第481話「南エスピレス出征の準備」 アリル

 我がアディアマー社の、数ある業務報告書の一つに陸運業務を二日前に他社へ委託したというものがある。これが我が社の、暫定で最後の陸運。

 我が社の規模で陸運は難しかった。海運に比べて人と獣が大量に必要な上に輸送量はわずかで採算が合わない。大義のためには多少の非合理経営に甘んじるが破産しては何も成せない。だから手を離す。

 これからはもっぱら海運業と港湾業に集中する。船数も増えて船員不足が危惧されていたところ。我々が運ぶのは船倉から岸壁、倉庫、市内集積場まで。そこからは提携する正規軍、一党軍、陸運企業が運ぶ。

 魔王軍全体の海運力は常に不足。企業人から見たら注文殺到、選り取り見取りでありがたいが臣下としては憂慮。海軍力も足りない。

 前線への砲弾運搬が今のところ最高値で最も危険。ロシエ海軍はそれを嫌い、狙って通商破壊作戦を仕掛けている。重量物を大量に陸揚げ出来る港は限られ、航路予測も容易なら撃沈率が高い。我が社は一隻沈んだ。

 ロシエの蒸気鋼鉄艦隊は強い。魔王海軍の新式艦艇はまだ訓練中で数も揃っていない。ランマルカ商船は前線に近い危険な港に入港してくれない……当たり前だが。

 頼りにしたいペセトトの水上都市は敵都市、艦隊に壊滅的な被害を与えるものの連携行動を取ってくれない。偶然居合わせた時に何とか行動を合わせるだけ。

 序盤の快進撃は終わりを迎えた。最前線である南エスピレス南部の山地では消耗戦に突入しているという。

 これからの激戦は海運強化が鍵だろう。とにかく砲弾が必要という話であるから。

 現状が辛い証拠に魔王陛下より”南エスピレスへ騎士は従士を連れて参じろ”とのこと。後方地域を担当している各一党から騎士である指導者級の者まで戦場に回さなければいけないとは、これで戦線が後退していたら敗色すら見えてしまいかねない。

 騎士召喚の件は、南大陸の副王軍を北大陸へ回すまでの隙を埋めたいとの考えであろうか?

 もしかして戦線突破の目算が今ついているから無茶をする?

 現地に行かなければこの点は分からないだろう。これからが大変だ。

 大変な出征へ赴く前に仕事を一つ片づけておきたい。かなり重大。

 イノラから遺棄された水上都市の情報と、回収と修復と運用が提案された。計画草案自体はペラセンタ駐在のランマルカ妖精通訳に手伝って貰って書いたらしい。”赤いのにお手伝いして貰ったんだよ!”と言っていたので間違いない。

 妖精の彼女から、それも体裁整えた書類で提出というのが新鮮。マトラ妖精を端に発する共同体内での劇的な地位向上があったとはいえ、古い人物である自分には、”奴隷”如きが自主能動的に動くということ自体が珍しく見えてしまう。それも目端が利くイレキシが見出したとはいえ、一雑兵だったような者が。

 その遺棄された水上都市はアラック湾内にある。経緯としてはロシエ艦隊から砲撃を受けながら行った都市襲撃後に沿岸から離脱後、通常船舶なら暗礁とはならない海域を満潮時に航行、引き潮になって座礁。その影響で浮上能力が低下して再度満潮に至っても離脱出来なくなった。水中で呪術刻印修復が出来る技術者を戦闘で欠いたことにより放棄が決定され、生存者は手漕ぎ船で離脱。離脱した者の一部がこちらのペラセンタ・ペセトト団に合流してイノラが話を聞き取ったという経緯。

 現在エスナル各地では破滅的で自殺同然の攻撃から嘘のように目が覚めた残留ペセトト妖精が大量発生している。何だか野生化しそうな雰囲気だがそういうことはない。エスナル人は抹殺、魔王軍は友軍という意識は共有しており、ある程度の数でまとまって行動していて、”亜神”と呼ばれる妖精魔族のような存在が士官役として率いる。

 イレキシ発案で結成された、仮装を解いて組織化して帰属意識を魔王軍に向けて直接協力状態に置く”ペセトト団”方式が一部で広まってきている。この集団には命令が不可能で、協力して貰うには友人のようにお願いをする必要がある。帝国連邦勃興以前のように奴隷扱いをすれば言葉の通じない動物のように無視するか、強制があれば敵対行動となり戦闘に発展する。ペセトト妖精は戦いとなれば皆殺しにするかされるまで止まらない。事案複数有り。

 ペセトト団には他にも法則がある。団に残留”亜神”が接触すると乗っ取られる。亜神は、命令は勿論のことお願いすら聞いてはくれないのでこれは避けなければならない。対策としては我々のように、イノラのような存在を明確に指導者だと設定しておくと予防になる。彼女のように集団指揮が出来る上位妖精の発見、接触、取り込みという手順が必要で、容易ではないが。

 アディアマー社というより我が一党、このマフキールの息子アリルは躍進する機会を得た。この法則を念頭に入れて、水上都市の運用からもたらされるであろう実績と名声で”小勢”から”大勢”となる。

 他ペセトト団を魔王陛下の勅令により我々が一括管理出来るぐらいの権勢が欲しい。ベルリク=カラバザルに次ぐ”妖精使い”というような地位を確立するのがこの”小勢”躍進の唯一の方法に思える。着実に成している海運業で成長することは大切だが、野望を叶える器となったこの新生エーラン再征服戦争に馳せ参じたとなれば”地道”では凡百に没する。そうならぬよう一つでも大事を遂げんとするのは騎士、男の本懐である。

 栄えある中央官僚の道を捨てたからには生半可にしない。先代魔神代理、魔都が焼き尽く幻想生物に焼かれたあの日、龍朝天政軍の”大業”を前に筆だけ握り、終わってなるものかと決めたのだ。


■■■


 自分で考えて頭の中に”叩き台”を入れておくのは大事である。その上でその道に通じる者や考えることが得意な者に聞く。

「アリルー!」

 アディアマー社事務所前でイノラと待ち合わせ。裸足で走って来た彼女は迷い無く手を繋いで速力を腕力で「ばーん!」と相殺。左の下腕と上腕を握り、ぶら下がって足を振って前後して遊具ごっこ。

 まるで元気な孫。

 これから一緒に行くのはイレキシ・カルタリゲン唯一人を軟禁している倉庫。古くは修道院、先の聖戦で破産した後は政治犯収容所。

 イレキシは軍人の義務を終え、このペラセンタで再会して早々に”助けてアリル卿!”と叫んで卒倒した。

 異常事態である。同行してきた”フラル”人とパシャンダ移民はともかく天政商人というのがあからさま。その卒倒が無く、イレキシが普通に紹介していたら怪しいとすら思えたかどうか。天政の方術には魔術では理解や再現が出来ない点が無数にあり、中には精神を操るものがある。

 逃げられる前に天政商人は全て潜入工作容疑で逮捕拘禁。船舶没収。

 移民はエスナルの人口希薄化を解消出来る良策。奴隷ではないので即物的に儲からないが、市民権を得た彼等との繋がりは財産。いずれ労働者や消費者、商人や兵士に化ける。この大集団を拘束するのは困難。

 ”フラル”人の大半は本国からあぶれた者達だが、全員が船乗りで我が社の即戦力になる。手元に置いて見張ることにした。代わりに機密性の高い仕事はしばらく受けられそうにない。元より受けたことは、ペラセンタ襲撃以外では無いが。

 倉庫の警備は我が社の警備員。外壁門で礼を受けて入る。

 倉庫、軟禁区画にはペセトト妖精のみを配置。警備をしているはずだが、歌ったり踊ったり、人形遊びに石遊び、縫い物に彫刻。遊んでいるようにも見える……いや、遊んでいるのか。

 イレキシの近くには小賢しい嫌味からお節介まで不要に喋る人間を置いていない。何をきっかけに精神錯乱を起こすか分からない。自分も普段は会わず、用事があれば手紙を出す。

 イレキシの座敷牢を尋ねる。室内には本棚、机の上には地図、雑用紙、筆。そして卓上に冷えた食事。

「これはアリル卿」

 イレキシは椅子から立って礼。手で座って良し、とする。

「イレーキシー?」

 イノラはイレキシの前に座り込んで、普段は聞けぬ気遣わし気な声。

「やあイノラさん、また来てくれたんですね」

「うん」

 大切な者の記憶だけが抜ける方術というのは尋常ではない。何の作用か副作用か、何かしようとして失敗した後なのかも分からないあたりが不気味だ。

 イノラが手招きして、イレキシが顔を寄せる。イノラから握手して腕を振って「むっひっひー」と笑い、イレキシは何かの挨拶かと半分作り笑いで受ける。

 以前と明らかに違う。本人も違和感が明らかで、何ともしがたいとしか言いようがない。

「食事は口に合わないかね」

「あぁ!? いえ、いえいえ。これは、食うも寝るもですね、好き勝手出来るようになってからは決まった時間に食べなくてもいいなぁと、そういうことで」

「ならばいい。外出出来ない以外に不満はあるかね」

「壁の中は歩けるし、午後にはお茶が出て、夜は酒付き。洗濯もやって貰って……あ、猫がいるといいかもしれません! わがまま過ぎますね」

「元気そうで何よりだ。さて……」

 イノラの計画草案をイレキシに渡して読ませる。

「私が書いた!」

「はい……」

 椅子に座って待つ。イノラはイレキシの横に背中に乗って肩越しに、指差しながら「あれがね」「これはね」と解説。

 読み終わるのを待った。

「どう考える」

「全精力を注ぐに相応しいと思いますが、信頼が失墜しないようにと考えます。

 現在動いている事業を中断するのは基本的にいけません。いけませんが、相手が不誠実なら多少の損を受け入れても切って良いと思います。既にアディアマー社が断るならそれなりの理由があるだろうという評判はあります。だからその不誠実は明らかにおかしい場合のみ。今までは関係構築のために多少の不利益には目を瞑ってきていましたが、この機会に採算が取れない事業からは手を引きましょう。

 今後予定している事業は他者に譲ったり委託をしましょう。出来るだけ貸しを作る形が望ましいですが、貸しに目が眩んではいけないので、動き出して人手が取られない内に叩き売るように捌いてしまいましょう。

 とにかく人手を確保しましょう。都市を弄るのですから万単位で欲しいところです。

 人を雇うとしても海上遠隔地では拘束時間も不明で給与面で心配です。事業を麻痺させた上での行動なので更に資金に余裕がありません。まずは自前で先遣隊を出してから追加で必要な人足の数を算定しましょう。また借金をするにしても見積もりをしませんと。

 先遣隊としてのペセトト団は勿論全投入です。その水上都市は無主と言い切れる物件ではないと思いますが、規模から占拠人数が足りないと所有権をにわかに主張するのも難しい。とにかく頭数を揃えて我等の物と訴え、敵を撃退出来る力も必要です。

 出来るなら今日にでも出港して先住権を主張した方が良いでしょう。正当性はまず初めて触れた者に強く宿ります。

 先に占拠を目論んで敵か味方か、どちらかが上陸している可能性はあります。敵なら戦えばいいですが、他一党の場合は権力が必要です。出来ればアリル卿に赴いて貰うのが確実ですが」

「残念だが外せない用事がある」

 出征せねばならない。

「長期に?」

「そうだ」

「口と腕が立って顔が利く者がいないと負ける可能性が高いです。全部揃えたいところで……イノラさんは顔になれます」

「顔!」

 イノラが己の顔を両手でパチっと叩く。やる気有り。

 戦前ならともかく、今のペセトト顔は恐怖の対象。

「えー、腕は見た目も大事で虫人騎士ぐらいの分かりやすい強者をつけて頂ければ」

「他所も騎士は出払う。借りることは出来ない」

 我が一党には自分しか虫人、魔族はいない。

「ペセトト団全動員の完全武装で腕としましょう。サイール騎士の権威とペセトト妖精の圧力、合わせたならと思ったのですが。で、口なんですけども……天政方術の危険性は、門外漢ですが油断ならず警戒しなくてはいけないとは分かっています」

 イレキシが健康ならば何も問題無かったはずだが、ここで障害か。番頭はペラセンタから外せない。手代は妖精とのやり取りに不慣れ。

「時間があればイノラさんに私が想定問答を繰り返して喋りの訓練をすれば良いのですが、一朝一夕では流石に」

 危険を冒さなければ欲しいものは手に入らないな。

「石の壁から妖精の壁に代えて出航しなさい。決定権は全てイノラ君が持ち、イレキシ君は尻に敷かれなさい」

「安全性は高いか……でも、よろしいのですか? 丸め込むということも」

 イノラはイレキシの頬をつねって丸める動作。問題無さそうだが。

「一つ考えた」

 用意した書類を見せる。あまり難しいことは書いておらず、イレキシは一瞬眉をひそめる。

「処刑申告ですか?」

 戦時とはいえ悪戯に、無許可に首を斬っては治安と統制に関わる。魔王陛下直轄であるペラセンタ市の代官へ、対象者の情報、適当とする罪と罰を申告して許可を貰う。

 司法当局に天政商人を引き渡さないのは私的事案に該当すると考えたまで。公的事案であると代官や法学者が判断したならば申告の却下と引き渡し命令が下される。これは遠征先に司法当局を送り込むことが困難な状況を想定した戦時特例法に基づく。平時なら司法当局にのみ任せる。

「君の天政との縁を断って様子を見させて貰う。術者が紛れている可能性は排除出来ない」

「罪の無い者もいます、いるはず」

「そう以前から親交がある者達ではないのだろう。船旅で深めただろうが」

「それはそうですが」

「是が非にでも助命嘆願したい者がいるのかね?」

「そう言われても言葉になりません」

「これは私の名前と責任と手によって行われる。受け取り方は千差万別だが、不名誉があるとしたら被るのは私になるよう仕向ける。君の評判が落ちないように宣言を出す。悪し様に噂が立ったとしても横暴残虐であるのはマフキールの息子アリルである、と」

「私からは彼等に死ねと言うことは出来ません」

「是非を問いに来たわけではない」

 良かれと思って案内して来た者達を処刑、自分で築いた商路を切断となれば恨まれても仕方が無い。その膝に座るイノラに、術に依らない裏切りを抑えて貰いたいところ。

「さて、君の症状についてはレスリーン州総督のエスアルフ様に相談してみることにした。精神感応などの珍しい術研究の第一人者だ。手紙の返事が届くまで時間が掛かる。その水上都市にも転送する手配をしておく。もう行くが、質問はあるか?」

「処刑の時は……」

「責任に思って心に傷をつけるのはただの自虐。もう終わったと思いなさい」

 この言葉だけで変化は無さそうだ。


■■■


 出征のための装備を確認し、連れて行く従士達も確認。そして戦争を前に、再度血に慣れるべく司法当局監督の下で計四十六名を斬首し、事前に指定された無縁墓地へ埋葬。罪状と刑罰内容が公表された。

 刑執行後のイレキシの様子は、後悔や自責の念が当たり前に発生していることから精神は平常。しかしイノラの記憶は戻らない。不確定要素を排除したので良しとするか。

 次にすべきは新しく編制されるペラセンタ予備軍への参加で、再征服地からの公式な召集はこれが初。今までは南大陸で編制された軍だけが正規軍として動いていた。

 直轄地の名を冠するペラセンタ予備軍は名前のまま、魔王直轄軍への補充のために編制されたので現地で合流次第吸収解隊される。一個の軍として戦闘運用される予定は無く、最前線の南エスピレスまでまとまって行軍するための臨時編制である。騎士と従士の派遣のみ要求されて数は多くない。

 再征服地で切り取り次第の領土を拡張中の、非正規軍として位置づけられる各一党軍が軍民合わせて多数いるが、こちらには最前線への召集は掛かっていない。エスナル南部の完全掌握はまだ遠く、実行支配率を高めて人と金を集める体制を築いておきたいところ。

 自分は従士四名を連れ、ペラセンタ市郊外で開かれた予備軍編制会合に出席した。ざっと見て会合場所となった野営地には虫人、魔族騎士に人間、獣人の従士を合わせて三千以下。使用人が細々動いているのでやや不正確。

 自分のような”小勢”では首領たる騎士とその従士数名のみだが、”大勢”では首領たる筆頭騎士に従う騎士が複数いて、それぞれの従士が付いて一党だけで百名を超えるのは珍しくない。

 会合では野外で絨毯を敷いて円座を組んで、一先ずは序列無しという体裁を取る。それから音頭を執る者を実力で選んで、となれば死屍累々となるまで決まらないので単純に最年長者が執る。この会合での最年長者はアルブ=アルシールという虫人騎士だ。

「では諸卿、予備軍指揮官から決めよう。最前線までの行軍、道中の戦、物資の差配を指揮することになるだろう。まずは推薦したい者がいれば名と理由を挙げて貰いたい」

 ある虫人騎士が手を挙げる。知らない外骨格の色、形。魔王陛下がここ数年で増えた一人か?

「これはそのままアルブ=アルシール卿で良いのではないか。貴卿は経験が豊富だ。筆頭として頂く場合は問答無用の説得力が必要と考えるが、やはり最年長であることは議論の余地が数値として存在しない。これを実力や才能や、己の過去の業績と長々と語らせていては決まるものも決まりはしない。諸卿、いかがだろうか?」

 円座の隣同士で声を抑えて少々話し合うざわめきの後に「うん」「うむ」と肯定の声が増えていく。

「では、このアルブ=アルシールでは不満とする者がいたら名乗りを挙げて理由を述べられよ」

 顎に手を当て、腕を組み、胡坐を掻き直すなどの仕草が各騎士に見られる。名誉も多くは無さそうな予備軍指揮官の立場を、さてこんなところで争って義と益があるものかと思案。任せられればそれは良いこともあろうが、指揮を失敗した時に被る不名誉は得られるものに釣り合うか? 己がそもそもアルブ=アルシール卿と比較して優れるところがあるかと問うと難しいものだ。

 ある虫人騎士が鞘に納めた刀を持って地面を突く。もう決定で良いだろうという意思表示で、長い議論を嫌う者から追従。指揮官が決まった。

 決めやすいところから決めるのが良いだろう。自分が挙手する。

「補給部門の指揮はイッスサー卿を推薦する。彼は皆も知るところ、ペラセンタ発の陸運業で成功を収めている騎士である。日頃の業務内容と行軍路は一致し、正に専門家。如何か?」

 指揮官を決める時よりも「おう」「確かに」などと肯定の声が即座に上がって”地面突き”も直ぐに行われる。

「謹んでお受けする」

 とイッスサー卿が発言。決まった。

 業務提携しているので贔屓しているわけだが、だからと言って彼を差し置いて誰を? と考えればいない。それからそのような業務に携わる自分を補給部門で重用してくれれば官僚時代から色々と携わって来た専門知識も生かせる。イッスサー卿とチラと目が合い、合意に小さく頷く。示し合わせ通り。

 ”小勢”ながらペラセンタ市内に独占港を持つ我がアリル一党も、小さくも影は薄くない。

「では”算盤部隊”も決まったところで戦闘単位を決めよう」

 ほう?

 アルブ=アルシール卿が、行軍中に戦闘状態になった時の戦闘単位を決めようというところで今までとは違う喧騒が発生する。明らかに怒りと苛立ちが混じって挙手も疎かに暴言が飛ぶ。

 ”小勢”一党はどこかの一党と一つになってまとまらねば現代集団戦には対応出来ない。”大勢”一党ならそのまま戦闘単位となれば良いが、ドングリ比べの寄り合い所帯となれば誰が筆頭になるかで揉める。そもそも君主以外の誰かの配下になりたくないような独立心が強い者が一党を作る。強く無ければ奴隷騎士や官僚のままでいるものだ。

 この独立心の他に、自分のように中央で魔神代理に直接仕えて働いていた者には存在しない、地方豪族同士の良いこと悪いことを重ねて来た歴史が邪魔をする。かといってここで中央勤めだった者が中立的に指揮を、となれば地方の意地が鼻持ちならんと出て来る。

「時にアルブ=アルシール卿!」

 普段は出さない大声を出す。裏返らなくて良かった。

「このアリル、中央の門を潜って以来弓矢より筆を持つ時間が長くなっております。貴卿を見込んで一手御指南頂きたい」

 我々には騎士道がある。

「それはお困りの様子。この腕で良ければ一手お貸し致す」

「感謝します」


■■■


「お館様、ご武運を」

「うむ」

 従士より武器を受け取り、持ち、佩く。

 ”稽古”は馬上一騎討ち。

 武器規定は無い。作法として馬は出来るだけ狙わない。戦争ではない。

 長距離。誰しも頼れるのはねじれの合成弓。外套と甲冑と絹衣、虫人の傾斜外骨格と筋肉、この異種積層を抜くにはこの威力が要る。

 中距離。昨今ならば銃、古くは投げ槍。特に最新の施条銃は非常に優秀。銃床を棒状にしてそのまま槍として使える銃剣小銃も流行り出している。自分は連発銃を二丁使う。

 近距離。自分は棍棒を四本。斧、大鉈は刃筋を立てることを意識する分動きが不器用。並の刀は我等に通じない。

 イッスサー卿がやって来てくれた。

「アルブ=アルシール卿の得物は回転式拳銃四丁、長柄の両手剣です」

 ねじれの合成弓は言わずもがな。

「長柄の、とは?」

「使い手は珍しい。あれの基本は上の大腕で振り、下の小腕で適宜柄を引いたり捻ったりして動きに変化を与える。初見で相手取るには気持ち悪いですな。拳銃と合わせて」

「ご助言、感謝します」

 距離を置いて対峙するアルブ=アルシール卿は、彼の従士が立てた陣幕に隠れてはっきりとは見えない。こちらも見せていないが「ご武運を」と告げに来る他の騎士が偵察結果をあちらにも伝えているはず。

 この時嫌われ者は何の情報も得られない。自分は支持者を得て幸運。

 あの”ある”虫人騎士がやって来た。改めて見ても知らぬ外骨格で系譜も見分けられない。伝統外の者である。

「貴卿等は何をお考えか!? いきなり決闘とは! これから南エスピレス出征の準備に掛からねばならないのですよ!? 近所ではありません!」

 何やらおかしな怒り方が混じって、なるほど、思った通りの新参虫人。伝統を知らない新世代。我等の次を担うのはそういう者か。賢く馬鹿をせず、良いのではないかな。

「お名前、お伺いしたい」

「エスルキアと申します」

「エスルキア卿、そうですな、一言で言い難いですがこう言うより他ありません」

 馬の腹を蹴って走り、”稽古”開始。合図など無い。準備の不足は覚悟の不足。

「サイールの騎士など、どこまでいってもこれよ!」

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