第495話「水上都市発進!」 イノラ
アラック湾内で座礁して傾斜した水上都市を再始動させるため、破損した模様を修復中。
修復不要区画を決める係。実は一番大事。
崩れた石を整理する係。機械をたくさん使う。
ごみを捨てて掃除する係。
修復素材を作る係。
欠けているところを膠灰で修復する係。
無くなったところの土台を作る係。
その土台から模様を彫る係。
彫った模様を測って正しいか確かめる係。自分はこれをやっている。
模様定規は金針二本を銀細鎖一本で繋いだ物。差す鎖穴を変えながら深さ、幅、角度を確かめて、盛り過ぎはやすりで削る。盛らないといけないところは染料を塗る。
塗ったところは膠灰で修復する係が直す。
石の傷や隙間に埃や死んだ同胞が土っぽい屑になって挟まっているからほじり出す。掃除の係が箒で掃いて、海に落ちて送られる。
前の長期暦の始めからいっぱいの同胞と自分も刻んできた模様はどの石もとにかく長い。それが大砲で割れて削れて大変。
都市から降りちゃった同胞、ここの生き残りの同胞が直す。
知識の無い人間も手伝える仕事をやっている。簡単な模様なら金型を粘土に押し当てて作れるまでになった。
敵艦隊が邪魔しに来て準備が艦砲射撃で邪魔されて月齢三週以上は遅れている。この延びる終末はツィツィナストリにくるり回されて、もっと踊れとわらわれている。
赤い同胞が作った要塞砲を配備していなかったら再始動は失敗していた。
他の水上都市が航行していなければ、集中的に狙われて無視される期間も長くはなかった。
他の同胞は先へ行っている。回って死んで次の時代に送られて生まれる。
我々もこの水上都市が再び動き出すことでまた回れる。
新しい時代を花咲かせるため、ネカシツァポルに代わって己の皮を剥いでティトルワピリの大地を継ぎ足すために。
「おい妖精、それは何て読むんだ?」
「読まないよ、測るよ、星と一緒だよ」
人間の言葉で話しかけてきたのは、鱗と区別がつかないくらい目が小さくてエラが広い蛇の亜神っぽい人。大きい猫の人を連れている。
「星に名前は付けないのか?」
「いっぱいあるからだよ」
「大きい星にはつけないのか?」
「見え方が違うだけだよ」
「示唆深いな。月の近くに一番輝いて見える星があるだろ。あれは何て呼ぶ?」
「人間の言葉難しい。零三一六零二六九七五……星の係に聞いて!」
「座標かそれは?」
「星の係!」
「そうか。その文字、無理矢理読んでみてくれないか」
「人間の言葉難しい。そみあるぺぽっぽみゃみゃみゃみゃー……みゃみゃみゃみゃー!」
走らないと!
「逃がすな……」
猫の人が追いかけて来る。追いかけっこ!
「……やっと言葉が通じるぞ」
追いかけっこ!
「わー!」
『わー!』
皆も追いかけっこ!
「このちょろちょろわらわらっ!」
次の曲がり角……壁を蹴って右左飛びながら猫の人が正面、抱き上げられた。もふもふ? さらざら。
「捕まった!」
「何故逃げる」
「猫が喋った!」
においを嗅ぐ。ふがふが。
「猫が喋った!」
「妖精、馬鹿にしてるのか?」
「耳触るー」
猫の人の耳先から毛が伸びてる。猫猫。
登って肩車したい。耳耳。
「暴れるな」
また蛇の人と会う。周りで追いかけっこ中の同胞を蛇尻尾で転がしている。
「この水上都市は何時動くようになるんだ」
「直してるよ」
「ここで一番偉い奴は誰だ? 指揮官だ」
「アディアマー社はアリルの会社だよ」
「俺は魔戦軍指揮官エスアルフだ。そいつの三千倍偉い」
「アリル三千倍!? すごい!」
「あの虫頭はここにいるのか?」
「アリルは戦争に行ってるよ。北、うん? 西?」
「この都市がどうなってるか一番詳しい人間は誰だ」
「イレキシ!」
「案内しろ」
「耳」
猫。
「好きに触れ」
「耳! あっち!」
登って肩車、猫耳握ってイレキシの事務所まで「あっち!」と指差し案内。
「閣下」
「千切って齧るわけでもないだろう。食いでが無い」
「そんな、はあ」
通路を巡って上上下下左右左右。
同胞が「猫!」と言って蹴られる。「蛇!」と言って払われる。
紙をたくさん集めた部屋でイレキシと秘書の人間が仕事中。お邪魔しちゃいけないけどお客さんだから良し。
「イレキシ、触ると耳だよ!」
「えーと、お客様ですか?」
蛇の人が事務所に入る。扉にこんこんもしない。
「前レスリーン州総督、魔戦軍指揮官エスアルフだ。こっちの奴隷は副官だ。お前も触るか?」
「いえ」
イレキシが席を立つ。
「耳!」
耳を握って開くと戻る。毛がびょんびょん。
「もういいだろ」
肩から降ろされた。
「前州総督までいらっしゃるとは」
「徴税屋なんぞ代わりはいくらでもいる。それにいい加減攻められっぱなしは好かん。こいつは何時動く」
蛇の人は壁を拳で二回叩く。
「呪術刻印修復はズィブラーンの今月、八月までには終わる見込みです。前は五月予定でしたが艦砲射撃を受けてずれ込んでいますので、その間に何かあればそのままずれます。乗り上げた暗礁の海底調査は終了していまして、爆破箇所と船舶による牽引方向は算定済みです。水雷も作って試験済みです」
「アリルの手下にしては感心だ」
「お知り合いですか?」
「お前の診察を頼まれた」
蛇の人はイレキシの顔を掴み、尻尾で両膝を抱き込んで持ち上げた。頭を下げて頭頂部を開けば第三の赤い目。
「おわ!? おお!? おー!?」
「どれ、ほう、方術くさい術が捻じ込まれてるなイレキシ・カルタリゲン。そこらの奴ならとりあえず殺していたぞ。龍朝の小手先か、フラルの坊主共が何やら連携しているらしいがこんなこともしているのか」
「イレキシ大丈夫?」
「わかんない! わかんない!」
イレキシは瞬きしないで顔がびっくりのまま変になっている。蛇の人は仕事をしているように見える。猫の人は自分の襟首を掴んでいる。
「何を忘れて何を捻じ込まれたか意識しろ。前のお前の最後と今のお前の最初はどこだ? 言ってみろ」
「えー? え、前後?」
「逆に辿れ。地名でいい。この水上都市の前は」
「ペラセンタ、ダウナ島、アグラレサル、ウマルマ、カラスーラ、カイジャラール……リャンワン」
「ほう、お前は東洋からジャーヴァルまで一つも寄港していないのか」
「南洋航路は? あれ、西から行ってニビシュドラ海峡は浚渫で、バイハイから鉄道で、で? 陸路?」
「怪しいと言えばヤンルーか。霊山とかいう伝説の変なところは行ったか、変な化け物は見たか」
「化け、は! 天使!」
「ほお、サイールにもいない天使がいたのか。不思議なことがあるな」
「いた! いた! 大天使、目が、お゛お゛!」
イレキシが暴れて蛇の人の頭を、目を押して、ビクともしない。
「見えたぞ、そこのそいつか。目玉の、ほう、時代は変わるもんだな。化け物の専売制も終わりか」
蛇の人がイレキシを椅子に座り直させる。
「手紙の用意。ルサレヤの婆様とバースの小僧宛てだ。イバイヤースの糞ガキは、後で直接喋るか」
「は」
蛇の人が喋って猫の人が口述筆記を始めた。
「イレーキシー?」
大丈夫かな。
「私は正気に戻った!」
身体から空気が抜けたみたいになって呆然としていたイレキシが立ち上がって叫ぶ。
「イノラぁ!」
イレキシが抱き着いてくる。胸のところが鼻水でぐじゅぐじゅで「ごめん」と言ってきた。
「ほわっ、びっくり。耳して欲しいの?」
「うん……」
人間の耳の裏、臭い!
■■■
作業が進んで、測る仕事も無くなって数日経過。
床に水晶の研磨玉を置くと部屋の隅に転がっていく。掴んで戻す。
「まだちょっと」
水晶玉を並べて、指で弾く、当たる、ころころ。
「ほれ」
エスアルフが指で弾いて当たる、ころころ。
「やっ」
ころころ。
「それ」
ころっ。
「お? 何かきたか」
「浮いたよ!」
座礁して乗り上げた分傾斜し、片側が沈んでいた水上都市が浮いて平衡を取り戻した。
「爆破と船の準備をさせます! イノラは船団の方向へ移動と制御室に!」
「うん」
水晶玉転がしを見ていたイレキシが走り出す。
「見物したいな」
「猫」
「やってやれ」
「今回だけですよ」
猫の人に肩車、耳を握る。エスアルフを案内して移動。
「呪術刻印の帯が集結しているのが制御室か?」
「心臓と血管みたいってこと?」
「そうだ」
「違うよ」
「刻印の帯は導線になっていないのか? 水路みたいに」
「何で?」
エスアルフが言うように、見ようによっては紋様が集まっている中央の制御室へ。
中には亜神がいて、お昼寝中。えーと、元の言葉。
「亜神様、起きて下さい」
揺すって起こすと首が長い、布団を被っているようなもふもふ毛の亜神が起き上がる。
「お茶」
「持ってきておりません」
「今やるの?」
「暗礁爆破と船団牽引を始めます」
「分かった、はいはい」
亜神は痰を便所壺に吐いてからイレキシと予めやり取りしていた通り、船団方向へ動くように紋様に手を当てる。
「どうなってるんだこれ?」
エスアルフが質問。
「運転の係の人は今忙しい。次こっち」
猫の人の肩に乗って、次は一番上の砲台。
高い、都市全体が小さく見える。白く照った青い海が風に吹かれてさざ波立って、北、東、南に広がる。西の沖に陸地が南北に続く。南で船団が水上都市を引っ張るよう綱を繋げている。白い帆を広げて風上へ上るために張って逆張りをしてを繰り返す。
「全部見える。偉い人は上」
「風はあるが南か、上手回しだな。干満は?」
「干潮の底へ向かってますね」
「満潮で浮かさず、自重で岩を砕いて落とすなら干潮がいいのか? 底が削れてどうこうの造りじゃないな」
鈍い爆音。揺れないが北の座礁側から大量の泡が出て海面が白と緑が混ざってから収まる。
船団が櫂を漕ぎ始めた。遠くから櫂漕ぎの太鼓が鳴る。
都市が軋んで腹が浮くような。
「動いた!」
同胞が太鼓と笛を鳴らし始める。肩から降りる。
太鼓に合わせて、足踏み強く、上げた両手を振る。
『ホッ! ホッ! ホッ! ホッ! ホッ! ホッ!』
底が擦れる、揺れる、櫂の動きに合わせて擦れる。
水上都市傾く。前のめり。
岩が鳴って一気に滑る。
転ぶ、跳ぶ! 浮く、下まで転がれば死んで次代へ!
「ネカシツァポル!」
高く、下へ落ちる!
「お?」
さらざら、毛が良い匂い。
「ああ面倒くさい妖精が!」
猫の人に捕まって元の場所へ戻る。
階下で同胞達が滑って転げて跳んで落ちて、石床に血を付けていく。
ツィツィナストリは自分にまだ踊れと言っている。ここじゃない?
滑った水上都市が動く。白波を分け、跳ね返って波が都市基底部に上がる。
張った綱が緩み、船団が演習通りに左右へ広がって水上都市と隣の船とも衝突を避けて動く。
「水上都市発進! 水上都市発進!」
外と中で叫んで回っているのはイレキシで、続いて他の人間達も『水上都市発進!』と騒ぐ。
「祝い事にべったり血をつけやがって」
エスアルフが下を覗いて言う。
「エスアルフ、あれ、お祝いの濡れた肉! 干してないのがいっぱい食べれる」
都市の修復に移ってからは生肉が食べられなかった。乾いたパンと豆、干し肉、干し魚と酒ばっかり。お茶も生水も少ない。だから跳んだ。
息切れしながらイレキシが走って登って来た。
「上にいたか!」
イレキシが抱き着いてくる。胸のところが鼻水でぐじゅぐじゅで「やった!」と言ってきた。
「耳して欲しいの?」
「うん!」
人間の耳の裏、もっと臭い!
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