第490話「黒軍補給任務」 ノヴァッカ
同志姉妹メリカ・ザダラルをザモイラ術士隊より協力員として借り受けた。顔見知りが共同しやすい。
「メリちゃんは”拡声”の術が得意な同志なんだってね」
「うん」
「おしゃべり苦手なのに本当かなー?」
「むー」
場所は武力制圧がほぼ完了したレッセル市の、その聖堂前広場。椅子を二百席基準で用意。革命防衛隊司令部からは士官二百名程度を一時集結可能と言われてその分を用意した。それ以上は自主参加する者が持ち寄るか、立ち見。
尚、聖堂構内は屋根に落下した瓦礫で穴が開いていて崩落の危険があるので使用中止。
郊外へ避難出来なかった市民の生活は否応無しに回復中であるが、信仰の集約地点である聖堂の清掃を行うまでには戻っていない。聖職者は原理教会が異端審問? 中。
現在、市民には都市要塞増強建設の労働が食糧配給との対価に要求されている。単純な社会活動が循環中。
「今から発声試験をします」
「うん」
「次から”拡声”してください」
「うん!」
壇上に立って、広場全体に語り掛けるように声を出す。
《発声試験中!》
声が大きすぎた。驚いてこちらを見たり、また何か砲撃かと右往左往する民間人もいる。これは失態。
《失礼、声を大きくする魔術でした……改めて発声試験中、発声試験中。こちらは内務省軍准尉ノヴァッカ・ダフィデストです。只今、発声試験中です》
張らずとも自分の声が大きく、市街と空にまで響く感覚は不思議だ。
既に広場へ集まっている、被受講者である革命防衛隊の同志政治将校達が驚き、感心した顔をしている。魔術自体一般的ではない神聖教会圏で、このような定型魔術を体験することはまず無い。
「間も無く同志革命……」
”拡声”が利いていない。横で術をかけている同志メリカを見る。あちらもアレ? という顔。安定しない?
《ちょっとメリちゃん! あっ!?》
同志政治将校達の、何だ? という視線が集まる。同志メリカがにやっと笑った。
「こらー! ばかばか反逆罪!」
同志メリカの肩に抗議の殴打複数回。
「うきゃきゃ!」
「うきゃきゃじゃありません!」
「ノンノ!」
同志メリカに頬を人差し指で押される。
「うるさーい、誰がノンノだ!」
同志メリカ、敵前逃亡。追跡!
「悪戯しちゃだめでしょ!」
「あっひゃっひゃっひゃ! ノンノー!」
追跡すること広場を一周。壇上に到着。
「お仕事中!」
「はーい」
「はいは一回!」
「はいはい」
同志政治将校達などは笑い転げている。あのジョハ・アンネブローさんなど椅子を倒して転んで悶える。
上空を砲弾が高く鳴って飛び始める。遠雷のように砲声が、それと分かりづらいように拡散、反響した音で聞こえ始める。
これは北側イスィ山地より、このレッセル市を取り戻そうとする敵マウズ軍集団からの、南方からの攻勢を防ぐ重砲射撃。今も同市郊外ではムンガル方面軍とエグセン人民軍が防御戦闘行動中。
広場には既に用意した椅子以上の同志政治将校達が集まり始めていた。砲音で笑いも静まってきている。
「いいですか同志メリカ、次に先ほどのようなことをしたら本当に反逆罪ですよ」
「はーい、ノンノ」
咳払い。準備せよ、と左手の平を同志政治将校達に見せる。
「おは……」《ようございます、おはようございます同志諸君》
『おはようございます』
《本日、短時間ですが講義をさせて頂く内務省軍准尉ノヴァッカ・ダフィデストです。今もこのレッセル市郊外では戦闘行動が行われており、間もなく任務に就かなければならない同志将校達も多いことでしょう。既に同志達は覚悟を決めていることでしょうが、改めて政治将校としての心得を説かせて頂きます。
まず原則的に、勝利は全てに優先されます。指導原則としては常に攻撃と前進です。敵の用意した陣地、未知の行く先を進む行為にこそ勇気を必要とし、多大な気力を消耗する行為です。政治将校にはその勇気、気力を一般将兵に絞り出させる工夫が要求されることが多いでしょう。
我々政治将校に対して、通常の将校を作戦将校とします。作戦将校は名の通り正しい作戦を計画実行して勝利を目指します。政治将校は作戦将校が政治的に正しいかを指導する立場にいます。我々が介入出来るのは政治的に正しいかどうか、規律が維持されているかどうか、そこまで。作戦の専門家である作戦将校の行動計画を左右することではありません。出来ることは、そんな彼等にそれは正しい行いかと問い続けることにあります。問うた結果、作戦計画が変更されることはあります。
他に汚職の摘発、敗北主義者や離反者の摘発、脱走者の処断など規律の維持から最後の手段として指揮官の罷免が可能です。
指揮官の罷免、これは決して濫用してはなりません。政治将校とは専制貴族ではありません。全てを司っている独裁者ではありません。たとえ指揮官との不仲が発生しようとも常に革命的勝利、国家全体の勝利に貢献することこそが求められます。勝利は全てに優先されるという言葉は自身にこそ最も適用しなければいけません。我々には鉄の意志が要求されます。私人としての好み、好き嫌いは任務中、完全に殺して下さい。場合により一般将兵を銃殺する権限を有する以上、己の精神は殺さなければなりません。完全なる組織の歯車という自覚を持ってください。
かつて私はマトラ低地枢機卿ルサンシェルの政治指導をしていた時期があります。ご存じの同志もいるでしょうが、猊下は自殺未遂を起こして現在人事不詳。私は管理責任が問われて解任されました。猊下は非常に複雑で心的疲労の多い立場にありました。その傍にいた経験があり、失敗したからこそ言えることがあります。
政治指導される者達は立場の高低にかかわらず常に悩んでいます。生存本能と作戦義務、民族主義と革命精神、そしてこの場では帝国連邦と自国の差異にです。完璧な両立はほぼほぼ不可能な事柄です。全てに矛盾が存在し、完璧な答え、満足な落としどころというのは存在しないと考えて下さい。であるからこそ政治将校は一般将兵に対して常に”勝利は全てに優先される”ことを伝え続けましょう。
複雑な議論は決着を見ません。正義と別の正義、比べてどちらが真の正義であるかという答えは出るものではありません。古代より哲学者が机上で考えても出ないのだから、戦場で専門家ではない軍人が出せるものではありません。神学的な論争は勝利から遠ざかる労苦です。この労苦こそ悩み、迷いです。
悩みや迷いは全て攻撃精神で塗り潰す必要があります。正しい攻撃精神です。政治将校はとにかく気後れをしてはいけません。作戦将校には常に”勝利は全てに優先される”と伝え続けます。作戦の中で失敗はあるでしょうが、正しい攻撃精神は失敗すら乗り越えて挽回しようという前向きの、積極の姿勢です。完全無欠の無敗と勝利は目指すべきものですが、常に戦いとは考えて工夫する敵、相手がいます。敵はこちらより上手で物量に勝る場面は多々あるでしょう。局地的な敗北の可能性は常にあります。それでも常に戦略勝利の可能性を諦めてはなりません。
自分が現在直面している、目前にある戦場だけを全てとしない戦略的な視点が政治将校には求められます。目前の戦場に必死でよそ見をしている暇の無い作戦将校に代わって我々は戦略的に見なければいけません。これは正しい攻撃精神が多くを補ってくれます。たとえば、目前の戦場があまりにも過酷過ぎて、多くの将兵を死に至らしめて逃げ出したくなる状況にあるとしましょう。しかしこの時、己の部隊がそんな過酷な負担をしている間に、囮になっている時に友軍が敵に対してとどめの一撃を入れに行っていることがあります。この場の過酷な負担から逃げ出すという敗北主義的で攻撃精神の無い行動をした時に全軍が敗北の危機に陥ります。結果的に、最終的に敗勢の最中に追撃を受けた時の被害は過酷に耐えた時より多くの死者が出ることでしょう。これは戦闘での死者だけではなく、敗北後の敗残兵処理、降伏後の粛清によるおびただしい死者も含めます。これは作戦的な視点からの常識です。正しい攻撃精神は最終的な犠牲を抑制します。
正しい攻撃精神を説く時に嘘の言葉、言いくるめの言葉で何とかしようというのは不誠実で反革命的です。煙に巻いて誤魔化す、それが完璧に出来る程に相手は愚かではありません。他人はあなたが思うより馬鹿ではありません。作戦将校、一般将兵を馬鹿にしてはいけません。騙せても一時的であれば負の側面ばかりです。騙されたふりをしたり、まるで愚かなように振る舞って従順であるふりをしている者は危険でさえあります。それはあなたを騙しているからです。本心を隠す者は計画を隠す者です。大それた計画であるか、個人的な小さな計画であるかは分かりませんが、こちら側に察知されないように動いているものです。それは不測の事態を招き、不利をもたらします。
常に誠実に、目下の攻撃対象への仮借なき攻勢という第一の何事よりも優先される目的があることを伝え続けてください。”勝利は全てに優先される”とは、複雑な悩みというのは勝利の後、戦争が終わった平和な時にすべきということも意味しています。まずは迷わず勝利、後に十分安全な世界が訪れてから論争し、民主主義に基づいてどの政治家に投票をするか、己が政治家として出るかを考えればいいのです。まずは己の家で起こっている火災をおさめてから考えるのです。
相手に対して説明は不要だろうという考えは捨ててください。繰り返しますが指導される側は常に悩んでいます。一度決心がついたように見えても直ぐに揺らぎます。眠くなる、お腹が空く、そのぐらいの頻度で揺らぐと言ってよいでしょう。人間の精神とはそれぐらいに揺らいで脆いのです。中には鉄筋が入ったような人物もおりますが、それは稀有でしかも革命的な人物とは限りません。有能で指揮官に適格であるかも別です。
そして指導する我々も常に悩むことになります。同情したり、反感を抱いたり、精神は常に揺らぎ続けます。我々もまた適格で有能とは限りません。才能、性能に安定が無いのならば原則を守ることによって最低限の役割を果たしましょう。原則は勝利は全てに優先され、正しい攻撃精神を保つことです。眼前敵の粉砕なくば他の悩みを解決することなど出来ないことを念頭に入れましょう。
軍人の本義は外敵の駆逐。内敵との紛争などは戦後に考えることです。前を向かせ、前に進ませ、前に撃たせる。攻撃前進の攻撃精神を忘れないようにしましょう。常に攻撃あるのみです。常に勝利を目指す。敗北の憂いは我々より更なる上層部が考えることです。敗勢の管理は最上級司令官達の役割です。
皆さん、常に攻撃です。上級命令による防御、停止、後退、その命令が下るまで攻撃前進です。敵を休ませることは敵に利することです。己の戦線が危うかろうと、その分他の戦線が有利になればそれは勝利に繋がります。
苦痛も死傷も常に分担されています。総合勝利が見えるその時まで悩みは尽きませんが、すべきは常に攻撃あるのみです。
復唱してください。常に攻撃あるのみ》
「常に攻撃あるのみ!」
ジョハ・アンネブローさんがまず言葉にする。他の政治将校は、自分も喋るの? と困惑しているか、バラバラに復唱。
《もう一度、常に攻撃あるのみ》
『常に攻撃あるのみ!』
《以上です。戦いは勝利で終えましょう》
■■■
レッセル市周辺の戦闘で、状況を変化させる作戦が始動する。極端にではなく、徐々に変わる。
まずはレッセル市郊外での戦いで時間と空間が確保されている間に、同市の要塞化工事が進行中。
マウズ川架橋作業は一先ず完了という状態。エデルト式線路が敷かれた簡易鉄道橋も完成して続々と不足する砲弾が供給されている。本格的な耐久性の高い橋は並列して架橋中。
南方からの敵マウズ軍集団からの攻勢を防ぐ戦力からムンガル方面軍主力を抽出し、指揮系統の一時麻痺から立ち直りつつある西方の敵、カラミエ軍集団南部集団への攻撃に専念させる。
このレッセル市はエグセン人民軍と革命防衛隊が直接防衛する。講義前に行われた砲撃を例に、イスィ山地にいる各方面軍から抽出された派遣砲兵隊群が支援射撃を継続するので多少弱体の軍でも戦い続けられる。
この最中に、一つ特別任務が企画された。黒軍補給任務である。
最前線を越して敵勢力圏内に浸透中の総統閣下直率の黒軍との合流地点へ、ムンガル方面軍所属の一個独立補給旅団が向かうのだが、その指定された地点というのはカラミエ軍集団南部集団の勢力圏内である。
状況を変化させようと戦力再配置が行われている中でこのような攻撃的な補給任務を行うことは困難。しかし総統特命という緊急案件でもあり、閣下の戦績からこれは重大事項と判断される。各軍に戦力の余剰は無いとされたが、そこで特別任務用の部隊が急遽編制される。
内務省軍ダフィデスト支隊。自分が隊長となり、姓名を冠する臨時部隊の出来上がり。降って湧いた重責、どうするか考えながら各部から話を聞いて能力と規模を決める。
ダフィデスト支隊、どう編制したって弱い。派遣される独立補給旅団長と急遽会合したところ「陽動戦闘、一回限りを耐えられれば後はこちらで何とかする」と言われた。要求能力が決まった。
レッセル市に設置された内務省軍総合事務所で事務官と会合。労働力として不適格とされた不平市民、捕虜、老人、傷病者の合計一万名の利用許可を得る。また作戦に必要な物資調達書類を計算して作る職員の労働時間を予約してもらう。
次に革命防衛隊レッセル司令部を訪問して不平市民を管理出来る分の政治将校と人民兵からなる督戦隊を借り受けに行く。彼等もこれからムンガル方面軍が抜ける分、多大な負担を強いられるので”その代わり”が必要になる。そう言われる。
次にムンガル方面軍司令部を訪問し、革命防衛隊から戦力を抽出する分、西方へ戦力を転換する計画において一部を遅延するなど、工夫して貰えないかと相談。これもまた”その代わり”が必要になる。そう言われる。
同志メリカ経由でザモイラ術士、並びにグラスト術士に余剰兵力は無いかと相談すれば抽出可能と返答を得た。マウズ川架橋作業が術工兵の仕事から通常工兵、一般技術者の仕事へ転換している最中であったことが幸い。
術士戦力の確保に成功し、督戦隊確保に成功。同時にザモイラ術士の一個小隊も借りることが出来た。同志メリカを含む。
督戦隊の隊長には互いに仕事仲間として共通経験があるジョハ・アンネブローさんを指名。即席ならばこそ顔見知りが共同しやすい。
最初に行う集団行動として、不平市民に攻撃精神を叩きこむ即席訓練から始めた。独立補給旅団からは間も無く出発準備完了と告げられており、彼等の行動を阻害することは許されないと判断。黒軍への補給という優先事項を考えればそうなのだ。
訓練内容。まずは健康な不平市民、捕虜、まだ動ける傷病者とそれ以外を都市西方の郊外で対峙させる形で並べる。それぞれの背後には妖精達に作って貰った”にゃんにゃんねこさん”を展示。手間が掛かるので全員に影響力を及ぼせるだけの数が揃えられたか不安。
次に健康な者達に、レッセル市の再建で発生した廃材などを持たせた。
同志メリカに”拡声”をさせる。
《目前にいる相手を一人撲殺してください。殺した証拠に頭部の一部を毟り取ってきてください。皮膚の付いた髪の毛、鼻や耳、前歯でも構いません。出来ない者は死にます。出来る者は生き残ります。死ぬか殺すか選んでください。また共和革命思想に共感し、共に革命を実行して悪辣なる貴族社会、人食い豚を抹殺したいと望む者は別途名乗り出てください。同志達には少し違う役割を担ってもらいます》
反応は様々。あっさり撲殺しにいく。躊躇する。廃材を捨てる。向き直って反抗しようとして督戦隊に警棒で袋叩きにされる。
集団で反抗する素振りなら腹や足を狙って、出来るだけ即死させないように銃撃してから、そこから袋叩き。
廃材の放棄や、袋叩きにされた者は対面の、撲殺対象の列に加えられる。
嘘か誠か、共和革命思想の同志と名乗り出た者には、後から撲殺のし残りを皆殺しにさせてから指定位置に集合するよう指示。
ベーア同胞を殺せるかどうかの選別でまず即席尖兵を三千名確保した。各尖兵隊長、副長などは新しい同志達を優先してまずは《あなた達は選ばれた者達です。働き次第ではこの新しいエグセン人民共和国連邦の指導的地位につき、人民の模範となり、その振る舞いと功績次第では尊敬される存在となるでしょう》と訓示。
不足分は《部隊指揮希望者は起立挙手で意志を示してください。兵役経験などは問いません》と募ってから充てる。元兵士、現役兵士という肩書はここで敢えて優先しない。彼等に複雑な指揮能力は期待しない。積極精神のみを重視。
またその三千名には”にゃんにゃんねこさん”の飼育義務を分担して課す。余裕があれば飼育放棄案件があれば懲罰的に責任者一名を抽出して代わりの”にゃんにゃんねこさん”とするのだが、今回はそうもいかない。暗にこうなるぞ、と短期間騙す形になる。長期運用ではないからにわか仕込みだ。
ダフィデスト支隊三千三百名が揃ったところで、初めての合同作業として死体処理を命じた。その間に自分は補給部に人数分の物資と車両を、優先順位をつけて、労働時間を予約していた職員に手伝って貰って数量を計算してから請求。武器に関してはレッセル市内で鹵獲した旧式装備や刀槍で大いに妥協することで取得に時間を大きく取られなかった。機関銃と大砲は得られなかった。
支隊が形になったところで改めて部隊の増強を要請したところ、妖精兵中隊二百名を追加で獲得。
独立補給旅団の出発に合わせて我がダフィデスト支隊は出発した。武器の取り扱い訓練は省略。わずかな時間を使って行軍訓練に終始した。
ムンガルの旅団長から質問。
「どの程度戦えそうだ?」
「現状では奇襲攻撃の一瞬で壊走する可能性があります」
「改善案は?」
「行軍の道中、必ず疲労で不平不満を漏らしてくるでしょうから、その折に尖兵同士で処刑をさせて内輪での敵対を強化させていきます。友情で団結出来ないのなら不信で牽制させます」
「内務省のやることだなぁ」
「ムンガルならどうします?」
「自前で督戦も処刑も出来るしな。自分でやるかやらないか、か」
「直接手を下して復讐相手になるのは積層構造を単純化させて反乱発生率を高め、規模も拡大させます」
「だからお前らがいるんだろ」
「それもそうですね」
■■■
イスィ山地南麓沿いに、山中へ入るように二個旅団相当で行軍。騎兵と毛象と車両だけのムンガルの独立補給旅団が先行。ダフィデスト支隊は彼等の使い捨て予備兵力として後方に配置。呼び出しがあれば戦いに行く。
独立補給旅団から宿営地に良さそうな場所の見繕いや水飲み場の位置情報、狩猟した動物のお裾分け、敵偵察情報の提供など世話になり通しであった。こちらの足の遅さを補ってくれる。いずれ敵と接触した時は肉弾でお返しするので遠慮しないで受け取るように下達。
道すがら、反抗的な尖兵の処刑を交えて武器の取り扱い訓練を行った。生きた的の方が実戦的である。
尖兵は旧式火器中心。前装式で装填発射速度は最新式に劣るが威力射程で著しく劣りはしない。弾薬は彼等を督戦する者が携行し、戦闘時に配布する。
同志尖兵は刀や槍で背中から督戦する下士官役で、尖兵の弾薬を管理する。あえて一段劣る武器を持って敵ではなく味方を殺すという立場を示す。
尖兵全体をエグセン人民兵が後方から督戦。入手したエデルト式最新火器は彼等へ優先して供与。この”新しい玩具”で機嫌を良くしている。それがたとえ仕事道具であっても良い武器とは心を躍らせる。
人民兵には革命防衛隊の政治将校と直率の分隊がついて政治的に指導する。
その更なる後方に自分と内務省軍から預かった妖精中隊にザモイラ術士小隊がつく。
即席ながら五層構造の旅団規模の軍を、指揮系統を明確にして編制出来た。一先ずは行軍と休止の繰り返しと実弾訓練をさせて混乱が発生しないところまで仕上げた。
これから接敵するカラミエ軍集団南部集団の規模と戦意と装備はどれ程かと想像する。
大規模破壊呪術による地雷発破からの奇襲攻撃で動揺したことと、大砲など持ち運びの難しい装備の鹵獲数の多さから装備は悪いと思われる。
戦意の程は奇襲攻撃のその時点では低かったと推測されるが、今や時間も経過して北部集団の窮地も知らされていれば高揚している可能性が高い。
規模はレッセル市制圧と郊外掃討戦の経緯から負傷兵を数に入れても五万以下と見られている。即座に援軍を迎え入れているかは怪しい。
準備を整えたムンガル方面軍が苦戦する相手ではないと思われるが、彼等が戦闘状態に入る前の現状で、この二個旅団がまともに戦える相手ではない。まともに戦わないわけだが。
ムンガルの騎馬伝令隊が通達。
「旅団長より、カラミエ軍集団の一部と見られる敵部隊を発見。既に我が隊の軽騎兵と戦闘中。陽動を依頼するとのことです」
「了解しました」
「私が戦闘地域まで先導します」
「お願いします」
騎馬伝令隊の先導でダフィデスト支隊、進行方向を西から南西方向へ変えて前進。山道から農道、畑、牧草地へと踏み場が変わる。
主戦場、主街道から外れて避難意識の無い民間人の姿が見えてくる。基本的に無抵抗というか、世間知らずで戦時ということを今に至って把握していない者すらいた。
食事と水と屋根のある寝床の提供の対価をベーア発行通貨で支払った村の長はこう言った。
「えらい人達のすることはわからないねえ。税金はしばらく止まるのかい?」
■■■
初めは敵の下馬した乗馬歩兵からの散兵射撃で始まった。
敵はイスィ山地を背にする雑木林側で防御姿勢、こちらは耕地と休耕地に跨る平野と農家の家屋群に陣取る。周囲には、敵の人と馬の死体、死にかけが数十名転がっている。ムンガル騎兵の遺体は回収された後。
敵が乗馬歩兵という情報はムンガル騎兵からもたらされたもの。馬が悪く下馬戦闘を意識した姿を目撃したそうだ。死傷者をざっと見て、歩兵なのに銃身の短い騎兵銃を持つ姿から見ても同意。
ムンガルの騎馬伝令隊と遅滞戦闘を継続していた軽騎兵隊は、こちらの尖兵が戦闘横隊形を整えるまで足止めしてくれた。ついでに敵の展開幅まで計測。それから撤退。
奇襲や先制攻撃を受けることなく戦闘が始まって良かった。旅団長と会話して弱点を教えておいて、配慮してくれて助かった。
積層構造は上から下へと、単純な命令による単純な戦闘を実行する。革命防衛隊には自分から訓令を出す。
「攻撃精神を忘れずに戦闘を行ってください」
それから革命防衛隊が指導するエグセン人民兵の督戦部隊が「攻撃開始! 前進しろ!」と同志尖兵に命令を出す。
同志尖兵は各尖兵に弾薬を配布してから「前へ進め!」と号令を繰り返しながら、刀や槍で背中を脅して攻撃前進を実現させる。
ムンガル騎兵に代わった我が尖兵達は、武器も射撃能力も敵に対して圧倒的に劣る。偶然の命中以外無さそうな距離で散発的に統制無く撃って、敵の統制一斉射撃を繰り返し受けて倒れる。
倒れても攻撃精神の下に《攻撃あるのみ》と語り掛けて前進を継続させる。早くも戦意が折れた尖兵が逃げようとし、同志尖兵が使い慣れない刀槍で滅多打ち、滅多刺しで悲鳴みたいな叫び声をあげて殺す。感情的に「逃げるな! 前進しろ!」と叫ぶのがにわか下士官の仕事。
同志尖兵を殺して逃げようとする者は督戦隊が射殺。
「警告する! 逃げる臆病者は殺す! 前進して敵を打ち倒せ! 生きる路は前にしかない!」
カラミエの下馬騎兵達は射撃優勢を実感し始めた頃から雑木林を出て攻勢に打って出てくる。
督戦で撤退を防止しながら尖兵を前進させ続けた。百、二百、三百と死傷者が転がり始めた頃には敵方が気圧されて雑木林に引っ込んだ。
ダフィデスト支隊の革命防衛隊指揮官であるジョハ・アンネブローさんに通達。
「林の中の白兵戦なら互角に戦えます。地形が混み入ると尖兵は逃走しやすいので管理しやすい縦隊が良いでしょう」
「同意します!」
自分は今、作戦将校としての役割も負っている。にわか編制では兼任せざるを得ない。
雑木林入り口付近まで四百と死傷者が増えたところで白兵戦のための縦隊形に尖兵は移行。儀仗行進ではないので綺麗に並ぶ必要はない。木々の間もそう広くは無いので横三、四列程度になって突入開始。
雑木林の中は木々が視界、射界を狭める。督戦隊は逃亡兵を許さないように尖兵との距離を詰める。
林の中の射撃戦は、外での一方的な射殺劇とはならず、尖兵でも木や根、岩や段差に隠れながら応射が出来ている。
銃弾が樹皮を剥いで帽子に降ってくる。妖精兵が木に登ったりしながら、高所を取って尖兵の頭越しに敵を狙撃。
林の中の小川を挟む形の、大きくはない自然段丘が空堀になっていて越え難く見えてくる。ここを敵は越えるために脱出部隊と殿部隊に分ける動きが、木の上で狙撃する妖精兵から目撃された。
ジョハさんに通達。
「突撃で川の線まで押し上げて下さい。集団魔術で支援させます」
「了解!」
督戦隊が号笛を吹いて尖兵に促す。
「突撃に進め!」
「前へ行け! 走れ走れ!」
急かされる尖兵達が、湿った腐葉土に時々転びながら、突撃ってとりあえず前に走ればいいのか? と迷いながら進み出す。
そしてザモイラ術士隊に集団魔術の指示。定型魔術”送風”を越える”暴風”で、積雪で潰れていた腐った落ち葉、春に開いた新緑の葉を巻き込んで敵方に轟音も流す。土も捲れ、枝も折れ飛ぶ。
林のごみを背に受けて前のめりで尖兵達が走り続ける。転倒者続出。
視界も聴力も塞がれた敵兵、射撃姿勢を取るのも困難になり、こちらも転倒者続出。
目を風と林のごみで潰されなかった分、背中を押された分は有利の尖兵が遂に下馬騎兵達に迫って白兵戦に突入。
至近距離、下手糞でも早々と外さない距離で射撃してから銃剣で刺す。これは戦いの心得がある兵士経験者に見られる。
訓練も出来ていない民間人だった者は、頭が真っ白になったように小銃の銃身を握って棍棒のようにして殴り始める。中にはわざわざ川の石を拾って殴り始める者もいる。
尖兵が敵を押して川へと、段丘の下に落とす。実際に蹴ったり押して落とす。
脛にすら届かない浅い川で乱戦が続行。エグセン人民兵が尖兵から対岸の敵兵に狙いを変えて射撃を開始して撃退。壊走の段階に入る。
川の中では一旦優勢と見るや、弱い者虐めの仕返しを敵へ転化するように嬲り殺しが始まる。小銃は使わず、命乞いする敵兵を拳骨で殴って足で蹴って、浅い川底に髪の毛を掴んで押し付けて窒息。侮辱のためにズボンを引き下ろしておろおろしているところを蹴飛ばすまで始める。
ジョハさんから提言に近いもの。
「止めさせますよ」
「いいえ。訓練も受けていない彼等に暴力を覚えさせる良い機会です。鬱憤も溜まっているのでご褒美が必要でしょう」
「本気ですか?」
「正規兵には求めない素養です」
虐めには虐めで弱い者に返す姿が見られる。我々はこれを利用している。
段丘の上に立って声をかける。
「尖兵の皆さんはそのまま好きにしながら休憩に入って下さい。使いどころがあるので出来るだけ殺さないように」
改めてこちらから許可を出すと尖兵の一部が我に返って暴行を止める。
一部は笑って「話が分かる隊長さんだ!」などと言う。
更にある一人は、こちらに銃口を向けようとして、その前に拳銃早抜きで右肘を撃ち抜く。
「この反逆者が所属する分隊はただちに集合して下さい」
該当する分隊にはその反逆者が死ぬまで殴らせた。
■■■
雑木林での死傷者、敗残兵、遺棄装備の処理と処置をしながら、予測し得る敵増援に備えて林の小川を使って野戦陣地を構築する。ザモイラ術士隊には術工兵として、次の戦闘があると仮定した余力を持って土木工事をして貰う。
同時にあの農家の家屋群も占拠して簡易要塞として帝国連邦旗を立てる。負傷兵と捕虜を収容する野戦病院兼収容所ともした。”にゃんにゃんねこさん”もそこに設置。
先の戦闘で壊走させた推定乗馬歩兵は、捕虜の尋問と装備と逃げ残りの馬の体格と肉付きの悪さから明確に乗馬歩兵と判明。威力偵察任務で派遣されていたところでムンガル騎兵と遭遇、不利を察して雑木林に逃げ込み、友軍本隊に伝令を飛ばし、増援を待っていたところで我々に撃破されたという流れ。
偵察配置につけていた妖精より、西街道沿いから敵接近と報告。全隊に防御配置命令。
敵の陣容は歩兵、騎兵、砲兵全てが揃って大軍。そして統一的なベーア軍の服装ではないそうだ。前時代的な極彩色ではないものの軍服は多彩で、国旗ではない地方色濃厚の多彩な連隊旗が並ぶ姿だったという。
カラミエ軍集団北部集団の包囲殲滅危機から助けるために中部集成軍が東進していることは以前より分かっている。それとは別系統の軍であり、統一的ではないとすればベーア貴族の私兵である義勇兵軍。愛郷心と士気の強さと引き換えに他隊との連携が悪い可能性が指摘されている連中だ。
今まで目撃されていなかった義勇兵がこのバールファーと南カラミエの戦場に入場していることになる。総統閣下の包囲殲滅計画の破綻が目前ということか? 我々が努力すれば破綻確率を下げられるか?
ここが総合勝利への鍵の一つかもしれない。書類、講習仕事では感じない責任が重い。
敵の攻撃は砲撃から始まる。農家の家屋群は砲撃になど対応した造りになっていないのであっという間に倒壊。砲撃が瓦礫を叩いている最中に歩兵が接近し、射撃支援組と、手榴弾を投げ込みながら突入する突撃組と役割分担して占領という基本に忠実な動きが見えた。
負傷兵にはここで玉砕して貰って敵の能力を測った。ちゃんと装備も訓練も行き届いた兵士であると確認出来た。大砲は軽砲の類の小口径だとも確認。
捕虜は地下倉庫に隔離するようにしてあるのできっと生き残っているだろう。使いどころがある。
敵は農家を占拠して大分間を置き、伝令のやり取りをして、砲兵の準備をしてと時間を掛けてからこちらが潜伏する雑木林に向けて砲撃を開始して木々を砕き始める。
潜伏を完全にしては我々の、独立補給旅団を守るという役目が果たせない。総合勝利のために陽動の、囮としての役割を果たす。
不十分ながら砲撃で一応”地ならし”したとして敵歩兵が雑木林に侵入を開始。
川の段丘陣地より手前の散兵壕に隠れた妖精兵が適宜射撃と後退を繰り返して遅滞戦闘を実行。浅いが、ふくらはぎに糞や泥塗りの木杭が刺さるよう設計された落とし穴に敵の足が嵌る。
先に撃破した乗馬歩兵隊相手と違い、今度はこちらに土地勘がある。
退避用の塹壕を掘り、窪地や地形の段差、岩の配置を考慮して妖精兵は地上に顔を出さずに動いて回れる。設計はこれを使用している妖精兵自身がしたので使い勝手は彼等が一番分かっている。
精鋭兵士の有難さが尖兵と比較して心に染みてくる。教育の賜物、革命軍野外教令から始まってラシージ”大”元帥が最終的にまとめた教範の息吹を感じる。
敵は停止したり、砲兵を林に入れて砲撃で進路を開いたりと慎重に確実に進む方針を取らざるを得ない。
夜まで時間を稼いだ。
■■■
朝には川の段丘陣地構築に一先ずの区切りがついた。工夫すれば際限が無いところが逆に難しい。
妖精兵は夜間も戦い通しで、徐々に後退して段丘陣地まで後退してきた小隊もあるぐらいに敵は攻め寄せてきている。こちらの規模や、暴行された兵士に対する扱いは捕虜から聴取していることだろう。怒り心頭であろう。
ザモイラ術士隊には離脱を指示した。彼女達は誰を殺してでも逃げる義務があるのだ。術を使う余力がある内に逃がす。
「ノンノー!」
去り際に笑顔で手を振る同志メリカには、部下達の面前いる立場上、軽く手を上げて返すだけに止める。私情を挟んだと誤解されたくないのだが、別れの挨拶を無視するのも人情が無い。中々ままならない。
ザモイラ山中で育った彼女達は山岳兵としての訓練を幼少時から受けている。イスィ山中に入ったところで一般兵のように困ることはないだろう。
妖精兵の後退に従って敵の前進が音で、砲弾の到達で分かる。弾着、泥跳ね、倒木、木片と枝葉が落ちる。
ダフィデスト支隊の残る三千名弱、段丘を利用した塹壕線で、木々がある程度防ぐ砲弾を受けて耐える。木の高い位置に砲弾が当たって炸裂、散弾化した木片が刺さった兵士が騒ぐ。
隠れているのが一番安全だが、砲撃の恐怖に耐えられず塹壕から早くも立って逃げ出そうとする者が出る。平野部での戦闘ならこの十倍は降ってそれに耐える兵士だっている。小心も個性か?
「捕虜も”にゃんにゃんねこさん”も敵が救助しました! 逃げ場はありません! あなた達は既にベーアの同胞ではなく復讐する敵です! 徹底抗戦あるのみ!」
小口径だが大砲は大砲、対砲兵射撃も出来ないこちらよりはるかに敵は優位。一方的に砲撃を受ける。時に塹壕内、川に砲弾が飛び込んで兵士を砕く。手足が飛んで、破片で即死、負傷でのたうち回る。
同志尖兵が死傷、監督能力が失せると尖兵が逃げ出す。逃げる背中をエグセン人民兵が「逃げるな!」と撃ち殺す。撃ち返される。更に撃ち返して分隊毎皆殺しにして、怯えた隣の尖兵が更に逃げたり、反抗したり。
時間が経過して昼前。敵の顔すらまともに見ていないのに統制が乱れている。
やはりこの極短期での編制は無理があったか? 砲兵をこちらが持ってないのが一番かもしれない。申請が通らなかったから……砲兵確保に失敗したから。
敵の砲撃がようやく止み、敵よりも味方を多く射殺したところで敵兵が『フラー! フラー!』とエグセンの喚声を上げて前進してくる。
林間を埋める敵兵の群れの声が反響する。遂にエグセン人民兵を「恥知らずの反逆者!」と撃ち殺す革命防衛隊員の姿が見えてくる。尖兵以外の士気も折れてきた。
その革命防衛隊員が不安げに後ろを向けば、動揺も無く戦闘態勢を整えている妖精兵がいる。
積層構造にしなければもっと前に壊走していた。
ジョハさんから耳打ちで泣き言。
「一緒に逃げよう」
平手打ち。
「私が好きだと話しかけたいなら男になってからにしなさい!」
この緊急時になんという惰弱な発言。大きな声で喋っていたら革命防衛隊指揮官でも射殺していたところだ。手間のかかりそうなことを全く愚かな。
前時代的な敵兵、義勇兵。前時代風にしゃがまず立ったまま各隊毎に一斉射撃と前進を繰り返す。先頭には抜刀した士官、連隊旗を掲げる旗手が立って目立つ。
しかしこの、古風な敵戦列が発するその『フラー!』の声と肉体の面積が作る圧力は弱兵の心を砕く。声と身体の大きな敵は強いと認識する本能が負ける。
白兵戦に移行すれば瞬時に砕け散るだろう。
「後退! まずは妖精兵の後ろまで!」
段丘陣地を放棄して後退。比較的平面な雑木林から山の斜面へ。
斜面は泥で滑る。小銃を杖にするか、背負って四つん這いで進まないといけない場所もある。普段なら気にしない程度の背丈より低い、斜面から除く岩の小さな”崖”が越え難い壁になる。足が止まっている時に敵の一斉射撃の的になる。
突撃ラッパが鳴り、敵が『フラーッ!』と叫んで駆け出す。撤退戦の訓練どころか心構えすらない尖兵は白兵戦へ突入する前に壊走。武器を捨てて逃げる、敵方へ投降しようとして撃ち殺される。塹壕内で丸くなる。
背後の高所にもう一つ陣地を作っておけば良かった。時間が足りなかったが、場所の見当くらいはつけられたはず。
エグセン人民兵からも離反者が出る。革命防衛隊員は不意を突かれて殺されることがあった。妖精兵は瞬時に敵と見做して撃つ。
こちらの指示が届く範囲の部隊が妖精兵の列の後方まで移動する。
戦闘で声が届かない、戦闘陣形端側の部隊は壊走していなくても後退もしないで戦闘中。自分の指示が繰り返して伝言で伝えられるはずだが混乱中であればそうもいかない。
同志メリカだけでも傍に置いて”拡声”の術を使って貰えば良かったか? 判断が甘かった。
「停止! 撃ち方用意!」
自分の指示が直接届いている兵数、およそ五百名程度が前進する敵兵に斜面高所より射撃。その隙に妖精兵が後退して射撃位置について射撃を開始し、また五百名を後退させるの繰り返し。要領を得た革命防衛隊将校も良くエグセン人民兵と、まだ従っている尖兵を統制して同様の動作をさせた。
敵兵は良くも悪くも隠れず伏せず、堂々としている。こちらの射撃でかなり倒れている。
後退を繰り返していると後方から銃撃。こんな時に挟撃とは驚愕。
後方、高所に先に撃破した乗馬歩兵隊の敗残兵が少数いた。何という落ち度だろう! にわか編制の、作戦将校としてもにわかの自分の限界かこれは!
にわかに挟撃を受ける。また士気喪失からの脱走、反逆兵が出る。
妖精兵の指揮官が、後方の敗残兵を狩る部隊を抽出して派遣する許可を申請、許可。ほとんど目配せだけのやり取りだった。やることが分かっている同志は指示する必要がほぼ省ける。精鋭が嬉しい。
ジョハさんから敗北主義発言。
「自決するなら手伝う」
「最後の一兵まで敵を殺します。降伏は違法です」
「君は可憐過ぎる」
「喉を噛みちぎる機会が増えて良いではないですか……戦闘継続! 徹底抗戦あるのみ!」
いちいちうるさい。
自分の指揮範囲外にいる兵士のほとんどが敗北、壊走したように見える。組織的行動能力なら妖精兵がいるので最低保障こそされているが。
変な音の砲弾が敵最前線に落ちて横隊の一部を砕く。誤射にしては丁度が良過ぎる。何だ?
一発だけの誤射ではなく、二発、三発と狙ったように立て続けに砲撃。泥と敵兵の弾け具合から、横からではなく直上から降ったようだった。横軸に噴射物がずれていない。
敵が騒いで慌てながら前進を停止した。それから指示があって少し後退を始める。支援砲撃要請を誰かが間違って出したような雰囲気に見えてしまうが、様子がおかしい。
日中でも薄暗い林の中で、後方から赤い明かりがじっくり照らされる。爆音は爆音だが火薬のような弾けた感じではない。
前方の戦況を確認してから後ろを向けば火柱が上がって、玉状になって痩せていくところ。発生位置はあの乗馬歩兵の敗残兵の位置。
あれは”火の鳥”? ザモイラ術士隊が戻ってきた? 彼女達が損耗する危険は、我々が全滅してでも防がなければならないのに。
次に、弱い”暴風”の集団術。我々が斜面を転がり落ちる程ではない。枯葉、枝葉を敵に浴びせかける程度。
葉の吹雪が去った後、我々より高所に小銃を持ったザモイラ術士隊が散開した横隊を組んでおり、前は持っていなかった機関銃を二丁設置して支援射撃を開始した。
術士隊指揮官が《こっち下がれ》と”拡声”しつつ手招き指示。
「全隊後退! あの隊の後ろまで後退!」
斜面を登る。土で滑って転ぶ。手頃な枝でもないかと思って周囲を見たが”暴風”で飛んだ後だ。
「私のベルト掴んで!」
小銃を杖にするジョハさんの腰のベルトを掴んで登る。支点が増えると多少快適だが、引き込むと諸共転ぶので両手で押し上げるようにした。思ったより良い具合。にわかのお馬さんだ。
ザモイラ術士隊の後方まで下がる。
「射撃交代」
「了解。停止! 撃ち方始め!」
”暴風”の混乱から復活しつつある敵に銃撃を再開。
ザモイラ術士隊は小銃を後ろに置いて、跪いて地面に手を付ける。”加圧””凍結”の定型魔術で足元を固めて、その下から弱い”地津波”で十分な地滑りを発生させた。
斜面の土が液状化して流れ出す。木々が倒れて枝を折りながら下へ崩れ、地を揺らしながら轟音を鳴らして敵を巻き込んで潰す。
流れた土と木の根の支えを失い、術で固めた土の両脇も連鎖して崩落。我々も激流に巻き込まれそうに見えた。
斜面の終わりで土と葉と草木と兵士の溜まり場が出来る。あれはまるで沼。
崩れた後の斜面は岩肌に濡れた泥がへばりついているようになっていた。滑って歩けるように見えない。
崩れた”林溜まり”の向こうで戦闘が起こっている。挟撃でもしたかと思ったが、望遠鏡で良く端から端まで見てもたった一人。ダフィデスト支隊を追い詰めていた時とは一転して混乱する敵を殺戮して回っている。そして変な動きをしている。
動きが妙だ。宙を蹴って二段、三段跳びをしているように見えた。
手に持っているのは一本の棒で、撲殺する一撃で相手の身体が千切れる。鉄筋か?
敵から奪っては撃って捨てる小銃の銃声が変に高い上に木を貫通したり、複数人を一発で倒したりする。そんな手持ちの銃あるか?
その顔は光を鏡面反射する銀仮面で見えないが、とりあえずセレード人ということで味方だろう。
にわかに我々は戦場から離脱したようになった。落ち着いたところで術士隊指揮官に敬礼。
「助かりましたザモイラの同志姉妹。しかし、危険を冒してなぜ戻ってきたのですか?」
「十分な加勢」
術士隊指揮官は下の銀仮面の兵士を指差す。
「下のあの、優れた術士ですね。ザモイラの同胞には見えませんが」
「黒軍、魔族、強い」
「なるほど。加勢に行きますので道を……」
「不要。えーと、楽しみは邪魔しないで、って」
「邪魔?」
魔族兵、鉄筋も銃も飽きたのか徒手空拳で敵を殺し始めた。
腕を引っ張って肩から千切る。胸に指をねじ込んで心臓を抉り出す。中段蹴りの一発で腹が破れて内臓が散る。顔面殴りの一発で頭が砕ける。頭を掴んで眼窩に指を引っかけて頭蓋骨を剥す。わざわざそんなことをする。
あれほどの力を持つなら調整して無駄なく殺していくべきだと思うが、どう見てもあれは持て余した力を振り回して遊んでいる。武器を使わずわざわざ素手で、ということはその感触が心地良いということ。
理解し難い。軍事科学的ではない。
■■■
戦闘で疲れ切った我々は、ザモイラ術士隊が見つけた休息に良い山中の、水捌けの良い平地で身体を休めた。
生存者は負傷者救助も合わせて六百名程。士気も体力も使い切った者が多く、一日だけずっと寝ている程度では再び移動出来る様子ではなかった。
術士隊指揮官と情報を交換すると、山中であの黒軍魔族兵と合流して挟撃作戦を計画して実行。機関銃はその魔族兵がムンガルの独立補給旅団から借りてきた物。
独立補給旅団は黒軍補給任務に成功したそうだ。魔族兵は足がとても速いので別行動しても間に合うらしい。
我々は任務を達成した。ここまでで得た情報を持ってレッセル市に帰還して終了だ。可能であれば独立補給旅団と道中合流して、食事の世話から何からまたして貰いたいと思っている。
魔族兵はあの後どうなったのか分からないまま、と思ったら不意にほとんど空を飛ぶように我々の休息地にやってきた。埃でも払うように服を叩いたら脂塗り状態の乾いた血片、時に髪の毛で欠片同士が連結したものがぼろぼろと落ちる。
「あぁ……疲れた。誰か石鹸持ってない? 貸して……うん、使い切るかもしれないけど」
声からあの魔族、女。我が帝国連邦において魔族はルサレヤ魔法長官が筆頭でいらっしゃる。ただ魔神代理領と関係が深い割には魔族戦力というのはあまり聞かない。外国人かもしれない。
「持ってます」
士官そして乙女の嗜みとして持っている石鹸を、その人体をパンか何かのように引き千切る手に渡した。肌が変に白い手だ。
「あら、香料入りねこれ。お洒落さんねあなた」
「あ、はい」
「内務省軍の若い子がこんなところで七、八割の損耗する戦闘なんて大変ね。機関銃も無かったんでしょ? 酷いわねぇ、玉砕前提なんて。あの男の軍隊!」
「いえ、帝国連邦軍将兵として当然の義務であります」
「あらえらい。じゃあ石鹸のお礼にお菓子をあげましょう」
女魔族が懐から出した、服の裏にまで浸透した血に塗れた小箱を開くと何と、うさぎさん細工の飴さんが一つだけ存在した。
「いいんですか!? 最後の一個さんですよ!」
「石鹸より安いんじゃない」
手に取ってみると匂いは糖蜜。こんなものをこの山の中で拝めるなんて!
「ノンノー!」
同志メリカがこんな時にやって来て背中に抱き着いてくる。どう考えても目当てはこのうさぎさんの飴さんだ! 何て卑しい奴。
「私が貰ったのー!」
「はーんぶーんこっ!」
じっくり鑑賞してから味わう心算が仕方がない。口に入れる。
「あっふー」
同志メリカ、そう来るんだ、と変な”あっふー”を出してから押し倒してきた。唇が尖って迫ってくる。
彼女の方が身長も体重も上。平均男女比程度に差がある。力で勝てない!
「きゃーばかー欲張りー!」
女魔族が手を叩いて笑う。
「そっから半分こするの!?」
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