第491話「新大陸義勇軍」 ベルリク

 ムンガル方面軍所属の独立補給旅団から弾薬を受け取り、カラミエ方面軍包囲殲滅作戦の最終段階開始位置までイスィ山中を移動。

 馬上にて、シルヴが黒軍第二、三、四予備隊及び新大陸義勇軍の動向が書かれた手紙を、馬上で仰向けに寝ながら読んでいる。竜跨隊経由で今日発信の新しい情報だ。

 この新しい増援は休戦条約など知ったことかと、作戦開始までセレード国境警備隊に偽装して活動していた。エデルトに怒られそうな気はするが、それはあちらの形勢が有利になってからだ。弱いと抗議する資格も無い。

 偽国境警備隊の統括責任者は、三馬鹿”旧”砲兵の中でも頭が一番良い、片目無しのウレグン。奴からは何と作戦開始日時を指定してきやがっている。玉も落とせば元帥にしてやろう。

 しかし馬鹿のくせに生意気。それから疑問。

「シルヴ、あいつら二日後の日時指定までしておいてちゃんと山越えて来れんのか? 天険酷寒股から黄色い氷柱のカラミエスコ山だぞ」

 あちらは人が定住出来ない程度の山の一角を越えて来る。通るだけで人が死に、そのためには重量物の運搬を諦めて軽装備を強いられる。お山のお天気お天気屋で、大体予定通りにいかない。春なら雪崩が襲ってくる。

「独立前から再調査してたらー、まあ、まあ中々の山道が見つかったのよ。あんなところなんて見ようとしなきゃあ見えてこないんだからぁ」

 銀仮面で顔は見えないがシルヴの声は眠い。こいつめ。

「それで軽騎兵が越えて来るのは分かるとして、砲兵装備の新大陸義勇軍八千が来るって本気か? 山道の通りが良いからって限度があるだろ」

「力持ちがいるでしょ」

「あん? 自動人形か。でも上げれて軽迫撃砲ぐらいだろ」

「蒸気機関の巻き上げ機で上まで引っ張ったって書いてある。攻城砲じゃないけど野戦砲級はあるって」

「マジでぇ。山岳兵も機械の時代かよ」

「元から登山道具なんて機械でしょが」

「まあそうか。それにしてもシルヴくっさいぞ!」

 こいつ替えでも着ればいいのに、わざわざ洗濯し切れていない黒服を着続けている。せっかく洗ったからってのは少し分かるが、香料と血腥いが混ざって激くさ。興奮出来ない類の嘔吐誘発型。

「うるさい。嫌ならあっち行きなさいよ」

「え、好き好き。結婚して」

 シルヴは補給任務の支援ついでに遊んで来て喜びのあまり大頭領級のお漏らしをしてきたらしい。

 アソリウス島以来、島嶼伯、将軍そして大頭領という職は直接手を下す立場ではなかったのは分かる。趣味を長年封じられてきた鬱憤は、少しくらいは理解できる。

 任務に支障が出るくらい疲れているのは専門家失格だ。実は駄目な奴だったのか?

 俺の幼馴染がダメダメクサクサ女だった件。

 道中、砲撃の爆風で服が弾け飛んで全裸になっている死体が、腐敗が進んだ状態で確認された。肥満でもないのに腹が膨れているのは内臓がクサクサになっている証拠。

 カラミエ軍集団包囲殲滅作戦の完成までの経緯で、この辺りには色んな死体が転がっている。

 春は暖かく、色んなものが臭い。

「あれれ? シルヴ、あそこあそこ! おちんちんが見えちゃってるよ! どうしちゃったのかな!?」

「うるさい」

「だってチンポが……!」

 馬上蹴りが右脇腹。腹の中でミチっと鳴る。痛いというか苦しい。

 黒軍の中心でチンポを叫んだら内臓がミチミチなんですけど!?

「お兄様、私なら怒りません」

「でもアクファルは怒ってくれないだろ」

「甘やかします」

「総統閣下ぁ! 今チンポって言いましたぁ!? じゃあ私のどうですかぁ!」

 ファガーラの、姉だったか妹だったかどっちかがこちらへ、馬上にしゃがみながら来やがった。下ろして汚ねぇケツ見せる気満々である。

「おいこっち来い」

「ただいまんこ!」

 近くに来た、殴る、失神、馬上に仰向けで倒れる。馬は気絶していないのでそのまま馬群の中を歩く。問題ないな。

「分かるかアクファル、こういうことなんだよ」

「はいお兄様」


■■■


 現在の状況。

 この、一種の”回廊”を形成する南カラミエ地方平野部において敵軍は西から、義勇兵軍、中部集成軍、カラミエ軍集団と配置されている。

 義勇兵軍は西から応援に駆けつけ、この戦場に先鋒が到着した直後。中部集成軍とはほぼ連携出来ていない。

 鉄道部隊とのやり取りは完全に出来ているので、前時代基準で考えるよりは接触濃厚ではある。

 中部集成軍は北のカラミエスコ山脈、南のイスィ山地に挟まれた”回廊”状の地域西部にいる。カラミエ軍集団とはわずかに接触しているが連携は極めて薄い。

 以前の”回廊”での行動で戦力撃破と統制崩壊、鉄道と橋梁の破壊を通じて前時代基準でも接触が浅い。

 カラミエ軍集団はその”回廊”東部にいる。現在、我らの外マトラ軍集団、ユドルム方面軍、ヤガロ軍から総攻撃を受けている最中で別行動を取る余裕が無い。あるような攻撃ぶりだったら将官級は全員お尻ぺんぺんだな。

 作戦第一段階。軍を分けて指定日時に合わせて攻撃を開始する。

 義勇兵軍、中部集成軍との西部結節点にシルヴの第一予備隊一千が南から、火傷面のザンバレイの第二予備隊一千が国境を越えて北から挟撃して切断する。

 義勇兵軍はにわかにこの戦場に到着したばかりで、そこには戦力の空白地帯がある。

 中部集成軍、カラミエ軍集団との東部結節点に自分の黒軍騎兵四千が南から、鼻無しのバジグズの第三予備隊一千が北から国境を越えて挟撃して切断する。

 黒軍予備隊が主に活躍して鉄道や橋を破壊した中間地点で、列車砲による術砲撃の衝撃とその残響も合わさって戦力過少地帯になっている。

 四千騎で目的の東部結節点に進出。警戒線は親衛偵察隊が静かに突破させて開口部を開いた。

 偵察情報と肉眼で見た感じを合わせると、中部集成軍兵士と、東からやってきたカラミエ軍兵士に難民の群れが合流して混沌としている。陣形だとか難民収容区画だとか、そういった統率の取れた区画割りというものが見えてこない。

 特に難民は疲れ切っている。大量の死体処理に精神を病んで、一部は発狂している。そして味方の救助という安堵の毒に侵されて容易に動けないでいる。そのせいで区画整理もままならない。

 張り詰めた糸が切れたら崩れ落ちるものだ。いっそ苦痛に酩酊した状態なら面倒かけずに戦場を離脱する強行軍を乗り切れるのに。

 一度の苦痛より二度が辛い。当たり前だがそれが辛い。

 ちゃんと国民を守ってみせろよ。足手まとい一人につき敵一人が増えると同等という戦闘計算式もあるぞ。

 四千騎に「化学戦用意!」と声掛けしてから攻撃開始命令を出す。

 敵軍は戦闘隊形がロクに組めず、難民が右往左往して味方の射界を塞ぐ中でこちらの襲撃を受けた。頼りになる大砲を向けた先には、こちらに驚いて逃げ惑う難民の塊。

 敵は叫び声が混じって号令もままならないように見える。守らないといけない正義があると大変だな、国民軍は。

 塩素剤弾頭火箭を広範囲に撒かせた。濃度はいっそ非致死量で良い。黄の色付きで臭いが酷くて具合が悪くなれば、特に民間人は騒がずにいられない。混乱が目的。兵士の誘導など聞いてはいられない状況を作る。

 混乱の最中の敵兵目掛け、黒軍騎兵は馬上から高い位置を取って、難民の頭越しに砲兵を優先して狙撃。砲角を上げたら飛び過ぎてこちらを狙えない距離で戦えば一方的に撃てる。

 大砲の直接照準射撃ならば、国民への誤射を恐れなければ反撃出来る。それを彼等に出来るか? 間違った方向には撃ってはいけませんと国民保護の観念から嫌という程、教官から頭を叩かれながら教わっただろう。

 敵兵も何時までもうろうろしないで、戦闘隊形を個々で組んでくる。難民の隙間を縫って攻撃準備を整える。そういう脅威には車載機関銃を向けて掃射。

 この一帯には軍民合わせて何万人いるだろうか? あまりここで弾薬を浪費し過ぎるのはよろしくない。

 四千騎で一人十人殺して四万と中々の数値だが、この規模で難民交じりとなると四万殺しても少ない感じだ。二十人殺しまでいけば十分そうだが、やっぱり弾数が気掛かり。的が多過ぎるのも中々、厄介である。

 戦闘開始から少し時間が経過してから、北方よりバジグズの第三予備隊が攻撃開始と竜跨兵から通達。縦断して合流するまでは、直進しても時間は掛かりそうだ。戦場は広い。

 尚、ヘムラプートくんから「互いに誤射しないように気を付けましょう、って言ってきました!」だそうだ。えらい。

 手応えが薄いまま戦果が拡張される。

 東部結節点辺りには主だった都市は無いが、村と町が点在する形で土地が開けている。森林は南北の山沿いに広がる。

 居住地域、建物へは焼夷弾頭火箭を撃ち込んで破壊、焼却するも弾薬を節約しなければという意識が常に付きまとった。鹵獲した大砲を回せればそれを優先して使わせた。

 あっという間に殺せてしまっているが、同じくあっという間に弾薬が消える。敵から武器弾薬を鹵獲しないとやってられない。

 死んだふり確認の死体突きは銃弾じゃなくて、槍で古典的に突いたり、再利用可能な矢を積極的に使うよう指導しているが使い回す矢すらも壊れそうなぐらいに死傷者が転がっている。こういう時にこそ雑な仕事を大量に任せられる尖兵がいると助かる。

 キジズくんが面白い提案をしてきた。

「犬の真似すると良いのではないでしょうか!」

 何時もわんわんしてそうな純真な目で見られたので思わず喉と胸と頭を撫で回してしまった。

「えーと、牧羊犬だな」

「はいそうです!」

「やってみていいぞ」

「はい!」

 騎兵が牧羊犬役となり、走り回りながらラッパや鏑矢を鳴らし、旗を振り、落とした首を投げつけ、敵軍民の群れを更に銃で撃ち、刀槍で打って誘導、制御を始めた。

 分散状態から出来るだけ一か所へ集めるようにしていく。行って欲しくない方向へ行こうとしたら殺傷、脅迫行動を強化。行って欲しい方向には容易い逃げ道を用意して野外に見えない”壁”を形成する。

 放牧仕事で手馴れた感覚が役に立つ。

 しかし広範囲に敵は散らばっているし射撃抵抗もするのでかなりの難行だ。ただ戦闘幅を広げて前へと押し上げて好き勝手に逃走させるよりは大分、的が絞れるようになってきた。

 民間人相手だけなら昔もこういうことをした記憶があるが、戦闘員込みではやってこなかった気がする。やったとしてもここまで群れをまとめるという明確な意識を持ってやったかどうか。

 結果として一つの巨大な群れを形成することは出来なかった。

 各地に防御陣地を築いて、その場に張り付いている不動の敵部隊が多数存在したのが原因だ。簡単に逃げないのが兵士の仕事で、不利になって攻撃が出来なくても味方の到着まで防御して耐え続ける。そういうものだ。

 更なる工夫として、その防御陣地を集結地として設定して難民を指向した。すると戦えない人間が邪魔で攻撃も防御もままならない群れが見えない”柵”に囲まれて複数形成される。

 難民を臨時徴兵して民兵が増員されることもあるだろうが、急に予備武器も大して持っていないところに増員してもどう扱えるものか。持て余すに決まっている。

 近くにいると作業の邪魔になる。防御陣地に逃げ込んでくる身体が火器照準の邪魔になる。いっそ撃てばいいが、国民軍としての教育がなまじ良いせいか撃たない。そんな弱体化が見られた。

 帝国連邦軍みたいな酷い奴等を絶対悪として教育すればするだけ己の行動方針を清く美しくしなければならないものだ。二元論的な教育がベーアに悪さをしている。

 いかなる不利益があろうと自国民を撃たないのが彼等の正義の一つになっている。感動ものだ。そんな方針を数年で叩き込んだベーア軍は凄い。可哀想に。

 そんな防御陣地は隠れる場所が多く、精神的にも安心感が強くて難民を誘導するのに適していた。国民を守る国民軍の存在がそれを助長する。あれが前時代的などこぞからやってきたか分からない賊みたいな傭兵だったらこうもいかなかっただろう。

 防御陣地毎に、その外枠に向かって塩素剤火箭で煙巻きにして更に”柵”の圧縮率を向上。そして一斉射撃で平らにする。”人間の盾”用に生存者を確保しておきたいところだが、戦闘員と混じると諸共殺さないといけない。選んで殺している間に殺されたら話にならない。

 どこを撃っても当たる。当たって貫通して二人以上に当たるという射撃効率の高い状態へと移行できた。

 これは撃たずに降伏勧告でも良かったが、管理能力を超える捕虜を相手している暇は無いので今日のところは、九割方抹殺するように指導。管理出来ない捕虜はいつ武装蜂起するか分からない存在だから安心安全のために生かしておけない。自分は自軍の兵士達を守りたいのだ。

 これを全て戦闘員で構成される集団相手にやれるようになったら遊牧騎兵は完成形に到達出来る気がする。

 今回の出来事は記録に残すべきだ。騎兵操典の一頁を埋めるに相応しいと感じる。

 名前は何てつければいいのか? キジズ戦術でもいいが、もっと説明臭いのでもいい。

 牧殺戦術ってのはどうかな? あまり殺すとか、具体的な言葉はそれっぽくないか。

 牧人戦術か? 牧民のことを指してるみたいで違うな。

 牧圧戦術ってところか。家畜相手のように圧迫して誘導、圧縮して麻痺、それから制圧。今回の制圧はほぼ皆殺しになったが、状況によっては降伏させたり、その場で拘束したままにしたりと応用の幅がある。牧殺では本来の目的を見失う。

「これをキジズ戦術、もしくは牧圧戦術と名付ける……でも何か違う気がするな。アクファル」

「はいお兄様。巻き狩りとは違うんですか」

「あれ? ……うーん、一か所に集めないで複数作ったな。一方的な狩りじゃなくて、ちゃんと抵抗意志と能力がある相手に行って柔軟に対応している。最終処理が殺害以外の場合もある」

「はいお兄様。迷ったら最初の言葉です」

「そうだな」


■■■


 作戦第二段階に移行し、中部集成軍を四方位から攻撃する。

 シルヴの第一、ニ予備隊二千が西部結節点から。

 黒軍騎兵、第三予備隊五千が東部結節点から。

 黒軍本隊一万二千は東西からの攻撃を確認した上で南から。

 片目無しのウレグンの第四予備隊一千が同じく東西からの攻撃を確認した上で北から。

 何とも都合が良すぎる包囲攻撃であるが、これは主導権を握っているからこそ出来る。

 防御の要を失った防御側は一層辛い。以前のようにマウズ川まで一斉撤収ぐらいの思い切りの良さがあったら困ったんだが、国土を切り捨てられない国体の弱さが露呈したな。

 我々はマウズ川渡河作戦で相手の動きを衝撃的に麻痺させ、浸透作戦で下準備をして、条約違反のシルヴ軍によるセレード国境越えで想定外の事態を招いて戦場を掌握した。

 ここまでやって成果が出せなかったら自分はもう老いて無能に成り下がったと言っていい。新しい時代の戦争についていけてないという証拠になるだろう。

 そうしたらどうするかな? 歳も歳だし討ち死にするのもいいな。

 中部集成軍への攻撃を開始した。

 キジズ戦術を継続するか考えたが、敵の抵抗能力とこちらの数と装備から被害甚大という気がした。やはり弱い相手にしか使えないかもしれない。まともな相手へ使うには軍量がそもそも四千騎では少な過ぎるというのもある。

 それでも敵の防御陣地は、マウズ川防衛線に比べれば遥かに脆弱。

 自分達が使う街道上に穴を掘ることを躊躇ったせいでそこが抜け道になっている。

 道外れに陣地はあるが、長く留まる心算が無かったせいか野戦築城が甘い。

 塹壕は浅くて積んだ土嚢は少ない。有刺鉄線の展張は少し。砲兵陣地どころかただの大砲置き場が見えてくる。

 移動してきたばかりで、これからも移動を続ける心算だった、ということもあるだろうが、準備が出来ていない。己の都合に我々が合わせなかったということになる。

 こちらの騎兵を好き勝手にうろつかせない程度にはなっているが、正面から真っ当に押し込まれる戦闘に対応出来ているように思えない。

 我々の行動が早過ぎたか? 相手に十分な防御準備をさせないことが戦争の展開を左右するのは古代から。なまじ鉄道の”味”を覚えたせいで感覚が狂っているかもしれない。

 まずは――比較的――強い相手を弱くする基本として、鹵獲した大砲で敵陣地に対して攻撃準備射撃を実行する。火箭は節約。

 東西南北から中部集成軍、少し古い情報では十万とされていた戦力を攻め立てる。軍民双方の捕虜を使った”人間の盾”を駆使して戦闘陣形を組み立てる。

 この東部結節点にて、ようやく合流した第三予備隊の鼻無しのバジグズと会見。

 相変わらず酷い顔をしている。火傷と隻眼は男の勲章的な見た目だが、鼻無しは梅毒とか刑罰の雰囲気がある。いっそ顔の皮を剥いだ方が男前だ。

「何だお前の酷ぇ面はよ。お日様に晒しちゃならねぇってお母ちゃんに言われなかったのかよ」

「何だ糞バザルてめぇ、生まれて来るべきではなかったって世界何億人に言われてるかわかってんのかこら」

「大砲は置いていくからちゃんとやれよ。砲兵畑の仕事を見せろ」

「お前に言われなくても分かってる」

 大砲を第三予備隊に引き渡しながら次の作戦段階に移るための離脱準備に入る。第三予備隊の足場固めに周辺の敵兵、死んだふりを殺して回って綺麗にさせる。

 怯えて顔から股下までぐちょぐちょになっている”人間の盾”も「有効活用しろよ」と引き渡したところ「お前、本当に顔と冗談も大概にしろよ」とバジグズ如きに言われたので「お前戦争する気あんのかよ。チンポ無くしたか」と返しておいた。

 遠くから大きな爆音が響いてきた。火薬の炸裂より衝突音が強い。列車砲の術砲撃に違いない。

「おお、やっぱりあったか」

「流石シ……顔無し様だな」

「流石シルヴ」

「大頭領閣下はウガンラツにいらっしゃるのだ! 馬鹿なんだからせめて馬鹿を言うな」

「はいはい」

 シルヴは列車砲を奪ったようだ。

 ある大砲を潰すには同等以上の射程と威力の大砲が無いと不便だ。射程で劣ると有効射程距離まで移動している最中、射撃準備中に悠々と砲撃され、撃つ前に命中弾を食らって負ける可能性がある。

 シルヴの列車砲陣地攻略用に、対抗出来る射程と威力を持った列車砲が持ち込まれている可能性は大きかった。そして目当ての陣地が既に放棄されていて、主だった攻撃目標を失っては持て余すものだ。

 使い道が無いとなれば貴重で運搬が難しい列車砲は一先ず軍の後方に置かれてしまう。優先して送る兵士と物資は幾らでもある。

 それらの論理から、西側から敵軍後方部隊を攻めたシルヴが列車砲を入手出来る可能性は高かった。

 遠くからはあの術砲撃を加える姿を想像するしかない。また見たい。写真でも撮ってくれれば有り難いが、顔無し様は正体不明でいらっしゃるので証拠写真など残すものではない。

 この場は第三予備隊に預けた。


■■■


 作戦第三段階に移行。黒軍騎兵は中部集成軍への攻撃を中止し、東へ進んでカラミエ軍集団の西側を攻める。

 戦線を固定しないで前進後退を繰り返す予定。鉄の扉でも閉めるように、とはしない。敵が西に押し寄せてきても歩き辛い沼地をなんとか漕いで歩ける程度にする。

 西へ突破出来そうだけど出来ない。中部集成軍と合流して状況を打開出来そうだけど出来ない。希望も絶望も双方チラつかせて行動方針、覚悟の程を揺らめかせて中途半端にして集中して戦えないようにする心算だ。

 こちらを全く無視するように振る舞うならそれ相応に攻撃しよう。

 早速、黒軍騎兵の動きを察し、カラミエの騎兵隊が数千規模で威力偵察程度にやってくる。今更我々に対して数で圧倒しているわけでも、髑髏騎兵でもない騎兵を向けて来るとは侮り過ぎだ。どうした?

 騎乗狙撃しながらの進路誘導、車載機関銃での待ち伏せ掃射、塩素剤弾頭火箭で制圧、逃げる背中を追撃して撃破、馬と武器を鹵獲、という戦いの、鉄板の勝利を得る流れをあっさり実現させてくれた。

 敵は本来ならもっと工夫出来るはずだ。歩兵、砲兵を連れてきて連携させるだけで苦労させられたはず。

 エデルト浸透作戦時にかなりの数のカラミエ騎兵を殺した記憶があるが、あれで騎兵が払底していたという要素も有り得るか?

 カラミエ軍集団司令官ヤズ・オルタヴァニハの指揮能力が飽和状態か、過労や負傷で一時無能力化している可能性も見えてきた。我々の能力を知らない、偵察で確認しようともしなかった無知無策な将軍が勝手に判断を下した可能性もにおってくる。

 外マトラ軍集団、ユドルム方面軍、ヤガロ軍による総攻撃が相当、追い詰めているのかもしれない。竜跨隊からの伝令で状況を把握すると、どこも抵抗頑強という返事なのだが。

 騎兵撃破後もカラミエ軍集団に西へ退却をする意志を感じない。

 中部集成軍との結節点を埋める努力をしようという動きが見えない。

 敗勢になった時に脱出回廊を維持しておこうという感じでもない。

 連携、回廊の接続は義勇兵軍と中部集成軍の努力任せで、南カラミエ地方の死守に努めるという方針か。

 こちらばかりが楽をしてもいけないのでカラミエ軍集団の中核へ近づくように更に前進。

 流石に軍集団規模の防御陣地本陣外郭部まで近づくと歩兵と砲兵と塹壕と堡塁の大要塞が見えてきて、黒軍騎兵単体では無茶をやってちょっとの戦果しか得られない様子が確認出来るようになった。

 要塞攻略能力が無い以上は、要塞火力範囲外から、敵の群れから逸れ出たような獲物を探してちまちまと狩り立てるぐらいしか仕事が無い。

 どうにか効果的に挑発して、総攻撃に対してカラミエ軍集団が回している兵力をこちらに誘導出来ないかと考える。

 脱走兵、避難から遅れた民間人、道中で拾い集めた難民や敗残兵を集めて塹壕線の前に並べてみても良い反応が無い。良き国民軍としての躾もあるが、死守方針を無視してまで情動的に救出に来るということはしないようだ。

 わざわざ女の子を探し出して泣き叫ばせることまでしたが悪態ぐらいしか返ってこない。ロシエ人は釣れたんだがなぁ。

 はぐれ狩り、釣り出しも駄目となれば、敵を休ませない、寝させないように昼夜通して嫌がらせを続けることになる。

 親衛偵察隊が偽装装束で接近して、敵大砲の射程圏内から狙撃。

 目玉を抉った捕虜を小出しに送る。

 夜間に火矢で放火。

 同じく夜間に、楽器鳴らして歌って騒ぎながら捕虜虐待。

 今いち成果を外からは確認し辛いが、川の上流、流れがある地下水脈と繋がる井戸や泉に糞尿と腐敗した死体を投棄して水源を汚染。

 要塞の外で細々と作業を続けていると、遂に新大陸義勇軍の一部と接触できた。

 姿自体は初めて見る、新大陸北部の平原地帯に居住するあちらの遊牧民で構成された騎兵隊で、こちらから送った騎兵教官に指導された者達である。

 彼等は我々と出で立ちは違うが基本的な装備は同じで、狙撃化化学火箭弓騎兵基準を満たし、車載機関銃も引っ張っている。血の繋がらない兄弟に会った気分だ。

 国際親善活動が実を結んでいることを感じる。

 ランマルカ語を使っての通訳交じりの会話をした。我々が教えた騎兵戦術が新大陸南北戦争では活躍したかと尋ねてみれば、全力を出し切ることが出来なかったという。

 我が軍自慢の戦法が駄目と言われれば気になってしまうので詳しく聞く。

 まず中央平原の部族民の工業力では供与された化学兵器の維持管理が出来なかったこと。化学工場や鉄道網が発達して維持管理能力があるような東岸地域では出番が無かったこと。

 中央平原側からの戦いといえば小規模部隊に分かれた上での陽動、攪乱、略奪が精々。武器弾薬を大量に運んで管理維持する能力が同じく無かった。

 ベルリク=カラバザルの活躍を聞いた上でその程度の活躍しか出来なかったことが悔しいのでこの度、力を証明したくてやって来たとのことだった。

 戦士の悲哀は自分が最も同情する事柄の一つ。良く戦わせて良く死なせて良く語り継がせたいものだ。

 彼等には我々と同道するかを尋ねたところ、新大陸義勇軍司令の、ランマルカ妖精のユアック将軍指揮下で哨戒任務中ということでその場では別れた。

 新大陸義勇軍のユアック将軍、カラミエスコ山脈を自動人形に砲兵連れで越えてくることになっている。

 事前に聞かされた情報によればユアック将軍は新大陸で活躍してきた古参将軍で能力に信頼が置ける、というだけ。妖精のルドゥに聞いても「あっちの連中はそもそも知らん」と答える。

 これから迎える作戦第四段階は、カラミエ軍集団の包囲の完成後に表面を順当に攻撃しつつ、内側に糜爛剤を撒いて腐り殺すことだ。包囲下で医療資源も限られていれば、本来なら軽傷で済むところが重体へ陥りやすい。外マトラ軍集団、ユドルム方面軍、ヤガロ軍には糜爛剤砲弾が集中配備されている。一旦マトラ山脈以西では在庫が無くなるぐらい。

 これは毒矢を使う巻き狩り。得物が違うだけで父祖の代から、そうはやることは変わっていない。

 熟れてもげ落ちるところまできたら、突入できる部隊が突入する。

 また新大陸義勇軍は糜爛剤に次ぐ新型化学兵器を持っているという。物を知っていないと対策不能の化学兵器の猛威を拝める。

 薬で倒すというのは何だかお上品な感覚がしないでもない。手が細くて白いお嬢様でもやれること。刀で頭をブチ割ってこそ、相撲で首を捻って折ってこそというのはある。

 でもそれぞれ手応えが違って全部良い。

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