砲撃かと混乱してくるのだ。どの砲撃でも万全の体制で望めばいいかもしれないが、そう兵士達が四六時中緊張限界の状態で待ち構えてはいられない。命中しなくても神経が死ぬ。防御側にも戦闘状況に応じた弾薬の分配、集積の手間がある。
後退も出来ない戦いが長丁場になってくる。我々が連れている予備の馬、毛象が手持無沙汰な時はヤガロ軍の輸送作業も手伝わせる。勝手に持ち去られないように運行は全てこちらで管理した。
それから、暇を見つけて散歩をして回れば、ヤガロ軍は戦闘に掛かり切りで焦土戦術をほぼ実行していないことが現場で確認出来た。敵の砲撃で結局焦土になっているので怠慢と言うには何だか微妙なところ。
昼と夜とで行動を変えようかと作戦を練ったが、昼夜問わずの砲撃が何時ものことになっているので夜襲は見送られた。
砲撃準備が整えられて普段は砲弾と銃弾しか通らない平野部の、それも砲弾痕で荒れて死体、破損装備、金属片むき出しで撒き菱だらけのような地面の上を騎馬で馬鹿みたいに駆ける程は頭が呆けていない。
膠着した戦場はつまらんな。自分は面白い戦場が欲しいから今日まで生きて来たんだ。
一度、相手側から死傷者の回収がしたいという申し入れがあったが、ヤガロの司令官にも徹底させたが焦土戦術上断った。秋だが日中はまだ日が射せば汗が出るし、カラスとネズミに蠅もうるさい。奴等には腐った死体を贈呈する。肉と土の泥の中を漕いで来い……風向き次第でめちゃくちゃ臭い。
臭いに慣れてないヤガロ兵が吐いているのを見ると笑える。塹壕に降りてお邪魔して、固形物の無い珈琲色のゲロを吐いているのを見ると笑えて腹が痛くなってくる。
「よう若いの、このくらい慣れないと飯も食えなくてうんこがちゃんと出ねぇぞ。吐くもん無くなりゃ血ぃ吐くぜ。珈琲だけ飲んでも駄目だ、そいつは空きっ腹に入れると胃が荒れる。ちゃんと食え」
干し芋を出してやったら受け取らない。干し肉重ねても駄目。贅沢だなこいつ。
「うるせえ、誰だよおっさん」
口答えしやがった奴の懐にねじ込む。
「誰でもいいんだよ。整髪料とか、靴墨もかな。くっせぇ香料混ざった油物あるだろ、あれ鼻の中に塗ればマシになるぞ。俺は塗ったこと無いけどな!」
「やかましい! お前みたいな牛の糞拾ってる田舎もんじゃねぇんだよ!」
「ひぇっひゃひゃひゃ! 街のおぼっちゃんか。お便所無くてケツの出し方分からないんじゃねぇのか? 乳母はどこだよ」
「うるせえおっさん、話し相手いなくて暇かよ」
「もっと忙しくしてやろうか?」
塹壕から出て、立って、刀を抜いて振り上げる。
「おいカラミエ人! お前等の家族の仇、ベルリク=カラバザルはここだ! 撃って来い下手糞共!」
前時代なら直ぐに撃ってきた。現代なら、射程と射撃統制の進化から……やっぱり撃って来ないな。
振り向いて塹壕を見下ろす。
「撃って来ると思うか?」
「お前、馬鹿か!?」
着弾、土を被る。帽子を脱いで払って落とす。また着弾、離れた位置。
「馬鹿じゃなきゃこんなこと何十年もやってられねぇよ」
若い奴をからかうのは面白い。
葉巻を、地面に刺さる焼けた砲弾片に擦り付け、火を点けて吸う。
陣地砲撃開始。これは殺すつもりの砲撃か、神経を揺らすための花火か、軽く撃って直ぐに突撃してくる奇襲か。さっぱり分かんねぇな。
■■■
カラミエ人民軍から死傷者、脱走者、投降者続出とのことで後退を開始。キジズくんもその判断をその場で追認して負傷者回収に助力。ラシージもその件を事後承諾し、ミッテンアノル市まで後退して良いとした。その先を許すかはまだ決めていないが、都市に籠って防御となれば選択肢に幅は無い。
カラミエ人民軍の犠牲で一番早くミッテンアノル市まで後退出来た新大陸義勇軍に、ヤガロ軍支援に向かうよう連絡。
他の戦線でも劣勢が報じられる可能性があるので、騎兵機動力を持つ我々は一度自由になっておきたいところ。
西から迫る、ゼーベ川を渡河している最中の南エデルト軍集団は足が鈍っていてカラミエ人民軍程度でも後退が出来ていると見做せる。
外マトラ軍集団は、西側からその足の鈍い南エデルト軍集団と、南側からは義勇兵軍から二正面攻撃を受けているというのに後退が順調。流石ラシージの肝煎り。何やっても成功するんじゃないかな。
黒軍本隊の後退も順調。やはりシルヴの列車砲砲撃が強烈過ぎて、敵の指揮が混乱するらしく、動きが変だという。無謀な前進をしてきたり、戦うのを忘れたみたいに待機したり、後退した位置を砲撃し続けたり。あんなもんを想定外の距離から食らったらどうしていいか分からなくなる、のは理解できる。
ヤガロ軍を黒軍騎兵隊で支え続け、大きな遅延も無く新大陸義勇軍が合流して来た。
合流した頃には状況が変わった。
「ヤガロ軍の劣勢を支えて貰いたい。中央エグセン軍集団が線路沿いの北進が難しいと判断してヤガロ軍の右翼側への攻撃に偏重しつつあります」
「了解だ」
黒軍本隊にはへたれている中央エグセン軍集団が矛先をずらしてきたのだ。黒軍騎兵隊も左翼から離れられないな。
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大分冷え込みが強くなってきた、この辺りの短い秋も半ば。ただの撤退ではなく焦土作業が混じると鈍足だ。
カラミエ人民軍がミッテンアノル市で死守同然の状態で戦闘中である。訓練中だった兵も、民兵相当の住民も全て列車で送り込む指令が内務省軍判断で出されて、南カラミエ地方から、反革命、中間的な最後の戦える男達が排出されて集結中。
士気崩壊で壊走しそうな雰囲気だが、黒軍本隊がミッテンアノル市に到着。シルヴが列車砲で景気付けをしたらその境遇の悪さを忘れたように喜んでくれたらしい。少し遡れば”シルヴ元帥”というのは彼等にとって頼りになる味方だったのだ。ヤズ元帥など精神疲労で弱ってあの白い顔を見て泣いているかもしれない。
そう言えば”顔無し”でまだ通じているか?
ヤガロ軍左翼への攻撃が変化した。
突撃時刻が昼から夜になり、変な敵が出て来た。
足が速い。土嚢を持たない。道中で射撃をしないで、最初から突撃の勢い。隊列や、部隊毎にある指揮系統に沿った集団を形成しない。照明弾を上げていないのにもかかわらず前にだけはちゃんと転ばず進んでくる。思い起こされるのはメルカプールの秘儀、聖戦士。
突撃に対しては砲弾、銃弾の迎撃射撃を浴びせるのだが中々倒れない。気合で前のめりに倒れて死にまくっても後に続くというのは、士気の高い軍に見られる光景だが、中々倒れない。
塩素剤に対する反応も鈍い。防毒覆面を装備しているのは勿論だが、足が速いので瓦斯雲を直ぐに抜ける。
ルドゥが報告しに来る。親衛偵察隊は敵の情報をやや掴んだ。
「服に穴は開くが肉が抉れない。対装甲銃以上なら骨は目に見えて砕けるが手足が千切れない。喉は窒息でようやく止まる。目は潰れて脳まで行って即死。耳は全部千切れた。それから塩素瓦斯を被ってもあまり吸った様子が無い。呼吸が浅い顔をしている。顔だが、入れ墨がある」
「入れ墨? 皮膚か肉がそれでおかしいのか? 科学っぽくないから術か。とりあえず色々試すしかないか。引き続き奴等の情報を仕入れろ」
「了解だ」
伝令に、ヤガロ軍の上級指揮官も含めた各隊へ、火炎放射器や焼夷弾頭火箭、石油の使用を推奨。銃弾等が肌を貫通せず、身体能力が向上する術のようなものが疑われると伝える。
変な兵士達は焼夷弾の火炎に包まれ、燃えながら走って即死はしないが窒息で足が止まる。塩素瓦斯より倒れる。
距離が縮まり、変な兵士の上げる喚声が良く聞こえてくるがこれもおかしい。声帯を使わず人間らしくない声で、喉の奥から”ア゛ァ””ガァ”という汚い音を立てている。熊の鳴き声に近い。
銃撃、砲撃で身体中の骨が砕けているのに皮膚が繋がったままの奇形のような状態で変な兵士は塹壕前に到達。鉄条網に衝突するかと思えば、小銃先に銃剣代わりに付けた鋼線切りで切断しつつ、塹壕に籠るヤガロ兵へ小銃を乱射。手榴弾の投擲も始めた。こいつらこれで正気なのか?
理性と狂気の境が良く分からない変な兵士へ、至近距離で撃っても死なずに汚い声で咆えかけられてヤガロ兵が悲鳴を上げる。文句を垂れる。
後退時に塹壕を火の海にして足止めするために用意された石油が、対応が間に合った場所から点火されて炎と黒煙が上がる。また火炎放射器が間に合い、燃焼に成功したところへの突撃は停止するが、咄嗟の石油散布だったので突破口が幾つもある。
黒軍騎兵隊に、各突破口への分散を命じて対処。場合によっては友軍巻き添えでの火箭の直接射撃を許可。
変な兵士、判断力があるようで、ある程度鉄条網を切って開き、一段目、二段目と進んでから一気に身を投げ出して足場になり、後続の兵士を突入させる肉の橋になり始めた。
塹壕各所で白兵戦に移行。銃弾、銃剣が中々通用しない。擲弾矢の直撃炸裂では即死させられる。しなくても爆発で動きがかなり鈍る。
弱点の眼球を撃ち、刺せば死ぬという情報が広まっているので一方的ではないがヤガロ兵は腰が引ける。
それから奴等は不器用なのか何なのか、銃剣は使わないで直ぐに小銃を棍棒にして使い始める。錯乱した新兵みたいなアホ面はしていない。表情に乏しいのは確かで、笑ったり泣いたりもしない。悪態も吐かない。変に知能が低い? 魔族の出来損ない?
黒軍騎兵隊に「相撲の実力を見せてやれ」と命令。白兵戦に参加させる。ヤガロ人にも伝統相撲があるから、こちらがやっている姿を見れば、恐怖で忘れていても思い出してくれるはずだ。
グラスト術士を部隊単位で、ザカルジン軍の予備二万も、それから各地から後方に集められている最中の重傷兵をこのヤガロ軍左翼に集めるよう命令を出す。今日の夜を凌いでも次、次と来る可能性が高いと判断した。専門家や対抗手段を増やさなければならない。
相撲がどれくらい通用しているか黒軍兵に、全般的なことは親衛偵察隊から報告を聞く。
まず、変な兵士は馬鹿力だが自分の筋肉と腱を引き千切ってまで動かすような無茶な馬鹿力なので関節が壊れるような動きへ誘導してやると無力化しやすい。骨と腱は無敵ではない。
格闘技に精通しているわけじゃないので動きは完全に素人。体重が特別重いわけではないし、重心制御も素人だから投げて、寝技で抑えるのは簡単。噛み付きと手掴みは肉を千切る力があるので注意が必要。
骨が砕けている場合は姿勢がかなり悪い。その状態で無理矢理動けるのは脅威だが対処可能。砕けたところを蹴れば軟体動物、腸詰みたいに折れる。それからその変な身体に慣れているわけでもなく、一度関節じゃない箇所が折れて転んだりすると混乱して起き上がれない。またその様子から痛覚は無いか薄い。
入れ墨がある皮膚――頭はそのために禿頭――は、あの光陽拳が謳ったような”鉄火不入”を実現させたような裂けない頑丈さがあるが、骨が折れているように衝撃を殺し切るわけではない。骨は保護されていない。また開腹すると内臓がぐちゃぐちゃになって内出血している場合が多いので内臓も同じく傷つく。
親衛偵察隊の狙撃で判明したように目が弱点であるのと同時に、耳の穴、口の中を目掛けて銃弾を直接撃ち込んで脳を壊せば死ぬ。耳を短刀で削ぐことが出来て、耳には入れ墨が無いことが分かっている。耳は単なる工程の省略と見られる。
それから人種は全てエデルト人で、直前まで相手にしていたカラミエ人ではない。入れ墨はおそらくエデルトが改宗する以前の古信仰に則ったもの。
射撃の腕はお世辞にも良くはない。引き金を引く力が強すぎてガク引き、銃を揺らして撃っている。その分は大外れもしない距離で撃つという習慣が出来ていると推測される。それから使用する小銃は一般的な物だが、握りが強すぎて引き金が壊れている物が多く、棍棒とした使った物は、何かを殴らなくても銃身がもれなく曲がっている。射撃能力を喪失しやすい。
正体が、施術者はともかく見えて来る。伝令に、各指揮官に奴等の弱点を伝達……察したアクファルが伝令を呼び寄せ始めたが。いや、もっと手っ取り早いのがあったな。
「拡声」
「はいお兄様」
グラスト術士を呼んで拡声の術を使う。
「出来るだけ遠くまで声を飛ばしてくれ」
「耳が、あれです」
「うん……俺の声が聞こえてる奴等、全員耳を塞げ!」
ざっと周囲を見渡し、耳を塞いだ姿を確認。よし。
《ヤガロ兵諸君、俺の可愛い兵隊共、ベルリク=カラバザルだ。この狂ったような敵の弱点を今から教える。正体を知れば悪戯に怯える必要は無い。では聞いてくれ……》
■■■
変な兵士の調査がグラスト術士隊の到着、医者による解剖で進んだ。入れ墨の術の特徴は以下の通り。
染料は黒や青、混ぜた青黒で一色塗り。色違いで効果が違う様子はない。今のところ、在庫の有無程度の違いかと思われる。
皮膚が頑丈になり、火事場の馬鹿力がずっと出せて、痛覚が麻痺して、呼吸が浅くても激しい運動が出来て、理性を完全に失わない。
皮膚の頑丈さだが、時間が多少過ぎた程度、本人が死んだ程度では元に戻らない。入れ墨を焼いて消すと元に戻る。紋様が維持されていることが重要らしい。糜爛剤が効果的に思えるが、在庫は戦場に影響するような量が残っていない。
毒瓦斯、塩素剤は通用するがしばらく悪影響を無視出来る。肺を水浸しにして窒息し切るまで動けると簡易人体実験で判明。防毒覆面を被って瓦斯雲を駆け抜けられたら効果はほぼ無いも同然。後遺症で死ぬ可能性は上がる。
出血してから失神に至るまでの猶予が常人よりある。内臓が潰れるような内出血でも意識を保っている。
傷が再生するわけではないのでちゃんと殺せる。
入れ墨の影響が無い皮膚まで頑丈にはならない。目や耳、耳と鼻の穴、口内や性器に肛門など粘膜への入れ墨は省略されていて守られていない。
入れ墨の模様は狼や熊、植物に天体、幾何学模様の組み合わせでエデルト古信仰のもので間違いがなく、エデルト独自の新しい術であると推測される。
エデルトでは魔神代理領式の”魔術”を昔から取り入れていた。神聖教会との繋がりから”奇跡”や怪物にも造詣が深いだろう。龍朝天政との交流から”方術””符術”に関して無知ではないはず。ペセトトの”呪術”は分からないが、ロシエの”理術”は断片的にでも盗んでいておかしくはない。
各国の術を研究しているグラスト術士によりその入れ墨の術の再現は、とりえあずこの場では不可能と判断された。見様見真似では再現されず、エデルト古信仰の伝統に依った思考でないと困難であると推測。その点は”方術”的かもしれない。
種族としての”狼頭”の獣人、狂信的な戦士としての”人狼”、法外刑者としての”人狼”、不気味な術の産物である”真の人狼”。これに続いて、狼戦士? 狂兵士? みたいなものが出て来たことになる。
分かっていることを全軍、この後退する戦線の他にも周知させる。情報共有は勝利への第一歩。
ヤガロ軍左翼側は後退がまだ出来ていない。敵の攻撃が止まない。カラミエ兵による攻撃が再開される中、ヤガロ軍の森林陣地とザカルジン軍の山岳陣地の結節点へ狂兵士と装甲人狼兵による攻撃が始まったと救援要請が出された。黒軍騎兵隊、グラスト術士隊、ザカルジン軍予備を要請地点へ急行させる。
点々と砲撃で倒木が転がり、落ち葉の上に土が被り、樹皮が削れた紅葉した森の中へ入る。後退出来ていたなら放火出来ていたはずだが鬱蒼としている。
こちらが狂っていると勝手に思っていた狂兵士が、突撃しないで散兵隊形を組んで前進しながら小銃、機関銃、歩兵砲、迫撃砲を使っていた。限界を出し切る怪力が重火器を軽々と運搬して火力が高い。ヤガロ軍とザカルジン軍は予備砲兵をこの戦闘地域に召集して砲撃を強化。
狂兵士改め、術強化兵の殺し方が判明しているため、初戦闘時よりはヤガロ兵も冷静に戦う。眼球への狙撃が奨励。石油も散布済み、落葉が炎を広げる。
今度は大きな被害も無く戦えると思いきや、対銃弾仕様の甲冑装備の真の人狼兵が情報通りに戦場へ姿を見せる。俊足で、木の上を飛びながら軽機関銃を連射、大型の柄付き手榴弾を投げて来る。突破口が一時的に開く場面が出て来る。その穴を埋めるヤガロ兵の予備が投入されて、数が減ってくる。
術強化兵に混じって術兵がいた。地面を術で隆起させて即席の盛り土を作り、真の人狼兵が馬代わりになって野戦砲を牽引してきて強力な砲台を構築する。直接照準では木々が邪魔、間接照準では新たに照準調整しなければならないので簡単には破壊不能。
集団魔術と同等の術も使って来る。”強風”で葉と泥を巻き上げて目潰しをしてくる。グラスト術士も”強風”で返して衝突位置で竜巻が発生。普通の術士より強いグラスト術士が粘り勝ちをした後は”炎の竜巻”に発展。
空と森の中を赤くして火炎の柱が前進。枝葉に草に藪、敵と装備を巻いて弾薬を暴発させながら火災を広げ、蛇行する足跡を伸ばす。燃えた葉、服が降って陣地より敵側の燃え残りに着火して延焼。白煙が霧になる。
術強化兵達、銃弾は平気なようだが炎に対しては人並に恐怖を覚えたか一旦逃げる。ある程度炎からの安全を確保したらまた攻撃に参加してくる。火傷が弱点になることは理解しているようだ。
ヤガロ兵の消耗激しく、黒軍騎兵を下馬させて陣地内、塹壕に配置させていく。相撲で殺す担当がいないとヤガロ兵が逃げやすい。
こちらは予備兵が乏しくなってくる。
術強化兵は興奮して握りが強くなったせいか、小銃や機関銃を壊して困っている様子が窺えるようになった。動揺させるような状況に遭わせるとそうなるか。
敵の能力が低下したと思ったところで敵から新手が繰り出された。失敗の補填のような形に見える。術強化兵達の運用方法を、敵も完全に把握していない様子だ。
そしてその新手の見た目が、はっきり言って気持ち悪い。疥癬持ちにも見えた。体毛を剃り上げて入れ墨が入った、禿げの真の人狼が大斧を担いで全力疾走で迫る。照準を絞らせないように左右への跳躍を混ぜているので迎撃が困難。
銃撃が当たっても弾が効いているように見えない。眼球狙撃なら即死。入射角が悪ければ顔を振って嫌がる程度。
擲弾矢は胴に当たれば怯み、顔に当たれば倒れる。
偶然に近い歩兵砲の直撃なら爆発の陰で口、鼻、肛門から内臓の中身を噴き出して倒れる。
術強化兵と基本は同じようだ。
鉄条網に撒かれた石油に着火。炎の壁が出来る。普通、これを越えて来るようなことは無いが、禿げ人狼は跳躍で越えて来た。一部、鉄条網に引っ掛かって転んで針金の中で焼け死ぬまで暴れる。
飛び越えた禿げ人狼は腹や足の火傷を気にする素振りは無く、ヤガロ兵を斧で叩き斬る。小銃を盾にしても圧し斬る。樵斧が手斧に見えるような大斧は人間が受け切れる威力ではない。
また禿げ人狼は防毒覆面を脱いで”ガッ!”と咆哮ならぬ一喝。衝撃波が発生して兵士が吹っ飛び土埃が上がる。あれも術か!? 定型化済みか。
ヤガロ兵、壊走が始まる。ただでさえ恐ろしい見た目が禿げと入れ墨で度合いが増し、大斧ぶん回し、吹き飛ばしの一喝は耳を聾するだけにとどまらない。一種の口から放つ散弾銃じみている。
助ける連中がいない中で黒軍が孤軍奮闘しても意味が無い。死に際の黒軍兵の自爆も目立って来た。喇叭手に退き喇叭を吹かせる。
最初の陣地、塹壕第一線放棄判断。予備陣地に移るがそのまま崩れそうだ。
しかし、たまにはこのくらい根性入った敵じゃないとな!
黒軍騎兵隊、グラスト術士、馬に乗って――同乗して――走って背面騎射をしながら逃げる。銃声砲声を聞かせ、駱駝と毛象と竜に慣らした我々の馬でも逃げ足が必死。禿げ人狼を恐れている。
後退用に用意した重傷兵による爆弾騎馬特攻開始。怪我した馬に耳栓と目隠しと適量の麻酔薬。そして苦痛から逃げる許可を得ての恥の無い爆弾抱える突撃。
何となく予感というか、これはあれだと確信する。
黒軍騎兵が後退する中、自分だけ馬首を返して刀を抜いて掲げる。ついでにエデルト語に切り替える。久し振りだから訛ってないか心配だ。田舎者の辛いところだ。
「犬っころ共、俺がベルリク=カラバザルだ! 大体、お前等の家族と友人の仇だぞ。この首取ってヴィルキレクの可愛い子ちゃんにぺろぺろ舐めて貰え!」
禿げ人狼の視線、鼻先、耳、爪先が一斉にこちらを向いた。そして遠吠え、明らかに合図。
こいつら特設の首狩り部隊だ。こうじゃないとな!
刀を鞘に納めて両手に拳銃を持って、下馬して馬の尻を叩いて逃がす。
アクファルも付き合って、馬から矢筒を降ろして隣に。
集まってくる。眼球を狙って撃つ、当たる、転がる。矢が立つ、転がる。脳みそって変な術でも鍛えられないんだな。
秘術式回転拳銃は至近距離で撃つと破片が自分に返ってくるからあまり使いたくないが、こいつらなら良い気がする。
胸を撃ったら伸ばした毛皮みたいになって折れて転がった。心臓が潰れたどころか肋骨背骨まで粉砕。
狙いが反れて腕に当たったら、潰れた中身が寄って手先、肩側が膨れ、伸びて空になった部分がくるくる曲がった。死なないかと思ったら変な動きをしながら死んだ。
頭を撃ったら首から上の皮膚以外の中身が目、耳、鼻、口の穴から噴き出した。術ってそこまで強化出来るのか?
腹を撃ったら肛門から筋肉脂肪、腰骨周りから内臓まるごと挽肉になって飛び出た。そのまま鍋に掬って入れたら肉団子に出来る。いや、糞交じりか。
こんな人形遊びも早々出来ないな!
アクファルの弓速射。眼球なら一撃ばかりではない。角度がずれて脳に達しないと痛がる素振りも無い。皮膚に当たっても駄目。擲弾矢なら角度が悪くても頭なら爆圧が脳を潰し、口の中での爆発でも即死。
防毒覆面の防護硝子越しの射撃は銃弾、矢が微妙に反れることがある。ちょっと面倒だな、
禿げ人狼は味方を盾に突っ込んできて至近距離。自分の目前、斧の振り下ろし。力強いが早いわけでもない。避けながら拳銃で眼球撃ち。
「武芸のお稽古が足りんな!」
目玉が潰れた禿げ人狼、口を開き、舌に入れ墨の一文字。即死させ損なった。あの一喝か? 口に拳銃射撃、舌が砕けて、「ガバ!」と鳴いたが衝撃無し。
入れ墨に定型術を仕込むってことか。汎用性あるな。
目を閉じて目蓋で脳を守る禿げ人狼が見えて来る。おお? 戦闘中に学習する頭があるんだな。その割に銃を使わない。使えない? あの巨体が限界出して握るなら一発で機械が壊れるか。
囮になって禿げ人狼を引き付けたおかげで黒軍騎兵の予備陣地、塹壕第二線への後退が成功。奴等は自分がやることを分かっていて「戻るな!」と叱責が飛ぶ中で狙撃支援が集中。
囮の自分に集る禿げ人狼が銃弾に叩かれる。皮膚は傷つかず、骨が砕けて姿勢が崩れ、脳が潰れ、心臓が潰れて倒れていく。
後ろからクセルヤータが邪魔な木を葦のように掻き割って歩いて来る。近寄る禿げ人狼は拳一発で潰して口と肛門から内臓がはみ出る。どれだけこの皮膚は頑丈なんだ? 肉と骨が液体みたいに振る舞う衝撃だぞ。伸びて裂けないのか?
「お相撲王」
「来たな最強力士」
「とりあえず乗って下さい」
久しぶりにクセルヤータの背中によじ登って、竜の背から拳銃で撃って後退。
禿げ人狼が寄って集るが腕の拳と翼の拳と尾の一撃で倒れていく。生物の、体重の差を思い知らされる。
塹壕第二線へ入り、皆から喝采で迎えられる。
塹壕に待機しているヤガロ兵からお茶を貰ってアクファルと飲む。
禿げ人狼の攻撃が一時小康状態となり、日が傾いて来る。
石油で燃える鉄条網を敵が処理する。
円匙で石油と染みた土を掘って一か所に集めて、更に土を被せて消火。
鋼線鋏で針金を切断して突破口を開く。術強化兵、術兵に、禿げではない人狼兵が塹壕第一線を越えて重火器を運び入れる。
足が止まっているも同然で、ヤガロ砲兵が塩素瓦斯砲弾を叩きこむ。だがあまり動揺せず、冷静に吸収缶を取り換える姿すら見られる。榴弾の割合が増してくると流石に塹壕へ隠れ始めた。榴弾の爆風で奴等は死ぬ。不死身ではない。
敵の後続部隊が到着し始める。包帯巻きの姿が散見されるカラミエ兵が見える。負傷兵を投入してでも自分の首が欲しいらしい。
砲弾が降る塹壕第一線を拠点に敵は隊列を横へ広げ、歩兵砲射撃も始め、兵力を増強して第二の突撃準備に入っている。この状態で冷静にやるのだから特別精強な連中か。
塹壕第二線の後方から、松明を揃えて掲げたような一軍が軍楽隊の行進曲と共に到着。燃え上がる術の”炎の剣”を掲げた士官が先頭、銃兵の行進。ザカルジン軍だ。
鈴無し、魔族士官無しだが魔神代理領親衛軍の趣がある。精鋭奴隷兵が醸す規律と忠誠心の高さは見て分かる。こう、顎の角度と肩の張りが並ではない。
逃がした馬に乗り直して、ザカルジン軍の後方へ行くように黒軍騎兵隊に指示。これで彼等の頭上、馬の背の上から射撃出来る。
塹壕第一線の奪還、逆襲にこれから入る。
その前にザカルジン軍の指揮官に挨拶へ行く。奴隷騎兵に囲まれて、騎乗しているのは知っている顔だ。
「おお、ダディオレ陛下じゃないですか!」
これはただの軍じゃない、ザカルジン親衛軍か。気合入ってるなぁ。
「上大王が前線まで来るとは精が出ますね」
「これはカラバザル総統。息子に王位を譲ってからは暇でして。老い先短いので、ここは一つ機会があったら戦死してお国に最期の奉公をしようと思いました。この者達もそうです。案山子は有り得ない」
「それは素晴らしい! 実戦を知らぬまま引退する戦士も世の中にいます。徳が高いですなぁ」
奴隷兵の顔の中には髭が怪しい若者から、白髪交じりまで様々。これから周辺に然程の脅威も無いザカルジンに引き籠っていては腐ってしまう者達だ。
「やはりそう仰います。中にはそう言わない者もいまして、少し迷いもあったのです」
「人によるでしょうが、私が私を語るとしたら腐る前にスパっと死んで最後に一発残したいもんです」
「お先に失礼してしまいますかな」
「おおっと、どうしましょう?」
『あっははははは!』
「それにしても奴隷兵とはまた貴重な戦力を」
「外へ自由に連れ歩くとしたらこの者達しかおりません。火器も術も参考にさせて頂いてます」
「おっ、負けませんよ」
「いやいやいやいや! はっはっはっは!」
談笑しながら、ザカルジン奴隷歩兵と黒軍騎兵は、ヤガロ砲兵の準備砲撃が集中する位置へ射撃を繰り返しながら前進。
ザカルジン奴隷騎兵は予備待機している。出番はまだかと鼻息が荒い。
砲弾を浴びる中、敵の術強化部隊は迎撃射撃の姿勢を見せる。
ザカルジンの奴隷兵、号令で銃口に太矢を差し込み、術使いならば風の術加速込みで一斉射撃。銃声に重なる太矢の発射薬が炸裂する音、そして異様に高い風切り音。この銃弾より遥かに重い矢は、歩兵砲や機関銃の防盾は抜いて隠れる砲手銃手を撃ち抜くが、あの入れ墨の皮膚には刺さらない。ただし、急所に当たらなくても、禿げ人狼でも頭骨、胸骨が砕けて即死した。脳でも心臓でも潰れる威力ならば良し。
「もしやこれを想定した矢ですか?」
「龍人殺し、壁抜き、盾抜き、それから曲射で遠距離射撃、ですね」
逆襲の準備射撃に火箭射撃を実行。とにかく手元に残っていたもの、塩素剤、焼夷弾、通常弾を比率確認しないまま撃ち込んで敵の頭を上げさせない。重火器破壊、砲手銃手を抑えて射撃能力を低下させる。
火箭着弾中にザカルジン奴隷兵は前進と射撃を繰り返して塹壕まで距離を詰める。
更にその隙にグラスト術士は前進し”火の鳥”を一斉に放って塹壕を爆炎で埋める。
術強化兵、禿げ人狼も著しく増えた火傷を撃たれれば穴が開いて肉が弾けて重傷、瀕死、即死。強化術を正面から破る。
ザカルジン兵、再び太矢の一斉射撃からのダディオレ上大王が刀を掲げる「着剣!」号令。そのまま刀に使える長い銃剣を小銃に取り付けた。
「突撃に進め! ズィブラーン・ハルシャー!」
『ズィブラーン・ハルシャー!』
あの恐ろしい真の人狼混じる塹壕へ銃剣突撃敢行。
「後れを取るな! 黒軍、突撃に進め!」
『ホゥファーウォー!』『ギィイギャラァ!』
騎兵突撃令、喇叭手に突撃喇叭を吹かせる。
抜刀、前へ。銃撃、弓射を加えて擲弾矢の爆撃を入れて塹壕接近。
術強化兵の火傷頭を刀で割る、薄い肉が切れて骨が割れて強化された皮膚が少し引っかかる。気持ち悪い面と手応えだな!
槍騎兵の槍も火傷から刺さる。中まで穂先が抉り入って骨肉内臓を裂いて割って背中の皮膚で止まって持ち上がり、即死。斬撃よりいける。
そのまま塹壕を越え、増援としてやって来ている最中の、立って歩いているカラミエ兵に迫る。拳銃で撃ち殺しながら強化されていない頭を割る。スパっといく。これは気持ちいい!
ザカルジン奴隷兵、遅れて騎兵突撃の衝撃を受けた直後の塹壕へ入って既に残敵と見做せる術強化兵や真の人狼へ突っ込む。
術で燃える”炎の剣”、それに燃える銃剣は、入れ墨肌を焼いて刺し貫き、切り裂いて、血脂程度で消えない高熱が軽傷を重傷、重傷を即死に進める。迫る炎を見た敵は腰が引け、振う者は勇気が燃える。
魔神代理領では”炎の剣”は共通認識されるもの。昨今の定型化の流れから術使いなら誰でも使えるという文化に至る。術が使えない者の刃に炎を付与することすら出来る。
術強化兵に禿げ人狼、皮膚が無敵と言う意識が強いせいか避けないで受ける癖がついていて思ったより持ち応えない。
手強い装甲人狼兵も、でかい普通の生き物と考えるとそこまで手強く感じない。軽機関銃の掃射でばたばた殺されるのは手厳しいが、十人で一頭殺すくらいで大体差し引き十分だ。甲冑の隙間に銃剣捻じ込んでから射撃、火炎放射器、手榴弾で十分殺せる。
恐れは未知からか、皆、こうすれば殺せると分かれば殺されながら殺しにいける。
黒軍騎兵隊、逆襲からの塹壕奪還を後目に前進命令が出ている最中のカラミエ兵へ撃って切って刺して殺しまくる。暗がりの戦い、負傷した顔に恐怖が見える。
夜の森を突っ切って、敵の攻撃発起位置まで迫って、カラミエ兵が追加で這い出す準備をしている塹壕線を確認。勇気づけの楽団による演奏も聞こえる。
これには突っ込めないから反転命令を出す。
「おいエデルト人、犬っころ、カラミエ人! ベルリク=カラバザルだ! まだ生きてるぞ、前進した連中は死んでる! 楽しいからもっと来いよ! ヘーアッハッハッハッハア!」
殺し切れてないから更に殺すために戻る。ザカルジン奴隷兵と挟撃だ。前と後ろどっちに進めばいいか分からなくなったままにしてやる。
正面から騎兵の影、敵兵を”炎の剣”で切り捨てる姿はザカルジンの奴隷騎兵。その中にダディオレ上大王が混じっている。
目が合う。手を上げて、すれ違いざまに叩く。
『うぇっひゃっひゃっひゃっひゃ!』
こんな面白いおっさんだったのか!
分不相応にザカルジン皇帝を名乗っていた時期もあった。御前会議で大王と呼ばれるか国王と呼ばれるかでビビっていた姿ばかりが印象に残っていた。
思い返すと勿体無い! マインベルトとオルフとランマルカであちこち遠征した時に呼べば良かった。絶対あの時このおっさんは暇だった。
あー勿体ない。今日を逃したら更に勿体ないぞ。
夜が明けてもずっと殺して回りたい。
■■■
ヤガロ軍左翼端へ向かってきた攻撃部隊を大体皆殺しにして、捕虜は取らないで目玉抉って手を潰して送り返し、入れ墨入りの検証体も確保して研究開始。
夜明け前に戦闘を終了してヤガロ軍司令部まで戻って他の軍から経過報告を聞く。
ユドルム方面軍と外マトラ軍集団は焦土化を終えてバラメン司教領内に到着し、新しい防衛線を構築中。これで慌てて逃げ込んでも尻の安全が確保される。
黒軍本隊もカラミエ人民軍の支援を切り上げて、鉄道を破壊しながら後退を開始したとのこと。
ここでカラミエ人民軍が反旗を翻してもおかしくないが、そんなことをしたところで怖くないぐらいには消耗しているとキジズくんより感想。ベーア軍も人民軍も、お前が武器を降せば話し合いに応じるのに、みたいな感じになって引っ込みが付かない段階とのこと。
ヤガロ軍は消耗が激しい。左翼側の敵軍は先程の戦いで攻撃部隊を失い、しばらく麻痺するので後退可能だが、右翼側はまだ激しい攻撃を受けている最中で後退不能。
右翼で新大陸義勇軍の配置転換は有り得ない状態。
左翼に居るザカルジン親衛軍を右翼へ回すには左翼が消耗し過ぎている。
黒軍騎兵隊も予想外の損害を被ったがまだ左翼から離れられない。
一方のレッセル市の戦況報告を聞けば、こちらが激しい代わりにあちらは停滞しているそうだ。砲弾をどちらに優先して供給するかでベーア軍も辛いと見える。
しかし流石に、南に鉄道で行けば一日掛からないでファイルヴァインに到着するような場所にいると敵の補給効率が違うようで、各所での砲兵戦経過を聞けばどう頑張っても撃ち負けるようになってきたという。
後退はもう少し早くても良かったか?
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